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グラム陰性菌による院内感染~血流感染① [critical care]

Hospital-Acquired Infections Due to Gram-Negative Bacteria

NEJM 2010年5月13日号より

血流感染

血流感染は依然として命取りである。大半の血流感染では中心静脈カテーテルに関連して発生する。しかし中には、肺、消化管、腹腔内などのグラム陰性菌感染に起因する血流感染もある。米国のICUで発生する血流感染の約30%はグラム陰性菌が起因菌である。一方、全病棟を対象とした調査では、グラム陰性菌による血流感染の割合はこれを下回る。

細菌にとって都合のいい侵入経路さえあれば、あらゆるグラム陰性菌が血流感染を起こしうるが、最も頻度が高いのはクレブシエラ属、大腸菌、エンテロバクター属および緑膿菌である。前項で触れた院内肺炎を引き起こす細菌と同様に、耐性菌の問題が表面化している。特に、広域スペクトラムのセフェム系薬およびカルバペネム系薬に対する耐性菌の出現が懸念されている。現に、米国全土の病院において血流感染症例から分離されたKlebsiella pneumoniaeの27.1%が第3世代セフェム耐性、10.8%がカルバペネム耐性であったという調査結果が報告されている。欧州の一部では、耐性菌の検出率がこれよりもっと高いとされている。

現在もっとも困難な問題として立ちはだかっているのが、カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌の拡大である。カルバペネマーゼはβラクタマーゼの一種であり、K. pneumoniaeカルバペナマーゼとかKPCとも呼ばれる。カルバペネマーゼを産生する細菌では、セフェム系薬(セフェピムを含む)、モノバクタム系薬(アズトレオナム)およびカルバペネム系薬に属するあらゆる抗菌薬に対する感受性が低下している。米国では少なくとも20州の病院で、カルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌が検出されている。南アメリカ、イスラエルおよび中国からも検出例が報告されている。以上の国々より頻度は低いが、欧州からも発生報告がある。アウトブレイクを起こす菌種の遺伝子型が似通っていることから、進行中の感染拡大を防ぐため厳重な感染制御策を徹底することが不可欠である。カルバペネマーゼ遺伝子は可動性遺伝因子(主にプラスミドおよびトランスポゾン)によって他のグラム陰性菌へ転移することがある。おそらくこの転移によって、カルバペネマーゼ遺伝子がグラム陰性菌全般に広がったものと考えられている。さらに、カルバペナマーゼ遺伝子は、他の種類の耐性を生起する遺伝子と共存することが多い。例えば、ESBLs遺伝子の中で最も拡大しているblaCTX-M-15遺伝子、アミノグリコシド耐性遺伝子およびプラスミド性キノロン耐性遺伝子(qnrAおよびqnrB)などである。このように複数の耐性遺伝子が存在すると、治療の選択肢は無きに等しい。ブドウ糖非発酵クラム陰性菌について触れた部分で述べた通り、K. pneumoniaeの中には現在使用されているすべての抗菌薬(ポリミキシンを含む)に対する耐性を有するものがある。

教訓 ICUで発生する血流感染の約30%はグラム陰性菌が起因菌です。カルバペネマーゼ産生菌の拡大が問題になっています。
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グラム陰性菌による院内感染~肺炎③ [critical care]

