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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する~考察① [critical care]

Prehospital intravenous fluid administration is associated with higher mortality in trauma patients: a National Trauma Data Bank analysis.

Annals of Surgery 2011年2月号より

考察

本研究では、病院到着前の静脈路確保and/or輸液投与が外傷患者の死亡率を上昇させるという仮説を裏付ける結果が得られた。外傷患者の各種サブグループほぼ全てに一貫して、病院前輸液による死亡率上昇というはっきりとした相関が認められ、特に患者が重症であるほどこの相関が顕著であることが分かった。病院到着前に静脈路を確保することによって生存率が向上するサブグループは皆無であった。外傷患者全員に例外なく静脈路を確保し輸液を行うのは不適切であるという外傷専門医の大方の意見を、本研究の知見は裏付けている。

病院到着前の輸液が転帰悪化につながる理由として、複数の機序が考えられている。たとえば、せっかくできた凝血塊が引き剥がされる、希釈性凝固障害に陥る、血圧上昇によってかえって出血の勢いが増す、などの機序の関与が指摘されている。「低血圧蘇生」という概念の理路は、実質臓器(肝臓や脾臓)損傷または体腔内血管損傷のため出血源の制御が困難な症例では、出血源が制御されていない時点で(つまり、手術や血管内治療で止血されていない時点で)血圧が上昇すると、それまでに構築された凝血塊が「はじけ飛ぶ」可能性がある、というものである。低血圧蘇生戦略に関する前向き試験の先駆けとなった研究では、体幹貫通外傷で低血圧を呈する症例では「手術開始に至るまで積極的な輸液を控えると転帰が改善する」ことが明らかにされた。低血圧貫通外傷患者3000名以上が対象に含まれた本研究の結果は、こういった先行研究の知見と一致している。

外傷専門医の多くが、必ずしも全ての外傷症例が、受傷後早期からの積極的な輸液を要するわけではないと考えている。現に活動中の外傷外科医を対象とした調査で、外傷患者の病院前救護に関する意見が広く収集され、まとめられている。上腹部銃創患者に関しては「外傷専門医の大半が、搬送時間の長短にかかわらず比較的低血圧を維持すべきであると考えている」。この大多数の意見を、病院到着前に輸液が行われた患者の方が死亡率が高いというデータを示した本研究は裏付けている。病院到着前の輸液による死亡率上昇幅は、貫通外傷、低血圧または緊急手術症例でとりわけ大きく、外傷外科医を対象とした前述の調査で呈示された架空症例も、ちょうどこれと同じシナリオであった。

回避可能な死から外傷患者を遠ざけるには輸液を制限すべきであると、以前から一部で言われてきた。米国東部外傷外科学会(EAST)診療ガイドライン作成委員会は、外傷患者に対する病院前救護における静脈内輸液の是非についての新しいエビデンス準拠ガイドラインを先頃公表した。その中では、病院前救護では静脈路を確保する必要はない、とされている。このガイドラインではさらに、体幹貫通外傷患者および、受傷部位や受傷機転は問わず活動性出血があることが確認されない外傷患者では、静脈内輸液の実施を差し控えるべきであると推奨されている。同じテーマについてコンセンサスをまとめた論文でも、頸動脈や大腿動脈の脈拍を触知できる場合は貫通外傷患者には輸液を行うべきではなく、どんな状況であれ輸液を行うために搬送を遅らせることは許されない、と強調されている。現在の軍事医療教程では、低血圧蘇生戦略が推奨され、全例に輸液を行うのではなく、生理学的徴候に基づき必要だと判断される場合にのみ輸液を行うべきであると教育されている。イスラエル自衛軍のガイドラインでは、出血が制御されていない出血性ショック症例では以下の三項目のうち一つが確認されるまでは輸液を開始してはならないとされている:意識障害、橈骨動脈脈拍触知不能、収縮期血圧80mmHg未満。外傷二次救命処置(ATLS)ガイドラインでは、現在のところ依然として多くの患者に対して輸液を行うことが推奨されているが、とはいうものの「本格的な治療が可能となるまでなんとか命をもたせる」という目的で少量ずつのボーラス輸液を行うべきであり、医療資源が乏しい不利な条件では「正常血圧以下での管理が妥当である」とされている。

鈍的外傷患者では、静脈内輸液が有効であることを証明する報告も、有害であるという報告も、どちらも存在しない。鈍的外傷患者の病院前救護において静脈内輸液を行うと収縮期血圧が上昇するものの、生存率や入院期間は輸液を行わなかった群と同等であることが分かっている。心停止患者に対する二次救命処置が成果を上げたことに煽られて、病院前救護での心停止症例に対するやり方、特に静脈内輸液と気管挿管の二つがそのまま外傷領域でも踏襲された。しかし、病院前救護に携わる者のすることのうち何が転帰の改善につながるのかは、外傷患者と内科系患者では根本的に異なる可能性がある。外傷患者では病院前救護は多くの場合が暫定処置に過ぎず、除細動という決定的ともなり得る処置が可能な心停止患者とは違う。カナダで行われた大規模研究では、病院前救護体制全体として必要であれば必ず二次救命処置を完全に行うプログラムを導入しても、外傷患者全体の転帰は改善せず、重症頭部外傷患者においてはむしろ転帰が有意に悪化するという結果が得られている。

外傷性脳損傷患者は、すでに脳損傷がある状態で搬送される。したがって、管理の要諦は二次的な脳損傷を防ぐことである。外傷性脳損傷患者ではたった一回の低血圧エピソードでも転帰が有意に悪化することが明らかにされているため、多くの場合、血圧を上昇させる手段が講じられる。静脈内輸液を差し控えると外傷性脳損傷患者では転帰が悪化する可能性が生ずるという意見も示されている。外傷性脳損傷のうち特定の患者群(おそらく低血圧を呈し、本格的な治療が可能な施設までの搬送時間が長い症例)では、静脈内輸液の実施が有効であるかもしれない。しかし、本研究では、GCS 9点未満の外傷性脳損傷患者群や最重症頭部外傷患者群(GCS 9点未満かつ頭部AIS 3-5点)でも、静脈内輸液が転帰の悪化につながるという結果が得られた。本研究で得られた知見は、重症外傷性脳損傷患者に対し病院到着前に高張食塩水を投与しても効果はないことを示した前向き研究の結果と軌を一にしている。

参考記事
輸液動態学 
正しい周術期輸液
急性肺傷害の輸液管理 少なめvs多め敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 外傷患者の各種サブグループほぼ全てで、病院到着前輸液による死亡率上昇というはっきりとした相関が認められ、特に患者が重症であるほどこの相関が顕著であることが分かりました。病院到着前に静脈路を確保することによって生存率が向上するサブグループは皆無でした。病院到着前の輸液が転帰悪化につながる理由として、せっかくできた凝血塊が引き剥がされる、希釈性凝固障害に陥る、血圧上昇によってかえって出血の勢いが増す、などの機序の関与が指摘されています。
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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する~結果 [critical care]

Prehospital intravenous fluid administration is associated with higher mortality in trauma patients: a National Trauma Data Bank analysis.

Annals of Surgery 2011年2月号より

結果

米国外科学会全国外傷データバンク(NTDB)に登録されていた計1466887名の患者データから、病院前救護についての記録に遺漏の無かった776734名の情報を得た。対象患者集団は、若年層(年齢中央値36歳)の男性(64.7%)が多かった。白人が過半を占め(67.8%)、次いで黒人(17.1%)、ヒスパニック系(10.9%)が多かった。救急部到着時、9.9%の患者に貫通外傷が認められ、4.4%の患者が低血圧を呈していた。およそ半数(49.3%)が病院前静脈内群に分類された。全体の無調整死亡率は4.6%であった(Table 1)。

二変量解析の結果、静脈路確保が行われた症例は、行われなかった症例よりも気管挿管、ショックパンツ装着およびシーネ固定の実施率が高く、胸腔内減圧(胸腔穿刺)実施率は低かった(P<0.001)。貫通外傷患者の方が鈍的外傷患者よりも静脈内輸液実施率が高かった(P<0.001)。静脈路確保が行われた症例は、行われなかった症例よりも重症頭部外傷が多く、より重症であった(ISSで判定)。静脈路確保が行われた症例は、行われなかった症例よりも死亡率が高かった(4.8% vs 4.5%, P<0.001)(Table 2)。

データに遺漏の無かった311071名について、病院前静脈路確保と死亡率の相関について多変量ロジスティク回帰解析を行い検討した。交絡因子調整後の死亡率は、病院到着前に静脈路確保が行われていた群の方が行われていない群よりも有意に高く、静脈路確保の死亡オッズ比は1.11であった(95%信頼区間1.06-1.17)(Table 3)。両群から病院到着時死亡例を除外しても、静脈路確保群の方が有意に死亡率が高いという結果は揺るがなかった(オッズ比1.17、95%信頼区間1.11-1.23)。

サブグループ解析でも、静脈路確保によって死亡率が上昇するという相関はほぼすべてのサブグループにおいて一貫して認められた(Table 4およびFig. 1)。鈍的外傷、貫通外傷のいずれの群においても病院到着前の静脈路確保は有害であったが、貫通外傷症例の方が静脈路確保による死亡率上昇リスクが大きかった。血圧によって患者を分類して解析したところ、低血圧群では静脈路確保によって死亡率が上昇することが分かった(オッズ比1.44、95%信頼区間1.29-1.59)。一方、正常血圧群では静脈路確保を行った例と行わなかった例とのあいだに死亡率の差はなく、静脈路確保は何ら効能をもたらさなかった(オッズ比1.05、95%信頼区間0.99-1.11)。受傷機転と低血圧の組合せ(低血圧かつ鈍的外傷、低血圧かつ貫通外傷、低血圧かつ銃創のいずれか)で患者を分類して解析したところ、いずれの群においても静脈路確保が死亡率上昇につながることが分かった。重症頭部外傷症例(10909名)では、病院到着前に静脈路確保を行うと死亡リスクが34%増大することが明らかになった(オッズ比1.34、95%信頼区間1.17-1.54)。同様に、緊急手術を要した57294例においても、病院到着前に静脈路確保を行うと死亡リスクが35%増大するという結果が得られた(オッズ比1.35、95%信頼区間1.22-1.50)(Table 4およびFig. 1)。

中等度から重症外傷(ISS>8、ISS>15およびISS>24)の患者についての解析でも、病院到着前の静脈内輸液が有意に死亡率を上昇させることが分かった(それぞれオッズ比1.14, 95%信頼区間1.08-1.21、オッズ比1.17, 95%信頼区間1.11-1.24、オッズ比1.21, 95%信頼区間1.13-1.29)(Table 4およびFig. 1)。ISS9点未満の患者群(病院到着時死亡例を除く)では、静脈路確保群と非確保群とのあいだに死亡率の差は認められなかった(オッズ比0.89、95%信頼区間0.70-1.12)。

参考記事
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急性肺傷害の輸液管理 少なめvs多め
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教訓 病院到着前に静脈路が確保された症例の方が死亡率が有意に高いという結果が得られました。いずれのサブグループでも同様に、静脈路確保群では死亡率が有意に高く、貫通外傷、低血圧、重症頭部外傷、緊急手術といったサブグループでは特に静脈路確保群の死亡率上昇が顕著でした。
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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する~方法 [critical care]

Prehospital intravenous fluid administration is associated with higher mortality in trauma patients: a National Trauma Data Bank analysis.

