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笑気の毒性~心筋、生殖 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

Biologic Effects of Nitrous Oxide: A Mechanistic and Toxicologic Review

心筋に対する影響
笑気は周術期心筋合併症発生リスクを増大させる。ホモシステインが代謝されメチオニンを生成するにはメチオニン合成酵素が必要であるため、笑気を投与すると血中ホモシステイン濃度が上昇する。ホモシステインの増加は心臓合併症の独立した危険因子である。この原因としてホモシステインによる内皮障害と凝固能亢進が指摘されている。しかし、笑気によるホモシステイン増加が本当に心臓リスク上昇の原因であるのか否かについては未だ決着がついていない。動物実験で笑気による心臓合併症増加が認められたのは、笑気を投与されなかった群がプレコンディショニング効果のあるイソフルランを笑気投与群より高濃度で投与されたため、笑気投与群ではプレコンディショニング効果を得られなかった結果として笑気によって心臓リスクが上昇するように見えるだけだという意見もある。笑気は他の吸入麻酔薬と違い心機能をあまり抑制しないため術中の循環動態が良好に維持される可能性がある。笑気が周術期転帰に与える影響についてはさらに研究が必要であるが、ENIGMA試験では笑気によって心臓に関連する転帰が悪化するという結果は得られていない。ただし、ENIGMA試験には心臓関連転帰を評価するに足る検出力がない。ENIGMAⅡ試験では冠動脈疾患患者における笑気のリスクを評価するため7000名の患者登録が計画されている。

生殖に対する影響
動物実験で高濃度笑気を長期間投与すると胎児毒性が認められたとする報告がある。しかし、臨床ではあり得ないような投与量、投与時間での実験のため、この結果が臨床的にも意味があるとは言い難い。同様の動物実験では、高濃度長時間笑気投与に加えハロセンを併用すると笑気による胎児死亡および神経解剖学的異常の発生が抑制され、また、イソフルランを併用すると胎児死亡は防がれるが骨格系の異常は抑制されないという興味深い結果が報告されている。吸入麻酔薬による笑気の胎児毒性抑制作用は子宮血流量の増加によるものではないかと考えられているが、臨床的にも有意な現象であるのかどうかは分かっていない。臨床研究に目を転ずると、5405名を対象とした麻酔による胎児毒性の観測調査では、麻酔方法によらず麻酔による胎児に対する悪影響は認められないという結果が得られている。他にも、麻酔による流産発生頻度上昇は認められないという報告もある。麻酔薬による胎児毒性は未解明の部分が多く、更なる研究が必要であるが、現時点までの臨床研究データによれば、麻酔には臨床的に問題となるような胎児毒性はないと考えられる。(つづく)

教訓 笑気の心臓に対する影響についてはENIGMAⅡが明らかにする予定です。

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笑気の毒性~職業曝露 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

Biologic Effects of Nitrous Oxide: A Mechanistic and Toxicologic Review

笑気の職業曝露限界値(OEL)は、余剰ガス排気装置が整備されている環境における8時間時間加重平均値で表される。国によっては短時間曝露についてもOELよりさらに厳しい基準が設けられており、一定以上の濃度の笑気にはいかなる場合にも曝露されることが許されない。UKおよびスウェーデンのOELは100ppmであるが、米国では産業衛生学会は50ppm、労働安全衛生局は25ppmを妥当な基準としている。排気設備がなかった時代は、手術室内の笑気濃度は常に1000-2000ppm程度であった。現在では余剰ガスが十分排気されるため手術室内の笑気濃度は相当低下しているが、それでも最高値は短時間とはいえ1000ppm以上になることが最近の研究で明らかにされている。

生殖に対する影響
笑気は濃度および時間依存性にメチオニン合成酵素を阻害する。したがって、職場における笑気曝露は労働衛生上のリスクである。妊娠中に1000ppmの笑気に曝露されていると流産および発達遅延の危険性が上昇するが、500ppm以下では曝露されていない場合と同等であると報告されている。笑気の職業曝露による胎児毒性は葉酸およびメチオニン補給によって低下するため、メチオニン合成酵素阻害が毒性の本態であると考えられている。動物では1000ppm以下の笑気曝露では不妊にはならないが、5000ppmでは場合によっては不妊が認められるとされている。OEL以下の笑気曝露で胎児毒性や不妊などの問題が起こるというデータは今までのところ得られていない。動物実験結果からは、胎児毒性および不妊に関する笑気の安全限界値は500ppmと推測されている。

遺伝子毒性
メチオニン合成酵素が阻害されると、メチル基転移および葉酸代謝の障害によりプリンおよびピリミジン合成が低下する。そのため笑気によって遺伝子毒性が発現する可能性がある。しかし、笑気の職業曝露により遺伝子毒性が認められたとする臨床データはほとんど存在しない。医師50名(麻酔科医25名、笑気曝露の機会のない医師25名)を対象とした調査では、セボフルラン(8.9±5.6ppm)と笑気(119±39ppm)に職業曝露されていた麻酔科医群では対照群と比較し姉妹染色分体交換が増加していた。手術室に2ヶ月間出入りしないと姉妹染色分体交換は正常範囲に戻るため、麻酔薬による可逆性の影響であると考えられる。この研究における曝露濃度はOELを超えているが、OEL以下のイソフルランおよび笑気曝露でも同様の結果が得られている。笑気単独の職業曝露による遺伝子毒性のデータはない。

神経系に対する影響
歯科医師および歯科助手60000名を対象とした質問票調査では、笑気の高度曝露(週に6時間以上を10年以上)によってしびれや脱力感などの末梢神経障害の発生頻度が上昇することが明らかにされている(1.5% vs 対照群0.4%)。ただし、笑気依存者の数が分からない、余剰ガス排気が整備されていない、回答者バイアスなどの交絡因子があるためデータの信頼性には疑問がある。MACの5-10%(52000-105000ppm)程度の笑気に曝露されていると認知機能が低下すると報告されている。

血液毒性
笑気の血液毒性は1800ppm以下では認められないため、職業曝露では血液毒性は発現しない。

教訓 余剰ガス排気+換気がちゃんとしていれば笑気に職業曝露されていてもあまり問題はなさそうです。ただしご懐妊の方は用心した方がよさそうです。葉酸、VitB12、メチオニンを補充してください。

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DES留置後の予定手術までの待機期間 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

Cardiac Risk of Noncardiac Surgery after Percutaneous Coronary Intervention with Drug-eluting Stents

