SSブログ

過換気は脳傷害によくない⑤ [critical care]

Hypocapnia and the injured brain: More harm than benefit

Critical Care Medicine 2010年5月号より

様々な状況における低二酸化炭素症の影響

自然発生的低二酸化炭素症 vs. 人為的低二酸化炭素症
本論文では人為的低二酸化炭素症を取り上げているが、臨床で遭遇する低二酸化炭素症の多くは自然発生的なものである。外傷性脳傷害、クモ膜下出血および脳卒中症例では、自発的な過換気が発生する場合は転帰が不良であることが、古くから知られている。しかし、自発的過換気が病変の重症度を反映しているのかどうかは不明である。最近では、外傷の場合は自発的であろうが人為的であろうが、どちらにせよ過換気になると転帰が不良であることが明らかにされている。しかし、転帰悪化に関する独立予測因子であるのは人為的過換気のみであるとされている。

外傷性脳傷害
低二酸化炭素症によって急性脳傷害の転帰が改善することを示すエビデンスはない。反対に、長時間の過換気を実施すると転帰が悪化する。外傷性脳傷害患者を対象とした有名な無作為化臨床試験では、患者を通常換気群(動脈血二酸化炭素分圧の目標値35mmHg)または予防的過換気群(動脈血二酸化炭素分圧の目標値25mmHg)のいずれかに割り当てた。その結果、予防的過換気群の方が、重症度の低い患者(GCSの運動反応が4~5点)および3ヶ月後、6ヶ月後、12ヶ月後の転帰が良好であった患者の数が少ないことが分かった。予防的過換気群では転帰が不良であったのに加え、長時間の低二酸化炭素症のせいで全体的傾向として、頭蓋内圧が高く、その変動幅も大きかった。特に、過換気を60時間以上続けた場合にこの傾向が顕著であり、低二酸化炭素症が時間が経つと無効になり、さらにはかえって頭蓋内圧を上昇させる作用をおよぼすものと考えられる。

新生児の脳傷害
新生児は低二酸化炭素症になることが珍しくない。低二酸化炭素症は未熟な脳に有害であり、新生児白質傷害などの様々な脳合併症を引き起こす原因となる(Fig. 4およびTable 2)。脳室周囲白質軟化症の誘因が低二酸化炭素症以外には考えられない症例も多い。脳室周囲白質軟化症は、新生児の死亡率上昇や神経発達障害を引き起こし、新生児に発生する別の急性脳傷害である橋鉤状回壊死の原因となり得る。低二酸化炭素症が脳性麻痺の原因となるか否かについてはまだ解明されていない。

高度の低二酸化炭素症(動脈血二酸化炭素分圧<15mmHg)に未熟児が曝露されると、たとえそれが短時間であっても、長期にわたる看過し得ない神経学的異常(感音性難聴など)を招く。このような状況における白質傷害の増悪因子は、血管が未発達なことによる脆弱部位の存在、興奮性アミノ酸による抗酸化物質の減少およびリポ多糖やサイトカインの影響である(Fig. 4)。過換気、高頻度換気または膜型肺によって低二酸化炭素症に陥った症例では転帰が不良であることが示されている。過換気を唐突に中止すると、それに呼応して脳に鬱血が起こるので、未熟児では脳室内出血の危険性が上昇する。

急性脳血管障害
従来、脳卒中の管理において過換気の実施が提唱されてきた。これには二つの理由がある。第一に、低二酸化炭素症によっていわゆる「逆盗血」が起こり、正常な自動調節脳が作動する部位の血管が収縮し、血液が虚血部位へ優先的に流入すると考えられていたことが挙げられる。すでに本論文で述べたとおり、「逆盗血」なる現象が発生することはない。第二の理由は、虚血領域の周囲のアシドーシスが低二酸化炭素症によって是正され、梗塞巣の拡大が最小限に抑えられると信じられていたことである。実際には、脳卒中症例は低二酸化炭素症がると予後は不良である。過換気刺激試験を行うと右半身麻痺および失語が再発するという報告がある、ただしこの場合に、過換気が原因であるのか結果であるのかを判別するのは困難である(広範囲な脳卒中では自発的な過換気が見られることが多いため)。

神経機能障害
術後患者では、たとえ短時間であっても低二酸化炭素症に陥ると神経障害が発生する可能性があることが明らかにされている。健康な患者を低二酸化炭素症にすると、術後最長48時間にわたり精神運動機能の有意な低下が認められる。高齢者ではこのような作用が強くあらわれ、より軽度の低二酸化炭素症でも生ずる。術中に高度の低二酸化炭素症(<24mmHg)にすると、たとえそれが短時間であっても、最長6日間にわたって反応時間の延長が認められる。低二酸化炭素症が起こると、注意力および学習能力が低下したり、人格が変化したりすることがある。さらに高度の低二酸化炭素症(<15mmHg)では、健康被験者を対象とした実験で、精神運動機能が著しく低下するという結果が得られている。低二酸化炭素症が以上のような神経機能障害を引き起こすことは、麻酔中の動脈血二酸化炭素分圧が高いと神経精神機能が良好に保たれることからも裏付けられる。ただし、心強いことに、健康な患者を対象として低二酸化炭素症が術後認知機能に及ぼす影響を検証した諸研究によると、低二酸化炭素症により認知機能の低下が長期間認められることが多いものの、例外なく可逆性であるとされている。

長時間の低二酸化炭素症曝露によって、永続的な障害が引き起こされる可能性がある。高度5500m以上の高山に挑戦する登山家に認められる神経機能障害は、低酸素症の程度ではなく低二酸化炭素症の程度と相関する。高山病で見られる急性の中枢神経系症状の原因は、アルカローシスである。アセタゾラミドによる前処置によって高山登山によるアルカローシスを予防することができる。

教訓 健康な手術患者を術中に低二酸化炭素症にすると、術後最長48時間にわたり精神運動機能が低下します。高齢者ではこのような作用が強くあらわれ、より軽度の低二酸化炭素症でも術後に精神運動機能の低下が認められます。麻酔中の動脈血二酸化炭素分圧が高いと神経精神機能が良好に保たれることが明らかにされています。
コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。