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原発事故 [misc]

高校生のとき、「将来、有名になっても原発のCMには一切関わってはいけないよ!」という忠告とともに友人が「危険な話」と「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」(広瀬隆著)を貸してくれました。以後、原発にはうさんくさいイメージを持ちつつも、電気をたっぷり消費する便利生活を満喫している支離滅裂な私なので、声高に原発反対とは言えません。しかし、原発の安全性や運営の仕方は徹底的に見直すべきだと思います。原発の危険性を軽視し、過度に安全性を強調する電力会社や電気事業連合会の大衆宣撫活動に惑わされてはなりません。下の動画は核燃機構が90年代に作成し放映した、プルトニウムは飲んだり食べたりしても安全だよ!という宣伝映像です。国際的に批判されてすぐに回収されたようです。「国際的に」批判されて回収というところが、なんとも言えず情けなく感じられます。原発推進派の方々には、プルトニウムを飲んだり食べたりしてもらいたいものです。



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NEJMの震災対応 [misc]

大震災に襲われた日本に対するNEJMの期間限定サービスが実施されています。
1990年以降に発刊されたNEJMの全ての記事に無料でアクセスすることができます。
5月1日までです。

参考:Important Message for Our Readers in Japan
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急性放射線症候群の経過 [misc]

2001年に放映されたNHKスペシャルです。

NHKスペシャル『被曝治療83日間の記録 from Egg Rice on Vimeo.



NHKスペシャル「被曝治療83日間の記録」(2001年5月13日放送)

Day#1 1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工施設において、会社のマニュアルに従いバケツと柄杓を用いて作業員3名(35歳男性、40歳男性、54歳男性)がウラン濃縮作業に携わっていたところ、臨界発生。作業員には臨界の危険性は知らされていなかった。35歳男性作業員の被曝量は、一般成人年間許容量の20000倍であった(推定16-20シーベルト以上)。作業員は直ちに千葉県の放射線医学総合研究所に収容された。以下、35歳男性作業員の経過を記す。

Day#3 東大病院へ転院。ICUの個室へ収容される。元気であったが、最も被曝が強かった手は日焼けしたように赤く腫れ、痛みを訴えていた。染色体は著しい断片化と構造異常を呈していた。即ち、体の設計図が失われ血液、肝臓、皮膚、消化管などが再生できない状態であった。

Day#5 白血球数減少。

Day#6 白血球数が正常値の十分の一程度まで低下したため無菌室に収容。妹をドナーとする末梢血幹細胞移植を実施することになった。

Day#7 末梢血幹細胞移植。この時点では、家族と談笑できる状態であった。

Day#8~皮膚が再生しないため、心電図電極などを張り替えると古い皮膚が剥脱し、皮下組織が露出するようになった。最終的には電極やテープを貼る場所がなくなった。看護記録に「もう嫌だ」「家に帰る」「やめてくれ」などの記載あり。

Day#11 肺水腫のため呼吸困難に陥り気管挿管の上、人工呼吸管理開始。

Day#18 末梢血幹細胞移植が成功し、白血球数増加。正常値まで回復した。

Day#25 生着した妹の細胞の染色体に異常が見つかる。被曝した患者体内の物質が変化を来し自ら放射線を発するようになり、妹の細胞を障害したものと考えられた。

Day#27~大量の下痢(>3L/day)が続くようになる。内視鏡検査で消化管粘膜の壊死が認められる。下痢出現から3週間後には大量の消化管出血が始まった。消化管出血に対し大量輸血が連日行われた。全身の皮膚が喪失し、全身をガーゼで被覆。毎日、半日かけて皮膚の処置を行った。眼球結膜からも出血。皮膚からの浸出液および下痢で一日あたり10Lの水分が失われていた。皮膚からの浸出液を減らすため、培養皮膚を用いた皮膚移植が繰り返し行われたが(計70枚)、一度も生着しなかった。

Day#59 心停止し、CPR。一時間後、心拍再開。腎不全、肝不全。

Day#65 マクロファージの異常による血球貪食症候群出現。輸血を繰り返す。

Day#83 1999年12月21日、死亡。筋肉は放射線の影響を最も受けにくいと言われているが、骨格筋の筋繊維はほとんど残っていなかった。しかし、心筋のみは正常な組織像を呈していた。理由は不明。

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開店休業 [misc]

このたびの大震災により被災した皆様に心からお見舞い申し上げます。
犠牲になった方々に深い哀悼の意を捧げます。

日本全体が一丸となり、一日も早く復興できるよう努力しなければなりません。被災者の今後の生活再建には長い年月が必要でしょう。被災地以外に居住していると生々しい記憶はすぐに薄れてしまうものです。すると、そういう方々へのサポートも手薄になりがちです。助けを求める声を上げることもできない人々がいることを心に留め、今後長い期間にわたり何らかの形でできる限りの援助をしたいと思っています。

毎日たくさんの方に訪問していただき、本当にありがたく思っていますが、本ブログの更新をしばらくお休みすることにします。できる限り早く再開するつもりです。それまでしばしの間、ごきげんよう。
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低酸素症と炎症⑥ [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より

感染

病原体に感染すると、HIF(低酸素誘導性転写因子)が安定化し、HIF依存性遺伝子が誘導される。例えばBartonella henselae(細菌性血管腫の原因となる細菌)に感染するとHIF-1αが安定化し、通常は低酸素環境下で転写される遺伝子の転写が起こる。Bartonella henselae感染細胞においては、酸素消費量の変化だけでなく、細胞内低酸素や細胞内ATP減少も、HIFの安定化および血管新生因子の放出に関与している。感染時のHIF安定化も、非感染時と同様に酸素依存性であると考えられている。例えば、正常酸素分圧下で細菌が鉄を取り込むと、PHD(プロリン水酸化酵素)活性が低下し、HIF-1αが安定化し、HIFの標的遺伝子の発現が誘導される。慢性C型肝炎患者の肝生検検体、黄色ブドウ球菌・水痘帯状疱疹ウイルス・ヒトヘルペスウイルス8型またはカンジダによる皮膚感染患者の皮膚生検検体でも、HIF-1αの安定化が観察されている。

