SSブログ

硬膜外併用全麻は前立腺癌再発率を低下させる [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年8月号より

Anesthetic Technique for Radical Prostatectomy Surgery Affects Cancer Recurrence: A Retrospective Analysis.

米国で年間27000人が前立腺がんで死亡する。手術を行っても局所再発または転移などが起こることがある。再発や転移には宿主の免疫能、特にNK細胞機能が関与している。周術期の要素のうち少なくとも以下の三つが再発や転移を促す。
①手術  腫瘍細胞が血中に放出される。細胞性免疫を抑制し細胞毒性T細胞やNK細胞の機能が低下する。腫瘍関連血管新生抑制因子(アンギオスタチンやエンドスタチンなど)の血中濃度が低下する。血管内成長因子などの血管新生促進因子の血中濃度が上昇する。腫瘍組織の局所および遠隔増殖を促進する成長因子が放出される。
②麻酔  好中球、マクロファージ、樹状細胞、T細胞、NK細胞などの機能を障害する。
③鎮痛に用いられるオピオイド  ヒトの細胞性免疫および液性免疫を障害する。モルヒネには血管新生促進作用があり齧歯類の乳腺腫瘍の成長を促進する。したがって非オピオイド鎮痛薬の使用によってヒトおよび動物でNK細胞機能の作用が維持され、齧歯類においてガンの転移が抑制されることが明らかにされている。

区域麻酔/鎮痛によって以上のような悪影響を抑制することができる。手術に対する神経内分泌のストレス反応が緩和される。NK細胞機能が良好に維持されガンの肺転移が抑制されることがラットの実験から示されている。全身麻酔に区域麻酔を組み合わせることによって全身麻酔薬の必要量が減少するため、免疫能低下作用が軽減される可能性がある。区域鎮痛によって術後のオピオイド必要量が減るため、オピオイドによる免疫能低下および腫瘍増大作用が緩和されると考えられる。さらに内因性オピオイドの放出量も低下する。

本研究では開腹前立腺全摘を受ける患者において全身麻酔+硬膜外麻酔と全身麻酔+術後オピオイド鎮痛を受けた群を比較すると、硬膜外麻酔併用群の方がガン再発率が低いという仮説を検証した。

1994年1月から2003年12月の間にMater Misericordiae University HospitalおよびMater Private Hospital(Dublin, Ireland)において開腹前立腺全摘を受けた患者を対象とし遡及的に調査した。硬膜外麻酔を併用する場合は、術前に下部胸椎椎間からカテーテルを挿入し執刀前に局所麻酔薬を投与した。術後48-72時間、局所麻酔薬の持続硬膜外注入を行った。硬膜外麻酔を併用しない場合はモルヒネPCAによる術後鎮痛が行われた。PCAの設定はモルヒネ1mgボーラス、ロックアウト時間は6分とした。

主要転帰は「生化学的転移」(PSAが主治医が何らかのアジュバント治療を検討する程度に術直後より上昇すること)とした。全身麻酔のみの群(123名)と比べ、硬膜外麻酔併用全身麻酔群(102名)の方がASA PSが悪く(P=0.11)、合併症(術後出血、肺炎、尿路感染)が多く(P=0.05)、わずかに手術時間が短かった(2.0時間vs 1.8時間;P=0.06)。また、硬膜外併用群の方が切除縁陰性の患者の割合が少なかった(P=0.06)。腫瘍サイズ、グリーソン分類、術前PSA値、切除縁陽性/陰性の別についての調整後の全身麻酔+硬膜外麻酔群の再発危険率は、全身麻酔+オピオイド群より57%低く (95%CI, 17-78%)、ハザード比は0.43 (95%CI, 0.22-0.83; P=0.012)であった。グリーソン分類と術前PSA値は再発率と独立した強い相関を示した。傾向スコアを用いたマッチングを行い、71ペア(患者142名)について解析したところ全身麻酔+硬膜外麻酔群は全身麻酔群と比較し再発率が52%低く、ハザード比は0.48 (95% CI, 0.23-1.00; P=0.049)であった。Kaplan-Meier曲線による5年後再発なし予測生存率は、全身麻酔群68%、硬膜外併用群87%、10年後はそれぞれ43%、76%であった。

区域麻酔の併用によってガン手術後の再発リスクを低減できる可能性がある。NK細胞は腫瘍の増殖、特に転移を抑制する重要な細胞である。NK細胞活性は手術開始後数時間以内に低下し、その効果は数日間にわたって遷延する。NK細胞活性の低下の程度は手術の侵襲度に比例する。組織傷害、炎症、疼痛、麻酔薬、鎮痛薬、精神的ストレスはすべてNK細胞を抑制し、手術による腫瘍増殖作用を助長する。しかし、区域麻酔の併用によってこの悪影響が緩和される。ケタミン、チオペンタール、ハロセンはNK細胞活性を抑制し転移を促進することが知られている。他の吸入麻酔薬も同様である。ハロセンとイソフルランは好中球の運動能を低下させ、セボフルランはT細胞の機能を低下させる。今回の研究では吸入麻酔薬の使用量については調査しなかったが、硬膜外併用群では全身麻酔のみの群と比較し吸入麻酔薬使用量は相当少なかったものと考えられる。

オピオイドを投与すると細胞性免疫および液性免疫が障害され、抗体産生、NK細胞活性、サイトカイン分泌、リンパ球増加、貪食能が阻害される。オピオイドの免疫抑制作用については、モルヒネがもっともよく研究されているが、フェンタニルやその他のオピオイドについてもモルヒネと同様の免疫抑制作用があることが報告されている。内因性および外因性オピオイドはμ、δ、κ受容体に結合する。これらの受容体は末梢ニューロンおよび中枢神経だけでなく、免疫系の細胞(多形核白血球、マクロファージ、T細胞、脾細胞、マクロファージ様細胞)にも存在する。今回の研究ではオピオイド使用量については調査しなかったが、全身麻酔のみの群ではオピオイド使用量は硬膜外併用群と比較し相当多かったものと推測される。

本研究の問題点は遡及的観測研究であるため、無作為化されておらず治療法が標準化されていないため、選択バイアスと明るみに出なかった交絡因子の影響が除外されていないこと、CIの範囲が大きいこと、傾向スコア法を用いても完全には両群の交絡因子のマッチングが十分にはできなかったことの三点である。

乳ガン手術における胸部硬膜外または傍脊椎ブロック+深い鎮静または全身麻酔(プロポフォール使用)群と全身麻酔(セボフルラン使用)+術後オピオイド鎮痛群についての乳ガン再発/転移率の無作為化比較対照試験(NCT00418457)が現在進行中であり、また近々前立腺全摘術の転帰に麻酔法が及ぼす影響についての無作為化比較対照試験が始まる。

教訓 吸入麻酔薬やオピオイドはガンの手術には良くなさそうです。NCT00418457は2007年1月からはじまり、登録予定患者数は1100名です。終了するのは2013年3月とまだ先のことですが、結果が楽しみです。
コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。