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人工心肺とAKI~バイオマーカ [anesthesiology]

Cardiopulmonary Bypass–associated Acute Kidney Injury

Anesthesiology 2011年4月号より

急性腎傷害の早期診断:AKI-CPBにおけるバイオマーカの有用性

急性腎傷害の診断にもっとも一般的に用いられている検査項目は、血清クレアチニン値(sCr)である。血清クレアチニン値は糸球体濾過率の低下や改善よりも数日遅れて変化するため、腎機能の短期的変化を評価するには感度が低く信頼できないバイオマーカである。さらに、sCrは年齢、人種、筋肉量、分布容量、使用薬剤、タンパク摂取量などの影響を受けて変化する。また、腎傷害の種類を判別するのには役立たない(虚血性傷害か、腎前性傷害か、など)。したがって、急性腎傷害の早期診断に役立ち、できれば原因も含めた診断が可能で、治療効果を迅速に判定することのできる感度と特異度の高いバイオマーカの開発が急務である。

米国腎臓病学会は2005年に、急性腎傷害のバイオマーカの特定と解明を重要な研究課題として位置づけた。これが、急性腎傷害に関わる20種類以上のバイオマーカの特定と検討につながった。バイオマーカの性能は、ROC曲線下面積として表されるのが通例である。ROC曲線下面積が0.75以上の場合は診断能良好、0.90以上であれば極めて診断能が高いことを意味する。今後1~2年以内に実用化される可能性が高いバイオマーカについて、以下に簡潔に紹介する。

好中球ゼラチナーゼ関連リポカリン(NGAL)は、AKI-CPBの診断に有用なバイオマーカとして熱い視線を浴びている。腎機能正常患者では血漿、尿いずれにおいてもNGALはほぼ検出不能である。しかし急性尿細管傷害が発生すると、血漿中および尿中のNGALが増加する。小児心臓手術患者において、NGALがAKI-CPBのマーカとして感度も特異度も高いことが示されている。成人心臓手術患者におけるNGALの診断性能についての報告は一貫していない。なぜ相反する報告が存在するのか、その理由ははっきりしていない。人工心肺下心臓手術後の小児患者および成人患者では、人工心肺終了2時間後のNGAL血中濃度が150ng/mL以上の場合、AKI-CPB予測のROC曲線下面積は0.96で、感度84%、特異度94%である。人工心肺終了2時間後のNGAL濃度は、急性腎傷害の重症度と回復までに要する期間、および入院期間と強く相関する。さらに、人工心肺終了12時間後NGAL濃度と死亡率とのあいだに高い相関があることが分かっている。

人工心肺終了2時間後尿中NGAL濃度が100ng/mL以上の場合、AKI-CPBを発症する可能性が高い(ROC曲線下面積0.95、感度94%、特異度90%)。人工心肺終了2時間後尿中NGAL濃度は、急性腎傷害の重症度と回復までに要する期間、入院期間、透析実施率および死亡率と強く相関する。急性腎傷害以外の病態が、NGAL濃度にどのような影響をおよぼすかはまだ分かっていない。NGALを広く実用化するには、様々な特性を持つ患者群についての研究を実施しその有用性を検証する必要がある。

その他にもいくつかのバイオマーカに期待が寄せられている。例えば、シスタチンC、腎傷害因子1(KIM-1)、IL-18などである。シスタチンCは糸球体濾過率を反映するマーカになり得る。このバイオマーカは、年齢、性別および筋肉量には左右されないことが明らかにされている。過去に行われた研究では、シスタチンCの有用性を裏付ける結果、否定する結果のいずれもがあり、AKI-CPBの診断や予後予測に威力を発揮するかどうかは不明である。腎傷害因子1(KIM-1)はNGALと同様に、正常腎機能患者の尿中からは通常は検出されない。急性虚血性変化により近位尿細管においてKIM-1の顕著なアップレギュレーションが起こる。AKI-CPB患者におけるKIM-1の感度は低く(50%未満)、AKI-CPBの診断や管理における有用性は検証されていない。急性尿細管傷害は、人工心肺を含めいろいろな原因で発生する。このとき尿中IL-18濃度は大幅に上昇する。成人患者では尿中IL-18濃度は、AKI-CPB発症の有無ではなく人工心肺時間とよく相関する。つまり、IL-18は人工心肺による炎症のマーカであって、何らかの腎傷害のマーカとはなり得ないと考えられる。異なるバイオマーカを組み合わせて測定すれば、AKI-CPBの診断能が向上する可能性がある。AKI-CPBの早期診断および管理に資するバイオマーカの組合せについてのデータはまだ不足していて、何らかの推奨事項を提示できるような段階ではない。新しいバイオマーカの同定に血道が上げられているが、大半は臨床現場では使用できないものばかりである。そして、診断性能については研究によって大きなばらつきがあり、各バイオマーカの交絡要因はよく分かっていない。過去に行われた各種バイオマーカの評価研究では、もともと腎疾患のある患者は除外されているが、基礎疾患としての腎疾患はAKI-CPBの高リスク因子であり、このような患者でこそ早期診断と術前腎機能の評価が重要である。STARD(STAndards for Reporting of Diagnostic accuracy)研究で報告されている基準に達するレベルの、十分な検出力を備えた研究の実施が待たれる。

まとめ

腎代替療法や集中治療が進歩を遂げた一方で、AKI-CPBの顛末は芳しくなく死亡率は看過し得ないほど高いため、重大な問題として憂慮されている。周術期管理においては、高リスク患者の同定、心拍出量および腎灌流圧の維持および腎毒性のある薬剤の回避などを心がけなければならない。適応があればオフポンプ手術を選択したり、人工心肺時間を極力短縮したりすれば、AKI-CPBの発生頻度は低下し得る。今後は、早期診断および原因特定がバイオマーカの使用によって現在より容易になる可能性がある。人工心肺による炎症や細胞障害の理解が進み、炎症反応の調節が可能となり、人工心肺技術が向上すれば、いずれはAKI-CPBの発生や重症化を予防できるようになるであろう。

教訓 クレアチニンは糸球体濾過率の低下や改善よりも数日遅れて変化するため、腎機能の短期的変化を評価するには感度が低く信頼できないバイオマーカです。人工心肺終了2時間後の血中NGAL濃度は、急性腎傷害の重症度と回復までに要する期間、および入院期間と強く相関します。人工心肺終了12時間後NGAL濃度と死亡率とのあいだには強い相関があります。
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