SSブログ

過換気は脳傷害によくない⑦ [critical care]

Hypocapnia and the injured brain: More harm than benefit

Critical Care Medicine 2010年5月号より

有害作用を避けつつ低二酸化炭素症の効能を得ることができるか?

有害作用を避けつつ低二酸化炭素症の効能を得ることが可能かどうかは、重要な問題である。頭蓋内圧を急速に下げるには、過換気が最も強力な方法である。脳幹に傷害がおよんでいる場合には低二酸化炭素症の有害作用が憂慮されるため、そのことが少なくとも一つの原因となり、低二酸化炭素症の適用方法に制限が生ずる。したがって、脳の酸素化を反映する指標を監視すれば、より軽度かつ短時間の低二酸化炭素症によって、頭蓋内圧の制御という目的を達することができると考えられる。

中等度低二酸化炭素症の安全性
低二酸化炭素症の程度が激しくなるほど、そしてその実施期間が長時間になるほど、低二酸化炭素症の有害作用が強大になる可能性がある。軽度から中等度の低二酸化炭素症を短期間行うのであれば、有害作用が発生する危険性は小さくなる。頭部外傷患者では、短時間の中等度過換気によって脳血流の自動調節能が一時的に回復する。脳血流量が自動調節されると、脳血流量に過度の変動が生じて血圧上昇の原因となるような事態が防がれる。重症外傷性脳傷害患者の50%~90%において脳血流の自動調節能が障害されている。中等度の低二酸化炭素症(動脈血二酸化炭素分圧28mmHg)によって頭部外傷患者の自動調節能が一時的に改善することが示されている。反対に、より進んだ低二酸化炭素症(動脈血二酸化炭素分圧23mmHg)にすると自動調節能が障害される。低二酸化炭素症が脳血流の自動調節能におよぼす影響は、ばらつきが非常に大きく、効能を得るための実施期間は不明であるが、効果が発揮されるのは短時間に過ぎないと考えられる。さらに、低二酸化炭素症による自動調節能改善効果は、低二酸化炭素症による脳虚血発生の可能性と表裏一体であることを考えなければならない。短時間の「中等度」低二酸化炭素症で虚血が発生するのは間違いない。外傷性脳傷害症例において中等度低二酸化炭素症(動脈血二酸化炭素分圧27~32mmHg)を20分間実施しただけで、局所脳組織の酸素分圧が20%も低下するという危険な変化が起こることが分かっている。したがって、低二酸化炭素症に安全「閾値」があると想定し、それを脳傷害症例一般に敷衍するのは間違っている。

目標値を設定し調節しながら行う低二酸化炭素症:実行可能な方法か?
脳の酸素化をあらわす指標を目安にしながら、各症例において最適な動脈血二酸化炭素分圧の目標値を設定し調節すれば、安全に低二酸化炭素症を導入することができる可能性があるという意見が示されている。頚静脈血酸素飽和度測定によって脳の代謝を評価した研究では、頭蓋内圧亢進を伴う外傷性脳傷害患者のうち20%では、酸素需要を満たすのに必要な量を上回る脳血流量が維持されていることが明らかにされた。このような症例では、「最適な過換気」を行い、頚静脈血酸素飽和度(SjO2; 脳全体の酸素需給バランスをあらわす指標)を維持しながら低二酸化炭素症を導入して頭蓋内圧を低下させるのが望ましいとされてきた。しかし、脳全体の酸素化をあらわす指標から、局所の酸素需給バランスを知ることは難しい。傷害部位の周辺付近に局所の酸素化を測定するモニタを留置した研究では、脳全体の酸素化をあらわす指標が局所酸素化の評価には向いていないことが明らかにされている。脳酸素消費量(CMRO2)を目安に過換気のレベルを調節する方法を勧める意見もある。この意見の背景にある考えは、短時間(10分)の高度低二酸化炭素症では脳全体または脳血流量が低い部分をも含む脳局所の酸素消費量は低下しない、というものである。しかし、脳血流量が乏しい部分における低二酸化炭素症導入前の脳酸素消費量は非常に少なく、低二酸化炭素症が導入されると同部位の静脈血の酸素抽出率は大幅に増加することが示されている。以上のデータは、傷害部位の組織へは適切な酸素供給が保たれており、低二酸化炭素症を安全に導入できる可能性があることを示唆している。

反対に、PETを用いた研究で、中等度低二酸化炭素症(動脈血二酸化炭素分圧30mmHg)によって脳局所の虚血が発生する可能性があることが明らかにされている。この研究では、低換気にすると脳灌流圧が上昇し頭蓋内圧は低下するが、傷害部位内の血流低下が甚だしい部分の体積は増大するという結果が得られている。同じグループが行った別の研究では、傷害脳は酸素供給量の低下に応じて酸素抽出率を増大させる反応が鈍いことが示された。このことは、通常の中枢神経系モニタリング(SjO2など)では知ることのできない現象である。別の新しい研究では、外傷性脳傷害症例において低二酸化炭素症を導入すると、脳局所の酸素消費量が増え、それと共に皮質の電気活動が増強するという結果が得られ、低二酸化炭素症の適用にさらなる警鐘が鳴らされている。

低二酸化炭素症は脳酸素消費量に直接的な影響をおよぼすため、脳酸素消費量を脳虚血の閾値を探るための指標として用いることはできないのではないか、という重大な懸念がある。低二酸化炭素症によって脳血流量が大幅に低下し酸素抽出率が増えても脳酸素消費量が減らないのは、低二酸化炭素症自体が脳酸素消費量を直接変化させるからであろう。

傷害脳における局所の酸素化は、部位によって大きなばらつきがあることが明らかにされている。傷害脳ではコンパートメントによって圧に相当の差があり、全体的な頭蓋内圧の上昇ではなく、こうしたコンパートメント間の圧差が脳ヘルニアの主要な成因である可能性がある。外傷性脳傷害症例では、二酸化炭素に対する血管の反応性が増強している(~3倍程度)とされているが、低二酸化炭素症によってコンパートメント間の圧差が拡大し、局所の脳ヘルニアが発生する危険性が上昇する可能性がある。

教訓 短時間の「中等度」低二酸化炭素症でも虚血が発生するのは間違いないようです。外傷性脳傷害症例において中等度低二酸化炭素症(動脈血二酸化炭素分圧27~32mmHg)を20分間実施したところ、局所脳組織の酸素分圧が20%も低下しました。したがって、低二酸化炭素症には安全「閾値」はないと考えた方が無難です。
コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。