Hospital-Acquired Infections Due to Gram-Negative Bacteria

NEJM 2010年5月13日号より

肺炎の診断が確定したら、自院の細菌発生動向や肺炎発症までの入院期間を参考に抗菌薬を選択し、経験的先行投与を開始する。肺炎発症までの入院期間が5日以上におよぶ場合は5日未満の場合よりも耐性菌感染のリスクが高いので、広域スペクトラム抗菌薬による経験的治療を行うべきである(後段の治療の項参照)。早い段階で適切な抗菌薬投与を開始すると転帰が改善することを示す報告が続々と発表されている。したがって、適切な抗菌薬を早期に投与することが治療上の一つの要点である。しかしこの際、診断についても治療についても早々に再評価を行うことが必須である。再評価の時期は通常48~72時間後である。培養の結果が明らかになれば、大半の症例では起因菌に目標を絞り当初より狭域スペクトラムの抗菌薬に変更することができる。場合によっては、肺炎ではなく他の疾患であるという診断が確定し、抗菌薬を中止することもある。痰培の実施が不可能な状況では、その施設でもっとも可能性が高そうな起因菌を想定して抗菌薬を選択する。そして、臨床所見から効果の有無を綿密に監視しなければならない。治療開始後3日経過してもP/Fの改善が得られず発熱が続くのであれば、治療効果なしと判断すべきであることが最近の研究で示されている。

特に合併症のないVAPでは、培養の結果、経験的投与の抗菌薬が起因菌を適切にカバーしていることが確認され、薬剤感受性を参考に起因菌に的を絞った抗菌薬を選択したら、比較的短期間で抗菌薬の投与を終了すべきである。ただし、緑膿菌をはじめとするブドウ糖非発酵グラム陰性菌に感染している患者では、短期投与では再発率が高いため、適切な抗菌薬を長期間(15日)投与しなければならない。最後に、VAPにおいては予防策の実施が重要であることを強調したい。特に、包括的アプローチが注目されている(Table 3)。このような予防策の遵守によって、VAPの発生率が有意に低下することが明らかにされている。


Table 3 いろいろな院内感染の予防ガイドライン

人工呼吸器関連肺炎

正しい手洗いを実施する。
人工呼吸器使用患者に関わる医療従事者を教育し、当該施設におけるVAP発生状況、危険因子および転帰について周知する。
消毒、滅菌および人工呼吸器関連物品の取り扱いをエビデンスに基づいた方法に統一し、実践する。
口腔内消毒を定期的に行う。方法は消毒薬の添付文書に従う。
禁忌でない限り患者を半坐位に保つ。
呼吸不全のある患者では実施可能であれば非侵襲的人工呼吸を行う(注;非侵襲的人工呼吸の推奨度は、ATSガイドラインではグレードⅠだが、より新しい他のガイドラインではグレードⅢである)。
VAPの発生状況を積極的に調査・監視し、予防策を導入する。
通常の対応では感染を制御することができない施設では、声門下吸引ポートのついた気管チューブを挿管患者全員に用いる。

教訓 早い段階で適切な抗菌薬投与を開始すると転帰が改善します。抗菌薬投与を開始したら48~72時間後に再評価を行わなければなりません。治療開始後3日経過してもP/Fの改善が得られず発熱が続くのであれば、治療効果なしと判断します。抗菌薬投与期間は、大半の細菌では短期間(8日間)、ブドウ糖非発酵グラム陰性菌(緑膿菌など)では15日間です。
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グラム陰性菌による院内感染~肺炎② [critical care]

Hospital-Acquired Infections Due to Gram-Negative Bacteria

NEJM 2010年5月13日号より

ICUで院内肺炎が疑われると、重症化や死亡率上昇が懸念されるだけでなく、抗菌薬が不適切に使用されかねず、そのせいで細菌の耐性化が引き起こされたり、薬剤の毒性発現が増加したり、医療費が高騰したりする可能性がある。抗菌薬の適正使用を徹底するには、院内肺炎の管理方法を基本的概念のレベルから知っておく必要がある(Table 2)。

VAPの診断に必要な検査は簡便ではなく、診断を下すのは未だに難しい。臨床的診断基準に加え、治療方針の決定には微生物学的評価が重要である。VAPが疑われる患者では抗菌薬投与に先立ち、気管内採痰、BALまたはPSBによって下気道検体を採取し、鏡検および培養を行わなければならない(実施可能ないずれかの方法を選択する)。いずれの検体採取方法にも特有の欠点があるが、時宜を得て検体を採取することが最も重要である。最新の系統的レビューでは、どの採取方法を選択しても転帰には違いはないことが明らかにされている。重症度が高い場合は、診断手技を終えていなくても抗菌薬の経験的先行投与を遅滞なく開始しなければならない。