Annals of Surgery 2011年2月号より

方法

米国外科学会全国外傷データバンク(Version 6.2)に登録された5年間(2001年-2005年)のデータを用いて遡及的調査を行った。NTDBは外傷関連では最大のデータバンクであり、米国に所在する600か所以上の外傷センターから報告された約1500万人の外傷患者の記録が収められている。本研究では、貫通外傷または鈍的外傷の症例全例を対象とした。病院前救護において行われた手技についての完全な情報が記録されていない症例は除外した。

病院前救護における経静脈輸液が患者の転帰に及ぼす影響を明らかにすることを目的に、本研究は行われた。主要転帰項目は院内死亡率とした。主要独立変数は、病院前静脈内輸液とした。NTDBの病院前実施手技記録の中に「経静脈(intravenousまたはIV)」という語が記録されている患者の大半に、「経静脈輸液」が行われたものと見なした。しかし、他にも色々な単語が「経静脈」の意味で記されていたため、経静脈輸液が行われた症例と、静脈路が確保されただけで輸液は行われなかった症例を厳密に区別することはできなかった。したがって、両者を区別せずまとめて「病院前経静脈」群に分類した。本研究で設定した従属変数と独立変数については記述分析を行った。また、病院前静脈内輸液ありの患者と病院前輸液なしの患者についての死亡率の比較を含む無調整解析を実施した。輸液を行った群と行わなかった群とでは死亡の危険因子に関して有意差があったため、考え得る交絡因子について調整し多重ロジスティック回帰分析を行った。病院前救護において最もよく行われる五つの手技の実施状況について調整した。五つの手技とは、気管挿管、ショックパンツ(MAST)、脊椎固定、シーネ固定および胸腔内減圧(胸腔穿刺)である。心肺蘇生については調整しなかった。なぜなら心肺蘇生についてのデータは、心肺蘇生を受けた貫通外傷患者の平均収縮期血圧が118mmHgであることなど、理論的に考えて信じがたいものだったからである。多重ロジスティック回帰分析の際に取り上げたその他の変数は、年齢、性別、人種、医療保険の有無、受傷機転(貫通外傷vs鈍的外傷)、外傷重症度スコア(ISS)、低血圧の有無(収縮期血圧90mmHg未満)およびGCS9点未満である。病院到着時死亡例を除外した上で、再度同様の多重ロジスティック回帰分析を行った。

病院前静脈内輸液と外傷患者の転帰のあいだの相関が、一定の特色を持つ患者群のいずれにおいても一貫して認められるかどうかを検討するため、受傷機転、低血圧(収縮期血圧90mmHg未満)の有無、頭部外傷の有無および緊急手術の有無のそれぞれについて患者を分類し、サブグループ解析を行った。病院前輸液ありの患者群と病院前輸液なしの患者群とのあいだに、はじめから分かっている交絡因子に関する偏りがある場合、このようなサブグループ解析は、輸液が死亡率に及ぼす影響を検討するにあたり信頼性の高い解析であると言える。同様の多重ロジスティック回帰分析を以下の外傷患者サブグループに関して再度行った:(1)鈍的外傷患者、(2)貫通外傷患者、(3)銃創患者、(4)正常血圧患者、(5)低血圧患者、(6)鈍的外傷低血圧患者、(7)貫通外傷低血圧患者、(8)銃創低血圧患者、(9)GCS9点未満の患者、(10)重症頭部外傷(GCS9点未満で頭部AIS3-5点)、(11)緊急手術を要する患者(救急部から直接手術室へ移送された患者)。

次に、外傷重症度スコア(ISS)に基づいて分類した患者群について同様の多重ロジスティック回帰分析を実施した。ISS 9点未満の患者の解析では、病院到着時死亡例は除外した。なぜなら、受傷後早期死亡例でISSが9点未満と記録されている症例は、ISSの算出値が実際の重症度より低くなってしまっている可能性があるからである。病院到着時死亡例なのにISSが9点未満の外傷症例では、外傷登録簿に記録されていない損傷が存在することが往々にしてある。こういった損傷がすべて白日の下に晒されると(つまり病理解剖を行うと)、報告されているISSよりもずっと高い点数になることが多い。

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教訓 世界最大の外傷データベースを用いて、病院到着前の輸液(静脈路確保)と院内死亡率の関係を調べました。
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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する~はじめに [critical care]

Prehospital intravenous fluid administration is associated with higher mortality in trauma patients: a National Trauma Data Bank analysis.

Annals of Surgery 2011年2月号より

救急救命士を配備した救急医療体制が運用されるようになってからというもの、外傷患者の病院前救護において輸液製剤の経静脈投与は重要な柱の一つと見なされてきた。外傷患者に対し病院到着までに輸液を行えば、少なくなった血管内容量が元に戻り、重要臓器の血流が維持され、血行動態が改善すると考えられている。アメリカ外科学会主催の外傷二次救命処置(ATLS)教程では、発足当初は外傷患者には直ちに輸液を開始するべきであると強調されていた。しかし、最新の第8版教程では、より「バランスのとれた」対処を講ずるよう記されている。病院前救護の分野では経静脈輸液を全例でルーチーンに行うべし、と並々ならぬ熱の入れ方で指導されているが、この熱狂的指導内容を裏付けるデータは無いと言ってもよい有様である。

外傷症例では経静脈輸液を行っても生存率が向上しないばかりか、一部の症例ではむしろ有害ですらあることを示すエビデンスが続々と示されている。病院到着前に経静脈輸液を行うことが有害となり得る理由の一つとして、本格的な治療を行うことができる施設への搬送が遅れることが挙げられる。受傷現場で静脈路を確保すると、現場滞在時間だけでなく救急要請から病院到着までの時間も延長する。場合によっては静脈路確保に現場で費やされる時間が、移動のみに要する時間よりも長いことすらある。低血圧症例や体幹外傷を主とする症例では、現場で静脈路を確保するのに要する時間は、病院へ向かう途中に車中で静脈路を確保するのに要する時間よりも長いことが知られている。外傷専門医の多くは外傷患者の病院前救護においては、「現場でいろいろやる(stay and play)」方針よりも、本格的な治療を行うことができる施設への迅速な搬送するため、到着までには手技を極力行わず「患者をすぐに救急車に乗せて病院へ急ぐ(scoop and run)」方針を採るべきであると考えている。

病院到着前に経静脈輸液を行うことが有害となり得るもう一つの理由は、「凝血塊がはじけ飛ぶ」という考えに依拠している。この理論によれば、血管収縮および低血圧によって一時的な止血が得られた患者に経静脈輸液を行うと、収縮期血圧が上昇し、出血源が外科的に制御されていなければ再出血を引き起こしてしまう。外傷患者に対する病院前救護における経静脈輸液についての数少ない前向き無作為化比較対照試験のうちの一編で、この理論が裏付けられている。Bickellらは、低血圧症例および体幹貫通外傷症例では手術に至るまでの間、積極的な輸液療法の開始を遅らせると転帰が大幅に改善すること示した。以上のデータを参考に、米国東部外傷外科学会(EAST)が新しく制定した診療ガイドラインでは、病院前救護における経静脈輸液を控えるべきであると推奨されている。

これまでに蓄積されたデータを踏まえ、全国外傷データバンク(NTDB)を利用し、外傷後生存率に病院到着前の経静脈輸液が及ぼす影響を検討することにした。全国外傷データバンクは外傷患者のデータバンクとしては過去最大の規模を誇る。本研究では、病院前救護において静脈路を確保された外傷患者(輸液投与の有無を問わない)の方が、静脈路確保も輸液投与もされなかった外傷患者よりも死亡率が高いという仮説を検証した。

参考記事
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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 外傷症例では救急隊が輸液を行っても生存率が向上せず、一部の症例ではむしろ有害ですらあることを示すエビデンスが続々と示されています。EASTガイドラインでは病院到着前には輸液を行うべきではない、とされています。
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重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する~考察② [critical care]

Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection

NEJM online 2011年5月26日

本研究では、輸液負荷が有効であったサブグループは一つもなかった。患児登録基準として本研究で定めた条件の多くは、中等度低血圧や高度代謝性アシドーシスなど、ボーラス輸液実施可否についての重要な判断基準でもあることを踏まえると、この結果は衝撃的である。対象患児全員に維持輸液が投与され、国内ガイドラインで推奨されている標準的治療を受けた。血液製剤、キニンおよび抗菌薬投与の有無および投与時期は、全サブグループにおいて同等であった。輸液負荷の有無のみが、治療群と対照群との違いであった。輸液負荷には、早期死亡率(一時間以内)を低下させる効果はまったくなく、時間が経過するについてかえって死亡率を上昇させ、かつ、神経学的後遺症を防ぐ効果もないことから、アルブミン製剤であれ生食であれ、ボーラス輸液は百害あって一利なしであると考えられる。重症マラリア患児を対象とした小規模試験や、成人を対象としたSAFE研究(Saline versus Albumin Fluid Evaluation trial)の敗血症サブグループについての追加解析で得られた知見から、アルブミン製剤は生食よりも生理学的に有利であるという仮説が広がっている。しかし、輸液製剤の違いによる差は本研究では認められず、アルブミンが生食よりも有効であるという説を否定するエビデンスを提示することになった。生理学的失調の様態や原因微生物とは無関係に、あらゆるサブグループにおいて、輸液負荷が死亡率上昇につながるという結果が得られたことから、重症疾患の病態生理についての我々の理解に、根本的な問題があるのではないか、という重大な課題がつきつけられた。

