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正しい周術期輸液~水はどこへ行く? [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

血管外水分移動
核温が30℃を下回ると血漿量が有意に減少し、中心静脈圧低下、肺および体血管抵抗の上昇、ヘマトクリット上昇といった変化が起こる。しかし33℃から37℃の間に体温が保たれていればこのような変化は起こらない。心臓手術以外の手術では体温はこの範囲に保たれているが、それでも術中および術後には低体温下と同様に血管外への水分移動が認められる。水分移動が最も盛んに起こるのは手術終了5時間後で、最長72時間続くと報告されている。Lowellらは外科系ICU入室患者の40%において術前体重と比べ術後体重は10%以上増えることを明らかにした。健康ボランティアでも、生食22mL/kgを投与するとこれを完全に体内から排泄するのに2日を要する。血管外への水分移動自体が有害であるだけでなく、移動した水分の再吸収によって前負荷が増加し、急性心不全や肺水腫を来すこともある。周術期の体重増加は、血管外水分貯留を示す最も信頼性の高い指標である。体重増加が10%未満の患者は死亡率10%、体重増加10%~20%では死亡率32%、20%以上の体重増加があると死亡率は100%であったという研究結果が報告されている。しかし、水分移動が多いと死亡率が高いのか、死亡率が高い症例では水分移動が多くなるのか、どちらが真実なのかは分かっていない。晶質液の積極的投与は、酸素消費を妨げることが明らかにされている。晶質液は投与速度が遅い方が、酸素運搬が良好に保たれ間質の水分貯留が少ない可能性がある。「晶質液 vs 膠質液」論争は、最近では「膠質液 vs 膠質液」論争に発展している。患者の状態に適した膠質液製剤の選択が、重要な課題である。しかし、アルブミン製剤と第三世代ヒドロキシエチルスターチ(HES)製剤を比較した大規模無作為化試験が待望されているものの、まだ実施はされていない。膠質液 vs 晶質液を比較した研究の結果は一定していない。Hankelnらは15名の重症患者を対象に乳酸リンゲル液と10%HES製剤の比較をした。HES群の方が心係数、中心静脈圧、肺動脈偰入圧、酸素運搬量、および酸素消費量が有意に高く、肺血管抵抗係数は低かった。Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis研究グループが2008年に発表し注目を集めている研究では、重症敗血症患者を対象として10%ペンタスターチ(HES200/0.5; 第二世代HES)と乳酸リンゲル液が比較された。しかし、前述のHankelnらの研究と異なり、HES群の方が急性腎不全発生率が有意に高いという理由で早期中断された。しかし、この研究を詳細に検討してみると、HES投与量が推奨されている投与量よりも多いという問題があった。HES投与量によるサブグループ解析を行うと、22mL/kg以下群の死亡率は31%で、22mL/kgを超える群の死亡率(58%)および乳酸リンゲル液群の死亡率(41%)より有意に低かった。HES製剤には、かゆみ、凝固因子減少、血小板数および機能低下、線溶亢進などの重篤な副作用がある。これらの作用は、投与量、平均分子量、置換度と深く関わっている。重症患者6997名を対象とした初期蘇生輸液(fluid resuscitation)におけるアルブミン製剤 vs 晶質液の比較(SAFE study)では、両群の転帰に有意差は認められなかった。外傷性脳損傷患者のサブグループでは、アルブミン群の方が死亡率が高かった。出血や、血管外への急激なタンパク喪失がない場合には膠質液蘇生による利点はないようである。大量の晶質液を投与すると膠質浸透圧が低下し、肺および末梢組織の浮腫が発生する可能性がある。すると、組織への酸素供給に障害が生じ創傷治癒が遅延する。しかし、晶質液だけでなく膠質液も血管外へ移動する。以上を踏まえると以下のような疑問が浮かぶ。移動した水分は体内のどこに貯留するのか?間質への移動なのか、それとも謎めいたサードスペースなのか?大手術中には水分の移動先のスペースが生まれ、移動した分は補わなければならないのか、それとも輸液量過剰によって水分移動が起こっているのか?