病原体は宿主のHIF経路を乗っ取り、病原体自らに都合良く利用することがある。緑膿菌は、宿主細胞がHIF依存性に産生するアデノシンを急速に不活化する。その結果、宿主の上皮細胞は、炎症発生時や低酸素下における腸バリア機能を促進する信号伝達を担う細胞外アデノシンを利用することができなくなる。

A群連鎖球菌または緑膿菌に感染すると、免疫細胞内のHIF-1αが炎症を引き起こす。この炎症は、細菌を排除するのに役立つ。HIF-1α欠損マウスでは、ミエロイド細胞の殺菌能が低下し、炎症が全身に波及するのを抑制することができない。

まとめ

低酸素症と炎症は分子、細胞および臨床の各レベルにおいて絡み合った事象として発生する。酸素応答メカニズムと低酸素シグナル伝達を標的とした炎症性疾患の治療法の開発が嘱望されている。このような新しい治療法の有効性は、急性肺傷害、心筋虚血、炎症性腸疾患または癌の患者において検証されることになるであろう。低酸素依存性シグナル伝達経路を標的とした治療法によって、大手術患者の虚血を原因とする臓器不全を改善したり、固形臓器移植後の低酸素による移植片の炎症を緩和したりすることができる可能性がある。

教訓 酸素応答メカニズムと低酸素シグナル伝達を標的とした炎症性疾患の新しい治療法が今後開発されるかもしれません。
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低酸素症と炎症⑤ [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より



固形腫瘍中の酸素濃度は、正常組織の酸素濃度より低いことが多い。固形腫瘍内のHIF-1αおよびHIF-2α濃度は上昇しており、このことが癌による死亡の一因である。前立腺腫瘍の生検検体においてHIF-1αおよびHIF-2α濃度が高いと、臨床経過が不良であることが分かっている。固形腫瘍内が低酸素状態であると、PHDs(プロリン水酸化酵素)による低酸素依存性阻害によりHIF(低酸素誘導性転写因子)が安定化する。同様に、腫瘍遺伝子または機能欠失型変異のある腫瘍抑制遺伝子はHIFの安定化をもたらす。これは、前述したVHL腫瘍抑制遺伝子の例と同じである。Von Hippel-Lindau病では、VHL腫瘍抑制遺伝子が生殖細胞系突然変異により不活化されているため、腎細胞癌をはじめとする色々な腫瘍の発生リスクが高い。癌においては、低酸素と炎症がいろいろな形で絡み合っている(Fig. 4)。低酸素に陥った腫瘍または腫瘍内の間質細胞でHIFが活性化されると、腫瘍における血管新生が増強される。血管新生が盛んになると、腫瘍血管や血管内皮が酸素運搬を妨げるような形態的特徴の変化を呈する。腫瘍血管の異常には、炎症細胞による血管内皮成長因子(VEGF)の放出も一役買っている。

マウスではPHD2のハプロ不全があると、腫瘍血管の構造が正常化し(「血管正常化」と呼ぶ。腫瘍血管の壁や分岐部がしっかりして血管内外がはっきりと区切られる。)、腫瘍血管の透過性が低下し、蛇行が少なくなる。また、腫瘍の酸素化も改善する。このような変化が起こると、腫瘍の浸潤が抑制され転移のリスクが減少する。以上の知見から、血管内皮細胞は、PHDsを介して酸素運搬量を感知し、不均衡があれば是正するものと考えられる。抗PHD2物質は、画期的な癌治療薬となる可能性がある。抗PHD2物質を用いれば、腫瘍血管の構造と機能が正常化するからである。

実験レベルのエビデンスでは、腫瘍中心の炎症部分に存在するHIFを阻害すると、腫瘍の増大と血管新生が抑制され、腫瘍の放射線感受性が増幅することが示されている。一方、もし、腫瘍血管に選択的に作用してPHDを阻害したり、腫瘍中心の低酸素部位に選択的に作用してHIFを阻害したりする方法が見つかれば、腫瘍血管におけるPHD2の阻害およびHIFの安定化は腫瘍の治療において重要な役割を担うと考えられる。

教訓 HIFが活性化されると、腫瘍の血管新生が盛んになります。腫瘍のHIFを阻害すると、腫瘍の増大と血管新生が抑制され、腫瘍の放射線感受性が増幅します。
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東日本大震災 [misc]

被災地の皆様、心よりお見舞い申し上げます。
犠牲者の方々のご冥福をお祈りします。

救助や復旧、負傷者の治療にあたっていらっしゃる方々の、ご尽力に深く感謝するとともに安全を切に願っております。

参考:防災情報
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低酸素症と炎症④ [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より

低酸素性炎症に対する上皮の反応

マウスではPHD(プロリン水酸化酵素)-HIF(低酸素誘導性転写因子)経路が活性化されると、粘膜炎症の消退が促進される。腸皮細胞における遺伝子発現の低酸素性変化によって、粘膜のバリア機能が向上したり(例えば、小腸トレフォイル因子[消化管粘膜修復因子]の活性化などを通じて)、アデノシンをはじめとする抗炎症シグナル伝達分子の腸上皮による産生が増えたりする。このような低酸素に対する適応反応は、粘膜炎症によって活性化され、炎症性腸疾患や急性肺傷害の治癒過程を促進する。腸上皮のHIF-1α遺伝子が欠損しているマウスは、HIF-1α遺伝子に全く欠損のないマウスと比べ、トリニトロベンゼンスルホン酸曝露による誘発した大腸炎がより重症であることが分かっている。一方、炎症性腸疾患があり、VHL遺伝子欠損によりHIFが増加しているマウスでは、対照マウスと比べ、体重減少の程度、炎症性腸疾患の活動度および組織学的徴候がすべて軽度である。デキストラン硫酸ナトリウムをマウスに経口投与して化学的に大腸炎を誘発し、HIFの安定化を促進する薬物を投与すると、腸の炎症が軽快する。

低酸素はATP、ADPまたはAMPなどの前駆体ヌクレオチドのアデノシンへの酵素による転換を促進することが明らかにされている。そのため、自然免疫反応を抑制する作用のある抗炎症性シグナル伝達分子であるアデノシンの細胞外濃度が上昇するのである。CD39(細胞外アデノシン産生に必要な酵素)の一塩基多型があると、CD39が少なくなる。症例対照研究において、健常者と比べクローン病患者では、この遺伝的変異(多様性)が認められる頻度が高いことが分かっている。

