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正しい周術期輸液~今までは、いれすぎていた? [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

現在、周術期輸液療法の分野では適切な輸液量に関心が集まっている。多くの論者が、昔から支持されている非制限的(liberalな)輸液管理法(比較的多量の輸液を投与する方法)に軍配を上げている。周術期の過剰輸液による問題にはあまり注意が払われず、過剰輸液によって組織に水分貯溜が起こることが複数の研究から示されても、この傾向は変わっていない。それどころか、輸液負荷を不可欠と考えている者が多い。こうした周術期輸液の捉え方は、以下に示すような、懐疑なく信じられている病態学的「基礎」に基づいている。①不感蒸泄と尿による水分排出のため、絶飲食になっている患者は循環血液量が減少している(hypovolemia)。②手術で皮膚が切開されると不感蒸泄が通常より増加する。③血管内からサードスペースへ水分が移行するため、その分を十分補充しなければならない。④循環血液量が過剰(hypervolemia)でも、過剰分は腎が調節するため害はない。本レビューでは理にかなった輸液管理法とともに血管バリア機能についての新しい知見を紹介する。

術前輸液:すべての道はローマに通ず?
術前輸液の目標は前負荷の適正化である。ここで重要なのは、「適正」「適切」は必ずしも「最大化」を意味するわけではないということである。「適正」「適切」は往々にして「最大化」と認識されているため注意が必要である。原理的には全血液量(循環血液量ではない)の測定は可能だが、侵襲や簡便さなどの点から実用性には乏しい。そこで、全血液量測定の代わりに用いられる指標が輸液負荷に対する反応性であり、これを "goal-directed" (目標指向型)アプローチと言う。この方法には以下のような問題点がある。第一に、輸液負荷反応性という循環動態の指標を用いることによって一回拍出量を最大化することはできるが、それが即ち全血液量の適正化につながるという証拠はない。第二が、このアプローチ法で現在も頻用されている測定項目である肺動脈偰入圧(PCWP)と中心静脈圧(CVP)の問題である。これらは一般的には輸液負荷反応性を予測するのに役立つと考えられているが、実際はPCWPやCVPから輸液に対する反応性を予測することはできない。逆に、収縮圧および脈圧の変動は輸液負荷反応性の予測に有用であるが、この指標を用いて輸液管理を行っても患者の転帰は改善しない。経食道ドップラーエコーの所見を指針とした輸液管理によって一回拍出量を最大化する方法は、転帰を改善する可能性がある。しかし、周術期の輸液管理を行う場合、いつでもどこでも経食道エコーを利用できるわけではない。また、経食道エコーを利用した輸液管理の有用性は確定的なわけではなく、エコーを用いない場合の過剰輸液よりもエコー観察下の過剰輸液の方がまし、という程度の意味である可能性もある。

「非制限的(liberal)」、「標準的(standard)」、「制限的(restrictive)」輸液管理:違いは見方によって異なる
輸液の目標値を設定するのは困難である上に、昔から輸液法は標準化されていないため、輸液管理法の研究をするのに必要な対照群と研究群の設定が容易ではない。ある研究では「制限的輸液群」に分類される方法が、別の研究では「非制限的輸液群」とされていることがある。また、制限群と非制限群の比較が、hypovolemia(循環血液量不足)とnormovolemia(正常循環血液量)の比較になってしまっていることもある。また、もう一つの問題点として、周術期輸液の評価には、悪心・嘔吐、疼痛、組織酸素化、循環器系合併症、呼吸器系合併症、再手術、入院期間などが用いられるが、これらはすべて手術の種類や程度によってその重要度は異なるし、これらの項目自体が手術の種類や程度によって非常に大きな影響を受ける。たとえば術後悪心・嘔吐は健康な患者の関節鏡手術では重要な項目だが、基礎疾患のある患者の6時間予定の腹部手術では取るに足らない問題であり、むしろ死亡率が重要な評価項目となる。したがって、輸液管理の研究では、大手術と小手術の区別および腹部手術と腹部以外の手術の区別が必要である。

大手術における輸液管理
消化管大手術におけるプロトコール準拠制限輸液管理法によって、循環器系・呼吸器系有害事象および消化管運動機能障害などの周術期合併症発生頻度が低下し、創傷および吻合部治癒が促進され入院期間も短縮することが明らかにされている。予定大腸手術を受けた成人20名を対象としたLoboらの研究では、術中に大量輸液(20mL/kg/hr)を行い、術後の輸液管理を制限群(2L/day以下)と標準群(3L/day以上)に無作為に分けて比較した。標準群では制限群より消化管機能回復が遅延し、入院期間が延長した。つまり、術中だけでなく術後の輸液管理も患者の転帰に影響を与えるのである。Brandstrupらは、大腸および直腸の大手術を受けた141名の患者を対象とし、輸液に関する多施設研究をおこなった。周術期輸液を制限した群(平均2740mL vs 5388mL)では、吻合部縫合不全、肺水腫、肺炎、創感染などの合併症発生率が有意に低かった。さらに、輸液量を制限し、周術期尿量が少なかったにも関わらず、急性腎不全は一例も発生しなかった。ただし、この研究では非制限輸液法と制限輸液法を純粋に比較したわけではなく、膠質液と晶質液の比較という意味合いが強い。というのも、非制限輸液群は5L以上の晶質液が投与されているのに対し、制限輸液群の輸液製剤は膠質液が主体であったからである。Nisanevicらは152名の各種腹部手術患者を対象とした研究で、プロトコールに準拠した制限輸液法(1.2L vs 3.7L)によって術後死亡率が低下し、入院期間も短縮するという結果を得ている。HolteとKehletが著した80編の無作為化臨床試験についての系統的レビューでは、大手術では過剰輸液を避けるべきであると推奨されている。しかし一方で、以下に記すとおり、非制限輸液管理の方が転帰が改善する場合もある。(つづく)

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 昔ながらの輸液の方法は、過剰輸液に傾きがちです。輸液量についての論文の解釈には注意が必要です。

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