間質か、サードスペースか?
サードスペースは解剖学的サードスペースと非解剖学的サードスペースに分類される。解剖学的サードスペースへの水分移動は、間質スペースになんらかの病的原因によって水分が貯留したものであり、「機能的」細胞外液(fECV)と呼ばれる。一方、非解剖学的サードスペースは、機能的にも解剖学的にも間質スペースとは異なる水分貯留コンパートメントである。このコンパートメントに貯留した水分は、「非機能的」細胞外液(nfECV)と呼ばれる。この古典的とも言うべきサードスペースには正常では水分が存在しないか、存在したとしてもわずかである。大手術や外傷時にはこの古典的サードスペースへの水分移動が起こると考えられてきた。たとえば、腹腔内、腸管、損傷組織などが非解剖学的サードスペースの例であるが、特に局在のはっきりしないコンパートメントの存在も指摘されている。

サードスペース
周術期に血管内から失われる水分については熱心な研究が行われてきたが、腸管や損傷組織などの「非解剖学的」スペースへの大量の水分貯留は証明されていない。古典的な意味でのサードスペースへの水分喪失が直接測定されたことはない。古典的サードスペースが特定されたことはない。いろいろな標識物質を用いた研究でもサードスペースの存在は示されていない。サードスペースへの水分移動は誤った概念の産物であり、周術期の血管外水分移動を正しく定義づけているわけではない。水分は周術期に細胞外の機能的コンパートメント内を血管内から間質へと移動しているのである。

周術期水分移動:非制限的輸液の原因?結果?
現時点では、多量の輸液が間質への水分移動の原因であるのか結果であるのかは判然としていない。20年以上前に行われた動物実験がこの疑問を解くヒントとなる。ウサギに消化管吻合を行い輸液をまったく投与しなかったところ、手術そのものによって間質水分量が5-10%増加した。晶質液5mL/kg/hrを投与した場合は、間質水分量が2倍になった。手術や外傷そのものが血管外水分移動を引き起こすのは間違いないが、晶質液投与によってこの作用が増幅されるのである。

スターリングの法則
細胞内液は体水分量全体の三分の二を占める。残り三分の一(成人では約15L)が細胞外液であり、主に血漿(約3L)と間質液(約12L)から成る。血漿と間質のあいだでは水分と小分子物質は容易に行き来することができる。体内の水分分布は浸透圧活性物質の分布と関わっている。正常な血管壁バリアを大分子物質やタンパクが大量に通過することはできない。1896年にErnest Starlingは血管バリアについての古典的モデルを発表した。スターリングのモデルでは、血管内の静水圧と膠質浸透圧は高く、間質の静水圧と膠質浸透圧は低い。したがって、静水圧差に打ち勝ち血管内へ水分を保持する内向きの力を維持するには、血漿タンパク濃度が十分に維持されていなければならない。それでも少量の水分とタンパクは常に血管外へ移動しているが、正常ではこの移動分は間質からリンパ系へ運ばれて処理される。このモデルでは、晶質液を過剰投与しても間質への水分移動はそれほど多くないはずである。間質への水分移動による間質静水圧の上昇と間質タンパク濃度の希釈は、浮腫が無制限に増大しないことの重要な機序であると考えられてきた。また、細胞外水分量が増加しても、リンパ液流量が増えるため間質水分量の増大には歯止めがかかる。リンパ液流量が増えると間質にあったタンパクが血管内に戻り、血管内の膠質浸透圧が上昇し血管内に水分を引き込む力が強くなる。これも間質水分量増大を制限する仕組みの一つである。しかし、手術によって炎症が生ずると、前述のようにリンパ系から血管内へ水分が戻ったり再吸収されたりする機構が破綻すると信じられている。(つづく)

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 サードスペースなるものは、ありません。晶質液をたくさん投与すると、血管内から水が逃げやすくなります。

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