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ARDS人工呼吸中の肺胞虚脱・再開通~はじめに [critical care]

Lung Opening and Closing during Ventilation of Acute Respiratory Distress Syndrome

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年3月15日号より

ARDS患者についての研究が端緒についたときからというもの、ARDS治療における呼吸管理では、肺のリクルートメント(意図的に肺内外圧差を一過性に増大させて、含気が失われていたり少なかったりして虚脱しやすい肺胞を十分に開存させること。加圧再膨張。)が重要であることが指摘されてきた。ARDS肺の主な病像の一つが無気肺であることが、その理由である。そんなわけで、ARDSに対する人工呼吸法が模索されはじめた当初から、PEEPを付加し肺の虚脱を防ぐ方法が採られてきた。高いPEEPの効果、つまり、PEEPを付加することによって虚脱を免れる肺組織の量は、リクルートメント(加圧再膨張)可能な肺組織の量(全肺気量に達するぐらいに肺が膨らむように気道内圧を上げて測定される)と密接に関与し、だからこそ、高いPEEPを付加することによって得られる効果はARDS患者の中でも大きなばらつきがあるということを、我々はこれまでに明らかにしてきた。したがって、最適なPEEP値を設定するには、リクルートメント可能な肺組織の量の臨床的評価が不可欠である。

ALI/ARDS患者では、陽圧換気を行うと、そもそも呼吸不全を来す原因となった肺傷害を、さらに悪化させてしまうことがある。人工呼吸による肺傷害(VILI)の機械的原因として広く認識されている主要因が二つある。一つは肺胞の歪み(ひずみ)である。これは、一回の呼吸で送り込まれる気体の量と、それによって含気が得られた肺組織の量との比で表される。もう一つが、呼吸一周期中に発生する肺胞開存と虚脱である。これは、虚脱肺のうち吸気中には再開通し呼気中に再虚脱する部分の量として定量的に表される。ALI/ARDS肺に高いPEEPを付加すると、理論的には二つの相反する現象が起こる。一方では、開存と虚脱を周期的に繰り返す肺組織の量が減るが、他方では、すでに開存している部分の肺胞の歪みが増す。つまり、高いPEEPが有効か否かは、この二つの相反する作用のいずれが優勢かによって決まるのである。

今までのところ、ALI/ARDSの診断基準に合致することのみを条件として対象患者を設定して行った臨床研究では、高めPEEPの付加による生存率改善効果は証明されていない。ALVEOLI(Assessment of Low tidal Volume and elevated End-expiratory volume to Obviate Lung Injury)研究に続き、二編の多施設無作為化臨床試験が行われたが、低一回換気量による人工呼吸中に高めPEEPを付加しても、低めPEEPの場合に優る効果は得られないという明白な結果が示されて終わった。しかし、患者一人一人で異なるリクルートメント可能な肺組織量は患者一人一人で異なり、そしてそれがPEEP値の高低による作用の違いにつながり、さらにはその組合せ如何によってVILI発生が促進されるか、抑止されるかが左右されるということを考慮して行われた研究は皆無である。そこで我々は、ALI/ARDS患者にPEEP付加した場合、リクルートメント可能な肺組織量の多寡が、肺胞の歪みや周期的開閉による影響とどのような関わりを持つのかを明らかにすることを目指して研究を行った。

教訓 ALVEOLI試験(Assessment of Low Tidal Volume and Elevated End-Expiratory Volume to Obviate Lung Injury trial)では、各患者の酸素化に応じて設定された標準的PEEP値とそれより高いPEEPが比較されましたが、PEEPを高くすることによる有効性は認められませんでした。この研究では、リクルートメントできる肺組織量の多寡によってPEEPの作用がどのように異なるのかが検討されました。
コメント(10) 

コメント 10

ぶりぶり

またまたコアな論文ですね。いつもネタが新鮮でこの店はとてもいごこちがよいです。
by ぶりぶり (2010-04-06 23:52) 

vril

ぶりぶり先生、こんにちは。お褒めいただき、励みになります。間口は狭いかもしれませんが、奥行きは深い店だと自負しております。ごゆっくりおくつろぎ下さい。
by vril (2010-04-07 07:44) 

SH

ARDSの患者の肺でVILIが起こるのは,結局のところ肺組織に炎症があるからでしょう.以前M川先生が書いておられましたがトランペット奏者の肺には100cmH2O以上の圧が掛るが,トランペットを吹いて気胸が生じたなんてことは起こらないですから.健常ではない肺だからこそVILIが生じるのでしょう.
肺胞の虚脱が問題と言うけれど,それだけの問題ではないということが改めて示されたに過ぎないのではないでしょうか?病態の本態をもっとよく考える必要があると私は思っていますが...
by SH (2010-04-07 23:23) 

vril

SH先生、こんにちは。コメントをいただきありがとうございます。前回のコメントで教えていただいた「医龍」が掲載されている雑誌を病院の売店で早速購入し、我が麻酔科のみんなで回し読みしました。現在、麻酔科文庫の一員として鎮座しております。

