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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例④ [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

臨床管理法

陰圧性肺水腫を発症した患者の大部分は、本症例と同じように保存的治療のみで改善する。しかし、重症例(または循環器や呼吸器の基礎疾患がある症例)では、気管挿管の上、一時的に陽圧換気を実施しなければならないこともある。多くの例で利尿薬が投与されるが、その有用性については賛否両論があり、不必要であるとも考えられている。

本症例では喘鳴が出現し、気管支収縮がその原因であると考え、気管支拡張薬の吸入で対処した。しかし、喘鳴は狭窄した気道を空気が通ることによって発生する現象であり、気管支攣縮だけがその原因であるわけではない。間質浮腫による気管支径の狭小化も気道狭窄の原因となり得る。原因が何であれ気管支内に乱流が生ずれば、臨床症状としては喘鳴としてあらわれる。ヒトおよび動物モデルのin vitroもしくはin vivo研究では、β作動薬を投与すると、陽イオンの能動輸送が活発になり、肺胞内水分の除去速度が上昇する可能性があることが示されている。本症例でネブライザ投与したサルブタモールが、どれだけ肺胞上皮まで到達したかは分からないが、気管支拡張薬が肺水腫による症状の改善を促進するという効果を発揮したかもしれない。

非侵襲的換気補助(非侵襲的陽圧換気または非侵襲的CPAP)は、気管挿管に代わる方法である。急性呼吸不全の予防または治療についての最近のデータでは、気管挿管を避けて管理したいときに、非侵襲的換気法が有効な方法であることが示されている。陰圧性肺水腫における非侵襲的換気の目的は以下の通りである:呼吸仕事量を減らすことによって呼吸機能の低下を部分的に補助する、肺胞の拡張を助けガス交換能を改善する、左室後負荷を減らし心拍出量を増やし血行動態を改善する。術後患者に非侵襲的換気を行うと、気管挿管率が減り、ICU滞在期間および入院期間が短縮し、死亡率および合併症発生率が低下することが明らかにされている。陰圧性肺水腫は、一般的にはたちの良い病態であり、早期に診断し、低酸素血症and/or高二酸化炭素性呼吸不全に対する必要な治療を行えば12-48時間以内には完全回復に至る。

未解明の部分

Mueller手技を行うと、直ちに胸腔内圧が極度の陰圧になる。その結果、肺血管内外の静水圧差が大きくなり、血管壁が破綻する。その結果、間質へ、そしてひいては肺胞内へ、水分が漏出し貯留する。

陰圧性肺水腫の発生機序には、静水圧だけでなく血管壁に加わる応力の増大も関わっている。つまり、血管壁内外の圧差が大きくなると円周方向の張力が増し、血管内皮の透過性を示す係数(K)が変化する。高名なJohn B. Westの著した古典的名著において、ウサギ摘出肺を用い、細血管壁内外の圧差増大による影響が報告されている。灌流圧が上昇すると内皮破綻部位が増えることから、Westは、毛細血管静水圧が高くなると毛細血管壁の超微細構造に重大な変化が生じ、血管透過性亢進による浮腫が発生すると考えた。次いで、ヒトを対象として肺毛細血管圧上昇がもたらす影響の研究が行われた。この研究では、6名の健康な運動選手に自転車漕ぎを全力で行わせた。その1時間後にBALを実施したところ、自転車漕ぎを行わなかった対照群と比べ、赤血球数、タンパク濃度およびアルブミン濃度が高いという結果が得られた。つまり、激しい自転車こぎを行った被験者では、内皮の破綻が生じていることが窺われた。このことから、陰圧性肺水腫で認められるような毛細血管内外圧差の急上昇が発生すると、血管内皮透過性の亢進に行き着くと考えられる。

血管壁に大きな応力が加わることにより血管内皮透過性が亢進する過程に、分子機序が関わっていることを示すデータも報告されている。毛細血管壁内外の圧差が急激に上昇すると、毛細血管壁は直径方向へ拡張し、細胞が直線的に引き伸ばされる。層流によって生ずる剪断応力に対するのと異なり、直線的に引き伸ばす力に対しては、血管内皮細胞はうまく適応することができない。細胞傷害の発生機序の一つに酸化ストレスがある。血管内皮細胞を直線的に引き伸ばす力が大きくなった場合、酸化ストレスにはup-regulation作用がはたらくとされている。事実、直線的に引き伸ばす力が周期的に加えると、力が大きくなるにつれ誘導型一酸化窒素合成酵素およびキサンチン酸化還元酵素にup-regulation作用がはたらくことがAbdulnourらの研究で明らかにされている。誘導型一酸化窒素合成酵素もキサンチン酸化還元酵素も、細胞傷害や血管透過性亢進に関わっていることが様々な研究で示されている。今後新たに行われる研究で、以上に触れた血管透過性亢進の機序が、陰圧性肺水腫にも臨床的に重要な関連を持っているかどうかが明らかにされるであろう。

教訓 陰圧性肺水腫には利尿薬は不要かもしれません。速やかかつ適切に対処すれば、陰圧性肺水腫は12-48時間以内にすっかり治ります。
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