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正しい周術期輸液~輸液と術後合併症 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

術後悪心・嘔吐(PONV)
短時間手術では輸液量が多い方がPONV発生頻度が低下し、術後肺機能が改善する可能性があることが複数の研究で示されている。しかし、これらの研究では単一の転帰項目に限った調査しか行われておらず、輸液量が多いことによってPONV以外の有害事象の発生が助長されている可能性を払拭できない。また、数時間におよぶ大手術を受ける患者については、これらの研究の結果を敷衍することはできない。現時点では、重症外傷やサードスペースへの水分移動(fluid shift)がない場合は、非制限的輸液法が好ましいと考えられるが、侵襲の大きい手術ではより綿密な輸液管理が有用であろう。

創感染と組織酸素化
術後感染を起こす病原菌に対する防御機構で重要なのは、好中球の活性酸素による殺菌である。活性酸素は酸素をもとに産生されるため、組織酸素化が十分でないと好中球殺菌能は発揮されない。また、酸素は組織修復と創傷治癒の重要な材料である。軽度低体温は術後感染リスクを三倍に押し上げるが、酸素投与は同リスクを半分に低下させる。しかし、酸素を投与しても血流が不十分な組織では酸素化は改善しない。したがって、十分な血流が維持されていることが迅速な創傷治癒と良好な感染防御能につながる。だから周術期には、末梢組織に十分に血液が行き渡るように血管内容量を適切に維持することが重要である。腹部大手術における輸液の研究では、「大量輸液管理法」によって組織酸素化が改善することが示されている。晶質液の過剰投与が有害である可能性については、最近になってようやく詳細な研究が端緒についたばかりであるため、多くの教科書では伝統的に非制限的輸液管理が推奨されてきた。大量輸液による組織酸素化改善を示す研究では、組織酸素化のみが転帰項目として報告されている。体重増加、浮腫、縫合不全、凝固因子、入院期間、消化管機能、腎不全、循環器系/呼吸器系合併症といった過剰輸液によって起こりうる有害事象については言及されていない。また、これらの研究では術前浣腸(現在では必要性が疑問視されている)が実施され、8時間以上の絶飲食期間(現在ではもっと短時間でよい)が設けられおり、患者はhypovolemicな状態で手術室に入室していたものと考えられる。晶質液の過剰投与が組織に与える影響は30年以上前に動物実験で明らかにされている。ウサギに10mL/kgの等張食塩水を投与すると、組織酸素分圧の有意な低下が3.5日間続く。Kabonらは腹部大手術を受ける患者に術前浣腸を実施し、一晩かけて2mL/kg/hrの輸液を行い、術中は2.5Lまたは4.6Lの晶質液を投与した。4.6L群において感染発生率の低下や創傷治癒の促進といった効果は認められなかった。ほかの複数の動物実験でも、晶質液投与による組織酸素分圧上昇は認められないことが示されている。Nisanevichらは輸液量が多いほど感染性合併症(手術部位感染を含む)発生率が高く、入院期間が長いと報告している。硬膜外麻酔および軽度高二酸化炭素血症は、どちらも皮下組織の酸素化を改善することが分かっている。組織血流が十分維持されていると、平均動脈圧、心係数、混合静脈血酸素飽和度が上昇するとともに、酸素運搬量および酸素消費量が有意に増加し、さらには高リスク患者の生存率が改善することが明らかにされている。大手術において、膠質液(ハイドロキシエチルスターチ130/0.4)主体の輸液と晶質液主体の輸液を比較すると、膠質液主体の方が炎症反応が緩和される。この原因は、膠質液の方が晶質液よりも内皮活性化と内皮傷害を惹起し難く、そのため微小循環が良好に保たれることにあると考えられる。周術期輸液管理については、十分に標準化された研究が行われていないため、妥当な治療法を推奨するのに必要な根拠が揃っていない。(つづく)

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 晶質液の過剰投与によって、組織の酸素需給バランスが崩れたり、感染が増えたりすることがあります。
コメント(2) 

コメント 2

腎臓内科医です

昨今、septic shockの初期治療として大量補液が推奨されておりますが、昇圧剤の反応が悪いからと、延々大量輸液を続ける医者が多くて、ストレスに感じております。EBMは結構なのですが、きちんと詳細までpaperを検討していただきたい。SIRSで3rd spaceに逃げるためunderfillingになるというのは、低alb血症と相まって、臨床の実感としてありますが、ここに述べられているような、創傷治癒遅延や肺炎の合併リスクは、あるいは肺水腫による酸素化への悪影響は、どうなのでしょうか。そういう医者に限って、エラスポール使用程度で、難治性ARDSとしてあきらめている気がします。
by 腎臓内科医です (2010-09-23 22:02) 

vril

コメントをいただき、ありがとうございます。「敗血症性ショックに対して大量輸液を延々と続ける医者が多い」とのことですが、Riversらが提唱したEGDTに近い輸液療法を信奉している医者多い、という意味ですよね?「延々と」とありますが、EGDTでは6時間以内に各種目標到達を目指すことになっています。6時間を超えて積極的な輸液投与を継続していれば、エビデンスに基づいているとは言えないかもしれません。

また、EGDTではfluid responsivenessが不良であればカテコラミンをmax20γ使用することになっていて、「昇圧剤の反応が悪いから延々と大量輸液を続ける」というよりは、低血圧が続く症例では治療の全体像は「輸液療法に対する反応が悪いからカテコラミンを大量投与する」という感じになることが多いかと思います。

RiversのEGDT研究は、救急部における初期治療として行われたものであり、ICUには適用できない部分もあるという意見も多いようです。私は、EGDTで挙げられている初期到達目標については概ね有用性があると思っていますが、目標到達のための手法(輸液やカテコラミンの使い方)については必ずしも賛成できない部分があります。

本記事の論文の著者は、「サードスペース」なるものはなく、血管内から出て行った水は間質へ溜まると指摘しています。サードスペースの有無については色々な意見があるところですが、ともかく、重症敗血症/敗血症性ショック症例では、血管内から水が逃げたり、血管拡張により分布異常が起こったりする原因を是正することが根本治療であり、大量輸液はそのあいだのつなぎとして仕方なく行うものだと私は考えています。

そんなわけで私の勤務先では、重症敗血症/敗血症性ショックに対しては、比較的多量の輸液を投与するのは初期治療におけるごく短時間に限り、その後は制限輸液としています。特に、肺傷害がある症例では輸液量をなるべく少なくするようにしています。また、エラスポールは数十例に使用してみましたが、ALI/ARDS治療効果はほとんどないと判断し、何年も前から使用していません。ALI/ARDSは、原因疾患の制御と適切な人工呼吸管理を行えば治療可能です。
by vril (2010-09-24 09:36) 

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