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無作為化比較対照試験との決別~振り子効果 [critical care]

We should abandon randomized controlled trials in the intensive care unit

Critical Care Medicine 2010年10月号増刊より

「マイナス」の無作為化比較対照試験(RCT)、つまり対象となった治療法によって転帰が改善するという結果を示すことができなかった試験によってある程度の反響が起こるのは当然である。しかし、それ相応の反響を凌駕する過大な反応が、集中治療医学に対する包囲網を形成してきたかのように思われる今日この頃である。Ospina-Tasconらが著した体系的総説によれば、ICU患者を対象として何らかの治療法が死亡率におよぼす影響を検討したRCT 72編のうち、当該治療法が「プラス」であるという結果(転帰が改善するという結果)を示したものはわずか10編に過ぎなかった。そして、当該治療法によってかえって転帰が悪くなるという結果が7編で報告され、転帰を良くも悪くもしないという結果を示したのは55編にものぼるという惨憺たる有様である。さらに、転帰が改善するという結果が得られた10種類の治療法の多くは、その後行われた試験では同様の結果が確認されなかったため、確立した治療法として広く臨床に取り入れられるには至っていない(Table 1)。我々が日々行っていること(RCTで有用性が示されているものも示されていないものも含む)の大半は、病態生理を理解した上で、ある治療法によって病態生理にどのような影響がおよび転帰が改善するかということを踏まえて実行に移されている。だが、病態にせよ治療法にせよその多くは、まだ限られた知見しか得られていない(例えば、ステロイド、活性化プロテインC、PEEPの値などについては様々なRCTが行われてきたが、未だに確固とした結論を得られずに右往左往しているのが現状である)。我々が行う治療法が作用を発揮する機序がほとんど分かっていないのに、RCTを正確に設計し実行できようか?機序も分かっていない治療法によって患者の転帰が改善することをRCTで示そうとするなんて虫が良すぎるのではなかろうか?重症患者管理における多くの場面においては、人口に膾炙している所謂RCTを(少なくとも今のところは)見限るべきであり、精緻な観測研究によって知見を積み重ねることにこそ奮励努力すべきであるということをこの記事では論ずることにする。

振り子効果

ある治療法が有効であるということを示す研究が、後に別の研究で有効ではないとか、むしろ有害であるとして覆されることを振り子効果と呼ぶ。これは、集中治療医を悩ませる頭痛の種である。そして、有望な新しい治療法が登場してもすぐには日々の臨床に取り入れず、追跡調査で一転、否定的な結果が出るであろうとニヒルに待つという気風を蔓延させる元凶にもなっているのではなかろうか。振り子効果の実例は枚挙にいとまがない。人工呼吸器関連肺炎に対し、気管支鏡を用いるPSB(protected specimen brush)やBALによる検体採取を行うと死亡率が低下することが示されたものの、後に死亡率を低下させる効果はないという結果が報告された。敗血症性ショック患者に副腎皮質ステロイドを中等量投与すると生存率が上昇することを示した研究が一編報告されたが、その後の研究では、ステロイドによって転帰は変わらないという結果が示された。重症敗血症患者において活性化ドロトレコギンアルファが有効であることを示したRecombinant Human Activated Protein C Worldwide Evaluation in Severe Sepsis(PROWESS)研究 も、現在進行中のPROWESS-shock試験によって覆されることになるかもしれない。

単一施設研究の結果を受けて、同様の試験を多施設研究として拡大実施する場合に、振り子効果が特に発生しやすいように見受けられる。例えば、Van den Bergheらは自施設のICUで行った厳格血糖管理の研究で転帰が改善することを示したが、後に実施された複数の多施設研究では同様の結果は得られなかった。Riversらの単一施設研究ではEGDTによる転帰改善が示されたが、これもまた現在進行中の多施設研究で否定されるのかもしれない。

こうした振り子効果が出現する重大な背景要因の一つとして、後続の多施設研究における対照群の患者管理が、端緒となった研究を受けて、既に改善してしまっていることが挙げられる。こうなってしまうと、対照群と治療群のあいだに転帰の差を見出すのは至難の業となる。実際、Van den Bergheらの論文が発表されてからというもの、大部分のICUでは血糖値が以前より厳重に管理されるようになったし、救急部における敗血症患者の急性期治療はRiversらの研究が世に出たことにより向上した。

臨床試験は有益であるという結果よりも有害という結果がでやすい

ICUで行われるRCTでは、有益であるという結果よりも有害という結果がでやすいのが事実である。このことを示す絶好の例が、ARDS患者における低一回換気量と高一回換気量の影響を比較検討したARDSNetの研究である。この研究では、当時における高一回換気量を適用した群の方が低一回換気量群よりも死亡率が高いという結果が得られた。同様に、KressらはICU患者の鎮静を毎日中断することによって死亡率が低下することを示した。しかし、この研究で示された転帰の差は、鎮静を中断するというプロトコルそのものに有益性があって生じたと言うよりは、対照群(鎮静を中断しない群)における合併症発生率の増加によって差ができたと考えられる。

教訓 単一施設研究の結果を受けて、同様の試験を多施設研究として行うと振り子効果が発生しやすいようです。intensive insulin therapyがその例です。EGDTも同じかもしれません。
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