薬剤溶出ステント(DES)を用いた経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後の非心臓手術実施までの適切な待機期間についての大規模研究は未だ行われていない。ベアメタルステント(BMS)を用いた場合の待機期間については諸説あるが、我々の研究では、BMS留置後手術日まで少なくとも90日間の待機期間を設けるべきであるという結果が得られている。DESを用いるとBMSよりもPCIやCABGを要するような再狭窄が発生し難い。しかし、一方でステントの内皮化にBMSよりも時間がかかるため、ステント血栓症の危険性が高い期間が延長することが指摘されている。DES留置後の遅発性ステント狭窄症は18ヶ月後でも発生するという報告もある。ステント血栓症の予防にアスピリンとチエノピリジン系薬を併用する抗血小板薬併用療法が行われている。抗血小板療法の中断は早期および遅発性ステント血栓閉塞の重大な予測因子である。チエノピリジン系薬を術前も服用していると、心臓手術中の出血量が増える。したがって心臓手術でも非心臓手術でもほぼすべての症例で術前にはチエノピリジン系薬は中止されている。本研究ではDES留置後の待機期間と術後主要心臓合併症(major adverse cardiac events; MACEs)の発生頻度は反比例するという仮説を検証した。それとともに、周術期MACEsリスクと出血性合併症リスクが最小にする最適な待機期間について調査した。

MayoクリニックでDES留置後に非心臓手術を受けた患者520名を対象としカルテを基に調査を実施した。MACEs(死亡、ST上昇型心筋梗塞、非ST上昇型心筋梗塞、ステント血栓症、PCI再実施またはCABGを要する再狭窄)と手術による出血性合併症について調べた。

520名中28名に緊急手術が行われていた。184名(35.4%)が待機的にDESを留置され、336名(64.6%)が急性冠症候群のため緊急にPCIが行われDESが留置されていた。使用されたDESの84%がCypher(シロリムス溶出ステント)であり、16%がTaxus(パクリタキセル溶出ステント)であった。DES留置から非心臓手術までの期間は中央値で203.5日(四分位範囲94.5-349.5日)であった。PCI後90日以内に非心臓手術が実施された患者が125名、91-180日以内が105名、181-365日以内が170名、366-730日以内が120名であった。

520名中28名(5.4%)に一件以上のMACEsが発生した(死亡14例、ST上昇型心筋梗塞4例、非ST上昇型心筋梗塞10例、ステント血栓症4例、PCI再実施またはCABGを要する再狭窄6例)。DES留置から手術までの期間とMACEs発生率の間には有意な相関は認められなかった。DES留置後の期間以外のMACEs危険因子について多変量解析を行ったが、留置後の期間とMACEs発生率の間には有意な相関は認められなかった。

245名(47.1%)が非心臓手術実施前一ヶ月以内にチエノピリジン系薬を内服しており、そのうち175名は術前7日以内まで服用していた。425名(81.7%)が非心臓手術実施前一ヶ月以内にアスピリンを内服しており、そのうち365名は術前7日以内まで服用していた。単変量解析では術前7日以内までチエノピリジン系薬を継続していた患者はMACEs発生率が高かった (全体ではP=0.040; OR=2.2; 95%CI, 0.63-7.97、7-30日前にチエノピリジン系薬を休薬されていた患者との比較ではOR=2.9; 95%CI 1.23-6.61)。ただし、緊急手術について調整するとチエノピリジン系薬使用とMACEs発生率の間には有意な相関は認められなかった。

術中出血量が通常より多かったのは5名であった。そのうちチエノピリジン系薬を術前も投与されていたのは1名であった。77名(14.8%)に赤血球製剤が使用された。10名(1.9%)にはそれ以外の血液製剤(血小板、FFP、クリオプレシピテート)が使用された。術前7日以内にチエノピリジン系薬を服用していた患者のうち27名(15.4%)に赤血球製剤が使用された。術前7日以内にチエノピリジン系薬を服用していなかった患者のうち50名(15.0%)に赤血球製剤が使用された。血小板製剤が使用された5名のうち3名は術前にチエノピリジン系薬を服用していた。

ステント留置後の抗血小板薬併用療法が、不適切な時期に中断されることを防ぐため、AHA-ACCは出血のおそれのある待機的手技・手術はDES留置後12ヶ月後、つまりチエノピリジン系薬投与終了まで延期するべきであるという勧告を発表している。今回の研究では、非心臓手術後のMACEsはDES留置後1年以上経過していると減少する傾向は認められたが、統計学的には有意ではなかった。したがって、この結果はAHA-ACC勧告に一致するとも相反するとも言いかねる。ただし、本研究は対象患者が520名であったのだが十分な検出力を得るには1900名が必要である。単変量解析では非心臓手術の術前7日以内までチエノピリジン系薬が継続されていた患者では周術期虚血性イベント発生率が高かったが、これは抗血小板療法によって周術期のステント血栓症が減るという概念とは矛盾する。このような一見不可解な結果が得られた原因は、手術直前までチエノピリジン系薬が継続された症例は緊急手術症例に多かったこと、また周術期虚血性イベント発生の危険性が高いと判断されたりPCI後間もない患者であったりすると、チエノピリジン系薬中断期間が可能な限り短縮される傾向があったことであると考えられる。実際、緊急非心臓手術について調整して解析するとチエノピリジン系薬の継続とMACEs発生率上昇には有意な相関は認められなかった。チエノピリジン系薬投与期間(DES留置後1年後まで)が終了した患者のMACEs発生率はもっとも低く(3.4%)、AHA-ACC勧告と一致した。本研究で得られた重要な知見は、抗血小板療法が多くの例で術前も行われていたにもかかわらず、出血性合併症の発生数が少なかったことである。我々は以前、今回と同様の手法でBMSについても調査した。今回の結果と比較すると、非心臓手術後のMACEs発生率はDES留置後が5.4%、BMS留置後は5.2%であった。BMS留置後はPCIと非心臓手術までの期間が長いほどMACEs発生率が低下したが、DESの場合はこのような相関は認められなかった。緊急手術症例のMACEs発生率はDES留置後が17.9%(予定手術4.7%)、BMS留置後は11.7%(予定手術4.4%)であり、緊急手術ではどちらのステントを留置している患者においてもMACEs発生率が高かった。

参照:BMS留置後の予定手術までの待機期間冠動脈ステント留置症例の周術期注意点
   

教訓 DES留置後の予定手術までの待機期間は1年です。術前に抗血小板療法を実施していても出血性合併症は増えないようですが、日本でも当てはまるかどうかは分かりません。

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正しい周術期輸液~今までは、いれすぎていた? [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

現在、周術期輸液療法の分野では適切な輸液量に関心が集まっている。多くの論者が、昔から支持されている非制限的(liberalな)輸液管理法(比較的多量の輸液を投与する方法)に軍配を上げている。周術期の過剰輸液による問題にはあまり注意が払われず、過剰輸液によって組織に水分貯溜が起こることが複数の研究から示されても、この傾向は変わっていない。それどころか、輸液負荷を不可欠と考えている者が多い。こうした周術期輸液の捉え方は、以下に示すような、懐疑なく信じられている病態学的「基礎」に基づいている。①不感蒸泄と尿による水分排出のため、絶飲食になっている患者は循環血液量が減少している(hypovolemia)。②手術で皮膚が切開されると不感蒸泄が通常より増加する。③血管内からサードスペースへ水分が移行するため、その分を十分補充しなければならない。④循環血液量が過剰(hypervolemia)でも、過剰分は腎が調節するため害はない。本レビューでは理にかなった輸液管理法とともに血管バリア機能についての新しい知見を紹介する。

