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重症妊娠高血圧症の帝王切開に脊髄クモ膜下麻酔 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年5月号より

Hemodynamic Changes Associated with Spinal Anesthesia for Cesarean Delivery in Severe Preeclampsia.

 重症子癇前症患者の帝王切開の麻酔法につき全身麻酔と区域麻酔のどちらが適しているかを調査した無作為化対照試験がはじめて行われたのは1995年のことである。この試験の結果、重症子癇前症患者において区域麻酔も選択肢の一つとなり、区域麻酔が禁忌でない場合は脊椎麻酔を安全に実施できるという報告が相次いだ。中には、健康な妊婦と比較し子癇前症患者の方が脊椎麻酔中に低血圧に陥る頻度が低く昇圧薬の使用量が少ないという報告もある。とはいうものの、脊椎麻酔を行えば低血圧および胎盤血流の低下というリスクは避けられず、全身麻酔より脊椎麻酔の方が新生児のアシドーシスが起こりやすい可能性も指摘されている。

 大多数の研究では母体心拍出量の代替指標として心拍数と血圧を用いてきた。しかし帝王切開における脊椎麻酔に求められるのは、母体の心拍出量と子宮胎盤血流を維持することである。健康な妊婦では上肢の血圧よりも心拍出量の方が子宮胎盤血流とよく相関することが知られている。子癇前症患者では体血管抵抗(SVR)が高いため血圧を心拍出量の指標とするのは適当ではない可能性がある。

 この研究では子癇前症患者に対し脊椎麻酔を行っても心拍出量は臨床的に有意な変化を示さないという仮説を検証した。本研究を通じ、子癇前症患者に脊椎麻酔を行った場合の血行動態変化を理解することによって周術期の肺水腫、腎機能障害、子癇発作、新生児への悪影響を防ぐ一助となると考える。

 心拍出量測定には、動脈圧波形から自動相関アルゴリズムを用いて一回拍出量を算出する心拍出量モニターを用いた(LiDCOplus; LiDCO, London, UK)。このモニターではまず「名目」一回拍出量を算出し、リチウム希釈法によって測定した心拍出量を用いた校正を行い名目一回拍出量を実際の一回拍出量に変換する。「名目」心拍出量の算出には、動脈圧波形の形態ではなく、波形まるごとを用いた圧-容量変換を用いる。この方法による心拍出量測定は一度校正を行うと少なくとも8時間は再校正を行わなくても正確な値が得られる。

 心拍出量が基準時点より20%以上低下する場合を有意な変化とした。

 平均動脈圧が基準時点より20%以上低下した場合、フェニレフリンを50mcgずつ1分間隔で基準時点より20%低下した平均動脈圧に復するまで投与した。30%以上低下した場合は、フェニレフリンを100mcgずつ1分間隔で基準時点より20%低下した平均動脈圧に復するまで投与した。

 平均動脈圧が目標値に達しても心拍出量がフェニレフリン投与前より5%以上増加しない場合は、エフェドリンを5または10mgずつ動脈圧と同様の方法で投与した。エフェドリンを50mg投与しても心拍出量が増加しない場合は急性耐性と判断しフェニレフリン投与に切り替えた。低血圧(基準時点より30%低下)に伴い心拍数が55bpm未満になった場合はアトロピン0.5mgとエフェドリン10mgを投与した。児娩出後は血圧が基準時点より30%以上低下した場合にフェニレフリンまたはエフェドリンを投与した。

 児娩出から30分経過後、オキシトシン2.5Uを30秒かけて投与した。オキシトシン投与後3分間は昇圧薬を投与しなかった。

 オキシトシン投与後を除いて、心拍出量は帝王切開中一貫して維持された。

 フェニレフリンが投与されたのは、合計10名で、児娩出前が8名、児娩出後が6名であった。エフェドリンが投与されたのは7名であった。フェニレフリン投与前のSVRは基準時点より有意に低かったが、心拍出量と心拍数は基準時点と同等であった。フェニレフリン投与により平均動脈圧とSVRは有意に上昇し、心拍数は有意に低下した。一回拍出量と心拍出量はフェニレフリン投与前と比べ有意な変化は認められなかったが、心拍出量は減少する傾向が認められた。

 今回の研究では健康な患者の帝王切開で脊椎麻酔を実施する場合と同様に、昇圧薬の第一選択としてフェニレフリンを用いた。術前の降圧薬投与にも関わらず、基準時点におけるSVRは正常より高く、心拍出量は正常範囲内であった。脊椎麻酔によって平均動脈圧とSVRは有意に低下した。多くの患者で心拍出量は20%以上増加した。以上より子癇前症患者における脊椎麻酔の影響は後負荷の軽度低下であると言える。フェニレフリン投与によって心拍出量は低下する傾向が認められた。

 昇圧薬の投与頻度は、正常妊婦の場合よりも少なかった。

 今回の研究では平均動脈圧の目標値下限を基準時点の20%低下としたが、この範囲だと心拍出量は有意な変化を見せず、むしろ多くの場合心拍出量が増加した。また、血圧が目標下限以下となってフェニレフリンを投与しても心拍出量は増えず、それどころか減少する症例もあった。したがって、子癇前症患者の脊椎麻酔では動脈圧を基準時点レベルに維持する必要はないと考えられる。

 オキシトシン投与によって有意な血圧低下、心拍数、一回拍出量、心拍出量上昇が認められた。オキシトシンによる血行動態変化は脊椎麻酔による変化よりも程度が甚だしかった。子癇前症患者ではオキシトシンはゆっくり投与すべきである。

 今回はリチウム希釈法による心拍出量測定を行った。この方法は動脈圧ラインに設置されたリチウム感受性電極が描く希釈曲線から心拍出量を測定するもので、侵襲が小さい上に、熱希釈法よりも電磁血流計の心拍出量に近い値が得られることが分かっている。

 まとめ:重症子癇前症患者に脊椎麻酔を行うと、後負荷が軽度低下し、心拍出量はほとんど変化しない。フェニレフリンを投与しても心拍出量は上昇しない。本研究では子宮胎盤血流については観測していないため、母体および胎児双方の観点から、α+β作動薬の方がα作動薬より適している可能性があり、今後の研究が待たれる。オキシトシンを投与すると一時的とはいえ相当の低血圧、頻脈、心拍出量増加が起こる。オキシトシンはゆっくり静注すべきである。脊椎麻酔の効果が消失した時点では、一回拍出量はよく保たれており、心拍出量は有意ではないが低下していた。重症子癇前症患者の帝王切開を硬脊麻(CSE)で行い良好な管理が可能であったとする報告があり、確かに術後鎮痛にはCSEは有利かもしれないのだが、この研究で得られた結果を踏まえると血行動態(心拍出量)を適切に維持するには、単回投与の脊椎麻酔の方が望ましいと考えられる。


教訓 ①重症PIHの脊麻では血圧が下がっても心拍出量は維持される
    ②血圧より心拍出量の方が胎盤血流とよく相関する
    ③PIHでは血圧から心拍出量を推定するのは適当ではないかもしれない
    ④オキシトシンは点滴静注する
    ⑤LiDCOplusはフロートラックよりすぐれものかもしれない
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