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輸液動態学~まとめ [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

結論と将来展望

輸液動態学を利用すれば、あらゆる種類の輸液製剤の動態を解析することができる。シミュレーションを行い、体内における分布様態を予測し比較することも可能である。これまで、輸液動態学は研究手法の一つに過ぎず、様々な状況における晶質液の挙動を明らかにしようとする少数の研究者が扱ってきたに過ぎなかった。輸液動態学は、ある作用を定量化する手段である。その作用自体の存在が昔から周知のものであるとしても、定量化ということに意義がある。

30分間の輸液を行うと、終了時には30%から約50%程度の血漿量増大が認められる。この30分間という時間は、晶質液がVcからVtへと分布するのに必要な時間である。これが、現在までに得られたもっとも興味深い知見の一つである。このように、分布に時間がかかる現象は、意識のある状態のときと比べ全身麻酔中の方が顕著にあらわれる。脊髄クモ膜下麻酔、硬膜外麻酔および全身麻酔開始直後には、麻酔維持中よりもこの現象がさらに際立って発現する。つまり、血漿から間質への水分分布が停止することさえあるかもしれないのである。この作用の強弱は、動脈圧低下の程度によって左右される。また、輸液投与による血漿増大効果は、この作用によってかさ上げされる。

麻酔および手術によって、晶質液の排泄過程に二つの変化が生ずる。その一つは、一時的ではあるが高度のClrの低下である。このときClrは、膠質液のClと同程度になる。そのため、血漿量が大幅に増大しても尿中排泄はほとんど増加しない。このように麻酔および手術中はClrが大きく低下するため、健康被験者における晶質液の動態を手術患者にも当てはめるのは間違っている。

もう一つの変化も、浮腫形成を促進する。これは、Clrの変化の場合とは異なり、血漿量増大にはつながらない。この変化によって、投与した晶質液の一部が排泄され得なくなる。水分が機能的分画であるVcとVt以外の分画に貯留し、二つの機能的分画のあいだを水分が自由に移動することができなくなるためであると考えられる。このような第三の非機能的分画に水分が分布すれば、浮腫が形成されなかなか消失しなくなる可能性がある。アドレナリン受容体に作用する薬剤を使用することによってこの現象が起こらないようにする試みが、現時点では最前線の研究課題として取り組まれている。そうした研究では、非機能的分画への水分分布を輸液動態学の手法によって定量化することが、必要不可欠な手段になっている。

輸液動態解析には、一人の健康被験者または患者につき25-40回もの正確なヘモグロビン濃度測定が必要である。これが臨床応用する際の障壁の一つである。だが、従来通りの採血によって侵襲的にヘモグロビン濃度を測定する方法に代わり、非侵襲的にヘモグロビン濃度を測定することができれば、煩雑な実験手順が簡便化するであろう。

もう一つの問題は、術中に様々な程度に血漿希釈を引き起こし、それを保った場合の転帰を調査した研究が行われていないことである。このような研究を行えば、広く一般の利益になるであろうし、麻酔科医にとっては、非侵襲的ヘモグロビン濃度モニタリング、輸液動態モデルおよび輸液ポンプの組み合わせで構成されるフィードバック回路による術中輸液管理の可能性が拓かれることになる。
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