術前輸液:すべての道はローマに通ず?
術前輸液の目標は前負荷の適正化である。ここで重要なのは、「適正」「適切」は必ずしも「最大化」を意味するわけではないということである。「適正」「適切」は往々にして「最大化」と認識されているため注意が必要である。原理的には全血液量(循環血液量ではない)の測定は可能だが、侵襲や簡便さなどの点から実用性には乏しい。そこで、全血液量測定の代わりに用いられる指標が輸液負荷に対する反応性であり、これを "goal-directed" (目標指向型)アプローチと言う。この方法には以下のような問題点がある。第一に、輸液負荷反応性という循環動態の指標を用いることによって一回拍出量を最大化することはできるが、それが即ち全血液量の適正化につながるという証拠はない。第二が、このアプローチ法で現在も頻用されている測定項目である肺動脈偰入圧(PCWP)と中心静脈圧(CVP)の問題である。これらは一般的には輸液負荷反応性を予測するのに役立つと考えられているが、実際はPCWPやCVPから輸液に対する反応性を予測することはできない。逆に、収縮圧および脈圧の変動は輸液負荷反応性の予測に有用であるが、この指標を用いて輸液管理を行っても患者の転帰は改善しない。経食道ドップラーエコーの所見を指針とした輸液管理によって一回拍出量を最大化する方法は、転帰を改善する可能性がある。しかし、周術期の輸液管理を行う場合、いつでもどこでも経食道エコーを利用できるわけではない。また、経食道エコーを利用した輸液管理の有用性は確定的なわけではなく、エコーを用いない場合の過剰輸液よりもエコー観察下の過剰輸液の方がまし、という程度の意味である可能性もある。

「非制限的(liberal)」、「標準的(standard)」、「制限的(restrictive)」輸液管理:違いは見方によって異なる
輸液の目標値を設定するのは困難である上に、昔から輸液法は標準化されていないため、輸液管理法の研究をするのに必要な対照群と研究群の設定が容易ではない。ある研究では「制限的輸液群」に分類される方法が、別の研究では「非制限的輸液群」とされていることがある。また、制限群と非制限群の比較が、hypovolemia(循環血液量不足)とnormovolemia(正常循環血液量)の比較になってしまっていることもある。また、もう一つの問題点として、周術期輸液の評価には、悪心・嘔吐、疼痛、組織酸素化、循環器系合併症、呼吸器系合併症、再手術、入院期間などが用いられるが、これらはすべて手術の種類や程度によってその重要度は異なるし、これらの項目自体が手術の種類や程度によって非常に大きな影響を受ける。たとえば術後悪心・嘔吐は健康な患者の関節鏡手術では重要な項目だが、基礎疾患のある患者の6時間予定の腹部手術では取るに足らない問題であり、むしろ死亡率が重要な評価項目となる。したがって、輸液管理の研究では、大手術と小手術の区別および腹部手術と腹部以外の手術の区別が必要である。

大手術における輸液管理
消化管大手術におけるプロトコール準拠制限輸液管理法によって、循環器系・呼吸器系有害事象および消化管運動機能障害などの周術期合併症発生頻度が低下し、創傷および吻合部治癒が促進され入院期間も短縮することが明らかにされている。予定大腸手術を受けた成人20名を対象としたLoboらの研究では、術中に大量輸液(20mL/kg/hr)を行い、術後の輸液管理を制限群(2L/day以下)と標準群(3L/day以上)に無作為に分けて比較した。標準群では制限群より消化管機能回復が遅延し、入院期間が延長した。つまり、術中だけでなく術後の輸液管理も患者の転帰に影響を与えるのである。Brandstrupらは、大腸および直腸の大手術を受けた141名の患者を対象とし、輸液に関する多施設研究をおこなった。周術期輸液を制限した群(平均2740mL vs 5388mL)では、吻合部縫合不全、肺水腫、肺炎、創感染などの合併症発生率が有意に低かった。さらに、輸液量を制限し、周術期尿量が少なかったにも関わらず、急性腎不全は一例も発生しなかった。ただし、この研究では非制限輸液法と制限輸液法を純粋に比較したわけではなく、膠質液と晶質液の比較という意味合いが強い。というのも、非制限輸液群は5L以上の晶質液が投与されているのに対し、制限輸液群の輸液製剤は膠質液が主体であったからである。Nisanevicらは152名の各種腹部手術患者を対象とした研究で、プロトコールに準拠した制限輸液法(1.2L vs 3.7L)によって術後死亡率が低下し、入院期間も短縮するという結果を得ている。HolteとKehletが著した80編の無作為化臨床試験についての系統的レビューでは、大手術では過剰輸液を避けるべきであると推奨されている。しかし一方で、以下に記すとおり、非制限輸液管理の方が転帰が改善する場合もある。(つづく)

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 昔ながらの輸液の方法は、過剰輸液に傾きがちです。輸液量についての論文の解釈には注意が必要です。

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正しい周術期輸液~輸液と術後合併症 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

術後悪心・嘔吐(PONV)
短時間手術では輸液量が多い方がPONV発生頻度が低下し、術後肺機能が改善する可能性があることが複数の研究で示されている。しかし、これらの研究では単一の転帰項目に限った調査しか行われておらず、輸液量が多いことによってPONV以外の有害事象の発生が助長されている可能性を払拭できない。また、数時間におよぶ大手術を受ける患者については、これらの研究の結果を敷衍することはできない。現時点では、重症外傷やサードスペースへの水分移動(fluid shift)がない場合は、非制限的輸液法が好ましいと考えられるが、侵襲の大きい手術ではより綿密な輸液管理が有用であろう。