HIFは細胞外アデノシン産生を促進し、細胞外アデノシンの細胞内取込みと細胞内代謝を抑制する。また、HIFには細胞表面のアデノシン受容体の発現を促進し、アデノシン受容体のシグナル伝達を増幅するはたらきもある。これによって、心筋、腎臓、肝臓あるいは腸の虚血や急性肺傷害の際に、免疫反応、血管外漏出および好中球集積が抑制される。軸索誘導因子ネトリン-1が上皮においてHIF依存性に発現すると、細胞外アデノシンのシグナル伝達が増幅され、低酸素に陥った器官への炎症細胞の侵入が妨げられる。HIFには、上皮において補体制御因子(decay-accelerating factor; DAF 上皮に好中球が浸潤するのを防ぐ)を発現させ上皮の炎症を減弱させたり、実験的に誘発した大腸炎や低酸素症において上皮バリア機能の保護に関連する遺伝子を誘導したりする作用があることも、別の研究で明らかにされている。

教訓 低酸素に対する適応反応は、炎症によって活性化されます。このため、炎症性腸疾患や急性肺傷害の治癒過程が促進されます。
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低酸素症と炎症③ [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より

低酸素シグナル伝達とNF-κB

転写因子NF-κBファミリーに属する分子は、炎症反応の調節に関与し、免疫反応および組織ホメオスタシスの司令塔としての役割を果たしている。NF-κBファミリーに属する分子はPHD-HIF経路の分子と相互に作用し、その結果、炎症と低酸素症とが絡み合って発生する (Fig. 2)。炎症性腸疾患モデルマウスを用いた研究では、炎症のある腸ではPHD(プロリン水酸化酵素)がNF-κBの抗アポトーシス作用を制御する役目を果たしていることが明らかにされている。腸虚血再灌流後の低酸素症によって腸上皮細胞のNF-κBが活性化され、そのためTNF-α(炎症促進性サイトカインの一つ)の産生が増加するが、同時に腸上皮細胞のアポトーシスが抑制される。他にも、IκBキナーゼ複合体(NF-κBの制御に関与している複合体[Fig. 2])の作用や、炎症発生前もしくは発生中のNF-κBによるHIF-1αの転写制御などにおいても、低酸素と炎症の相互作用が観察されている。低酸素下では、TLRの発現とシグナル伝達が促進されてNF-κB経路が活性化される。その結果、抗細菌因子の産生が増強され、食作用、白血球集積および獲得免疫が刺激される。

低酸素シグナル伝達と自然免疫

病原体に対して最初に発動する防衛反応は、好中球、マクロファージ、肥満細胞、樹状細胞およびNK細胞の活性化である。自然免疫系に関わる以上の細胞は、病原体を速やかに退治し、獲得免疫応答を刺激するシグナルを伝達する。ミエロイド細胞は、微小環境が低酸素状態に陥り酸素不足になっても、HIF(低酸素誘導性転写因子)依存性経路で機能を発揮することができる。HIF-1α欠損食細胞は細菌を撃退することはできないが、そのくせ、慢性潰瘍病変を形成する作用がある。

HIF-1αにはミエロイド細胞の機能の一部を制御する作用がある(Fig. 3)。HIF-1αは炎症のため酸素が不足した組織においてミエロイド細胞がATPを産生するように働きかける。その結果、ミエロイド細胞の集積を促進し、運動能、浸潤能および殺菌能を向上させる。また、HIF-1αはアポトーシスを阻害することによって低酸素下における好中球の寿命を延長させる。そして、von Hippel-Lindau病の場合、正常酸素分圧下でもアポトーシスが抑制され細菌に対する食作用が亢進しているが、これはHIF-1αが分解されにくくなっているためであると考えられている。

低酸素症と獲得免疫

HIF-1αは、獲得免疫にも影響をおよぼす。HIF-1α欠損リンパ球を持つマウスでは、血清中の抗二本鎖DNA抗体(抗dsDNA抗体)およびリウマチ因子が増え、タンパク尿が見られ、腎臓にIgGおよびIgMが沈着する。T細胞におけるHIF-1αの発現が増強すると、1型ヘルパーT細胞(Th1;マクロファージと細胞毒性T細胞の機能を亢進させる)から2型ヘルパーT細胞(Th2;IL-10の産生を増やすとともにインターフェロンγを減らすことによりTh1を介する殺微生物作用を阻害する)への表現型の変化が引き起こされる。HIFは制御性T細胞(免疫抑制作用を持つT細胞)にも作用する。低酸素誘導性シグナル伝達経路は、制御性T細胞への分化と増殖を促進し、細胞外のアデノシン濃度を上昇させる。アデノシンには、T細胞のエフェクター機能を抑制することによって組織を保護する作用がある。

教訓 低酸素下では、TLRの発現とシグナル伝達が促進されてNF-κB経路が活性化されます。その結果、殺菌物作用、食作用、白血球集積および獲得免疫が刺激されます。

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低酸素症と炎症② [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より

炎症と組織低酸素症

低酸素症が炎症を引き起こすのと同様に、炎症組織は往々にして著しい低酸素状態に陥る。嫌気性環境の腸管内と、代謝が活発に行われる粘膜固有層との酸素分圧には非常に大きな差があるため、正常な腸上皮細胞は低酸素状態にある。炎症性腸疾患では、粘膜全層が正常の場合よりもさらに低酸素に陥るだけでなく、外科的に切除した炎症を呈する腸の標本をしらべてみると、HIF-1αおよびHIF-2αが増加している。

炎症によって組織低酸素症が発生する原因は、細胞の代謝亢進と、血栓症、外傷、圧迫(間質圧上昇)または無気肺などによる代謝基質減少である。さらに、細胞内の病原微生物が増殖し、感染した細胞から酸素が奪われることも一因となる。炎症組織においては、低酸素症は単なる付随的事象ではなく、組織環境に影響を及ぼす原因となり得るものとして捉えるべきであり、特に、酸素依存性遺伝子の発現状況を変えてしまうことがあることを忘れてはならない。