私のボスは人工呼吸が専門で、米国留学中は数々の無辜の動物たちを使って人工呼吸に関する様々な実験をしたそうです。VILIは人工呼吸器設定によっては健常動物の肺でも発生し、例えば人間の肺よりも弱々しい肺を持つウサギなどではプラトー圧20cmH2Oの人工呼吸を4時間続けると、「肺から血がだらだらと滴り落ちてくる」のだそうです(isolated perfusion lungを使った実験)。もちろん、人間でも肺が悪くなくても人工呼吸が必要な場合に、ファイティングが起こるような設定であったり、driving pressure(気道内圧の振幅)が過大であったりするような設定で人工呼吸を行っていればVILIが発生することはご存じかと思います。肺が悪くないのに人工呼吸が必要、と言えば、まさに全身麻酔がそうですよね。全身麻酔のときも、一回換気量を小さくした方が肺の炎症が抑制されることを示した論文もあります(Mechanical ventilation with lower tidal volumes and positive end-expiratory pressure prevents pulmonary inflammation in patients without preexisting lung injury. Anesthesiology. 2008 Jan;108(1):46-54.)。

肺胞が破れるか破れないかは、経肺圧(transpulmonary pressure=肺胞圧-胸腔内圧)によって決まります。トランペット奏者で見られるように、常人を遙かに凌駕するような努力呼吸が行われる場合、一見ものすごい圧が肺胞にかかっているように見えても、強い筋力によって作られる大きな胸腔内圧のため経肺圧は小さく、肺胞壁にはほとんど圧がかからないので、気胸にはなりません。

この論文の著者であるGattinoniは従来から、虚脱肺胞をできる限り減らすことよりも、虚脱と再開通を繰り返してshear stress(剪断応力)がかかる肺胞を減らすことを重視しています。かなりの圧をかけても虚脱している肺胞は、そのまま虚脱させておけばよい、という考えです。そして、含気が保たれている部分(=炎症がひどくない部分)を傷つけない人工呼吸器設定を模索すべきであり、それで二酸化炭素がたまるのであればECMOを実施すればよい、という論文も発表しています(Tidal Volume Lower than 6 ml/kg Enhances Lung Protection: Role of Extracorporeal Carbon Dioxide Removal. Anesthesiology2009年10月号)。リクルートメント不能な肺胞はARDSの中心病変で、虚脱と再開通を繰り返すのは中心病変を取り巻く炎症と浮腫が波及した部分です。虚脱肺胞には介入せずrestさせておき、手持ちの何とか使える肺胞を使ってALI/ARDSを乗り切ろう、というのが彼の昔からのコンセプトです。また、この論文には、リクルートメント可能な肺組織が多いか少ないかという評価を抜きに高めのPEEPと低めのPEEPについて検討したALVEOLI試験に対する批判の意味も込められていると思います。ALI/ARDSの臨床研究では病態をあまり細かく考えずに行われているものが結構たくさんある、という最近10年以上にわたって続いている状況を鑑み、本論文著者のGattinoniらは病態をもっと考えて研究を行ったり、人工呼吸器を設定したりする必要がある、ということをあの手この手で以前から強調しているというわけです。しかし、彼らの考えを念頭に肺のfunctional morphologyやバッグを手でもんだ感覚を人工呼吸器設定に反映させるのには、かなりの訓練と経験と観察眼が必要なので、ベッドサイドでも簡単に評価できる指標によって人工呼吸器設定が簡単にばっちり決められる方法が生み出されるまでは、彼らの考えは広く一般にはなかなか理解されないのかもしれません。

by vril (2010-04-08 13:12) 

ボス

Gattinoniが、みんなからなかなか理解されないのは、彼がものすごいヘビースモーカーだからです。というのは冗談ですが、彼の考えが天才的すぎて凡人に理解しにくいからでしょう。喩えていうと2次元の人に球や立方体を説明するのが難しいのに似ています。彼は3次元の人で凡人は2次元の人なのです。
by ボス (2010-04-08 14:44) 

vril

ボス、コメントありがとうございます。Gattinoniは、実験データとかを集めて解析して仮説を立証して論文化するのはそんなにお好きじゃないみたいですよ。学会場で話しかけたらそうおっしゃっていました。たぶん、モレキュラーなことを追求するのも好みじゃないと思います。