創感染と組織酸素化
術後感染を起こす病原菌に対する防御機構で重要なのは、好中球の活性酸素による殺菌である。活性酸素は酸素をもとに産生されるため、組織酸素化が十分でないと好中球殺菌能は発揮されない。また、酸素は組織修復と創傷治癒の重要な材料である。軽度低体温は術後感染リスクを三倍に押し上げるが、酸素投与は同リスクを半分に低下させる。しかし、酸素を投与しても血流が不十分な組織では酸素化は改善しない。したがって、十分な血流が維持されていることが迅速な創傷治癒と良好な感染防御能につながる。だから周術期には、末梢組織に十分に血液が行き渡るように血管内容量を適切に維持することが重要である。腹部大手術における輸液の研究では、「大量輸液管理法」によって組織酸素化が改善することが示されている。晶質液の過剰投与が有害である可能性については、最近になってようやく詳細な研究が端緒についたばかりであるため、多くの教科書では伝統的に非制限的輸液管理が推奨されてきた。大量輸液による組織酸素化改善を示す研究では、組織酸素化のみが転帰項目として報告されている。体重増加、浮腫、縫合不全、凝固因子、入院期間、消化管機能、腎不全、循環器系/呼吸器系合併症といった過剰輸液によって起こりうる有害事象については言及されていない。また、これらの研究では術前浣腸(現在では必要性が疑問視されている)が実施され、8時間以上の絶飲食期間(現在ではもっと短時間でよい)が設けられおり、患者はhypovolemicな状態で手術室に入室していたものと考えられる。晶質液の過剰投与が組織に与える影響は30年以上前に動物実験で明らかにされている。ウサギに10mL/kgの等張食塩水を投与すると、組織酸素分圧の有意な低下が3.5日間続く。Kabonらは腹部大手術を受ける患者に術前浣腸を実施し、一晩かけて2mL/kg/hrの輸液を行い、術中は2.5Lまたは4.6Lの晶質液を投与した。4.6L群において感染発生率の低下や創傷治癒の促進といった効果は認められなかった。ほかの複数の動物実験でも、晶質液投与による組織酸素分圧上昇は認められないことが示されている。Nisanevichらは輸液量が多いほど感染性合併症(手術部位感染を含む)発生率が高く、入院期間が長いと報告している。硬膜外麻酔および軽度高二酸化炭素血症は、どちらも皮下組織の酸素化を改善することが分かっている。組織血流が十分維持されていると、平均動脈圧、心係数、混合静脈血酸素飽和度が上昇するとともに、酸素運搬量および酸素消費量が有意に増加し、さらには高リスク患者の生存率が改善することが明らかにされている。大手術において、膠質液(ハイドロキシエチルスターチ130/0.4)主体の輸液と晶質液主体の輸液を比較すると、膠質液主体の方が炎症反応が緩和される。この原因は、膠質液の方が晶質液よりも内皮活性化と内皮傷害を惹起し難く、そのため微小循環が良好に保たれることにあると考えられる。周術期輸液管理については、十分に標準化された研究が行われていないため、妥当な治療法を推奨するのに必要な根拠が揃っていない。(つづく)

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 晶質液の過剰投与によって、組織の酸素需給バランスが崩れたり、感染が増えたりすることがあります。
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正しい周術期輸液~水はどこへ行く? [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

血管外水分移動
核温が30℃を下回ると血漿量が有意に減少し、中心静脈圧低下、肺および体血管抵抗の上昇、ヘマトクリット上昇といった変化が起こる。しかし33℃から37℃の間に体温が保たれていればこのような変化は起こらない。心臓手術以外の手術では体温はこの範囲に保たれているが、それでも術中および術後には低体温下と同様に血管外への水分移動が認められる。水分移動が最も盛んに起こるのは手術終了5時間後で、最長72時間続くと報告されている。Lowellらは外科系ICU入室患者の40%において術前体重と比べ術後体重は10%以上増えることを明らかにした。健康ボランティアでも、生食22mL/kgを投与するとこれを完全に体内から排泄するのに2日を要する。血管外への水分移動自体が有害であるだけでなく、移動した水分の再吸収によって前負荷が増加し、急性心不全や肺水腫を来すこともある。周術期の体重増加は、血管外水分貯留を示す最も信頼性の高い指標である。体重増加が10%未満の患者は死亡率10%、体重増加10%~20%では死亡率32%、20%以上の体重増加があると死亡率は100%であったという研究結果が報告されている。しかし、水分移動が多いと死亡率が高いのか、死亡率が高い症例では水分移動が多くなるのか、どちらが真実なのかは分かっていない。晶質液の積極的投与は、酸素消費を妨げることが明らかにされている。晶質液は投与速度が遅い方が、酸素運搬が良好に保たれ間質の水分貯留が少ない可能性がある。「晶質液 vs 膠質液」論争は、最近では「膠質液 vs 膠質液」論争に発展している。患者の状態に適した膠質液製剤の選択が、重要な課題である。しかし、アルブミン製剤と第三世代ヒドロキシエチルスターチ(HES)製剤を比較した大規模無作為化試験が待望されているものの、まだ実施はされていない。膠質液 vs 晶質液を比較した研究の結果は一定していない。Hankelnらは15名の重症患者を対象に乳酸リンゲル液と10%HES製剤の比較をした。HES群の方が心係数、中心静脈圧、肺動脈偰入圧、酸素運搬量、および酸素消費量が有意に高く、肺血管抵抗係数は低かった。Volume Substitution and Insulin Therapy in Severe Sepsis研究グループが2008年に発表し注目を集めている研究では、重症敗血症患者を対象として10%ペンタスターチ(HES200/0.5; 第二世代HES)と乳酸リンゲル液が比較された。しかし、前述のHankelnらの研究と異なり、HES群の方が急性腎不全発生率が有意に高いという理由で早期中断された。しかし、この研究を詳細に検討してみると、HES投与量が推奨されている投与量よりも多いという問題があった。HES投与量によるサブグループ解析を行うと、22mL/kg以下群の死亡率は31%で、22mL/kgを超える群の死亡率(58%)および乳酸リンゲル液群の死亡率(41%)より有意に低かった。HES製剤には、かゆみ、凝固因子減少、血小板数および機能低下、線溶亢進などの重篤な副作用がある。これらの作用は、投与量、平均分子量、置換度と深く関わっている。重症患者6997名を対象とした初期蘇生輸液(fluid resuscitation)におけるアルブミン製剤 vs 晶質液の比較(SAFE study)では、両群の転帰に有意差は認められなかった。外傷性脳損傷患者のサブグループでは、アルブミン群の方が死亡率が高かった。出血や、血管外への急激なタンパク喪失がない場合には膠質液蘇生による利点はないようである。大量の晶質液を投与すると膠質浸透圧が低下し、肺および末梢組織の浮腫が発生する可能性がある。すると、組織への酸素供給に障害が生じ創傷治癒が遅延する。しかし、晶質液だけでなく膠質液も血管外へ移動する。以上を踏まえると以下のような疑問が浮かぶ。移動した水分は体内のどこに貯留するのか?間質への移動なのか、それとも謎めいたサードスペースなのか?大手術中には水分の移動先のスペースが生まれ、移動した分は補わなければならないのか、それとも輸液量過剰によって水分移動が起こっているのか?