HIF(低酸素誘導性転写因子)と酸素センサ

低酸素症に細胞が適応するには、低酸素誘導性転写因子(HIF)のはたらきが必要である。HIFは酸素が潤沢に存在する状態であれば不活化されているが、低酸素状態になると活性化する(Fig. 2)。HIFはヘテロ二量体であり、その一つを構成するHIF-1αまたはHIF-2αのプロリン残基は、プロリン水酸化酵素(PHD)によって酸素依存性に水酸化される。すると、von Hippel-Lindau(VHL)遺伝子産物の結合部位ができる。このvon Hippel-Lindau遺伝子産物は、ユビキチンリガーゼE3複合体である。VHL遺伝子産物がHIF-1α(またはHIF-2α)と結合すると、プロテアソームのαサブユニットが破壊される。また、HIF-1α(またはHIF-2α)のアスパラギン残基がHIF阻害因子(factor-inhibiting HIF; 酸素依存性アスパラギン水酸化酵素)によって水酸化されると、HIFの転写活性が低下する。いずれの水酸化酵素(PHDおよびHIF阻害因子)も、酸素依存性に機能を発揮する。家族性赤血球増加症や傍神経節腫を伴う家族性赤血球増加症においてPHD2遺伝子の生殖細胞系突然変異が認められることが分かっている。両親から受け継いだ二つのVHL遺伝子コピーが両方とも変異し不活性化されていると、von Hippel-Lindau病(血管芽腫、腎明細胞癌、褐色細胞腫などが生ずる疾患)が発生する。

HIFは酸素分圧が正常でも活性化することがある。このため、組織が低酸素に陥るより前の時点で炎症反応が発生するのである。この仕組みの例として、細菌性リポ多糖によるHIF-1αの転写促進や、活性酸素や細胞内の還元鉄によるプロリン水酸化酵素の阻害などが挙げられる。

HIF-1α欠損マウスとHIF-2α欠損マウスの表現型は異なる。したがって、HIFを構成する要素であるポリペプチドのHIF-1αとHIF-2αの標的遺伝子はそれぞれ異なっているものと考えられる。家族性赤血球増加症の一部において認められるHIF2A遺伝子には機能獲得変異が起こっており、そのために正常酸素分圧下でのHIF-2αタンパクの安定化がもたらされるものと考えられている。

教訓 低酸素によって炎症が起こりうるのとは逆に、炎症によって低酸素が引き起こされることもあります。
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低酸素症と炎症① [critical care]

Hypoxia and Inflammation

NEJM 2011年2月17日号より

哺乳類には酸素応答機構が備わっている。そのおかげで、低酸素症に陥ると呼吸や血流が促進されストレス応答が発現し、迅速に適応することができる。酸素供給量が不足した状態が続くと別の機構も作動しはじめ、酸素化を改善させたり、低酸素症に身体が適応したりするのを推し進めるような変化が生ずる。この機構が働くには、低酸素状態を感知する酸素センサであるプロリン水酸化酵素(prolyl hydroxylases; PHDs)が重要な役目を果たしている。プロリン水酸化酵素には、低酸素誘導性転写因子(hypoxia-inducible transcription factor; HIF)を構成するαサブユニットのプロリン残基を、酸素を基質として水酸化する作用がある。低酸素誘導性転写因子はHIF-1αまたはHIF-2αのどちらか一つとHIF-1β(芳香族炭化水素受容体核内輸送体[ARNT]タンパクとも呼ぶ)という二つのサブユニットを持つヘテロ二量体である。HIF-1αは遍在するが、HIF-2αは特定の組織にしか存在しない。

本総説では、PHD-HIF機構が炎症過程に及ぼす影響について紹介する。低酸素シグナルによる免疫応答の調節について述べ、低酸素と炎症とのクロストークが分子レベルではどのように起こっているのかを概説し、炎症性腸疾患、ある種のガンおよび感染における低酸と炎症の相互関係を紹介する。

低酸素誘導性炎症

低酸素シグナル伝達経路に関する研究の成果によって、低酸素症によって炎症が発生するという概念が広く一般に知られるようになった。例えば、高山病を発症すると、循環血液中の炎症促進性サイトカインが増加し血漿が血管外へ漏れ(「血管漏出」)、肺水腫や脳浮腫が起こる。健康被験者を対象とした研究では、3400m以上の高地で三晩以上過ごすとIL-6、IL-6受容体およびCRP(いずれも炎症マーカ)の血中濃度が上昇することが明らかにされている。エベレストを登攀する健康な登山家は、高度8400mまで達すると高度の低酸素血症(PaO2 25mmHg)を呈することが分かっている。そして、この登山家たちにおいては、肺胞気-動脈血酸素分圧較差拡大という所見も得られていて、無症状の高地肺水腫が発生していることが示唆される。さらに、低濃度酸素に短時間曝露されたマウスでは、血管漏出、色々な臓器への炎症性細胞集積および血中サイトカイン濃度の上昇が見られることが示されている。

低酸素に呼応して炎症が発生するという現象は、臨床的にも珍しくはない。移植臓器に虚血が生ずると、炎症、移植臓器の機能不全、拒絶反応などが発生する危険性が高まる。腎移植を受けた患者では、腎臓におけるtoll様受容体4(TLR4;細菌性リポ多糖に対する細胞外受容体)発現の有無が、虚血性傷害の程度と関わっていることが明らかにされている。ドナー腎のTLR4対立遺伝子が機能欠失型変異型であると、TLR4対立遺伝子が野生型である場合と比べ、移植直後から移植腎が機能することが多い。さらに、肺におけるサイトカイン濃度が高かったり、TLR発現の程度が増したりすると、移植肺の虚血傷害が増強し、機能不全が起こりやすいことも分かっている。肥満患者では、肥大した肥満細胞における酸素需給不均衡により、組織低酸素が起こり、脂肪組織中の炎症性アディポカインが増える。その結果、マクロファージが集積し、慢性的に軽度の全身炎症がくすぶることになり、インスリン抵抗性が増強する。以上のように、臨床的にも低酸素症が炎症を促進することは明かである(Fig. 1)。

参考記事:エベレストで血ガスやってきました。

教訓 肥満患者のインスリン抵抗性は、組織低酸素による慢性炎症が原因です。高地肺水腫も低酸素による炎症が原因です。
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健常人の予定手術における術前絶飲食と誤嚥予防 [anesthesiology]