培養で検出された細菌が定着しているだけなのか感染を起こしているのかを見分けるには定量培養を行い、コロニー形成単位(CFU)を計測するか、細菌量を段階評価(少量、中等量または多量)する(半定量培養)。BALの場合は、10^4CFU/mL未満であれば定着の可能性が高い。しかし、培養結果は患者の臨床像に基づいて解釈しなければならない。定量培養の結果は、検体採取状況によりばらつきが生ずる可能性がある。また、定量培養の方が定性培養よりも、死亡率低下、ICU滞在期間短縮、人工呼吸期間短縮あるいは抗菌薬変更の必要性減少につながるというエビデンスは示されていない。だが、定着と感染を鑑別するには定量培養の方が威力を発揮するため、不必要な抗菌薬投与が行われる機会が減ると考えられる。VAP患者において、培養で分離された細菌が定着なのか感染なのかを判別する精度を一層向上させるのに有望な各種バイオマーカを、臨床所見および微生物検査に加えて利用する診断法の研究が進行中である。研究対象となっているバイオマーカは、プロカルシトニン、CRPおよび可溶性TREM-1 (soluble triggering receptor expressed myeloid cells-1)である。


Table 2 VAPの診断基準および治療ガイドライン

診断基準
胸部X線写真に新規のまたは進行する浸潤影が存在し、以下の三つの臨床徴候のうち二つ以上が認められる:体温>38℃、白血球増加または減少、膿性痰
痰培陽性
定量培養の場合は、以下の基準数以上の細菌数であること
  気管内採痰では10^6CFU/mL
  BALでは10^4CFU/mL
  PSB(protected specimen brush)では10^3CFU/mL
半定量培養の場合は、中等度以上の細菌数であること

管理手順の重点
正しく診断する。
自院の感受性データおよび肺炎発生までの入院期間を踏まえ、最も有効な抗菌薬を選択し経験的先行投与を行う。
48~72時間後に患者を再評価し、培養を再度実施する。感受性の結果に従い使用する抗菌薬を調整する。
大半の細菌では、抗菌薬投与は短期間(8日間)でよい。ただし、ブドウ糖非発酵グラム陰性菌(緑膿菌など)では15日間の抗菌薬投与が推奨されている。
VAP予防プログラムを導入する。

教訓 気管内採痰、BALおよびPSBのいずれの検体採取方法にも特有の欠点があります。タイミング良く検体を採取することが最も重要です。どの採取方法を選択しても転帰には違いはないことが明らかにされています。
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グラム陰性菌による院内感染~肺炎① [critical care]

Hospital-Acquired Infections Due to Gram-Negative Bacteria

NEJM 2010年5月13日号より

肺炎

重篤な院内感染のうち、もっとも頻度が高いのが院内肺炎である。その大半は、人工呼吸器使用患者に発生する。人工呼吸器を48時間以上使用している患者の約10~20%に人工呼吸器関連肺炎(VAP)が発生する。VAPは、入院期間の延長、死亡率上昇および医療費増大につながる。グラム陰性菌は院内肺炎の起因菌の最も多くを占める。特に、緑膿菌、A. baumanniiおよび腸内細菌科細菌が多い。米国のICUにおいて1986年から2003年のあいだに肺炎の起因菌として有意に増加したグラム陰性菌は、アシネトバクター属の細菌だけであった。困ったことに、以上のグラム陰性菌の薬剤耐性、特にカルバペネム耐性は、治療上の重大な制約となっている。最近の調査では、VAP症例から分離された緑膿菌679株のうち26.4%、同じくA. baumannii 427株のうち36.8%がカルバペネム(イミペネムまたはメロペネム)耐性であるという結果が得られている。世界中の他の国々からも同じようなデータが報告されている。例えば、ギリシャではICUで分離された細菌のうち最大85%がカルバペネム耐性を示す。現在使用できるあらゆる抗菌薬(ポリミキシンを含む)に耐性を持つ微生物による感染例も報告されており、ただならぬ危惧が広がっている。