本研究では輸液過剰による合併症が発生する症例もあろうと考え、肺水腫および頭蓋内圧亢進の発症を監視することを義務づけた。報告された有害事象は、割り当て群を関知しない外部委員会が全例監査した。また、全死亡例について肺水腫または頭蓋内圧の有無を同委員会が検討した。この過程で俎上に上げられた有害事象の件数は多くはなく、群間差は認められなかった。死因の大半には、そもそもの疾患の重症度が関与していると判断された。そうすると、ボーラス輸液が行われた患児の方がボーラス輸液が行われなかった患児よりも死亡率が高かった理由は何なのか?という疑問が生じてくる。我々は当初、死亡リスクが最も高い群、つまり、血行動態が最も不安定で代謝性アシドーシスが最も著しい群、においてボーラス輸液が一番高い有効性を発揮すると考えていた。ショックの程度は転帰不良の予測因子であることが示されている。しかし、ボーラス輸液が生存率に及ぼす影響について我々が得た結果は、このこととは一直線に結びつかない。ショック状態では血管が収縮し、非重要臓器への血流が減らすという防御反応が発動する。輸液負荷によってこの反応を急速に打ち消すことが有害であるという機序が、本研究の結果の背景として考えられる。ボーラス輸液はたとえ投与量が少なくても有害であるという知見には、他の機序も関与している可能性もある。例えば、再灌流傷害、臨床的には明らかにならない程度の肺コンプライアンス低下・心筋機能低下・頭蓋内圧上昇などである。

まとめ

医療資源が乏しい状況で治療を受ける低血圧のないショック患児に対する救命処置の一つとしてボーラス輸液が重要であると考えられている現状に、本研究の結果は見直しを迫っている。その他の状況における初期輸液に関するガイドラインについても同様に、その是非が問われることになった。

教訓 輸液負荷が有効であったサブグループは皆無でした。輸液負荷は、死亡率を上昇させ、かつ、神経学的後遺症を防ぐ効果もないことから、アルブミン製剤であれ生食であれ、ボーラス輸液は百害あって一利なしであると考えられます。

参考記事
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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
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重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する~考察① [critical care]

Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection

NEJM online 2011年5月26日

考察

マラリア流行地であるサハラ以南アフリカ地域は医療資源が乏しい。そのような環境においても役立つ実用的なデータを収集することを念頭に、本研究では受診時に高熱と末梢循環不全を呈した患児に対する、輸液負荷療法の有効性を評価した。アルブミン製剤もしくは生理的食塩水のボーラス投与を行った群を、輸液負荷を行わない対照群と比較したところ、48時間後死亡リスクはボーラス群の方が絶対値で3.3パーセンテージポイント高く、4週間後における死亡、神経学的後遺症または死亡+神経学的後遺症のリスクは絶対値で約4パーセンテージポイント高かった。アルブミンボーラス群と生食ボーラス群とのあいだには、主要評価項目、副次評価項目のいずれについても有意差は認められなかった。死亡例の大半(87%)が、24時間以内の死亡であった。しかし、輸液負荷によって発生する可能性があると予測した重篤な有害事象(肺水腫、頭蓋内圧亢進)の症例数は、ごく少数にとどまった。本研究で得られた知見は信頼性が高いと考えられる。その理由は、登録患児数が多かったこと、標本が複数の国で得られたこと、追跡調査から脱落した症例数が少なかったこと、いずれの治療群に割り当てられたかが秘匿されたこと、そして割り当てられた治療の遵守率が高かったことである。我々が示した結果は、アフリカに所在する病院において、高熱と末梢循環不全を呈する重症患児に対して輸液負荷をルーチーンに行うことを否定するとともに、アフリカ以外の地域における同様の患者群に対する輸液負荷の有用性にも疑問を投げかけている。

我々が実施したこのたびの輸液負荷に関する大規模比較対象試験では、国際的に標準的治療として通用している方法(ボーラス輸液)を、彼の地で標準的治療として行われている方法(ボーラス輸液を行わない)と比較した。サハラ以南アフリカ地域の典型的な病院、つまり集中治療の設備のない病院を研究実施施設として選定した。登録基準は大雑把なものとしたが、胃腸炎、重度栄養不良および感染以外の原因によるショックの症例は除外した。したがって、本研究で得られた結果をこれらの除外疾患の患児に当てはめることはできない。高度低血圧症例では輸液負荷を行わない群に割り当てるのは非倫理的であると考えたため、来院時に高度低血圧を呈した患児はB層に登録することにしたが、実際に登録された患児は少なかった。B層では、アルブミン群、生食群いずれも死亡率が高かった。

サハラ以南アフリカ地域では、来院時に原因疾患(重症マラリア、敗血症、肺炎または髄膜炎)を臨床的に鑑別することは不可能である。だが、こういった疾患に対して推奨されている初期輸液療法は、疾患によってかなり違いがある。重症マラリアに対する輸液療法の是非をめぐっては、とりわけ賛否両論が喧しい。本研究ではマラリア、敗血症、肺炎、髄膜炎などを含む重症疾患の患児を対象としたため、診断に必要な設備が乏しい病院における患者管理にすぐに役立つ情報を提供することができた。過去に報告されたデータや、当初予想したよりも、本研究の対象患児の死亡率は低かった。別の研究結果と同様に、重症マラリア患児は、マラリア以外の疾患の患児よりも死亡率が低かった。しかし、マラリア群と非マラリア群とのあいだに、ボーラス輸液による48時間後死亡率増加幅の差は認められなかった。ボーラス輸液は転帰を悪化させることが分かった一方で、あらゆる対象患者群において過去の報告や当初予測より生存率が高かったのは、トリアージ、BLSおよび患者観察法の教育と導入に負うところが大きかったと考えられる。

教訓 小児重症感染症例に輸液負荷を行うと行わなかった場合と比べ、死亡率、神経学的後遺症発生率が有意に上昇することが分かりました。高熱と末梢循環不全を呈する小児に対しては、輸液負荷を闇雲に行うべきではありません。

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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
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重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する~結果 [critical care]

Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection

NEJM online 2011年5月26日

結果

対象患者
A層では2009年1月13日から2011年1月13日までのあいだに3141名の患児を無作為に割り当てた。内訳は、アルブミンボーラス群1050名、生食ボーラス群1047名および対照群1044名であった。研究登録基準を満たしていないのに登録された3名についても除外せずにすべての解析を行った(Fig. 1)。各群に割り当てられた患児の基準時点における背景因子は類似していた(Table 1)。年齢中央値は月齢24ヶ月(四分位範囲13ヶ月~38ヶ月)、62%が虚脱状態、15%が昏睡、83%が呼吸窮迫状態であった。患児の過半数(52%)に末梢循環不善の徴候が一つ以上認められた。その多くが、高度頻脈と四肢冷感であった。対象患児の51%(2079名中1070名)に中等度から高度のアシドーシス、39%(2981名中1159名)に乳酸アシドーシス(乳酸5mmol/L以上)が見られた。平均(±SD)ヘモグロビン濃度は、7.1±3.2g/dL、血糖値は124±70mg/dLであった。マラリアの確定診断が下された症例が57%(3123名中1793名)、HIV陽性患児は4%(2483名中106名)を占めた。主要評価項目記録時点までに追跡調査から脱落した患児は17名(0.5%)に止まった。内訳は、アルブミンボーラス群7名、生食ボーラス群8名および対照群2名であった。無作為化割り当て4週間後における生存状況が確認されたのは、各群それぞれ97%(1050名中1023名)、98%(1047名中1024名)、98%(1044名中1024名)であった。B層に登録された患児は全体で29名であった。収縮期血圧中央値は57mmHg(四分位範囲51-59mmHg)であった(NEJM.org掲載補遺Table 1)。B層では追跡調査から漏れた患児はいなかった。A層、B層いずれにおいても、無作為化割り当て48時間後にその時点における診断名を担当医が報告した(補遺Table 2)。

投与した輸液
アルブミンボーラス群の99.5%(1050名中1045名)、生食ボーラス群の99.4%(1047名中1041名)に、割り当てられた通りの輸液療法が行われた(Fig. 1)。対照群に割り当てられた1名には、割り当て1時間後まで生食のボーラス投与が行われた(低血圧であったため)。アルブミンボーラス群の割り当て1時間後までの1時間、および1時間後から2時間後までの1時間に投与された全輸液製剤(血液製剤を含む)の合計量は、それぞれ20.0mL/kg(四分位範囲20.0-20.0)、4.5mL/kg(四分位範囲1.7-16.2)であった。生食ボーラス群ではそれぞれ20.0mL/kg(四分位範囲20.0-20.0)、5.0mL/kg(四分位範囲1.7-16.0)、対照群ではそれぞれ1.2mL/kg(四分位範囲0-2.5)、2.9mL/kg(四分位範囲0.2-4.2)であった。8時間後までに投与した輸液製剤総量は、アルブミンボーラス群40.0mL/kg(四分位範囲30.0-50.0)、生食ボーラス群40.0mL/kg(四分位範囲30.4-50.0)、対照群10.1mL/kg(四分位範囲10.0-25.9)であった。全体で1408名の患児に輸血が行われた。内訳はアルブミンボーラス群472名(45%)、生食ボーラス群487名(47%)、対照群449名(43%)であった。対照群では輸血がやや早い時点で開始される傾向が観察されたが、割り当て2時間後の時点における輸血実施例の占める割合および輸血量は、各群同等であった(補遺Fig.1およびTable 3)。

評価項目
割り当て48時間後までに、アルブミンボーラス群111名(10.6%)、生食ボーラス群110名(10.5%)、対照群76名(7.3%)が死亡した。生食ボーラス群の輸液負荷を行わない対照群に対する死亡相対危険度は1.44(95%信頼区間1.09-1.90; P=0.01)、アルブミンボーラス群の生食ボーラス群に対する死亡相対危険度は1.00(95%信頼区間0.78-1.29; P=0.96)、ボーラス群(アルブミンボーラス群+生食ボーラス群)の輸液負荷を行わない対照群に対する死亡相対危険度は1.45(95%信頼区間1.13-1.86; P=0.003)(Table 2)であった。死亡リスクの絶対差は3.3パーセンテージポイントであった(95%信頼区間1.2-5.3)。研究実施施設間の偏り(補遺Fig. 2)やプロトコル修正前後における無作為化データの偏りは認められなかった(Fig. 2)。B層では、アルブミンボーラス群13名中9名(69%)、生食ボーラス群16名中9名(56%)が死亡した(アルブミンボーラス群に対する死亡相対危険度1.23; 95%信頼区間0.70-2.16; P=0.45)。

無作為化割り当て1時間後における死亡率は三群同等であった(アルブミンボーラス群1.2%、生食ボーラス群1.1%、対照群1.3%)。割り当て1時間後以降は、いずれの時点においてもボーラス群は対照群よりも常に死亡率が高かった(Fig. 2A)。死亡例は、大半が24時間後までに死亡していた(259名、87%)。割り当て48時間後以降の死亡例はごく少数で、対照群の晩期死亡率がボーラス群より高いわけではなかった(Fig. 2B)。予め設定したいずれのサブグループにおいてもボーラス群の方が対照群より死亡率が上回っていた(Fig. 3)。ボーラス輸液に何らかのメリットがあることを示すエビデンスは、どのサブグループについても得られなかった。四週間後の時点で神経学的後遺症が認められた症例は、アルブミンボーラス群22名(2.2%)、生食ボーラス群19名(1.9%)、対照群20名(2.0%)であった(ボーラス群 vs 対照群の比較でP=0.92)(Table 2)。神経学的後遺症症例の24週間後までの追跡評価は現在進行中である。