Practice Guidelines for Preoperative Fasting and the Use of Pharmacologic Agents to Reduce the Risk of Pulmonary Aspiration: Application to Healthy Patients Undergoing Elective Procedures: An Updated Report by the American Society of Anesthesiologists Committee on Standards and Practice Parameters

Anesthesiology 2011年3月号より

術前評価

カルテ閲覧、理学的所見、患者からの聞き取りなどにより誤嚥リスクについての情報を収集し術前評価を行う。誤嚥の危険性が高いと考えられる病態として、食道胃逆流症、嚥下困難、その他の消化管運動障害、気道確保困難が予測される、代謝性疾患(糖尿病など)などが挙げられる。患者には、絶飲食の必要性とその理由について、手術に先立ち時間的余裕を持って説明しなければならない。本ガイドラインに示した絶飲食に関する推奨事項に準拠しない場合は、実施しようとしている処置の利害得失を考え、術前に摂取させる水分や固形物の量および種類を十分に検討しなければならない。

術前絶飲食:清澄飲料(clear liquids)

全身麻酔、区域麻酔もしくは鎮静/鎮痛(=MAC; monitored anesthesia care)を要する予定手術の場合、清澄飲料の摂取は遅くとも手術2時間前までには中止する。水、果肉を含まないフルーツジュース、炭酸飲料、ストレートティ、ブラックコーヒーなどが清澄飲料に当たる。以上は例であり、これらの飲料だけに限定されるわけではない。アルコールは清澄飲料には含まれない。術前に摂取する飲料については、量よりも種類の方が重要である。

術前絶飲食:母乳

全身麻酔、区域麻酔もしくは鎮静/鎮痛(=MAC; monitored anesthesia care)を要する予定手術の場合、母乳の摂取は遅くとも手術4時間前までには中止する。

術前絶飲食:乳児用調整粉乳

全身麻酔、区域麻酔もしくは鎮静/鎮痛(=MAC; monitored anesthesia care)を要する予定手術の場合、乳児用調整粉乳(粉ミルク)の摂取は遅くとも手術4時間前までには中止する。

術前絶飲食:固形物および母乳以外のミルク

全身麻酔、区域麻酔もしくは鎮静/鎮痛(=MAC; monitored anesthesia care)を要する予定手術の場合、軽食(トーストなど。)または母乳以外のミルクの摂取は遅くとも手術6時間前までには中止する。揚げ物、脂肪分の多いものや肉は胃内滞留時間が長いとされている。したがって、このような食べ物を摂取する場合はさらに長時間の絶食時間を設ける必要があると考えられる(例;8時間以上)。適切な絶食時間を決定する際には、摂取する食事の量と種類の両方を十分検討しなければならない。母乳以外のミルクの胃内滞留時間は固形物と同等であり、母乳以外のミルクの絶食時間を決める際には量についても指定すべきである。

消化管運動賦活薬の術前投与

誤嚥のリスクが高いと判断される患者以外では、誤嚥の危険性を低下させる目的で消化管運動賦活薬を術前にルーチーンで投与することは推奨されない。

胃酸分泌抑制薬の術前投与

誤嚥のリスクが高いと判断される患者以外では、誤嚥の危険性を低下させる目的で胃酸分泌抑制薬を術前にルーチーンで投与することは推奨されない。

制酸薬の術前投与

誤嚥のリスクが高いと判断される患者以外では、誤嚥の危険性を低下させる目的で制酸薬を術前にルーチーンで投与することは推奨されない。誤嚥リスク低減以外の目的で制酸薬の投与を要する場合には、非粒子性の制酸薬を用いる。粒子性の制酸薬を投与してはならない。

制吐薬の術前投与

誤嚥のリスクが高いと判断される患者以外では、誤嚥の危険性を低下させる目的で制吐薬を術前にルーチーンで投与することは推奨されない。

抗コリン薬の術前投与

誤嚥の危険性を低下する目的で抗コリン薬を投与することは推奨されない。

H2ブロッカーと消化管運動賦活薬などの多剤併用術前投与

誤嚥のリスクが高いと判断される患者以外では、誤嚥の危険性を低下させる目的でルーチーンに多剤併用術前投与を行うことは推奨されない。

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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い~考察② [critical care]

Fluid resuscitation in septic shock: A positive fluid balance and elevated central venous pressure are associated with increased mortality

Critical Care Medicine 2011年2月号より

VASST研究の対象患者のうち、治療開始12時間後の時点における中心静脈圧が12mmHgをこえていた群の死亡率が最も高かった。そして、8mmHg未満の群は8-12mmHgの群および>12mmHgの群のいずれよりも生存率が高かった。中心静脈圧が高いほど死亡の危険性が増大するという関係は、重症度(APACHEⅡスコア)とは独立していた。しかし、中心静脈圧が8mmHg未満であった患者だけに限ってみると、生存者の方が非生存者よりも水分出納量が多かった。つまり、輸液量がある点を下回ると少なすぎることになり、当初予測したとおり危険であると考えられた。治療開始12時間後における水分出納量の四分位群についてのデータ(死亡率曲線を見ると、第2四分位と第3四分位とのあいだぐらいで死亡率の差が生じていることが分かる)およびTable 4に示した解析結果を総合すると、治療開始12時間後における水分出納量がおよそプラス3Lのときに、もっとも生存率が高いと推測される。敗血症性ショックが進行すると(第1日から第4日)、中心静脈圧と水分出納量とのあいだに相関はないことが明らかになった。したがって、敗血症性ショック発症から12時間を過ぎると、中心静脈圧は輸液反応性(試験的な輸液投与によって心拍出量が上昇するかどうかの反応性)の予測に役立たないばかりか、水分出納量の指標にもならないと考えられる。