我々医師が留意しなければならない新しい臨床概念として医療関連肺炎がある。これは、医療または長期療養施設との直接的または間接的接点を持ったことのある患者に市中肺炎が発生し入院に至った場合を指す。単なる市中肺炎の患者と比べ、医療関連肺炎の患者には基礎疾患があることが多く、無効な抗菌薬の経験的先行投与が行われている頻度が高く、死亡の危険性も大きい。したがって、医療関連肺炎の危険因子がはっきりしている患者や、肺炎で救急外来を受診する患者に対しては、幅広い菌種に有効な抗菌薬治療の実施を考慮すべきである(Table 1)。具体的には、多剤耐性グラム陰性菌および耐性黄色ブドウ球菌を念頭に置かなければならない。広域スペクトラム抗菌薬の不必要な使用を避けるには、耐性菌感染の危険因子の一つ一つについて実際の予測精度を検証する必要があり、そのためにはさらに研究を重ねなければならない。最近の入院歴または抗菌薬使用歴や、長期療養施設に入所中などは、重大な危険因子と考えるべきである。


Table 1 医療関連感染症および耐性菌感染の危険因子

医療関連感染症の危険因子
先行する90日間に2日以上の入院歴がある
老人保健施設や長期療養施設に居住
在宅輸液療法(抗菌薬の投与を含む)
維持透析
在宅創傷管理
家族に多剤耐性菌感染または定着している者がいる

耐性菌感染の危険因子
先行する90日間に抗菌薬使用歴がある
入院期間が5日以上
地域または病棟内における耐性菌発生頻度が高い
免疫抑制状態

教訓 VAP症例から分離された緑膿菌679株のうち26.4%、同じくA. baumannii 427株のうち36.8%がカルバペネム(イミペネムまたはメロペネム)耐性であるという調査結果があります。現在使用できるあらゆる抗菌薬(ポリミキシンを含む)に耐性を持つ微生物による感染例も報告されています。
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グラム陰性菌による院内感染~はじめに [critical care]

Hospital-Acquired Infections Due to Gram-Negative Bacteria

NEJM 2010年5月13日号より

院内感染は患者の安全を守る上で大きな障壁となる。米国における2002年の推計によると、170万件の院内感染が発生し(入院100件あたり4.5件)、院内感染を原因とするか院内感染が関与する死亡者数は約99000名にのぼり、死因の第六位を院内感染が占めていると報告されている。欧州からも同様のデータが発表されている。米国の医療費は年間50億~100億米ドルである。院内感染症例のうちおよそ三分の一は回避可能である。

グラム陰性桿菌による感染には特に憂慮すべき際だった特徴がある。グラム陰性菌は抗菌薬耐性の発生機序に関与する遺伝子のアップレギュレーションや獲得に極めて長けている。特に、抗菌薬使用による耐性菌選択圧が存在するとこの傾向が助長される。さらに、グラム陰性菌には幾多の耐性化機序が備わっていて、一つの抗菌薬に対する耐性が複数の機序によって生ずることがあったり、単一の機序によって複数の抗菌薬に対する耐性が獲得されたりする(Fig. 1)。抗菌薬耐性は厄介な問題であり、このせいで新しい抗菌薬の発見や開発が停滞している。新薬開発が低調なのにはいくつかの要因が関与している。例えば、新しい化合物に対する審査が以前より厳格になっていること、薬剤開発に要する資本金および時間の増大、しっかりした臨床試験の立案および実施が複雑になっていること、そして、せっかく新薬を開発しても耐性菌が出現すればその時点でその薬の命脈が尽きるので寿命が短いかもしれないと懸念されていることなどである。以上の結果、グラム陰性菌感染を取り巻く状況は史上最悪の暴風雨とでも形容すべき事態に陥っている。つまり、耐性菌が増加しているのに、新しい抗菌薬の開発が停滞しているのである。

