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術後肺合併症による医療・経済負担と予防策~術後肺炎とVAP [critical care]

Clinical and economic burden of postoperative pulmonary complications: Patient safety summit on definition, risk-reducing interventions, and preventive strategies

Critical Care Medicine 2011年9月号より

術後肺炎と人工呼吸器関連肺炎(VAP)

臨床的定義

術後肺炎とVAPは幅広い概念である術後肺合併症に含まれる二つの病態である。いずれも、院内肺炎または医療関連肺炎に分類される。術後肺炎は、入院前から肺炎になりかけていたことを示す徴候がなく、入院から48時間以上後かつ術後に発生する院内肺炎である。VAPはICUで遭遇する院内感染症として頻度が最も高く、人工呼吸患者の10%~20%に発生する。院内肺炎に関して今までに蓄積された情報の大半は、VAP患者から得られたものである。術後肺炎およびVAPは、臨床徴候、画像および検査所見を組み合わせて診断される。臨床呼吸器感染スコアは、こういったいくつかの所見によって肺炎の診断を行うもので、単純で簡単に実施できる方法である。残念ながら、各専門学会および規制当局がそれぞれ異なる診断基準を示しているため、術後肺炎およびVAPの正確な診断の足かせとなっている。そのため、違う臨床試験や施設間でデータを比較ができないのが現状であり、臨床転帰に関する報告の意義に瑕疵を生じせしめることになっている。

容易に想像がつくことだが、診断基準が一つに集約されていないため、術後肺炎およびVAPの発生頻度は報告によって大きなばらつきがある。さらに、肺生検もしくは病理解剖で得られた検体で院内肺炎と診断された症例では、臨床所見との相関がほとんど見られなかったことが明らかにされている。したがって、分類学に忠実な厳格な診断基準では、肺炎の有無を正確に判別することはできないというのは、驚くまでもないことである。術後肺炎およびVAPの統一された診断基準が確立されていない現時点では、予防、治療および報告の対象とすべき重症度の呼吸器感染症の患者を見極めるには困難がつきまとう。

疫学と危険因子

術後肺合併症は、心臓手術、心臓以外の胸部手術もしくは非心臓手術後の代表的な呼吸器合併症としてたくさんの研究が行われている。過去十年間のこういった研究を振り返ってみると、術後肺合併症の発生頻度は1.5%~6%とされている。カナダのKhanらがICD-9-CMを用い7457名の患者を対象として行った研究では、非心臓手術後の術後合併症として最も頻度が高いのが術後肺炎で、その発生率は3.0%であると報告されている。しかし、対象患者や診断基準が異なる研究では、術後肺炎の発生頻度は20%にものぼることが分かっている。また、48時間以上気管挿管されていた患者では術後肺炎の発生頻度が大幅に上昇することも明らかにされている。術後肺炎が発生すると、ICU在室期間、入院期間および死亡率が上昇することはいずれの研究でも一貫して示されている。術後肺炎の独立危険因子として今までに明らかにされているのは、年齢65歳以上、COPD、熱傷を含む外傷、緊急手術、長時間手術、術中輸血および術後再挿管である。

術後肺炎もVAPも気管内分泌物から分離される細菌の種類は類似している。術後早期の感染では黄色ブドウ球菌、連鎖球菌およびHaemophilus influenzaeが検出されることが多く、晩期の感染では緑膿菌、MRSAなどのグラム陰性菌や多剤耐性菌が検出される頻度が高い。

微量誤嚥の成因と影響

術後肺炎およびVAPの発生過程の第一段階は、口や消化管の微生物が下部気道へ侵入することである。誤嚥をしたからといって必ずしも術後肺炎が発生するわけではないが、細菌の種類、大量の誤嚥、免疫能低下などの条件がみたされると肺炎が発症する。誤嚥以外の経路による術後肺炎、例えば、血行性の細菌伝播、胸腔内からの直接的な細菌伝播または汚染された人工呼吸器物品からの感染は稀であり本稿では取り上げない。

口腔咽頭内または声門下に貯留した分泌物の誤嚥は、気管挿管を実施する際および気管挿管後のいずれの時点でも起こりうる。また、気管内壁が損傷したり機械的な力が加わったりすると気管粘膜の統合性や粘液線毛機能が低下するため、誤嚥が起こりやすくなる。気管挿管後の気道の細菌汚染は、気管チューブの内側または外側を伝って口側から気管の方へ細菌が移動することによって発生する。気管チューブ内を細菌が伝っていくうちに、粘着性のある細菌コロニーの集塊が形成される。これがいわゆる「バイオフィルム」である。バイオフィルムは気管挿管後、早ければ6時間後には気管チューブ内壁に形成される(Fig. 1A)。バイオフィルムが口側へはき出されることはなく、重力にしたがって下部気道へとたれ込む。気管チューブのカフを伝った細菌のたれ込みは、微量誤嚥(microaspiration)と呼ばれている(Fig. 1B)。気管チューブのカフの位置や圧が不適切であったり、カフを膨らませていなかったり、気管チューブの位置を変えたり、患者が動いたりすると、口腔咽頭内の分泌物は気管チューブのカフの周囲をつたって下部気道へたれ込む。また、大容量低圧カフを使用している場合は、カフの位置と圧が適切であってもカフにできた皺が通路になって分泌物がたれ込む。ごく微量の誤嚥であっても肺野機能にわずかとはいえ変化が起こることが知られている。

教訓 術後肺合併症の発生頻度は1.5%~6%です。術後肺炎の独立危険因子は、年齢65歳以上、COPD、熱傷を含む外傷、緊急手術、長時間手術、術中輸血および術後再挿管です。
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