VASST研究では、水分出納量が多いほどand/or中心静脈圧が高いほど死亡率が高いことが示された。水分出納量が多い死亡率が高いことを示した観測研究(SOAP研究)、敗血症性ショック患者では水分出納量がマイナスだと生存率が向上するという結果を得た二編の遡及的研究、ARDS患者では制限輸液を行った方が人工呼吸期間およびICU在室期間が短縮し、死亡率が低下する傾向があることを明らかにした研究などが過去に発表されているが、本研究はこれらに続き、その共通する知見を強化することになったのである。ごく最近の複数の研究でも、肺傷害患者では発症後早期を過ぎても水分出納量総計が多いと死亡率が上昇したり、ICU在室期間が延長したりすることが示されている。大量輸液を行うと、なぜ臓器機能障害の発生や死亡につながるのであろうか?敗血症患者に大量の輸液を投与すると、血管透過性亢進や肺静脈収縮などの病態のため、血管外肺水分量が増えることが明らかにされている。その結果、肺コンプライアンスが低下し呼吸仕事量が増え、人工呼吸器からの離脱が難しくなる。急性腎傷害があると、往々にして水分出納量が増えるものだが、重症患者を対象とした新しい研究では、透析開始時点に血管内容量過多であると、そうでない場合と比べ死亡のオッズ比が2になるとされている。さらに同研究では、腎不全の重症度とは無関係に、血管内容量過多は腎機能の回復の可能性を低下させることが明らかになり、輸液が多いと腎不全が悪化するという因果関係の存在が示唆されている。

本研究の最大の問題点は遡及的に行われた点である。そのため、中心静脈圧と水分出納量が単に重症度を反映しているだけなのか、それとも、重症度などとは関係なく独立して転帰に影響を及ぼしているのかをはっきりさせることはできなかった。年齢、APACHEⅡスコアおよびショックの程度に関して調整して解析したものの、我々が交絡因子として認識していないために記録もされていない要素(循環不全によって出現する四肢の網目模様など)が、死亡率の予測因子であるとともに輸液量増大の原因であったという可能性は否定できない。もう一つの問題点は、輸液製剤の種類(膠質液、晶質液など)が報告されていないことである。水分出納量の増大が重症度の「バイオマーカ」であるのか、大量輸液自体が死亡率を上昇させるのかを明らかにするには、敗血症性ショック患者を対象として大量輸液と制限輸液を比較する前向き無作為化試験を実施する必要がある。

まとめ

敗血症性ショック症例では、初期治療中の水分出納量および発症後4日までの合計水分出納量が増えるほど、死亡リスクが上昇することが分かった。中心静脈圧は他の指標と併せて用いれば、敗血症性ショック発症から12時間後までなら輸液量が適当であるか否かを判断するのに有用である可能性があるが、12時間後以降は水分出納量の指標としては役に立たなくなる。VASST研究においては、治療開始から12時間後の時点における水分出納量がおよそ+3Lの症例が、最も生存率が高かった。

参考記事
輸液動態学 
正しい周術期輸液 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 治療開始12時間後における水分出納量がおよそプラス3Lのときに、もっとも生存率が高いと推測されました。最近の研究では、腎不全の重症度とは無関係に、血管内容量過多により腎機能の回復の可能性が低下し、輸液が多いと腎不全が悪化するという因果関係の存在が示唆されています。
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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い~考察① [critical care]

Fluid resuscitation in septic shock: A positive fluid balance and elevated central venous pressure are associated with increased mortality

Critical Care Medicine 2011年2月号より

考察

敗血症性ショック患者を治療する際に治療担当医の脳裏には、輸液が本当に臓器血流を改善し生存率の向上につながるのかという疑問が、初期治療中絶えずちらつくものである。残念ながら、敗血症性ショック患者における至適輸液量についての無作為化比較対照試験はまだ行われていない。Surviving Sepsis Campaignガイドラインでは、中心静脈圧の目標値を8-12mmHgに設定し輸液療法を行い血管内容量を保つ手法が推奨されている。これは、2001年に発表された画期的な研究、「Early goal-directed therapy in the treatment of severe sepsis and septic shock (EGDT)」の結果に基づいて導かれた治療方針である。EGDTは重症敗血症/敗血症性ショック患者の治療体系であり、そのなかで最も重視されているのは、中心静脈圧が8-12mmHgに到達するように輸液療法を行うことである。しかし、一方で不思議なことにEGDTプロトコルには、積極的な輸液を終了するタイミングをどのように判断するのかということについて明記されてはいない。これを継承し同様に輸液投与量に上限を設けたり、中止基準を設けたりしないで、積極的な輸液を推奨するにとどまっているのがSurviving Sepsis Campaignガイドラインなのである。ショックで昇圧薬を要する患者の輸液量はどのように決めるべきなのであろうか?VASST研究は、敗血症性ショック患者における輸液療法の実態を検証する、またとない貴重な機会を提供した。というのも、研究登録より前にも後にも輸液療法についての強制的な取り決めはなく、治療担当医に裁量が委ねられたからである。

EGDT研究とVASST研究における輸液投与量はほぼ同等であった。これはおそらく、EGDT研究が発表され注目されたことと、VASST研究の患者登録中にEGDTがICU領域の現場で急速に広がり標準的治療となっていったためであると考えられる。VASST研究登録時点(基準時点)までの12時間、つまり診断から初期治療の進行におよぶ12時間、患者が救急部に収容されていたことも、両研究の一致点である。治療開始から12時間後の時点で、VASST研究の対象患者には6.3Lの輸液が投与され、水分出納量はプラス4.2Lであった。ただし、患者によるばらつきがかなり大きく、水分出納量の標準偏差は3.8L、四分位範囲中央値は、第1四分位が+710mL、第4四分位が+8200mLであった。Riversらの研究(EGDT研究)では、EGDT群に無作為化割り当てされた患者の輸液投与量は6時間で平均5Lであったが、対照群では6時間当たり3.5Lにとどまった。EGDT群には7時間の治療期間中に対照群より1.5L多い輸液が処方されたが、研究開始から終了までの全72時間の輸液処方量を見てみると、結果的には両群同等の13.4Lであった。EGDT研究では水分投与量または水分出納量と死亡率との相関は認められていないが、最近の研究では異なる結果が得られている。この研究は、ヨーロッパに所在する128ヶ所のICUに入室した3147名の患者を対象に行われ、水分出納量がプラスであると死亡率が上昇することが示されている。VASST研究では、治療開始12時間後における水分出納量および第4日までの水分出納量総計のプラス幅が大きいほど、28日後死亡率が有意に上昇するという結果が得られた。水分出納量を四分位群に分類した解析でも、水分出納量が多い群ほど死亡率のハザード比が高く、この相関はもっとも強力な交絡因子であると考えられる重症度とは独立していることが明らかになった。