間質か、サードスペースか?
サードスペースは解剖学的サードスペースと非解剖学的サードスペースに分類される。解剖学的サードスペースへの水分移動は、間質スペースになんらかの病的原因によって水分が貯留したものであり、「機能的」細胞外液(fECV)と呼ばれる。一方、非解剖学的サードスペースは、機能的にも解剖学的にも間質スペースとは異なる水分貯留コンパートメントである。このコンパートメントに貯留した水分は、「非機能的」細胞外液(nfECV)と呼ばれる。この古典的とも言うべきサードスペースには正常では水分が存在しないか、存在したとしてもわずかである。大手術や外傷時にはこの古典的サードスペースへの水分移動が起こると考えられてきた。たとえば、腹腔内、腸管、損傷組織などが非解剖学的サードスペースの例であるが、特に局在のはっきりしないコンパートメントの存在も指摘されている。

サードスペース
周術期に血管内から失われる水分については熱心な研究が行われてきたが、腸管や損傷組織などの「非解剖学的」スペースへの大量の水分貯留は証明されていない。古典的な意味でのサードスペースへの水分喪失が直接測定されたことはない。古典的サードスペースが特定されたことはない。いろいろな標識物質を用いた研究でもサードスペースの存在は示されていない。サードスペースへの水分移動は誤った概念の産物であり、周術期の血管外水分移動を正しく定義づけているわけではない。水分は周術期に細胞外の機能的コンパートメント内を血管内から間質へと移動しているのである。

周術期水分移動:非制限的輸液の原因?結果?
現時点では、多量の輸液が間質への水分移動の原因であるのか結果であるのかは判然としていない。20年以上前に行われた動物実験がこの疑問を解くヒントとなる。ウサギに消化管吻合を行い輸液をまったく投与しなかったところ、手術そのものによって間質水分量が5-10%増加した。晶質液5mL/kg/hrを投与した場合は、間質水分量が2倍になった。手術や外傷そのものが血管外水分移動を引き起こすのは間違いないが、晶質液投与によってこの作用が増幅されるのである。

スターリングの法則
細胞内液は体水分量全体の三分の二を占める。残り三分の一(成人では約15L)が細胞外液であり、主に血漿(約3L)と間質液(約12L)から成る。血漿と間質のあいだでは水分と小分子物質は容易に行き来することができる。体内の水分分布は浸透圧活性物質の分布と関わっている。正常な血管壁バリアを大分子物質やタンパクが大量に通過することはできない。1896年にErnest Starlingは血管バリアについての古典的モデルを発表した。スターリングのモデルでは、血管内の静水圧と膠質浸透圧は高く、間質の静水圧と膠質浸透圧は低い。したがって、静水圧差に打ち勝ち血管内へ水分を保持する内向きの力を維持するには、血漿タンパク濃度が十分に維持されていなければならない。それでも少量の水分とタンパクは常に血管外へ移動しているが、正常ではこの移動分は間質からリンパ系へ運ばれて処理される。このモデルでは、晶質液を過剰投与しても間質への水分移動はそれほど多くないはずである。間質への水分移動による間質静水圧の上昇と間質タンパク濃度の希釈は、浮腫が無制限に増大しないことの重要な機序であると考えられてきた。また、細胞外水分量が増加しても、リンパ液流量が増えるため間質水分量の増大には歯止めがかかる。リンパ液流量が増えると間質にあったタンパクが血管内に戻り、血管内の膠質浸透圧が上昇し血管内に水分を引き込む力が強くなる。これも間質水分量増大を制限する仕組みの一つである。しかし、手術によって炎症が生ずると、前述のようにリンパ系から血管内へ水分が戻ったり再吸収されたりする機構が破綻すると信じられている。(つづく)

参考記事
輸液動態学  
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 サードスペースなるものは、ありません。晶質液をたくさん投与すると、血管内から水が逃げやすくなります。

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正しい周術期輸液管理~間質へのfluid shift [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

周術期輸液管理のメカニクス
周術期輸液の目的は、尿や不感蒸泄のような常態的な水分喪失と、外傷や手術に特有な水分喪失(主に出血)の補充である。尿や不感蒸泄は細胞外液(血管内と間質の両方)が喪失されるものであり、通常は血管内膠質浸透圧の低下にはつながらない。後者の水分喪失は主に血管内からの水分喪失であり、血液のすべての成分が失われる。尿や不感蒸泄で失われた水分は、膠質成分を含まない電解質液の消化管からの吸収で補充される。絶食中であれば、晶質液の経静脈投与によって補充される。晶質液は静脈内に投与されると、80%が間質へ分布し、20%が血管内に残る。急激な出血の際には、理論的には等量の全血製剤を投与するのが最も理に適っている。しかし、このような方法は輸血による感染や不適合輸血、費用、血液供給システムなどの問題があり実際的ではない。輸液による血液希釈はその代わりとなる方法である。血液を希釈すると血液の変形性および流動性(rheology)が向上する。したがって、通常は年齢や基礎疾患を考慮の上、ヘモグロビン濃度がある程度低下した時点で赤血球製剤を投与する。

間質浮腫:昔ながらの輸液管理の代償?
大手術では晶質液主体の輸液療法が主流である。しかしこれには生理学的な裏付けがあるわけではない。人工膠質液には凝固能異常、アナフィラキシー、急性腎不全、掻痒などの副作用がある。ヒトアルブミン製剤は価格が高いため、血管内容量補正に用いるには適切な輸液製剤であるとは考えられていない。そのため、急性出血に対し出血量の三倍から四倍の晶質液投与が推奨されている教科書が多い。腹部大手術では、術中に不感蒸泄やサードスペースへの水分喪失などを補充するため多量の(~15mL/kg/hr)晶質液が投与されることも多い。過剰な水分は腎臓の排泄機能によって調節されるため、循環動態を維持するのに過剰輸液を行っても問題はないと信じられている。腹部大手術における不感蒸泄量は一般に過大評価されていて、腸管が完全に露出されていてもせいぜい1mL/kg/hrぐらいでしかない。また、術前絶飲食による影響は無視しうる程度であることが分かっている。最近では絶飲時間は短縮化してきているし、術前の浣腸の必要性も疑問視されているため、手術室入室時の血管内容量はほぼ正常範囲内であると考えてよい。また、血管内容量が多少低下しているからといって昇圧薬ではなく輸液で対応すると、体内水分コンパートメントのバランスが崩れてしまう。麻酔導入前に輸液負荷によって血管内容量を増加させる方法は現在も広く行われているが、有効性は疑問視されている。晶質液はすべて細胞外コンパートメントに分布し、20%しか血管内に残らない。したがって、術中の晶質液が増えるほど術後体重が増える。等張膠質液もすべてが血管内に残るわけではなく、最大60%が間質へ逃げる。したがって、hypovolemiaになる前ではなく、なったそのときに輸液をするほうが理に適っている。実際、出血速度と同じ程度の速度で等張膠質液を投与し血管内容量を一定に保つと、膠質液は90%以上が血管内に残る。一方、normovolemiaの患者に等張膠質液を投与すると数分以内に血管内から間質へ移動してしまう。つまり、膠質液の血管内容量増加効果の大小は、患者の血管内容量の多寡によって決定されるということである。晶質液は一定以上投与すると、全部が間質へ移動する。したがって、normovolemiaの患者に「予防的に」晶質液をボーラス投与しても低血圧の頻度や程度を低下させる効果は得られない。

