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術中覚醒高リスク患者の術中覚醒を防ぐには~考察 [anesthesiology]

Prevention of Intraoperative Awareness in a High-Risk Surgical Population

NEJM 2011年8月18日号より

考察

BAG-RECALLと銘打ったこの研究では、術中覚醒リスクの高い患者において、BIS値を指標にした麻酔管理が呼気終末麻酔ガス濃度(ETAC)を指標にした麻酔管理よりも術中覚醒を防ぐ効果が高いわけではないことが示された。対象患者全体における術中覚醒発生率は予測よりも低く、いずれの指標を用いても術中覚醒を防ぐのに有効であると考えられた。ただし、ETAC群の方が術中覚醒症例が少なかったのは、当初の予測とは反対の結果である。術中覚醒発生率の差についての95%信頼区間の一方の信頼限界値は、BISモニタリングがETACを指標とする場合を0.03パーセンテージポイント上回る術中覚醒予防効果があることを意味している。これは、3333名の術中覚醒高リスク患者にBIS値を指標とした麻酔管理を行うと、術中覚醒を一例防ぐことができることに相当する(NNTが3333)。

BAG-RECALL試験は、B-Unaware試験の主な問題点を克服するために行われた。具体的には、BAG-RECALL試験はB-Unaware試験よりも規模が相当大きく、国の異なる三つの施設で行われ、術中覚醒の危険因子のうちマイナーなものは登録基準として用いなかった。B-Unaware試験および本研究で、術中覚醒症例(確実な症例+可能性症例)の発生について得られた知見は一致する。さらに、B-Unaware試験の結果と同じく、BAG-RECALL試験でもETACを指標とする麻酔管理を行っても、術後死亡率は上昇せず、麻酔薬の総投与量も増大しないことが分かった。

BAG-RECALL試験が示したいくつかの重要ポイントについては十分な検討が必要である。呼気終末麻酔ガス濃度モニタのアラームを0.7年齢調整MAC以下で鳴るように設定する方法は、術中覚醒予防に関する今後の研究において比較対照する方法の一つとして採用を考慮するに値する。本研究で実施したETACプロトコルについては手術症例全般で、さらに評価を行うべきである。BIS値が60未満であっても術中覚醒が発生した症例があったことを踏まえると、BIS値が60を下回るからというだけで麻酔薬濃度を低下させるようなやり方をすべきではない。また、危険因子の数や基礎疾患の数が増えるのに従って、術中覚醒のリスクも増大すると考えられる。そして、意識や麻酔についての理解が進んでいるとはいえ(引用文献:意識と麻酔全身麻酔と睡眠と昏睡)、麻酔薬による意識消失と健忘の機序が完全に解明され、麻酔深度の測定が正確にできるようにならない限りは、術中覚醒を起こす患者が発生するのはやむを得ないかもしれない。

BAG-RECALL試験は広い視野に立った研究ではあるものの、問題点も一つならずある。中でも最も重大な問題は、強力な吸入麻酔薬による全身麻酔を受けた術中覚醒リスクの高い患者を対象としてBISプロトコルとETACプロトコルを比較したことである。本研究で得られた結果を、対象患者の特性や麻酔法が異なる場合に当てはめるべきではない。第二の問題点は、脳波を使用したモニタはBISの他にもいくつか流通しているがそのうちの一つだけをETACと比較したことである。第三に、BISアラームとETACアラームのいずれか一方だけを使用する麻酔管理法よりも、両方とも利用する麻酔管理法の方が術中覚醒を防ぐ効果が高いかもしれない。第四に、いずれのプロトコルとも麻酔担当医がアラーム音に無頓着であったかどうかを知ることが難しい。誰だって、鳴るべきでないときにやたらとアラームが鳴ればなおさらのこと、アラームそのものを鬱陶しく思うものである。第五に、稀にしか発生しない事象を評価する場合、データに脱落があると結果に大きな影響がおよぶ可能性がある。本研究では術後の聞き取り調査を二回ともできなかった患者が少数存在したが、Figure 1に示したようにその大半は初回聞き取り調査より前の時点で死亡していた。問題点の最後に、無作為化割り当てを行ったものの、遺伝的に麻酔薬に耐性があるなどの現時点では未知の危険因子がBIS群とETAC群に不均一に分布していたかもしれず、そのことが交絡因子となった可能性があることを挙げておく。

BAG-RECALL試験では、BISプロトコルにはETACプロトコルを凌駕する術中覚醒予防効果はないことが明らかになった。ETACを指標とする麻酔プロトコルを導入するには、簡潔にまとめられた教育プログラム、呼気吸入麻酔ガス濃度の測定、ETACの閾値を知らせる音声アラームの常設および麻酔担当医が常に監視を怠らないように仕向けるためのチェックリストなどが必要であろう。手術安全チェックリストなどの誰にでも分かるように作成されたプロトコルがいくつか普及している。本研究で用いたETACプロトコルも、術中覚醒高リスク患者に対する吸入麻酔による全身麻酔の際に同じように適用できると思われる。

教訓 呼気終末麻酔ガス濃度(>0.7年齢調整MACを維持)と、BISの両方を用いる方が術中覚醒を予防する効果が高いかもしれません。BISが低いからといって吸入麻酔薬濃度を下げるやり方は、おすすめできません。
コメント(2) 

コメント 2

SH

私はこの論文の結果は当然のものと考えています.
BIS値は統計データを元にした予測値に過ぎず,個々の患者の評価では結構大きな誤差があります.BIS値のすごいところは人数を集めて集団での平均値をみるときっちとよいところに来ます.揮発性麻酔薬の感受性の個人差に関してはSDが小さく,多くの人が平均値の近傍に集中しています.従って呼気濃度をある程度以上に設定すれば「術中覚醒」が生じる可能性は非常に低くなります.誤差の大きなBIS値をガイドとした場合よりも揮発性麻酔薬を呼気濃度によって維持した方が問題が生じる可能性が低いのはほとんど自明の理でしょう...
BIS値の本質が理解出来ていない"authorityと呼ばれている人たち"が多く存在することが問題なのです.
by SH (2011-11-06 15:15) 

vril

お久しぶりです。物事の本質を見極める格調高いコメントをいただきありがとうございます。麻酔の世界にも「バカの壁」がそびえ立っているというわけなのですね。authority村のフルメンバーシップを取得している方々は、BISと呼気麻酔薬濃度の特性について、知らない(勉強不足or理解力不足)のか、知っていても知らないふりをするのか、いずれにしても良心的な学徒とは言い難い気がします。分かりたいことしか分かろうとしない、自分に不都合なことは分かりたくない、という人類共通の性癖を克服するのはひどく難しそうですが、克服しようとする努力を怠った瞬間に、下着姿で外出しているのにそれに気づかず闊歩するような間抜け人間に堕してしまうのかもしれません。私はauthority村とは百万光年ぐらい離れた場所に棲息していますので、下着姿でうろうろしても誰にも気づかれないかもしれませんが、よくよく気をつけようと思います。ためになるコメントをまたお待ちしています。
by vril (2011-11-07 08:59) 

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