私は凡人なので、Gattinoniが凡人にも理解できるように論文化してくれたこういう研究をよく味わい、毎日の人工呼吸管理に役立てようと思います。
by vril (2010-04-08 15:16) 

SH

>例えば人間の肺よりも弱々しい肺を持つウサギなどではプラトー圧20cmH2Oの人工呼吸を4時間続けると、「肺から血がだらだらと滴り落ちてくる」のだそうです(isolated perfusion lungを使った実験)。

これはその通りで,動物種差の問題が大きいと思います.
トランペットの話はちょっと適切な例ではなかったかもしれませんが,健常な肺だとPIPが30 cmH2Oを超えるくらいの圧で換気しても気胸が生じたりすることはほとんどありません.

似たようなことは他にもあります.人間には「酸素中毒」のエビデンスはありませんが,動物種(たしかウサギだったと思いますが)によっては酸素中毒による肺障害が起こります.
この手の動物実験はそのまま人間に当てはめられないので解釈には注意が必要だと思っています.
by SH (2010-04-08 23:28) 

vril

SH先生からコメントをいただくと、ネットというコミュニケーションツールは偉大だなぁ、とつくづく思います。いつもありがとうございます。

健常な肺で、driving pressure 30cmH2Oの人工呼吸を行った場合、同調性に問題がないとしても、長時間続ければVILI(barotrauma, volutrauma, biotrauma)が発生し、気胸やALI/ARDSに至る可能性があると思います。健常な肺で普通の体格であれば筋弛緩がかかっていてもPEEPはほとんど必要ないのでPIP30cmH2Oであれば、driving pressureはほぼ30cmH2Oとなるでしょう。健常肺で体格が普通で酸素消費量の増大がなく換気回数も普通の設定であれば、この換気をしていると二酸化炭素がずいぶん飛んでしまうと思われるので、実際にはこういう設定の人工呼吸が行われることはあまりないと思います。しかし、健常な肺でも、例えば著しい肥満があったり、妊娠や腹水で横隔膜が頭側に偏位したりして、肺に大きな重みがかかる場合などでは事情は異なります。肺に病変がなくても肺に加わる重みを打ち消すために高いdriving pressureで人工呼吸を行う場合は、実際に肺胞に加わるdriving pressureはそれほど高くないと考えられます。側臥位の片肺換気でも、換気側の肺が下位に位置するため重力と縦隔の重みの影響を受け、仰臥位において無気肺が起こりやすい背側肺と同じような状況にあるので、重みを打ち消すためdriving pressureを少し大ききしなければならないことが多いかと思います。

SH先生ほどの手練れの麻酔科医であれば、各症例の病態や条件に合わせた最適なPEEPとdriving pressureを見つけて設定していらっしゃるでしょうから、結果的にPIP 30cmH2Oであったとしても、実は肺胞はそれほど伸展されておらず、だから気胸を含めた臨床的に明かなVILIは発生しないと思います。でも、どんなに絶妙な設定であっても、陽圧換気は肺には良くありませんよね。

by vril (2010-04-09 17:30) 

SH

ちょっと舌足らずだったと反省しています.
こんな換気条件になるのはOLVの時の話です.両肺換気ではこんなベラボーな設定はあり得ないですね.もちろん単純なPIPの話ではなくplateau pressureと考えて下さい.DLTは通常のチューブより気道抵抗が高いので,チューブの先端もしくはそれより先の圧を考える必要があります.
ある程度肺の悪い患者さんで,plateau pressureで30-35 cmH2Oを数時間以上続けなければならないこともありました.micro levelでは肺障害が起きていた可能性は否定できませんが,macroには問題は無かったと考えています.術後も含め呼吸器合併症は生じていませんでしたから...

by SH (2010-04-09 22:13) 

vril

SH先生のご指摘通り、我々に見える「気道内圧」は、人工呼吸器設定の圧であったり、気道内圧計の圧であったりして、これは実際は口元の圧に過ぎません。気管チューブが細いとか、肺の状態が悪いなどの条件によっては、口元の圧と肺胞の圧とが大きく乖離することもあると思います。肺が悪い場合は、たいていは病変が不均一に分布していて、口元の圧とあまり変わらない部分がある一方で、口元の圧よりかなり小さな圧しかかかっていない肺胞もあるでしょう。

OLVで厳しい人工呼吸器設定を行っても臨床的に明らかな肺傷害が生じた例がなかったことが意味するのは、SH先生の総合的な麻酔管理が各症例において適切であったということです。素晴らしいですね。私も、ますます精進しようと思います。
by vril (2010-04-10 00:40) 

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