間質への水分移動:美女と野獣
間質への水分移動は二つに分類される。タイプ1は生理学的な水分移動である。これは水分と電解質のみが間質へ移動するもので、血管壁バリア機能が正常でも常に起こっていて場合によっては移動する水分量が異常に増える(例;大量の等張晶質液が投与された場合)。タイプ2は病的な水分移動である。血漿と同程度のタンパク濃度の水分が、機能障害をきたした血管壁バリアを通じて間質へ移動する。この現象は常に起こっているわけではない。このタイプの水分移動には二つの医原性要因が関わっている。第一に手術である。手術による機械的ストレス、エンドトキシン曝露、虚血再灌流障害、炎症などのために血管のタンパク透過性が亢進するのが原因である。第二が麻酔である。輸液負荷でhypervolemiaに陥るとタンパクと水分の病的移動が起こる。原因が手術であれ麻酔であれその背景には、血管内皮細胞表面のglycocalyx(糖衣構造;糖鎖が林立した層)の変化が存在する。

内皮細胞のglycocalyx:間質への門
正常な血管内皮細胞はglycocalyxで覆われている。これは内皮細胞膜に結合したプロテオグリカンと糖タンパクから成る層である。内皮細胞表面は、glycocalyxとそれに結合した血漿タンパクと血漿水分の層で覆われており、厚さは1μm以上である。この層と血管内皮細胞が血管壁の二重バリアを形成し、血管内から血管外への水分漏出が無制限に起こらないようになっている。この二重バリアがあるおかげで、血管透過性が保たれ白血球や血小板の接着が抑制されるため、炎症や組織の浮腫が防がれる。この内皮細胞表面の層に捉えられている血漿(約700-1000mL)は循環血液としては機能していない。

スターリングの法則と内皮細胞glycocalyx
スターリングの法則に則ると、血管内に水分を保持するには血管内と血管外の膠質浸透圧に差がある必要がある。しかし、採取血管を用いた実験では血管内外の膠質浸透圧を等しくしても血管壁バリア機能は正常に働くという結果が得られている。内皮細胞表面の層自体に膠質浸透圧勾配があることが血管壁バリア機能の基本的要件であると考えられている。毛細血管壁を通じた水分移動は血管内と組織の静水圧と膠質浸透圧の差に依存しているわけではない。内皮細胞表面層の存在を踏まえると、スターリングの法則には修正が必要である。つまり、血管内外の膠質浸透圧の代わりに、内皮細胞表面層内と内皮細胞表面層直下の膠質浸透圧を変数としなければならない。内皮細胞表面層つまり血管壁バリアが傷害されると、スターリングの法則が成り立ち、毛細血管内外の静水圧と膠質浸透圧が平衡するように水分が移動する。周術期には内皮細胞glycocalyxを維持しタイプ2の間質への水分移動が起こらないようにしなければならない。(つづく)

参考記事
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教訓 間質へのfluid shiftには二つのタイプがあります。血管壁は、内皮細胞とその表面を覆うglycocalyx層から成る二重のバリア構造になっています。glycocalyxが壊れると病的なfluid shiftが発生します。

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正しい周術期輸液~適切な製剤・量・タイミングが大切 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年10月号より

A Rational Approach to Perioperative Fluid Management

周術期における血管内皮表面層の保護
内皮表面のglycocalyxが減少すると血小板凝集、白血球接着、内皮細胞の透過性亢進が起こり、その結果、組織浮腫が生ずる。虚血再灌流傷害、プロテアーゼ、TNFα、酸化LDLおよび心房性ナトリウム利尿ペプチドには、glycocalyxを分解するはたらきがある。手術中は、手術ストレスによって炎症性メディエイターが放出され、輸液管理法によっては医原性の急性hypervolemiaによって心房性ナトリウム利尿ペプチドが増加する。外傷や手術が引き起こす炎症反応によるglycocalyxの傷害を制御するのは困難である。しかし、適切な輸液管理によってnormovolemiaを保ち少しでもglycocalyxの傷害を防ぐことは、容易ではないが麻酔科医の腕にかかっていると言えよう。内皮表面層の機能を維持するには、hypervolemiaを避けるだけでなく、最低限の血漿タンパク濃度が保たれている必要がある。

晶質液 vs 膠質液:的外れの議論の終焉
初期蘇生輸液において晶質液と膠質液を比較した最近の研究から、晶質液 vs 膠質液論争の問題点が浮かび上がっている。つまり、これらの研究ではそれぞれの製剤の本来の適応、禁忌、副作用などが考慮されていないのである。大手術時に乳酸リンゲル液のみを投与していると、術後24時間にわたり三角筋の平均組織酸素分圧が24%低下するが、ここにハイドロキシエチルスターチを追加投与すると三角筋酸素分圧は59%上昇する。晶質液の主な適応は不感蒸泄と尿で失われた水分の補充である。一方、膠質液の主な適応は急性出血またはタンパクを多く含んだ水分の間質への移動(タイプ2の水分移動)による血漿喪失の補充である。出血時の輸液療法では、はじめの1000mLまでの出血分は三倍から四倍量の等張晶質液で補充するという方法が未だに推奨され、臨床の現場で広く実施されているが、この方法には理論的裏付けはない。出血時に等張晶質液主体の輸液管理を行うと、タイプ1の間質への水分移動が増加する。輸液療法では投与する輸液製剤の量と種類の両者が転帰に関与する。すなわち、製剤の正しい選択、適切な投与量、正しい投与のタイミングのすべてが揃わないと輸液によって招かれざる有害作用が発生するのである。周術期の輸液管理においては、晶質液 vs 膠質液という対立軸で考えるのではなく、晶質液 and 膠質液という観点に立ち、間質への水分移動を最小限に抑止するために、いつ、何を、どれだけ投与するかということを熟慮しなければならない。

タイプ1の水分移動を最小化するには(晶質液)
晶質液を出血の補充に用いるとタイプ1の水分移動が増えるため、尿量と不感蒸泄で失われた水分の補充にのみ晶質液を用い、急性出血の補充には等張膠質液を用いる。