治療開始12時間後における中心静脈圧が記録されていた719名のうち、推奨されている8-12mmHgを達成していたのはわずか204名(28%)に過ぎなかった。対象患者719名の大半を占める449名(62%)の中心静脈圧は12mmHgを超えていて、8mmHg未満であったのは9%にとどまった。治療開始12時間後の時点では、中心静脈圧とそれまでの輸液投与量とのあいだには有意な相関が認められた。敗血症性ショック患者では、心室コンプライアンスの変化、胸腔および肺コンプライアンスの変化および陽圧換気の影響で、中心静脈圧は血管内容量の正確な指標とはならないという意見が大勢を占めてきた。我々が本研究で得た知見においても、敗血症性ショック発症後早期であっても、中心静脈圧は血管内容量の決定的な指標とはなり得ないことが示された。中心静脈圧が8-12mmHgを達成してもなお、治療担当医の多くが輸液を続けたことをうかがわせるデータが得られたのであろうか?VASST研究では、2001年7月から2006年8月にかけて患者を登録した。Surviving Sepsis Campaignガイドラインの初版が発表されたのは2004年のことである。それまでは、中心静脈圧の目標値は経験的に選択されていた。また、治療担当医の相当数が、患者に心室コンプライアンスの低下があると判断して中心静脈圧の目標値を12-15mmHgとした可能性がある。実際、2008年に発表されたSurviving Sepsis Campaignガイドライン改訂版でも、人工呼吸中やもともと心室コンプライアンスが低下している患者においてはCVP 12-15mmHgを目標とした輸液療法が推奨されている。さらに、昔のガイドラインでは肺水腫を起こすぐらいの輸液量が、輸液の限界量であるとされていたものである。本研究では治療開始12時間後の中心静脈圧が水分出納量とわずかに相関するということを確認し、次に、中心静脈圧が8-12mmHgにおさまるように管理すると、この範囲外であった場合よりも死亡率が低下するかどうかという問題に取り組んだ。Surviving Sepsis Campaignガイドラインの中心静脈圧目標値は、EGDT研究で採用された目標値を踏襲している。EGDT研究では、EGDT群も従来治療群も初期治療の大半の期間において中心静脈圧目標値を達成した。時間積分平均中心静脈圧は、EGDT群11.7mmHg、従来治療群10.5mmHgであった。治療開始6時間後におけるEGDT群の平均中心静脈圧は13.8mmHg、従来治療群では11.8mmHgであった。EGDT群は従来治療群と比べ死亡率が低く、その絶対差は16%であった。この差が生じた原因は、EGDT群の中心静脈圧が対照群の11.8mmHgより高い13.8mmHgであったことなのだろうか?強心薬投与や輸血の実施状況に大きな差があったことなどの他の要素によって治療効果がもたらされたとは考えられないだろうか?

参考記事
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正しい周術期輸液 
外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 EGDTで最も重視されているのは、中心静脈圧が8-12mmHgに到達するように輸液療法を行うことです。しかし、EGDTプロトコルには、積極的な輸液を終了するタイミングをどのように判断するのかということについて明記されてはいません。Surviving Sepsis Campaignガイドラインは、これを継承し、輸液投与量に上限を設けたり、中止基準を設けたりしないで、積極的な輸液を推奨するにとどまっています。本研究では中心静脈圧が8-12mmHgにおさまるように管理すると、この範囲外であった場合よりも死亡率が低下するかどうかが検証されました。
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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い~結果② [critical care]

Fluid resuscitation in septic shock: A positive fluid balance and elevated central venous pressure are associated with increased mortality

Critical Care Medicine 2011年2月号より

治療開始12時間後の時点では中心静脈圧が8mmHg未満であると生存率が改善する。その後は中心静脈圧と死亡率は相関しない。

2008年に発表されたSurviving Sepsis Guidelineでは、中心静脈圧の目標値は8-12mmHgとし、血管内容量を適切に維持することが推奨されている。我々はこの目標を達成することによって本当に生存率が改善するかどうかを評価した。そこで、対象患者を中心静脈圧8mmHg未満、8-12mmHgもしくは>12mmHgの三群に分けた。このように中心静脈圧によって層別化を行うとともに、年齢およびAPACHEⅡスコアを共変量として設定しCox回帰分析を実施した。調整生存曲線をFigure 4に示す。Figure 4およびTable 3を見ると分かる通り、治療開始12時間後の時点において中心静脈圧が8mmHg未満であった群は、12mmHgを超える群と比べ生存率が高かった。中心静脈圧が8-12mmHgの群は8mmHg未満の群より死亡率は高かったものの、12mmHgを超える群よりはやはり生存率が高かった。第1日から第4日までの間においては、中心静脈圧の差による生存率の有意差は認められなかった。治療開始12時間後より以降の中心静脈圧によって分けた三群のそれぞれの生存率について、第4日のデータを代表例として示したのがFigure 4BとTable 3である。各群の生存曲線が重なっており、ハザード比も有意ではないことが分かる。

治療開始12時間後において水分出納量プラスの度合いが少ないほど死亡率は低かった。しかし中心静脈圧が8mmHg未満の患者群においては逆で、水分出納量が多いほど死亡率が低かった。

治療開始12時間後の時点において、中心静脈圧と水分出納量のいずれもが死亡率と相関することが分かった。中心静脈圧and/or水分出納量の方が、目の前の状態から当面予測される死亡率よりも、実際の死亡率に強く影響するとすれば、中心静脈圧、水分出納量および死亡率の三者のあいだには独立した相関関係があるはずである。全体的な傾向としてはTable 4に示した通り、生存物の方が非生存者よりも水分出納量のプラス分が少なかった(3444mL vs 4429mL)。ただし、中心静脈圧が8mmHg未満の群においては、生存者の方がプラス分が多く(3015mL)、非生存者の方が水分出納量が少なかった(2281mL)。中心静脈圧が8-12mmHgの患者では、その反対で、生存者の方がプラス分が少なく(2727mL)、非生存者の方が多かった(3112mL)。中心静脈圧>12mmHgの患者群では、生存者の方が非生存者よりも水分出納量が有意に少なかった(3975mL vs 5237mL)。