患児26名において肺水腫が疑われた(アルブミンボーラス群14名、生食ボーラス群6名、対照群6名)。頭蓋内圧亢進は45名において認められた(アルブミンボーラス群16名、生食ボーラス群18名、対照群11名)(肺水腫と頭蓋内圧をあわせたボーラス群と対照群との比較でP=0.17)(Table 2)。死亡例および有害事象についての詳細は補遺Table 4AおよびTable 4B参照のこと。

教訓 8時間後までに投与した輸液製剤総量は、アルブミン群40.0mL/kg、生食群40.0mL/kg、対照群10.1mL/kgでした。生食群の対照群に対する死亡相対危険度は1.44、アルブミン群の生食群に対する死亡相対危険度は1.00、ボーラス群(アルブミン群+生食群)の対照群に対する死亡相対危険度は1.45でした。

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重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する~方法 [critical care]

Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection

NEJM online 2011年5月26日

方法

設計と治療プロトコル
ケニヤ(一施設)、タンザニア(一施設)およびウガンダ(四施設)の計6施設において、多施設オープンラベル無作為化二層比較対照試験を行った。A層では、高度低血圧ではない患児を登録した。高度低血圧(月齢12ヶ月未満では収縮期血圧50mmHg未満、1~5歳では収縮期血圧60mmHg未満、5歳以上では収縮期血圧70mmHg未満)を呈する患児はB層に登録した。A層の患児は、0.9%食塩水20mL/kgを1時間かけて経静脈投与する群(生食ボーラス群)、5%アルブミン溶液20mL/kgを1時間かけて経静脈投与する群(アルブミンボーラス群)またはボーラス輸液をしない群(対照群)のいずれかに1:1:1の比率で無作為に割り当てた。B層の患児は、5%アルブミン溶液40mL/kgもしくは生理的食塩水40mL/kgのいずれかの群に無作為に割り当てた。A、Bいずれの層においても、生食ボーラス群またはアルブミン群に割り当てられた症例では、決められた輸液負荷を終了しても依然として末梢循環が不良である場合(下記に詳述)には、同一製剤20mL/kgを追加でボーラス投与した。対照群では末梢循環が不良であっても輸液負荷は行わなかった。高度低血圧が進行した場合には、割り当てられた輸液製剤(対照群では生理的食塩水)を40mL/kgボーラス投与した。生食もしくはアルブミンボーラス投与群に割り当てられた症例では、使用する輸液製剤の変更(生食群の症例にアルブミンを投与するなどの変更)は禁止された。米国や欧州のガイドラインと比べると本研究で定めたボーラス投与量は少なめである。なぜなら、集中治療が可能な施設が少ない状況で治療を受けている患児が肺水腫に陥った場合のリスクを懸念したからである。2010年6月にプロトコルを修正し、初回ボーラス量を40mL/kgとした(B層では60mL/kg)。研究プロトコルについての詳細はNEJM.org上に掲載した。

進行状況の監視
中間解析の結果を、データ・安全性監視独立委員会が年二回検討した。研究の中止または修正勧告の是非を考慮するにあたっては、Haybittle-Peto基準による統計学的検討を行った。2011年1月12日に実施された第五回中間解析では、データ・安全性監視独立委員会により患児2995名のデータが検討された結果、生食ボーラス群およびアルブミンボーラス群についての安全性の懸念が生じたことと、ボーラス群が対照群より有効であることが示される可能性が非常に低いと判断されたため、研究の中止が勧告された。

資金提供団体の役割
本研究には英国医学研究協議会が資金を提供し、バクスター社が5%アルブミン製剤と0.9%食塩水製剤を寄付した。両団体およびインペリアルカレッジロンドンのいずれもが、本研究の法的責任は負わず、研究設計、データ収集、解析およびデータの解釈、論文作成には一切の関わりを持たなかった。

対象集団
日齢60日から12歳までで、意識障害(虚脱状態や昏睡)または呼吸窮迫(呼吸仕事量増大)のいずれかもしくは両者に加え、末梢循環不全(以下のいずれかを一つ以上満たす場合:毛細血管再充満時間3秒以上、両下肢の温度差、橈骨動脈容積脈波微弱または高度頻脈[月齢12ヶ月未満 180bpm以上、1~5歳 160bpm以上、5歳以上 140bpm以上])を(Fig. 1)が認められる患児を対象とした。除外基準は、高度栄養不良、胃腸炎、感染以外の原因によるショック(例;外傷、手術、熱傷など)および輸液負荷が禁忌の場合とした。

評価項目
主要評価項目は無作為化割り当て48時間後の死亡率とした。副次評価項目は、4週間後死亡率、4および24週間後神経学的後遺症、無作為化割り当て48時間後までのショック、輸液負荷によるものと考えられる有害事象(肺水腫、頭蓋内圧上昇および重症アレルギー反応)とした。治療群の割り当てを関知しない人員で構成される評価項目検討委員会が、死亡、神経学的後遺症および有害事象のあった全例を検討した。

無作為化割り当て
研究実施施設ごとに層別化して無作為化割り当てを実施しした。

介入手順
対象患児は小児科一般病棟で治療を受けた。いずれの病棟も、短時間のバッグマスク換気以外の補助呼吸を行うことはできない環境であった。重症度判断および管理法が適切に行われ、プロトコル遵守が徹底されるように、参加スタッフには研究の全期間を通じてトリアージと小児救急蘇生処置の訓練が行われた。救急医療と、酸素飽和度および血圧の監視が円滑に行われるように、基本的な医療器材が提供された。血圧は自動血圧計で測定した。いずれの患児に対しても必要に応じて、維持輸液(2.5~4.0mL/kg/hr)、抗菌薬、抗マラリア薬、解熱薬および抗痙攣薬、低血糖の補正(血糖値45mg/dL未満のとき)が行われ、ヘモグロビン濃度5g/dL未満のときには20mL/kgの全血輸血を4時間かけて実施した。

入院時、1時間後、4時間後、8時間後、24時間後および48時間後に、共通の臨床症例報告用紙に患者情報を記入した。血管内容量不足の有無、神経学的所見、循環動態および有害事象(肺水腫、頭蓋内圧上昇およびアレルギー反応)の有無が記録された。有害事象は発生から2日以内にキリフィ県(ケニヤ)に所在する臨床試験施設に報告され、訪問監視員が報告書と照らし合わせて確認した。無作為化割り当て4週間後に、神経学的後遺症の評価を行った。この時点で神経学的後遺症があった患児については、割り当て24週間後に再評価を行った。

教訓 対象は、日齢60日から12歳までで、意識障害and/or頻呼吸に加え末梢循環不全が認められる患児です。高度栄養不良、胃腸炎、感染以外の原因によるショックおよび輸液負荷の場合は除外されました。対象患児は、生食負荷群、アルブミン負荷群、輸液負荷なし群のいずれかに1:1:1の比率で無作為に割り当てられました。主要エンドポイントは48時間後死亡率です。

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重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する~はじめに [critical care]

Mortality after Fluid Bolus in African Children with Severe Infection

NEJM online 2011年5月26日

ショック患者の目的指向型治療ガイドラインでは、血行動態を是正するため早い段階で急速輸液負荷を行うことが大きな柱の一つとなっている。この方法は、小児蘇生の教育プログラムでも踏襲されていて、ショックと診断したら15分以内に~60mL/kgの輸液負荷を行うことが推奨されている。輸液負荷に対する反応が芳しくない患児には、強心薬を投与し人工呼吸を行うことになっている。小児敗血症性ショック症例の転帰が格段に改善したのは、この治療方針のおかげだとする意見が示されている。しかし、輸液負荷の開始基準や、投与量および輸液製剤の種類についてのエビデンスは蓄積されていない。

サハラ以南アフリカ地域に所在する病院では医療資源が乏しく、集中治療に必要な医療機器が設置されている施設はごく少数である。そのような状況でもトリアージと救急医療が有効性とコストの両面から有用であることを示すエビデンスがあるにも関わらず、彼の地で導入されている小児生存率向上プログラムではトリアージや救急医療といった視点が取り入れられていない。サハラ以南アフリカ地域では、マラリア、敗血症、その他の感染症が小児の健康を脅かす主要な原因であり、発症すれば早期に多くの患児が死亡する。低容量性ショック(末梢循環がどんな程度にせよ不良であることを意味する)はありふれた病態であり、死亡率の大幅な上昇につながる。しかし、WHOのガイドラインでは、ショックが進行したら(毛細血管再充満時間>3秒、微弱な頻脈、四肢冷感を呈する場合)、輸液を行うこととしている。そのためこのガイドラインはあまり受け入れられていない。サハラ以南アフリカ地域の病院に収容された患児の大半には、高度貧血に対する輸血や維持輸液を除いては、病態に応じた輸液管理が行われていない。

The Fluid Expansion as Supportive Therapy(FEAST)研究では、初期蘇生における生理的食塩水ボーラス投与とボーラス投与なし(対照)、生食ボーラス投与とアルブミン製剤ボーラス投与の有用性が比較検討された。

教訓 小児敗血症性ショック症例における輸液負荷の開始基準や、投与量および輸液製剤の種類についてのエビデンスはありません。このFEAST研究では生食負荷vs負荷なし、生食負荷vsアルブミン負荷、負荷あり(生食群+アルブミン群)vs負荷なしの比較が行われました。

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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
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ALI&集中治療2010年の話題~メディエイタ② [critical care]

Update in Acute Lung Injury and Critical Care 2010

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2011年5月1日号より

肺胞-毛細血管バリア機能の回復
急性肺傷害の治癒と全身状態回復の鍵は、肺胞-毛細血管バリアの統合性の復元である。好中球α-デフェンシン(孔形成タンパク。貪食された細菌を死滅させるのを助けるはたらきがある。)が、低比重リポタンパク関連受容体の関与する機序を介して、酸注入による急性肺傷害における肺胞上皮傷害の発生に関わっていることが明らかにされた。Kruppel型転写因子4が、血管内皮カドヘリンの発現を調節し炎症性刺激による内皮バリア機能障害を改善させることを通じて、細胞の接着結合を維持していることが分かった。同じく、Ablチロシンキナーゼが、多機能性細胞骨格タンパク(非筋細胞ミオシン軽鎖キナーゼ)の調節因子としてはたらき、内皮バリア機能の維持に寄与していることが報告された。傷害された内皮バリアが復元するには、細胞の再生と細胞接着分子複合体の再接合が必要である。内皮細胞に限定されるフォークヘッド転写因子(Fox)M1の分解が、βカテニンの制御を通じて内皮バリアの修復に貢献していることが新たに判明した。

