SSブログ

低酸素症と炎症① [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より

哺乳類には酸素応答機構が備わっている。そのおかげで、低酸素症に陥ると呼吸や血流が促進されストレス応答が発現し、迅速に適応することができる。酸素供給量が不足した状態が続くと別の機構も作動しはじめ、酸素化を改善させたり、低酸素症に身体が適応したりするのを推し進めるような変化が生ずる。この機構が働くには、低酸素状態を感知する酸素センサであるプロリン水酸化酵素(prolyl hydroxylases; PHDs)が重要な役目を果たしている。プロリン水酸化酵素には、低酸素誘導性転写因子(hypoxia-inducible transcription factor; HIF)を構成するαサブユニットのプロリン残基を、酸素を基質として水酸化する作用がある。低酸素誘導性転写因子はHIF-1αまたはHIF-2αのどちらか一つとHIF-1β(芳香族炭化水素受容体核内輸送体[ARNT]タンパクとも呼ぶ)という二つのサブユニットを持つヘテロ二量体である。HIF-1αは遍在するが、HIF-2αは特定の組織にしか存在しない。

本総説では、PHD-HIF機構が炎症過程に及ぼす影響について紹介する。低酸素シグナルによる免疫応答の調節について述べ、低酸素と炎症とのクロストークが分子レベルではどのように起こっているのかを概説し、炎症性腸疾患、ある種のガンおよび感染における低酸と炎症の相互関係を紹介する。

低酸素誘導性炎症

低酸素シグナル伝達経路に関する研究の成果によって、低酸素症によって炎症が発生するという概念が広く一般に知られるようになった。例えば、高山病を発症すると、循環血液中の炎症促進性サイトカインが増加し血漿が血管外へ漏れ(「血管漏出」)、肺水腫や脳浮腫が起こる。健康被験者を対象とした研究では、3400m以上の高地で三晩以上過ごすとIL-6、IL-6受容体およびCRP(いずれも炎症マーカ)の血中濃度が上昇することが明らかにされている。エベレストを登攀する健康な登山家は、高度8400mまで達すると高度の低酸素血症(PaO2 25mmHg)を呈することが分かっている。そして、この登山家たちにおいては、肺胞気-動脈血酸素分圧較差拡大という所見も得られていて、無症状の高地肺水腫が発生していることが示唆される。さらに、低濃度酸素に短時間曝露されたマウスでは、血管漏出、色々な臓器への炎症性細胞集積および血中サイトカイン濃度の上昇が見られることが示されている。

低酸素に呼応して炎症が発生するという現象は、臨床的にも珍しくはない。移植臓器に虚血が生ずると、炎症、移植臓器の機能不全、拒絶反応などが発生する危険性が高まる。腎移植を受けた患者では、腎臓におけるtoll様受容体4(TLR4;細菌性リポ多糖に対する細胞外受容体)発現の有無が、虚血性傷害の程度と関わっていることが明らかにされている。ドナー腎のTLR4対立遺伝子が機能欠失型変異型であると、TLR4対立遺伝子が野生型である場合と比べ、移植直後から移植腎が機能することが多い。さらに、肺におけるサイトカイン濃度が高かったり、TLR発現の程度が増したりすると、移植肺の虚血傷害が増強し、機能不全が起こりやすいことも分かっている。肥満患者では、肥大した肥満細胞における酸素需給不均衡により、組織低酸素が起こり、脂肪組織中の炎症性アディポカインが増える。その結果、マクロファージが集積し、慢性的に軽度の全身炎症がくすぶることになり、インスリン抵抗性が増強する。以上のように、臨床的にも低酸素症が炎症を促進することは明かである(Fig. 1)。

参考記事:エベレストで血ガスやってきました。

教訓 肥満患者のインスリン抵抗性は、組織低酸素による慢性炎症が原因です。高地肺水腫も低酸素による炎症が原因です。
コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。