院内感染は多くの場合、侵襲的に使用される医療機器や外科的手技に伴って発生する。なかでも下気道感染および血流感染が重篤である。しかし、頻度が最も高いのは尿路感染である。

全米医療安全ネットワーク(NHSN)によると、グラム陰性菌は院内感染起因菌の30%以上を占め、人工呼吸器関連肺炎(VAP)および尿路感染の原因菌の第一位に君臨している(それぞれ47%、45%)。米国のICUでは、あらゆるタイプの感染のおよそ70%がグラム陰性菌によるものであり、世界中の他の国々からも同様のデータが報告されている。グラム陰性菌に分類される色々な細菌が、院内感染を引き起こす。原因菌として最もよく見られるのが、腸内細菌科の細菌である。緑膿菌、Acinetobacter baumanniiおよび、基質特異性拡張型βラクタマーゼ(ESBL)産生またはカルバペネマーゼ産生腸内細菌科細菌などの多剤耐性菌は、残念ながら世界中で増えている。

教訓 VAPおよびUTIの原因菌として最も頻度が高いのはグラム陰性菌です。院内感染起因菌の30%以上をグラム陰性菌が占めています。新しい抗菌薬の開発は停滞しています。
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ALI&集中治療2009年の話題⑥ [critical care]

Update on Acute Lung Injury and Critical Care Medicine 2009

Am J Respir Crit Care Med 2010年5月15日号より

ALIおよびその他の重症疾患の治療:臨床研究

ALI/ARDSによって重症呼吸不全に陥った場合に体外式膜型人工肺(ECMO)を使用するのは、従来は主に緊急避難的な救命策としての意味合いが強かった。英国の研究グループは、重症肺傷害および重症呼吸不全に対する治療法としてのECMOの有効性を評価した(CESAR試験)。この研究は臨床の実態を反映するべく設計され、ECMOを含むARDS治療手順がプロトコル化されている大規模な専門施設と、ARDSの治療法がプロトコル化されておらずECMOを実施することもできない専門施設とを比較し、前者の方が治療成績が優れているか否かが評価された。6ヶ月後も生存し後遺症のなかった患者数は、ECMO実施施設に割り当てられた群では90名中57名、ECMO非実施施設に割り当てられた群では87名中47名であり(63% vs 47%; P=0.03)、ECMO実施施設の方がわずかながら優れていた。この研究の結果から、英国においては肺保護換気法をはじめとするALI患者の治療法に長けた地域基幹病院への患者転送が有効であることが示された。ALIに対するECMOの有効性や優越性は確認されなかった。

H1N1インフルエンザ肺炎から重症ARDSを発症した患者に対する救命策としてECMOが有効であると巷間伝えられている。最近の論文では、オーストラリアおよびニュージーランドでは救命治療としてECMOが用いられ、ECMO使用患者全体の死亡率は21%であったと報告されている。しかし、この研究では対照群が設定されていないため、インフルエンザによる重症ウイルス性肺炎に対してECMOが有効であると結論づけることはできない。有効性を検証するには、前向き無作為化比較対照試験を行う必要がある。

スタチンを投与すると敗血症およびALIの臨床転帰が改善する可能性があることを示唆する知見が示され、期待が高まっている。健常被験者にプラセボあるいはシンバスタチン40mgまたは80mgを4日間投与し、引き続いてエンドトキシン噴霧剤を吸入させたところ、シンバスタチン投与群ではエンドトキシンによる肺胞への好中球、ミエロペルオキシダーゼ、TNFα、マトリックスメタロプロテアーゼ7, 8および9の集積が少なかった。この臨床研究は、ALI患者におけるスタチンの有効性を検証する研究を進めるための道筋を作ったと言える。