ALIにおけるアポトーシス、変性、増殖および前駆細胞と幹細胞
急性肺傷害における細胞増殖と細胞療法についての研究が複数発表された。オキシダントによって惹起されたアポトーシスが急性肺傷害の発症において重要な役割を担っていることが明らかにされた。具体的には、Bcl-2ファミリーに属するBAXおよびBAKはアポトーシス促進作用を持つ。肺胞上皮におけるBAXおよびBAKの条件欠損が、高酸素症による肺胞上皮細胞死を防ぎ、肺傷害を改善し、生存期間を延長することが分かったのである。高酸素症による急性肺傷害モデルでは、キチナーゼ様タンパクのBRP39およびYKL40が肺傷害と上皮細胞アポトーシスの主要調節因子としてはたらくことが明らかにされた。エンドトキシン投与により作成した急性肺傷害マウスモデルを用いた研究で、大豆油乳剤を投与したときの方がオリーブオイル乳剤を投与したときよりも、脾臓リンパ球および循環血液中リンパ球のアポトーシスが顕著であることが分かった。急性肺傷害患者の経腸栄養をおこなう際に、この知見が役立つであろう。急性肺傷害からの回復過程において、サイトカインの一種、マクロファージ遊走阻止因子の発現が盛んになることが明らかにされた。その結果、アポトーシスが抑制されるが、一方では肺傷害急性期後に同所移植された腫瘍片の増殖が亢進する。

骨髄前駆細胞が肺に取り込まれうることが実験で示されている。救命のためECMOが実施された患者を対象とした研究で、造血前駆細胞、間葉系前駆細胞および上皮前駆細胞が循環血液中に動員されることが分かった。傷害組織に本来はそこにはない前駆細胞が集積する機序には、この現象が関与している可能性がある。

間葉系幹細胞の研究が目覚ましい進歩を遂げた。魅力に富むこの分野における新しい知見をまとめた素晴らしいレビューが発表された。敗血症モデルを用いた研究では、間葉系幹細胞には細菌の除去を促進し、炎症を緩和し、生存率を向上させる作用がある。さらに、同種ヒト間葉系幹細胞を移植すると培養肺胞Ⅱ型細胞のタンパク透過性が改善することが分かった。これはおそらく、血管新生因子(angiopoietin)-1の分泌などのパラクリン機構を介した作用であると考えられる。同じく、ヒト胎児由来の幹細胞から派生した肺胞Ⅱ型細胞をブレオマイシン誘発性急性肺傷害齧歯類モデルに移植すると、移植された細胞は正常な肺胞Ⅱ型細胞と同じような機能を発揮し、さらには肺胞Ⅰ型上皮細胞への分化も果たし、生存率が向上することが明らかにされた。

前述した、新しいメディエイタ、実験段階の治療法および集中治療供給に関する組織構築などのすべてが、いずれは急性肺傷害の治療に役立ち、転帰の向上に寄与する可能性を秘めている。

教訓 急性肺傷害マウスモデルを用いた研究で、大豆油乳剤を投与したときの方がオリーブオイル乳剤を投与したときよりもリンパ球のアポトーシスが顕著であることが分かりました。オリーブオイルはからだにいいようです。
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ALI&集中治療2010年の話題~メディエイタ① [critical care]

Update in Acute Lung Injury and Critical Care 2010

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2011年5月1日号より

敗血症とALIのメディエイタ、バイオマーカ、実験段階の治療法

敗血症とALIの機序についての報告が複数発表された。例えば、敗血症の際には骨髄細胞核分化抗原の細胞質内蓄積が障害されるため、好中球のアポトーシスが遅延することが明らかになった。これが、果炎症が遷延する一因なのである。別の報告では、白血球集積の主要調節因子であるイノシトールリン脂質3キナーゼ(PI3K)-γが敗血症の発生過程において重要な役目を果たしていることが示されている。盲腸結紮穿孔による敗血症モデルにおいてPI3K-γ遺伝子を阻害すると、生存率が向上し、多臓器不全が抑制され、細菌が全身へ波及しがたくなることが分かった。同じ敗血症モデルを用いた別の研究では、硫化水素を投与すると、低下した好中球遊走能が回復し、ATP感受性カリウムチャネルの関与する機序を介して菌血症および肺傷害が軽減され、生存率が向上することが明らかにされた。同様に、転写因子であるペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPAR)-β/δのアゴニストを敗血症マウスに投与すると、セリン/トレオニンキナーゼAktが活性化されるとともにグリコーゲン合成酵素キナーゼ-3βおよびNF-κBが阻害されて、臓器不全および炎症が抑えられ生存率が改善することが示された。また、敗血症モデルにおいてインスリン様成長因子-1(IGF-1)が、消化管バリア機能の保護作用を発揮することも分かっている。

ALIにおける炎症と自然免疫の役割
ALIの主要病因は炎症である。したがって、ALIのメディエイタであるとされている物質や治療法として有望であるとされている方法の大半が、炎症の修飾に関連しているのは当然なのかもしれない。例えば、外傷症例ではミトコンドリアのダメージ関連分子パターン(DAMP)が血中に放出されて免疫の調節機能が失調し(自然免疫が活性化され)、全身炎症が発生すると報告されている。ダメージ関連分子パターンは病原体関連分子パターンと同じような作用を発揮する。これはおそらく、ミトコンドリアが細菌から進化したことに起因すると考えられる。終末糖化産物受容体(RAGE)は、病原体関連分子パターンを認識する。この受容体が発現しないようにしたノックアウトマウスでは、高酸素症による肺傷害が抑制されることが明らかにされている。また、NF-E2関連因子2(Nrf2)が抗酸化反応の主要調節因子であり、高酸素症による肺傷害がNrf2を介して抑制される過程ではPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体γ)が中心的なエフェクタ分子として働くことが示されている。

インフラマソームの活性化とそれに引き続く炎症促進サイトカインの放出は、肺胞マクロファージのプリン作動性P2X7受容体を介したカリウム流出が引き金となって起こる現象である。この一連の現象が、結果高酸素症による肺胞上皮細胞の傷害の原因である。ブレオマイシンによる急性肺傷害で肺胞上皮細胞から放出されたATPは、内因性危険信号として作用し、P2X7受容体/パネキシン1複合体を介して肺傷害を引き起こすことが明らかにされている。別の研究では、サブスタンスPをエンコードするプレプロタキキニンA遺伝子が欠損したマウスでは熱傷時の急性肺傷害の発生が抑制されることが明らかにされ、炎症促進神経ペプチドであるサブスタンスPが熱傷による急性肺傷害の成因に関わっていると考えられた。乳脂肪球上皮成長因子8(MFGE8)には、アポトーシス細胞の除去を促進する作用がある。この度、MFGE8に腸の虚血再灌流障害による急性肺傷害を防ぐ効果があることが分かり、抗炎症作用が示されたとともに、治療薬としての可能性が期待されている。酸注入後に細菌を投与して作成した急性肺傷害モデルを用いた実験で、抗炎症メディエイタのレソルビンE1が肺傷害を緩和する作用を発揮することが示された。ブレオマイシン投与による肺傷害マウスモデルにおいて、組織メタロプロテアーゼ阻害物質3が炎症の消退に関与していることが分かった。同じ肺傷害モデルを用いた別の研究では、サーファクタントプロテインAが炎症とアポトーシスを軽減し、上皮の構造および機能を保護することが明らかにされた。同様に、軸索誘導作用を持つネトリンには、白血球遊走刺激に拮抗する誘導作用があるため、抗炎症作用を持つ可能性があるとされている。急性肺傷害のときにはネトリンが抑制されて傷害が助長されるが、肺傷害モデルにネトリン1を投与すると、アデノシン2B受容体が関与する機序によって肺傷害が軽快することが分かった。エンドトキシン投与によって作成した急性肺傷害モデルでも、アデノシン2B受容体を介したアデノシンシグナル伝達に肺傷害軽減効果があることが示されている。マラリア急性肺傷害モデルという新しい動物モデルを用いて急性肺傷害の病因と治療法の探索を試みた、斬新な研究が報告された。強力な血管拡張作用を持つ血管新生因子であるアペリンの作用が、新生仔ラット急性肺傷害モデルを用いた研究で明らかにされた。アペリンはNOSが関与する機序を介して、肺の炎症、フィブリン沈着および右室肥大を抑制することが分かった。

ALIの発症過程で起こる自然免疫の修飾についての研究が複数発表された。そのうちの一編では、炎症反応において重要な働きを担っているTLR4の細胞内輸送における主要調節因子が低分子量GTPaseのRab10であり、LPSによって作成した急性肺傷害の重症度にこの物質が関わっていることが報告されている。ペントラキシン3が炎症の調節に関わっていることは以前から分かっていたが、最近になってようやくその機序が明らかにされた。ペントラキシン3は活性化された白血球から放出され、炎症部位への好中球集積を防ぐのである。MRSA感染による急性肺傷害の発症機序の解明につながる興味深い知見が示された。MRSA感染に続発する急性肺傷害の発症過程において、多型核白血球を標的とする孔形成毒素のPanton-Valentine白血球毒素が中心的役割を果たしているとのことである。ウロキナーゼ型プラスミノゲン活性化因子が、組織因子の発現を促進し、組織因子の関与する凝固経路を亢進させることによって気道へのフィブリン沈着が進行し、上皮のバリア機能が障害されたり、肺の繊維化が起起こったりすることが報告された。ウロキナーゼ型プラスミノゲン活性化因子には、肺胞マクロファージがアポトーシス好中球を貪食する機能を抑制するという興味深い作用があり、これが急性肺傷害の重症化の一因となっている可能性がある。

教訓 敗血症の際には骨髄細胞核分化抗原の細胞質内蓄積が障害されるため、好中球のアポトーシスが遅延します。PI3K-γ遺伝子を阻害すると、生存率が向上し、多臓器不全が抑制されます。インスリン様成長因子-1(IGF-1)には、消化管バリア機能の保護作用があります。RAGEノックアウトマウスでは、高酸素症による肺傷害が抑制されます。
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ALI&集中治療2010年の話題~新しい治療法 [critical care]