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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 治療開始12時間後時点の中心静脈圧によって死亡率に差があることが分かりました。死亡率が高い順に、>12mmHgの群、8~12mmHgの群、<8mmHgの群でした。中心静脈圧<8mmHgの群においては、生存者の方が水分出納量が多く、その他の群では生存者の方が水分出納量が少ないことが明らかになりました。治療開始12時間後以降には、中心静脈圧と死亡率のあいだに相関は認められませんでした。
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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い~結果① [critical care]

Fluid resuscitation in septic shock: A positive fluid balance and elevated central venous pressure are associated with increased mortality

Critical Care Medicine 2011年2月号より

結果

水分出納の増大速度は初期治療時が最大であるが、治療開始4日目まで水分出納はプラスのまま推移する。

水分出納がプラスになる原因は、主に輸液量の増大によるものであり、尿量減少の影響は小さい。治療開始から平均12時間後(研究登録時)における、平均水分出納量は4.2±3.8Lであった(Fig. 1A-B)。平均輸液量は6.3±3.5Lで、平均尿量は2.0±2.3Lであった。第1、2、3および4日の平均水分出納はそれぞれ、1.5±1.8L、2.5±2.8L、1.4±2.3L、0.69±2.1Lであった(Fig. 1A)。第4日までの水分出納量総計は平均11±8.9Lであった(Fig. 1B)。治療開始から12時間後および第4日の水分出納量(四分位数は中央値と25-75%範囲であらわした)をTable 1に示した。Table 1を見ると分かる通り、水分出納量がプラスになるのは輸液量増大と尿量減少の両者によってもたらされるものの、治療開始12時間後における水分出納量の四分位群間の差は主として輸液量の差によって生じたことが分かる。つまり、治療開始12時間後における輸液量は第4四分位が第1四分位を7200mLも上回った一方で、尿量については第4四分位が第1四分位を1000mL下回ったに過ぎないからである。第4日までの水分出納量総計でも同様の傾向が認められ、輸液量については第4四分位が第1四分位を14500mL上回り、尿量は第4四分位が第1四分位を6250mL下回るにとどまった。

12時間後および第4日までのいずれの水分出納量も死亡率予測因子である。

調整後生存曲線をFigure 2に示した。治療開始12時間後および第4日までのいずれの水分出納量四分位群も、死亡率の予測因子であった。治療開始12時間後における水分出納量について見てみると、第1および第2四分位の患者は、第4四分位の患者と比べ死亡率(調整ハザード比)が有意に低かった(Table 2)。第3四分位は第4四分位と比べ、有意ではないが死亡率が低い傾向を示し、調整ハザード比は0.762(0.562-1.033)であった。第4日までの水分出納量総計についても、第1および第2四分位の患者は第4四分位の患者と比べ生存率が高いことが分かった(Table 2)。治療開始12時間後と同様に、第3四分位は第4四分位と比べ有意ではないが死亡率が低い傾向を示した。

治療開始12時間後の時点では水分出納量と中心静脈圧およびノルアドレナリン投与量のあいだにはそれほど強くはない相関が認められるが、第4日までの水分出納量総計についてはこのような相関は見られない。

治療開始12時間後における水分出納量からそのときの中心静脈圧を予測することができるか、そして、先行する24時間の水分出納量からその後の中心静脈圧を予測することができるか、の二点について解析した。線形回帰分析を行ったところ、治療開始12時間後においてのみ水分出納量と中心静脈圧のあいだに有意な相関があることが分かった。ただしこれはわずかな相関で、相関係数は0.2でp<0.001であった。また、治療開始12時間後における水分出納量とノルアドレナリン投与量のあいだにも弱い相関が認められた(r=0.2、p<0.001)。中心静脈圧と水分出納量のこのような弱い相関は、その後24時間で消失し、第4日までの各日における相関係数は0.02未満であった。同様に、研究登録後(治療開始から概ね12時間後以降)の水分出納量とノルアドレナリン投与量のあいだには有意な相関は認められなかった。治療開始12時間後および第4日における水分出納量と中心静脈圧またはノルアドレナリン投与量の関係を図3にグラフ化した。

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教訓 治療開始12時間後までの平均輸液量は6.3±3.5Lでした。第4日までの水分出納量総計は平均11±8.9Lでした。水分出納量が増大するほど死亡率が高いという相関が認められました。
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敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い~方法 [critical care]

Fluid resuscitation in septic shock: A positive fluid balance and elevated central venous pressure are associated with increased mortality

Critical Care Medicine 2011年2月号より

方法

対象

VASST研究では、敗血症性ショックを呈しノルアドレナリン5mcg/min以上を投与中の患者778名を対象とした。VASST研究の患者データベースには、治療開始から4日目までの一日あたり水分投与量および尿量、中心静脈圧そしてAPACHEⅡスコアが記録された。

解析

治療開始から4日目までの輸液量と水分出納(看護記録にある経口水分投与量と輸液量を合計し、尿量and/or透析除水量を引いたもの)、各日の中心静脈圧および28日後死亡率について、遡及的解析を行った。まず、輸液が薬になるか毒になるかが輸液量によって左右されるとしても、それは非線型的な関係性を示すという仮説を立てた。つまり、輸液量は少なすぎても多すぎても、有害であると考えたのである。そこで、今回の解析では水分出納量にしたがって患者を四等分した。生存時間については層別Cox回帰分析によって解析した。層別化は、水分出納量(四分位群)または中心静脈圧によって行った。重症患者の死亡率を評価するにあたり、最も強力な交絡因子は年齢と重症度である。そこで、Cox回帰分析を行う際、水分出納量(四分位群)または中心静脈圧によって層別化するとともに、年齢、APACHEⅡスコアおよびノルアドレナリン投与量を共変量として扱った。1) 水分出納4分位階級、または、2) 中心静脈圧>12mmHgに関してCox比例ハザードモデルを用いてハザード比を算出した。この際にも、年齢、APACHEⅡスコアおよびノルアドレナリン投与量について調整した。ハザード比は95%信頼区間と共に提示する。生存者と非生存者の水分出納量の差を、Mann-Whitney順位和検定によって解析した。

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教訓 輸液量は少なすぎても多すぎても有害になると考えられるので、その点を踏まえて解析が行われました。
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