タイプ2の水分移動を最小化するには(晶質液とタンパク)
タイプ2の水分移動の制御の鍵は、内皮表面層の保全である。周術期に内皮表面層が傷害される要因は、外科的侵襲による炎症性メディエイターの放出と過剰輸液による心房性ナトリウム利尿ペプチドの放出である。したがって、適切な輸液療法だけでは間質浮腫を防ぐことはできない。手術侵襲が大きいほど、glycocalyx傷害の程度も甚大になる。外科的侵襲による炎症反応を制御するために麻酔科医ができることの一つに、硬膜外麻酔や脊髄クモ膜下麻酔がある。単回投与では効果が限定されるため、術中術後のストレス反応をある程度緩和するには局所麻酔薬を用いた持続鎮痛を術後48-72時間実施するとよいかもしれない。しかし、硬膜外麻酔や脊髄クモ膜下麻酔よりも輸液管理の方が内皮機能の維持には重要である。出血に備えて輸液をボーラス投与したり、normovolemiaの患者の血管内容量を最大化するためにことさらに多量の輸液を行ったりする方法は、現時点での輸液管理に関する知見の到達水準に追いついていないと言える。炎症、虚血、敗血症、hypervolemiaに陥るとglycocalyxが傷害されるため、そのことを念頭に輸液管理を行わなければならない。このような場面でも多くの麻酔科医は晶質液主体の輸液管理を行っているのが現状であろう。血管壁バリア機能が低下している状態では、タンパクを多く含んだ水分が血管外へ移動する。したがって、この場合には膠質液を投与し血管内の膠質浸透圧を維持しなければならない。膠質液投与によって循環血液量を維持すれば、血管壁バリア機能が相当低下していても間質への水分移動を減少させることができる。タイプ2の水分移動による血管内hypovolemiaが起こっているときに晶質液を投与していると、間質への水分移動がより増加し状況が悪化する。

合理的な周術期輸液管理法
周術期輸液の目標は、重要臓器の血流を維持しながら、創傷治癒を妨げないこと=間質浮腫を起こさないことである。したがって、いつ、何を、どれだけ投与するかということが重要である。循環血中からの血漿成分の喪失は等張膠質液で補充すべきである。出血による喪失分は時機を逸することなく補充しなければならない。輸液療法は以下の二つの構成要素に分けられる。
  ①不感蒸泄と尿による水分喪失の補充 
  ②間質への水分移動および急性出血による循環血液中からの血漿喪失の補充

①と②を実施する上で知っておくべきポイントは、
  1. 通常の術前絶飲食では、細胞外液はほとんど減らない。
  2. 腹部大手術における不感蒸泄は、0.5-1.0ml/kg/hr程度である。
  3. サードスペースは存在しない。

まとめ
いわゆる「サードスペース」は存在しない。晶質液の過剰投与によって、水分とタンパクが間質へ移動する。術前にnormovolemiaの患者に輸液負荷をしたり、不感蒸泄やサードスペースへの喪失分としてルーチーンで多量の輸液を投与したりするのは、適切な輸液管理法とは言えない。制限輸液法によって転帰が改善したという結果が複数報告されているが、これらの研究における制限輸液法群では、詳細に検討してみると、実際に喪失された分に見合った量の適切な輸液が行われている傾向が強い。したがって、厳密には制限輸液と言うよりは適切な輸液管理と表現されるべきである。適切な輸液管理によって患者の予後が改善する可能性がある。

参考記事
輸液動態学  
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教訓 周術期輸液にあたっては、晶質液と膠質液のそれぞれの投与スペースを考えて、適量適時投与しなければなりません。

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麻酔科医と薬物依存~発生率と病因 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年11月号より

Addiction and Substance Abuse in Anesthesiology.

米国の麻酔科研修プログラムのうち80%が、1991年から2001年のあいだに薬物依存で働けなくなったレジデントが所属していたことがあると回答した。薬物依存の治療を行うことなく死亡した例を経験したことがあるプログラムは19%にのぼった。薬物依存の理解とともに治療技術も相当進歩を遂げてきているが、予後はあまり好転していない。麻酔科医の薬物依存においては、麻薬の使用が最も一般的である。2005年の調査では、麻酔科医の薬物依存例で用いられた薬剤は、フェンタニルとスフェンタニルが最も多かった。プロポフォール、ケタミン、チオペンタール、リドカイン、笑気、吸入麻酔薬が用いられていた例も少ないながらも存在した。麻酔科医に薬物依存が多い要因として、依存性のある薬物がいつも大量に身の回りにあること、そういった薬物を私的に流用することが比較的容易なこと、職場のストレスが大きいこと、職場での依存薬物曝露による脳の報酬回路の形成などが指摘されている。

発生率
麻酔科医の薬物依存の発生率についての正確なデータは収集されていない。医師における薬物依存の発生率は、一般人口の発生率と少なくとも同等ではあると推測されているが正確な数字は不明である。1987年の報告によれば、薬物依存のため治療を受けたレジデントのうち33.7%を麻酔科レジデントが占めていた。この当時、麻酔科レジデントは全レジデントのうちわずか4.6%に過ぎなかった。この5年後の調査では、麻酔科とその他の科の間にこのような差は認められず、むしろ救急と精神科のレジデントにおいて薬物依存が多く見られた。Alexanderらによる2000年の論文では、卒後5年間の薬物関連死リスクは麻酔科が最も高く、その後も他科と比べ高いまま推移すると報告されている。2002年のBoothらの調査では、麻酔科医の薬物依存発生率は、指導医クラスが1.0%、レジデントは1.6%であるという結果が得られている。

薬物依存の遺伝的および生化学的理論
ニコチン受容体のα4サブユニットの点変異があると、ニコチンに対する感受性が高くなる。この点変異を持つマウスは少量のニコチン投与で強化効果を示す(=少しのニコチンですぐにハマる)。薬物依存になりやすい人はこのような遺伝子的特徴を持っている可能性がある。精神に作用する薬を使っても大多数の人は薬物依存にはならないが、そうではない人もいる。薬物依存になりやすい人には、もともとそのような性質を持っていることが多い。たとえば、新奇性追求(novelty-seeking)傾向が強いとか、反社会性性格傾向である。ニコチンを含む数種の薬物依存における薬物探索行動の強化には、中脳辺縁系ドパミン経路のドパミン放出が関わっている。ヒトではムスカリン受容体M2サブタイプは記憶および認知機能に関わっている。この受容体の変異とアルコールなどの薬物依存および鬱病との関連が指摘されている。

精神科領域の基礎疾患
薬物依存患者100名のうち57名に人格障害が認められるという報告がある。1984年の調査では、薬物/アルコール依存治療施設に収容された患者の5.9%に精神疾患が認められた。したがって、精神科基礎疾患による症状を緩和するために薬物に手を出し、薬物依存になることがあると考えられている。不安およびうつ傾向であるとオピオイドに依存しやすく、注意欠陥多動性障害があるとアセトアミノフェンに依存しやすい。

曝露関連理論(Exposure-related Theories)
精神的ストレスと容易に薬物を入手できる環境が、以前考えられていたよりも薬物依存に強く関わっていることが分かってきた。薬物に対する身体依存が成立すると、脳内のGABA、ドパミン、セロトニンの量が変化し脳内報酬系が出来上がり、薬物を乱用することの危険性を合理的に判断することよりも、薬物を探し回ることを優先するようになる。少量のオピオイドでも感作が成立することが分かっている。オピオイドを投与されている患者の呼気には測定可能範囲のオピオイドが含まれている。このような形で感作された麻酔科医は、オピオイドに曝露されていないと退薬症状を感じて自分でオピオイドを投与するようになるのではないかという意見もある。しかし、脳内報酬系は患者の呼気に含まれる程度のオピオイドに曝露されたぐらいでは形成されないため、微量曝露がどのようにして自発的なオピオイド使用に移行するのかは不明である。この理論は最近登場した斬新な考え方であり、当否については今後さらに詳しい研究が必要である。(つづく)

教訓 麻酔科医の1%以上に薬物依存・乱用が発生します。オピオイドを投与すると、呼気からもオピオイドがでてきます。
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麻酔科医と薬物依存~臨床像と法的問題 [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年11月号より

Addiction and Substance Abuse in Anesthesiology.