Update in Acute Lung Injury and Critical Care 2010

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2011年5月1日号より

新しい治療法と転帰

ALIの治療法の進歩
ALIの新しい治療法を評価した研究が数編発表された。ICU入室時に乳酸値上昇を呈した重症患者348名を対象とした多施設オープンラベル無作為化比較対照試験が行われ、乳酸値測定と、ICU入室8時間後まで乳酸値を2時間あたり20%以上低下させることを目標とした治療法の有効性が評価された。治療群では強力な治療アルゴリズムが適用されたにも関わらず、乳酸値の低下速度および低下幅は対照群と同程度であるという意外な結果が得られた。それでもしかし、驚くべきことに、乳酸値低下を目標とする治療が行われた患者群では院内死亡率が有意に低下し、対照群との絶対差は9.6%であった。さらに、治療群は対照群よりも臓器不全発生率が低く、人工呼吸器離脱およびICU退室も対照群より早かった。

ALI患者に対する筋弛緩薬使用の是非については未だ議論が続いている。筋弛緩薬を使用すると筋力低下が起こるのではないかと考えられている。ARDS患者340名を対象とした多施設二重盲検無作為化試験が行われ、シスアトラキュリウムまたは偽薬のいずれかを48時間投与し両群の臨床転帰が評価された。ICU在室中の筋力低下の発生率は同等であったが、28日後死亡率についてはシスアトラキュリウム群の方が偽薬群より有意に低かった(23.7% vs. 33.3%)。

重症患者に対する強化インスリン療法についても同じく依然として賛否両論が喧しい。小児重症熱傷症例を対象とした前向き無作為化試験では、成人ICU患者と異なる結果が得られ、インスリン強化療法によって小児重症熱傷患者の重症合併症の発生率が低下することが分かった。

ALIの転帰決定因子
ALIの転帰に影響をおよぼすと目される様々な機序についての臨床研究がいくつも行われている。ICUに収容され死亡した患者の組織生検についての研究では、脂肪細胞の新規形成数が増加していることが分かった。これは、ブドウ糖の取り込みと代謝およびトリグリセリドの貯蔵能が亢進していることを意味する。高血糖および脂質異常症があると重症患者の死亡率が上昇することが知られているので、脂肪細胞の増加は適応反応であり保護的に作用すると推測されている。別の研究では、重症患者のうち生存例ではミトコンドリアの生合成が早い段階で活性化されることが明らかにされた。このことによって、ミトコンドリアのタンパク減少が防がれることになり、エネルギー需給状態が維持されると考えられる。非生存者では以上のような機序が障害されているのであろう。FACTT(Fluids and Catheters Treatment Trial)の対象患者501名についての二次解析が行われ、ALI患者では肺血管に異常が認められることが珍しくなく、これが転帰不良の独立危険因子であることが明らかにされた。

ICUにおいて心肺停止に陥り蘇生が行われた患者を対象とした研究が行われ、心肺停止に至る前の昇圧薬投与量と転帰との関係が評価された。National Registry of Cardiopulmonary Resuscitationに登録された症例の中から該当する49656名の成人患者を得て解析が行われた。全体の生存退院率は15.9%であった。心肺蘇生が行われる以前に昇圧薬が投与されていた患者群の方が、昇圧薬が投与されていなかった患者群よりも生存率が低かった(9.3% vs 21.2%)。このデータは、心肺蘇生実施の同意を得る際に参考になるであろう。しかし、ある研究ではICUにおいて患者の代わりに意思決定を担う代理人に予後をはっきりと伝えたり、予後について医師と代理人のあいだで合意を形成したりするのは困難であることが明らかにされている。

Awakening and Breathing Controlled Trialの副研究が行われ、人工呼吸患者180名を、毎日鎮静を一時中断して覚醒させ自発呼吸試験を行う群か、従来通りの鎮静を行い自発呼吸試験を毎日行う群かのいずれかに無作為に割り当てた。その結果、退院3~12ヶ月後の認知機能、心理状態およびQOLは両群同等であることが明らかになった。

集中治療の供給最適化とALIに関する臨床試験
集中治療の現行の供給体系は進化の途上にあり、新しいモデルについての研究が目下進行中である。一般人口集団についての遡及的コホート研究で、ペンシルバニアに所在するICU 112施設に入室した107324名の患者を対象とした検討が行われ、多分野の専門家によるケアが行われ常駐医師が十分数確保されているICUでは死亡オッズが有意に低下するという結果が得られた。集中治療の供給体系については、これとは異なる組織モデルの有用性も指摘され、24時間365日専門医常駐、地域内医療施設の機能分化、遠隔医療、医療レベル改善の取り組み(地域内医療施設全体の協力による啓蒙活動、チェックリストの導入、プロトコル準拠治療など)の効果および注意点が報告されている。

ICUでは、医原性の有害事象が発生するリスクが高い。ICU 70施設のコホートを対象とした前向き観測研究では、報告された1192件の医療ミスのうち15.4%が臨床的に問題となる有害事象に発展したことが明らかにされている。そして、医療ミスによる有害事象が2件以上発生すると、ICU死亡率上昇の独立危険因子となることも分かった。医療ミス防止策を早急に構築する必要がある。NHLBIが主催した集学的研究会では、集中治療の供給体制と医療供給体制の最適化の関係および臨床研究の今後の展望が主要テーマとして取り上げられた。

教訓 乳酸値測定と、ICU入室8時間後まで乳酸値を2時間あたり20%以上低下させることを目標とした治療法の有効性が評価されました。治療群と対照群の乳酸値の低下速度および低下幅は同等でしたが、乳酸値低下を目標とする治療が行われた患者群では院内死亡率が有意に低下しました。さらに、治療群は対照群よりも臓器不全発生率が低く、人工呼吸器離脱およびICU退室も対照群より早いという意外な結果が得られました。 



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ALI&集中治療2010年の話題~病因② [critical care]

Update in Acute Lung Injury and Critical Care 2010

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2011年5月1日号より

遺伝学、ゲノム科学、プロテオミクス、メタボロミクス
敗血症やALIを発症しやすい患者における臨床的転帰と一塩基多型についての複数の報告があった。二つの異なる母集団を対象として行われたコホート内症例対照研究で、FAS21541TおよびFAS9325Aという、広く認められるFASハプロタイプを持っているとALIを発症しやすいことが分かった。しかし、FASの遺伝子型と死亡率の間には相関は認められなかったため、FASのこの珍しくはない遺伝子多型はALIの重症度には影響せず、かかりやすさにのみ関与していると考えられる。β2アドレナリン受容体遺伝子(ADRB2)がCysGlyGlnハプロタイプを呈するとアドレナリン受容体作動薬に対する反応が変化することが知られている。このハプロタイプと敗血症性ショックの転帰についての研究も行われた。ADRB2 rs1042717のAA遺伝子型、つまりCysGlyGlnハプロタイプのホモ接合体である患者では、ノルエピネフリン投与量が多く、心拍数、臓器不全発生頻度および28日後死亡率が高いことが明らかにされた。

色々な分子経路の様態が同時に変化すると、炎症反応に影響が及ぶとともに肺胞-毛細血管バリア機能に障害が起こり、ALIが発症することがある。そこで、新しい分子経路の同定を目指した高速ゲノム解析や高速プロテオミクス解析が行われている。特発性肺線維症患者およびブレオマイシン誘発性ALIマウスモデルのBAL検体を用いた研究では、HDLの主なタンパク分画であるアポリポタンパク(Apo)A-Ⅰのダウンレギュレーションに関わる16種のタンパクに機能不全が生じていることが明らかにされた。マウスにApo A-Ⅰを投与すると、ブレオマイシンによる肺の炎症が軽減し、ALIの重症化をある程度防ぐことができるという重要な知見も得られ、肺傷害の発生にApo A-Ⅰが関与していることが示唆された。

メタボロミクスは、細胞の活動によって生ずる特異的な代謝産物および最終生産物を測定することによって、病態を解明しようとする新しい研究手法である。この方法はプロテオミクスに代わるものとして登場した。メタボロミクス解析によって、ALIの新しいバイオマーカや病因因子を発見することができるかもしれない。実際、敗血症によるALI患者の血漿検体に含まれる代謝産物の化学的指紋を高分解能核磁気共鳴分光法(NMR分光法)による解析が行われ、酸化状態、エネルギー均衡、アポトーシスおよびバリア機能の変化、といった敗血症およびALIに特有の現象に関連すると考えられる4つの代謝経路が同定されている。システム生物学によってALIの発症過程に関わるこういった経路の相互作用の解明が進に違いないが、「~ミクス」を駆使して得られた複雑なデータを正しく解析するのは至難の業である。

教訓 β2アドレナリン受容体遺伝子がCysGlyGlnハプロタイプのホモ接合体である患者では、ノルエピネフリン投与量が多く、心拍数、臓器不全発生頻度および28日後死亡率が高いことが分かりました。
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ALI&集中治療2010年の話題~ALIの病因① [critical care]

Update in Acute Lung Injury and Critical Care 2010

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2011年5月1日号より

ALIの病因解明における進歩

ALIの危険因子、早期診断および予防
ALIの発生予防は重要な研究テーマである。しかし、ALIを発症しそうな患者がどの患者なのかを予め知ることができないという問題が立ちはだかっている。単一施設で行われた観測研究で、ALI発症予測モデルである肺傷害予測スコア(Lung Injury Prediction Score; LIPS)の有用性が報告されている。このモデルでは、危険因子(高リスク外傷、高リスク手術、誤嚥、敗血症、ショック、肺炎および膵炎)とともにリスク修飾因子(アルコール乱用、低アルブミン血症、頻呼吸、酸素投与、化学療法、肥満および糖尿病)を組み合わせて点数化し、ALI発症の可能性を予測する。肺傷害予測スコア(LIPS)について22施設5584名の患者を対象とした多施設コホート観測研究が行われ、救急部受診当初にALIを既に発症している患者はごく稀であることが明らかにされた。そして、ALI発症リスクのある患者では、受診後数時間から数日後までに6.8%がALIを発症することが分かった。ALI発症頻度は元々の状態によってばらつきがあるが、LIPSモデルを用いるとALIを発症しそうな患者を早い段階で予測することができる。ALIを発症すると院内死亡率が有意に上昇するため、予防策の開発が非常に重要である。

WHOの報告では、インフルエンザが流行した昨年一年間に約300万~500万件の重症例が発生し、およそ25万~50万人が死亡したと推計されている。2009年にはH1N1新型インフルエンザ(A型インフルエンザ、H1N1/09)の流行が世界的規模で拡大し、医療上の極めて厳しい問題となった。H1N1インフルエンザによるウイルス性肺炎の確定例、疑い濃厚例および疑い例のうち人工呼吸を要する急性呼吸不全のためアルゼンチンに所在する集中治療部門35施設に収容された成人患者337名を対象とした発端コホート研究がおこなわれ、これらの症例の疫学、臨床像、転帰および死亡予測因子が明らかにされた。H1N1インフルエンザに関連する重症合併症発生率および死亡率は幸いにも、過去の世界的なインフルエンザ流行時と比べ有意に低いことが判明している。