小児ALI症例ではサーファクタント投与が有効である可能性を裏付ける知見が示されているが、成人ALI症例ではサーファクタントが有効であることを示す結果は得られていない。そこで、成人ALI患者に対するサーファクタントの効果を検証する臨床試験が行われた。この研究では、418名の患者を通常治療群または通常治療に加えブタ由来の天然サーファクタントHL10を肺内へ直接注入する群のいずれかに無作為に割り当てた。対照群とサーファクタント投与群のあいだに死亡率の有意差はなかった。むしろ、サーファクタント投与群の方が有害事象が多い傾向が認められた。

敗血症および肺傷害患者に対する早期目標指向治療(early goal directed therapy)、副腎皮質ステロイド、遺伝子組み換えヒト活性化プロテインC、強化血糖値管理および肺保護換気法の有効性に関しては、議論が繰り広げられている。ICU 77施設に収容された成人重症敗血症患者を対象とした大規模コホート研究が行われ、治療目標(十分量の輸液を投与しても低血圧が続くand/or乳酸値が36mg/dLの場合にはCVP を8mmHg以上にする、低血圧が続く場合は中心静脈血酸素飽和度を70%にする、血糖値は150mg/dL未満かつ正常範囲内に維持する、人工呼吸器を使用している場合は吸気プラトー圧を30cmH2O未満にする)の遵守度、広域スペクトラム抗菌薬の早期投与、輸液負荷試験、少量ステロイドおよび活性化プロテインC (APC)の有効性が評価された。傾向スコア法を用いて解析が行われ、最重症患者では広域スペクトラム抗菌薬の早期投与およびAPC投与が死亡率低下に寄与することが分かった。敗血症に対するAPCの有効性を検証する前向き無作為化二重盲検が現在進行中である(PROWESS-SHOCK試験;2008年3月にはじまった大規模試験。2年間で1500名の患者を対象にする予定で、主要エンドポイントは28日後死亡率。)。この新たな研究の結果が発表されるのが待ち望まれる。それまでは、重症敗血症におけるAPCの臨床使用にまつわる諸問題について上手にまとめられた最近の文献を、研究や臨床の参考にするとよい。

早期ALIおよび晩期ALIのどちらにおいても、コルチコステロイドが有効ではないことを示した研究が複数発表されている。しかし、それでもやはりALIの治療にコルチコステロイドは有効だと考えている臨床医も依然として存在する。2009年にはこの分野における目立った新しい知見は発表されていないが、近いうちに新たなデータが公表される見込みである。

重症患者1508名を対象とした多施設研究において、急性腎不全に対する持続的腎代替療法の強度を強化して(浄化量を増やして)行った場合と通常の強度で行った場合の治療効果が比較された。90日後死亡率は両群同等の45%であり、差はなかった。

重症患者における強化血糖値管理の有用性については、まだまだ未解明の部分が多い。重症患者6104名を対象とした大規模多施設無作為化試験が行われ、強化血糖値管理と従来の血糖値管理とが比較された。強化血糖値管理群(81-108mg/dL)は従来法群(180mg/dL以下)と比べ、死亡率が高かった。ただし、試験開始後第20日以降にならないと、死亡率の差は認められなかった。したがって、血糖値管理の閾値と転帰を結びつける機序はよく分からない。強化管理群における重篤な低血糖(血糖値40mg/dL以下)の発生頻度は6.8%、従来法群では0.5%であった(P<0.0001)。

教訓 スタチンは敗血症およびALIの転帰を改善する可能性があります。成人ALIにはサーファクタントは無効で、かえって有害事象が増えるようです。重症患者ではXigrisの使用と広域スペクトラムの抗菌薬の早めの投与が死亡率低下につながります。急性腎不全症例に強化腎代替療法を行っても、通常の腎代替療法を上回る効果は得られません。
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ALI&集中治療2009年の話題⑤ [critical care]