臨床像
薬物依存に陥った医師を治療する際に最大の障壁となるのは、否認である。薬物依存に陥った医師は、自分が薬物依存という問題を抱えているという意識が薄く、自発的に治療を求めることは稀である。否認は教育や訓練で少なくなるものではなく、医師や教育レベルが高く仕事が出来る人々は薬物依存になっても、実に巧妙な否認をしてみせることがある。医師が患者になると、他人が何を言っても論破したり、どんな問題も自分で何とかできると思いこんだりして、薬物乱用が薬物依存につながるとか、薬物依存は自律性の喪失を意味するといった事実を受け入れられない。否認は依存患者となった医師だけに認められるわけではない。同僚、友人、親類および関係者も往々にして薬物依存医師をかばう口実を述べたり、薬物依存で十分に働けなくなった医師に然るべき対処を講じようとしなかったりする。同僚が薬物依存になったという問題を受け止めるのは辛いことではあるが、「不確実だから」といって調査を開始しないことは問題を否認していることになる。
行動様式
麻酔科医が薬物依存になった場合、勤務中の方が薬物を手に入れやすいため、周りの目には熱心に働いているように見える可能性がある。また、気分変調が激しくなり、短気、怒り、多幸感、抑うつが認められることが多い。通常、本人が薬物依存により問題が生じていることを認識することは困難である。したがって、周囲の人々(家族、友人、同僚など)が薬物依存とその対処法を良く理解しなければならない。早めに気づき対処することによって、薬物依存になった麻酔科医と、その麻酔科医が関わる患者に害が及ぶことを未然に防ぐことができる。しかし早期発見は難しいことが多い。麻酔科医が薬物依存に陥った場合の典型的な症状を以下に示す。
・家族、友人から距離をおく。遊びに行かなくなる。
・気分変調が激しくなる。抑うつと多幸感を行き来する。
・怒ったり、気が短くなったり、攻撃的になる。
・休みの日でも病院に出てくる。
・当直や待機をすすんで余分に受け持つようになる。
・食事交代や休憩を断る。
・頻繁にトイレ休憩をする。
・担当症例に見合わないような多量の麻薬を処方するようになる。
・体重が減り、皮膚が蒼白になる。

フェンタニルやスフェンタニルなどの短時間作用性オピオイドは、使用し始めてから二、三ヶ月で薬物依存の症状が明らかになる。薬物依存の麻酔科医は、自分に使用している薬を実際は患者に使用していないのに、麻酔記録上は使用しているかのように記録する。記録上は麻薬主体の麻酔であっても、実際は吸入麻酔薬とβ遮断薬で維持していたりする。麻酔中に他の麻酔科医と交代して休憩するときは、麻薬のシリンジに、生食のみか、リドカインとエスモロールを混合してつめておいたりする。薬物依存に陥ると、シリンジ内に残された薬を探してゴミ箱をあさったり、保管庫から持ち出したりすることに非常に熟達するようになる。いろいろな安全策を講じても、麻酔科医は容易に隙をつくことができるし、挙げ句の果てにはガラスアンプル内の薬物を抜き取り他の液体を代わりに注入しておき、しかもアンプルをカットした形跡を残さないというような高度な技まで身につけることもある。薬物依存の麻酔科医が用いる薬物は半減期が短いため、すぐに耐性が形成される。退薬症状を紛らわせるために、一回にフェンタニル1000mcgを静注することも稀ではない。薬物依存の麻酔科医の麻酔記録を調べてみると、往々にして金曜日の麻薬処方量が他の曜日よりも多い。

法律の問題
更正プログラム
薬物依存になった医師およびその所属施設は、医師免許委員会などに報告するとともに、医師免許の取り扱いについて法律専門家と相談しなければならない。医師免許委員会は、対象医師の免許を一時停止または抹消することがある。これに従わない場合は刑法上の罪に問われることがある。免許の一時停止または取り消しの代わりに、場合によっては薬物依存を治療し臨床医として復帰するための更正プログラムが適用されることもある。更正プログラムへの参加は「任意」であるが、登録しなければほぼ確実に医師免許委員会の判断が仰がれることになる。ABA(the American Board of Anesthesiology)は薬物依存医師の麻酔科専門医資格維持の条件として、医師免許委員会による臨床復帰の許可と、当該医師が更正プログラムに忠実に従っていることの二点を挙げている。各州の医学会が提供する更正プログラムでは、報告義務を課すとともに、治療方針や法的対処の相談に応じている。また、グループ治療の後援や、自助グループ、治療施設、法的相談窓口、尿検査プログラムなどの紹介も行っている。
情報の秘匿
グループ治療に参加すると自分の薬物依存および薬物乱用にまつわる経験について腹蔵なく話すことを求められる。そのため参加者である医師は、他の参加者などから自分についての情報が漏洩し、医師としての将来に悪影響があるのではないかと憂慮することが多い。現在の法制度では、グループ治療に参加した医師の個人情報はほとんど保護されないため、この件に関する法整備を進めることによって薬物依存医師がグループ治療に参加しやすくなる可能性がある。
報告義務
薬物依存に陥った医師がいることを報告しないと、その医師の所属施設または関係者が懲戒処分の対象となる可能性がある。薬物依存医師を治療している医師には、当該医師が受け持ち患者に危害を与える危険性がない場合に限り報告義務が課されない。
アメリカ障害者法
薬物依存者にはアメリカ障害者法の保護はほとんど与えられない。このような社会状況下で麻酔科医が薬物依存から回復し職場に復帰した場合は、薬物依存が再発すれば大きな危険が伴うことを十分理解して受け入れなければならない。薬物依存医師の再発症例では初発症状が死亡であることが非常に多い。本来、障害があるとは、個人がそれぞれの職業の一部または全部を全うできなくなることであると定義されるのではなかろうか。薬物依存から回復し、職場に復帰してきた麻酔科医は、まさに障害があると言える状態で働くわけであるが、障害者法による保護の対象ではない。(つづく)

教訓 薬物依存になるとあの手この手でヤクを手に入れようとします。麻酔科医の使う薬は短期間で依存が形成されます。あやしいと思ったらすぐに調査を開始して下さい。

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