悪性腫瘍患者は、治療の副作用による合併症の結果、急性呼吸不全に陥ることがある。これが悪性腫瘍患者の集中治療部入室理由の首位の座を占めており、こうなった場合の死亡率は高い。呼吸不全の原因が同定されない場合の転帰は、原因が特定される場合よりも不良であるため、早期に適切な診断を下すことが重要である。急性呼吸不全の早期診断における安全性と有効性に関して、非侵襲的検査のみの場合と、非侵襲的検査に気管支鏡検査またはBALを併せて行う場合を比較した多施設無作為化比較対照試験が行われた。大半の症例において、非侵襲的検査のみで診断が得られるという興味深い結果が得られた。しかし、対象患者の18%では気管支鏡検査もしくはBALを行わなければ診断を得られなかったことと、侵襲的検査を行っても合併症発生リスクや気管挿管率は上昇しなかったことから、本研究の著者らは、可能であればICU入室後早い段階で気管支鏡検査もしくはBALを非侵襲的検査と併せて行うべきであるという意見を示している。別の研究では、血液悪性疾患があり呼吸器系の症候が発生した場合に、初期の段階からCPAP療法を行うと人工呼吸を要する状態に陥るのを防ぐことができることが明らかにされた。CPAP療法は、血液悪性疾患患者における呼吸不全予防法となる可能性がある。

予防可能なALIの一つに、TRALI(transfusion-related acute lung injury;輸血関連肺傷害)がある。TRALIは輸血関連死の主要な原因である。したがって、重症TRALI発生の原因となりやすい抗原を突き止めることが、臨床的に重要である。多数の致死的TRALI症例の原因であるヒト好中球アロ抗原(HNA)-3aについて、色々な研究でその特性が明らかにされている。HNA-3aはコリントランスポータ様タンパク2遺伝子の一塩基多型によって生ずる。この一塩基多型によって154番目のアミノ酸に変異が起こると、HNA-3a特異抗体とのあいだに抗原抗体反応が発生する。別の研究では、HLAクラスⅡ抗体によるTRALI発生の生物学的機序が示されている。以上の成果を踏まえた新しいスクリーニング法を導入することによって、TRALIの発生を大幅に抑制することができると考えられる。

ミネソタ州オルムステッド郡で8年にわたり行われた研究で、ARDSの発生頻度が格段に低下したことが報告されている(10万人年あたり82.4例から38.9例に低下)。入院時ARDS発症例の減少数よりも院内発生のARDS症例数の減少数の方が大きかったことから、ARDSを引き起こす原因となる二次侵襲(セカンドヒット)、つまり高一回換気量による人工呼吸管理、多数回の輸血、同種免疫反応を引き起こす可能性のあるドナーの血漿製剤の投与、抗菌薬投与開始の遅延、敗血症患者に対するgoal-directed therapyなどがICUにおいて回避されたことが、ARDS発生頻度の低下につながったと推測されている。つまり、ARDSの発生頻度が大幅に低下した理由は、予防策の進歩に負うところが大きいと考えられる。

教訓 肺傷害予測スコア(Lung Injury Prediction Score; LIPS)は、危険因子(高リスク外傷、高リスク手術、誤嚥、敗血症、ショック、肺炎および膵炎)とともにリスク修飾因子(アルコール乱用、低アルブミン血症、頻呼吸、酸素投与、化学療法、肥満および糖尿病)を組み合わせて点数化してALI発症の可能性を予測します。

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外傷患者に対するトラネキサム酸の早期投与~考察② [critical care]

The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial

THE LANCET 2011年3月26日号より

重症外傷症例では線溶が亢進し、早い段階から凝固能低下が起こり、それが死亡率上昇につながる。線溶機能は、フィブリン分解産物(FDP)を測定によって評価することができる。DダイマーはFDPの一部である。Brohiらは外傷患者では病院到着時点(病院到着までにかかった時間の中央値28分)ですでにDダイマー濃度が上昇していて、最重症患者のDダイマー濃度が最も高いことを明らかにしている。同様の結果は日本で行われた2009年の研究でも報告されている。この研究では、重症外傷症例連続314例を対象とし、FDPとDダイマーの測定が行われた。受傷後早期からの線溶亢進が出血を増悪させ死亡リスクを上昇させるのであれば、トラネキサム酸をはじめとする抗線溶薬は受傷後早期に投与すると最も大きな効果が得られると考えられる。

我々はトラネキサム酸を投与するなら早期であるほど効果が高いであろうと当初から予測していたが、受傷3時間後以降にトラネキサム酸を投与した患者群において出血死リスクが上昇したのは予想外であり、現時点でその背景を説明することはできない。しかし、受傷後晩期の外傷患者においては、DICが起こりはじめ血栓が発生し、抗線溶薬はここに至っては禁忌である可能性がある。DICの特徴はフィブリン形成と凝固であり、凝固因子が急速に消費されて枯渇し、制御不能の出血に陥る可能性がある。受傷後晩期には抗線溶薬の投与を控えるべきであるため、本研究では対象患者を受傷後8時間以内の患者に限ったのである。血栓形成傾向へと変化するタイミングが従来予想されていたよりも早い段階で訪れる可能性がある件については、議論を重ねるとともに、さらなる研究の深化が求められる。そして、受傷後何時間も経ってから病院へ辿り着いた患者は、直ちに搬送されてきた患者とは状態が異なる可能性があるということを我々は心に留めておかなければならない。病院到着までの時間が延長するほど低体温やアシドーシスの発生頻度が高いことが、その一例である。トラネキサム酸を受傷後遅れて投与すると効果が得られないのは、この例やその他の差違に起因する可能性がある。

無作為化比較対照試験についての体系的総説が2011年に発表され、その中で、トラネキサム酸は出血を呈する外傷患者の死亡率を低下させる安全な薬剤であると結論づけられている。我々の研究で得られた結果は、出血を呈する外傷患者においてはトラネキサム酸の早期投与の重要性を強力に裏付けるものであり、外傷診療にはトラネキサム酸投与についての推奨事項(パネル参照)を組み込むべきである。受傷後数時間経ってから病院に到着した患者においては、トラネキサム酸の効果がそれほど高くなく、場合によっては有害である可能性も考えられることから、症例ごとにトラネキサム酸投与による利害得失を慎重に評価しなければならない。受傷後早期には線溶亢進による凝固能低下が起こることを示した諸研究を裏付ける結果が、今回のサブグループ解析でも得られた。これはつまり、トラネキサム酸は線溶を抑制することによって止血能を改善し、外傷患者の死亡率を低下させるという仮説が妥当であることを示している。

CRASH-2試験のデータを用いて現在行われている研究では、出血死の予測モデルが構築されることになっている。受傷当初の出血死リスクの多寡によるトラネキサム酸の効果の違いを解析する暁には、このモデルが力を発揮するであろう。

教訓 受傷3時間後以降にトラネキサム酸を投与した患者群に場合、出血死リスクが上昇しました。その理由は不明ですが、受傷後数時間以上経つとDICが起こりはじめるからなのかもしれません。受傷後晩期には抗線溶薬の投与を控えるべきであるため、本研究では対象患者を受傷後8時間以内の患者に限りましたが、血栓形成傾向へと変化するタイミングが従来予想されていたよりも早い段階で訪れる可能性があると考えられました。この点についてはさらに検討する必要があります。
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外傷患者に対するトラネキサム酸の早期投与~考察① [critical care]

The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial

THE LANCET 2011年3月26日号より

考察

トラネキサム酸の出血死抑制効果は、受傷から投与開始までの時間によって左右される。遅れて投与するよりも、早めに投与する方が効果がはるかに効果が高いと考えられる。本研究の結果、受傷3時間後以降にトラネキサム酸の投与を開始しても全死因死亡率は上昇しないが、出血死に限ると、遅れて投与すると死亡リスクがかえって増大する可能性が示唆された(table 1)。これは、受傷3時間後以降にトラネキサム酸を投与され出血死した患者は、トラネキサム酸を投与されていなければ出血以外の原因で死亡していたかもしれないことを意味するとも言える(競合リスク)。トラネキサム酸の晩期投与が本当に有害作用をもたらすとすれば、重大な問題である。なぜなら、所得が低~中レベルの国々では受傷現場から病院までの搬送時間が長いからである。実際に、CRASH-2試験の対象となった外傷患者のうち三分の一においては、割り当て薬投与まで受傷後3時間以上かかっていた。

CRASH-2試験の対象基準はいずれもが臨床的指標であり、医師が診療現場で遭遇する状況を反映している。治療担当医が、低血圧または頻脈などの徴候から重篤な出血があるかまたはそのリスクがあると判断した症例を、CRASH-2試験の対象として登録した。対象症例の中には、実際には活動性出血がなかった患者も含まれていたかもしれない。このような誤診は、何にせよ、検出力を低下させる原因となりうる。つまり、トラネキサム酸が出血死を防ぐ効果を捉えがたくなるのである。したがって、本研究において、受傷後1時間以内にトラネキサム酸を投与された患者において出血死リスクが大幅に低下し、p値も非常に低いという結果が得られたことは、特筆大書すべきことである。

本研究では病院到着後、正確な出血部位やその他の損傷の有無がはっきりしないうちに、すぐさま無作為化割り当てを行ったため、外傷重症度の解剖学的評価に基づく層別化を行って解析を実施することはできなかった。正確な診断を待たずに無作為化割り当てを行ったことは、本研究で採用した方法の弱点である。もし、しっかり診断してから無作為化をおこなっていれば、トラネキサム酸の作用機序に関する知見が得られたかもしれない。しかし、治療の現場でそんなに詳しい情報を直ちに得ることはできない上、早期に治療を開始することが重要であることを鑑みると、外傷重症度の解剖学的評価に基づく層別化解析を行っても臨床的な意味はあまりない。

受傷から割り当て薬投与開始までの時間についてのデータは、対象患者のうち9名を除く全員で記録されていた。中には受傷の現場が目撃されていない症例もあり、推定時間を記録するしかない場合もあったため正確さに欠けたかもしれない。しかし、記録された時間の不正確さは割り当て群とは無関係であると考えられるため、結果に影響をおよぼすバイアスにはならなかったであろう。死因を出血と断定するのにも不正確さがつきまとった可能性があるが、これもまた割り当て群とは無関係であろう。