Update on Acute Lung Injury and Critical Care Medicine 2009

Am J Respir Crit Care Med 2010年5月15日号より

急性肺傷害の治療:基礎研究

ALI/ARDS患者に対して行われるopen lung strategyの目標は、含気のない部分を再膨脹(リクルートメント)させ、かつ、残された正常含気部分の肺胞が過膨脹しないようにすることである。こうした目標がopen lung strategyにより達成され、無含気部分が再膨脹すれば、その無含気部分は周囲の虚脱や浸潤を呈する肺胞と同じような機械的特性を持つことになると考えられている。しかし、一編の基礎研究で、この仮説に異議を唱える結果が示されている。人工呼吸ブタモデルを用いた研究では、肺胞のリクルートメントを行っても過膨脹を防ぐことはできないことが明らかにされた。その理由は、再膨脹した肺組織の機械的特性は、周囲の虚脱または浸潤肺組織とは異なるからであるとされている。解説論文において、この研究の重要性が詳しく述べられている。

ALIにおいて人工呼吸が肺以外の臓器に及ぼす影響に着目した研究が行われた。マウスを用いた研究では、急性腎傷害があるマウスに人工呼吸を行うと、好中球の関与する機序を通じて肺機能に変化が生ずることが明らかにされた。この論文についての論評は秀逸である。

肺の急性炎症において重大な役割を果たすメディエイタを特異的に阻害すれば肺傷害を軽減することができるのではないかと考えられており、以前からこの件については関心が集まっている。酸による肺傷害を惹起させたマウスモデルを用いた研究では、12-HETE産生を阻害すると生存率が向上するという結果が得られた。この研究ではCDCという12/15-リポキシゲナーゼ阻害剤が用いられ、傷害発生前に投与すると有効であることが分かった。しかし、CDCは大量に投与しなければ12/15-リポキシゲナーゼを阻害する効果が得られないので、ヒトのALIにおける有効性を検証するには、より特異的で有効な製剤を開発する必要がある。

前述の研究に基づき、ALIの治療において血小板機能を標的とした方法が有効である可能性が指摘されている。アスピリンをはじめとする抗血小板療法を行うと、肺傷害の重症度が低下することが動物実験で示されている。

前臨床試験の結果を受け、ALIの治療における細胞療法に対する注目が高まっている。骨髄間葉系幹細胞(MSC)は、骨髄、胎盤、臍帯血および脂肪組織などの様々な組織から分離することができる。MSCは免疫抑制性サイトカインなどを分泌することによって、臓器傷害を抑制したり臓器修復を促進したりする作用を発揮する。ヒトの摘出肺灌流モデルを用いた研究では、同種骨髄から得たヒトMSCを投与するとエンドトキシンによる肺浮腫および重症肺傷害が改善することが示されている。この効果の80%は、MSCが分泌するケラチノサイト増殖因子によってもたらされる。周産期低酸素による肺傷害のあるネズミ新生仔にMSCまたはその培養液を投与すると、肺傷害が改善することが二編の研究で明らかにされている。MSCから分離された微小胞が、動物モデルの急性腎不全の改善に有効であることが報告された。腹膜炎敗血症マウスモデルにMSCを静脈内投与すると死亡率が低下することが明らかになった。MSCを投与すると、肺胞マクロファージがPGE-2を介して再プログラミングされ抗炎症性サイトカインであるIL-10が増えることが、死亡率低下の主な理由である。

教訓 抗血小板療法を行うと、肺傷害の重症度が低下する可能性があります。
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ALI&集中治療2009年の話題④ [critical care]

Update on Acute Lung Injury and Critical Care Medicine 2009

Am J Respir Crit Care Med 2010年5月15日号より

臨床研究

ALIおよびその他重症疾患の治療において特に留意すべきことの一つは、抗菌薬療法をスマートかつ計画的に実施することである。このテーマについての展望を示す優れた論文では、抗菌薬療法の全体的な舵取りには、多面的な取り組みを行い抗菌薬の使用法を改善することによって、耐性菌の発生を防ぎ、臨床転帰を改善させ、費用の増大を抑えるという目標を達成する必要があることが示された。この多面的な取り組みに関連する最近の成果として、臨床上の意思決定補助システム、バイオマーカを基にした治療法決定手順および抗菌薬療法を構成する諸要素についての知識の深化が挙げられる。しかし、この分野は研究を重ねる余地がまだまだ大幅にある。