臨床試験では、対象となる治療法があるサブグループで有効であるということが示されることはそう多くなく、むしろ有害であるサブグループが見つかってしまうことがめずらしくない(質的交互作用)。そして、質的交互作用が見られたら通常は疑ってかかれと言う研究者もいる。しかし、トラネキサム酸が出血死を抑制する効果についての解析結果は、サブグループ解析の結果の信頼性を判断する際の基準の大半を満たしている。つまり、受傷後時間は基準時点において記録され、トラネキサム酸を早期に投与する方がより効果が得られるという仮説は研究プロトコル立案時に予め設定されたものであり、観察された有意な交互作用は、得られた結果が偶然の産物である可能性が非常に低いことを示し、基準時点における予後予測因子として予め設定した項目とトラネキサム酸投与の間に認められた有意ではないその他の交互作用について調整したのちも、有意な交互作用は有意なままであり、特定のサブグループにおいて認められた効果は大きく、作用機序についての生物学的な理論的根拠からもこの交互作用は裏付けられる。今回の臨床試験には、サブグループにおける効果を検討するに足る検出力はないが、観察された交互作用は大きく、p値も低かった。

とは言え、今回の研究プロトコルでは全死因死亡率についての主要サブグループ解析を行うことを予め計画した。一方、出血死についてのサブグループ解析は行わなかった。当初、トラネキサム酸は出血量を低下させて出血死を抑制すると推測したにもかかわらず、サブグループ解析において全死因死亡率を評価したのは、患者にとってもっとも重要なのは死因ではなく生存率だと考えたからである。しかし、全死因死亡率が有意に低下し、その大半がトラネキサム酸による出血抑止効果に負うところが大きく、トラネキサム酸が止血能を改善することによって出血死を抑制する理論的可能性があるということを踏まえると、我々の採用した解析法は結果的に正しかったと考えられる。

教訓 トラネキサム酸は受傷後早めに投与すると出血死抑制効果が得られます。
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外傷患者に対するトラネキサム酸の早期投与~結果 [critical care]

The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial

THE LANCET 2011年3月26日号より

結果

死亡者数は全体で3076名であり、出血を原因とする死亡はそのうち1063例であった(35%)。出血による死亡のリスクはトラネキサム酸投与により有意に低下した。トラネキサム酸群10060名のうち出血死したのは489名(4.9%)であったのに対し、偽薬群10067名のうち出血死は574名(5.7%)であった(RR 0.85, 95%CI 0.76-0.96; p=0.0077)。出血以外の原因による死亡リスクについては、有意差は認められなかった(table 1)。

治療開始までに時間によって患者を分類して、基準時点における特性をTable 2に示した。Figure 1は、出血を原因とする死亡例のサブグループ解析の結果である。対象症例のうち9例については、治療開始までの時間が不明であった。受傷後1時間以内にトラネキサム酸が投与されると出血死リスクが有意に低下することが分かった(トラネキサム酸群198/3747[5.3%] vs 偽薬群286/3704[7.7%]; RR0.68, 95%CI 0.57-0.82; p<0.0001)。受傷後1~3時間以内にトラネキサム酸が投与された場合も、出血死リスクは有意に低下した(147/3037[4.8%] vs 184/2996[6.1%]; RR0.79, 95%CI 0.64-0.97; p=0.03)。受傷から3時間後以降にトラネキサム酸が投与された場合には、出血死リスクは有意に増大した(144/3272[4.4%] vs 103/3362[3.1%]; RR1.44, 95%CI 1.12-1.84; p=0.004)。トラネキサム酸が出血死リスクにおよぼす影響は、受傷から投与開始までの時間によって左右されるという有力なエビデンスが得られた(p<0.0001)。予め設定した基準時点特性やその他の治療法などとの交互作用について調整してもなお、投与開始までの時間による強い交互作用が確認された(p<0.0001; データは掲載していない)。

受傷後直後にトラネキサム酸を投与した場合の予測オッズ比は0.61であった(95% CI 0.50-0.74)。この予測オッズ比は、受傷後トラネキサム酸を投与するまでの時間が1時間延長するごとに1.15倍となると想定された(95% CI 1.08-1.23)。オッズ比と95%信頼区間が、受傷後治療開始までの時間によって変化する様態をFigure 2に示した。治療開始までの時間の平方根による交互作用については、有意差は認められなかった(OR=0.99; p=0.38)。

収縮期血圧、無作為化時点のGCS、受傷機転のいずれのサブグループにおいても、同じような結果が認められた(figure 1)。出血以外の原因による死亡のリスクにトラネキサム酸が及ぼす影響についても、サブグループ間のばらつきはなかった(table 1)。

教訓 出血死リスクはトラネキサム酸投与により有意に低下しました。受傷後1時間以内にトラネキサム酸が投与された場合が最も出血死リスク低下効果が顕著でした。受傷から3時間後以降にトラネキサム酸が投与された場合には、出血死リスクは有意に増大しました。
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外傷患者に対するトラネキサム酸の早期投与~方法 [critical care]

The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial

THE LANCET 2011年3月26日号より

方法

研究デザインと対象患者
CRASH-2試験の背景、方法および無作為化割り当て対象患者の背景因子については、すでに報告済みである。ここでは手短に内容を紹介するにとどめる。重大な出血を呈するかそのリスクがあり受傷後8時間以内の成人外傷患者20211名を、トラネキサム酸群(初回1gを10分かけて静注し、引き続き1gを8時間かけて持続投与)または偽薬群に無作為に割り当てた。無作為化割り当て対象患者の99.6%について追跡が行われた。研究に参加した医師やスタッフには割り当て群は知らされなかった。

統計解析
主要転帰項目は受傷後4週以内の院内死亡とし、死因は以下のいずれかに分類して記録した:出血、血管閉塞(心筋梗塞、脳卒中、肺塞栓)、多臓器不全、頭部外傷、その他。

いずれの解析にもITT解析を適用した。トラネキサム酸が出血による死亡におよぼす影響について、基準時点における次の4つの特性について分類して検討した:(1)受傷から割り当て薬投与までの時間(1時間以下、1時間を超え3時間まで、3時間を超える);(2)収縮期血圧からみた出血の程度(75mmHg以下、76mmHg~89mmHg、90mmHg以上);(3)GCS(重症3~8点、中等症9~12点、軽症13~15点);(4)受傷機転(貫通外傷のみ、鈍的外傷、鈍的外傷+貫通外傷)。以上のサブグループは、当初のCRASH-2試験で予め設定されたものと同じであるが、評価する転帰項目は異なり、本研究では全死因死亡率ではなく出血死亡率とした。

χ二乗検定によってサブグループ間の治療効果のばらつきを評価した。サブグループの如何に関わらず効果は一定であるという帰無仮説を覆すような強力な(p<0.001)エビデンスが得られない限り、全対象患者についてのRRが、すべてのサブグループのRRに近い最も当てになる指標となると考えた。観測されたあらゆる交互作用が独立したものであるかどうかを検定するため、基準時点における予め設定した4つの特性と割り当て群のあいだで起こりうるすべての交互作用を想定したロジスティックモデルを当てはめた。

出血死を従属変数、割り当て群および割り当て薬投与までの時間を探索的因子としてロジスティック回帰分析を行った。受傷から治療開始までの時間が長くなるに従いオッズ比(OR)が比例的に変化することを見越して相互作用パラメータを加えた。治療開始までにかかった時間の違いによるオッズ比と95%信頼区間を算出した。信頼区間は、時間を連続変数とし、治療開始までの時間とトラネキサム酸の関係を交互作用項としてロジスティックモデルを用いて算出した。また、治療開始までの時間が長くなるに従いオッズ比が比例的に変化すると予測されることを踏まえ、治療開始までの時間の平方根を交互作用項としたモデルを用いた解析も行った。

教訓 重大な出血を呈するかそのリスクがあり受傷後8時間以内の成人外傷患者20211名を、トラネキサム酸群(初回1gを10分かけて静注し、引き続き1gを8時間かけて持続投与)または偽薬群に無作為に割り当てました。トラネキサム酸が出血による死亡におよぼす影響について、基準時点における(1)受傷から割り当て薬投与までの時間 (2)収縮期血圧(出血の程度の代わり)(3)GCS (4)受傷機転 の4つの特性について分類して検討しました。
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外傷患者に対するトラネキサム酸の早期投与~はじめに [critical care]

The importance of early treatment with tranexamic acid in bleeding trauma patients: an exploratory analysis of the CRASH-2 randomised controlled trial

THE LANCET 2011年3月26日号より

はじめに

CRASH-2試験では、重大な出血を呈するかそのリスクがある成人外傷患者に対し受傷後8時間以内にトラネキサム酸を投与すると、全死因死亡率が有意に低下し(RR0.91, 95%CI 0.85-0.97; p=0.0035)、かつ、血管閉塞による合併症は認められないという結果が得られた。この試験の結果を受け、外傷患者プロトコルにトラネキサム酸の使用を収載する気運が世界的に広がっている。

CRASH-2試験の顛末から、いくつかの重要な問題点が浮かび上がった。この試験は、予定手術患者の出血量がトラネキサム酸投与によって減少するというエビデンスに刺激されて行われた。その仮説となる機序は、線溶を阻害して止血能を改善するというものである。しかし、記録されている輸血量に関してはトランサミン群と偽薬群のあいだに有意差はなく、CRASH-2試験では線溶系の測定は行っていないため、トラネキサム酸投与による線溶抑制効果は不明である。このため、トランサミンによる死亡率低下は、止血能の改善というよりも、プラスミンによる炎症促進作用の減弱によってもたらされるという別の仮説も考えられる。

さらに、外傷患者の中でもどのような特性を持つ患者にトラネキサム酸を投与すべきか、という問題についても議論が続いている。CRASH-2試験では、当初の統計解析計画で定めた少数のサブグループについての解析結果が報告されている。このサブグループ解析では、受傷後投与開始までの時間、収縮期血圧、GCSおよび受傷機転によって分類したサブグループについて、トラネキサム酸が主要エンドポイントである全死因死亡率に及ぼす影響が検討された。いずれのサブグループについても際立った特徴は見いだされなかったため、トラネキサム酸が以上のいずれのサブグループにおいても等しく有効であると考えられた。

全死因死亡率は、患者にとって重要な項目であるとともに、競合リスクによる方法論上の問題にも左右されないため、主要エンドポイントとして設定したのは妥当である。しかし、トラネキサム酸の生物学的効果を直接反映する転帰項目が、トラネキサム酸投与がほとんどもしくは全く改善をもたらさない転帰項目によって霞んでしまった可能性がある。以上のような懸念から、トラネキサム酸が出血を原因とする死亡率におよぼす影響について探索解析を行った。CRASH-2で予め設定されたのと同様のサブグループについて解析を行った。ただし、転帰項目はトラネキサム酸による効果がもっとも顕著にあらわれると推測される項目、つまり、出血による死亡率とした。

教訓 CRASH-2試験では、成人外傷患者に対し受傷後8時間以内にトラネキサム酸を投与すると、全死因死亡率が有意に低下するという結果が得られました。ただし輸血量に関してはトランサミン群と偽薬群のあいだに有意差はありませんでした。そこで、この探索解析では、出血による死亡率についての検討が行われました。
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