分野別ICUと総合ICUのどちらが優れているかという問題についての遡及的コホート研究が行われ、2002年から2005年までのあいだに124ヶ所のICUに入室した患者の解析が実施された。主要な交絡因子を調整し、総合ICUと当該疾患を対象とする分野別ICUとを比較したところ、肺炎を除くすべての病態のリスク調整後死亡率の有意差は認められなかった。当該疾患に適した分野別ICUに収容されなかった場合のリスク調整後死亡率は、総合ICUに収容された場合よりも高かった。この論文の著者らは、ICUの専門分化を推進すべく投資を行っても、死亡率の改善は見込むことができないであろうという見解を示している。国によって集中治療の利用パターンが大きく異なると考えられている。終末期の入院における病院医療および集中治療の利用状況の評価を目的とした研究が、イングランドおよび米国で先頃行われた。米国では全ての病院内死亡症例のうち50%において集中治療が行われていたが、英国ではわずか10%に過ぎなかった。イングランドでは、終末期の入院における集中治療の実施制限は高齢患者および内科系患者において最も顕著に認められた。重症患者の譫妄は、従来考えられてきたよりも頻度が高く重要な問題であるという認識が最近になって広まっている。60歳以上のICU入室患者連続340症例を対象とした前向きコホート研究が行われ、高齢者ではICU入室期間中の譫妄発生日数が多いほど、入室後1年以内の重症度調整死亡率が高いことが明らかになった。

ALIの診断および治療に威力を発揮する可能性のある、新しい画像診断法や核医学検査が開発されている。ALIの発症には好中球による炎症が深く関与している。ALI患者の細胞代謝を18F-2-deoxy-2-fluoro-D-glucoseを用いたPET検査で画像化して評価する研究が行われた。この研究の目的は、ALI患者の肺における炎症性代謝活性の程度と局在を明らかにすることである。炎症性代謝活性(主に好中球によって生ずるものと考えられる)の強い部分は、含気が少ない部分に局在するわけではなかった。肺全体において、炎症性代謝活性の著しい上昇が認められた。したがって、ALIでは胸部X線写真や胸部CTにおける肺の虚脱やconsolidationの程度は、その部分の炎症の程度を反映しているわけではないと考えられる。

ARDSネットワークが行ったFluid and Catheter Treatment Trial(FACTT)で肺動脈カテーテル群に割り当てられたALI/ARDS患者500名について、循環動態が不良であることを示す理学的所見と、PACなしで得られる客観的パラメータ(24時間の総水分喪失量、ScvO2および中心静脈圧)はCIおよびSvO2低値と相関する、という仮説が検証された。循環動態不良を示す理学的所見として用いられたのは、毛細血管再充満時間の延長(>2秒)、膝のまだら模様および皮膚温低下である。これらの理学的所見は、心係数および混合静脈血酸素飽和度低下の予測には、感度も特異度も低く役に立たないことが分かった。ScvO2はSvO2と有意に相関することが明らかになったが、信頼区間が広いので、この相関の臨床的有用性は不明である。

H1N1インフルエンザの世界的大流行に関連し、妊婦や70歳以上の高齢者および免疫不全疾患などの患者において重症ALIや死亡のリスクが高いことに重大な懸念が持たれた。

教訓 、ALIでは胸部X線写真や胸部CTにおける肺の虚脱やconsolidationの程度は、その部分の炎症の程度を反映しているわけではないようです。
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ALI&集中治療2009年の話題③ [critical care]

Update on Acute Lung Injury and Critical Care Medicine 2009

Am J Respir Crit Care Med 2010年5月15日号より

ALIの病因についての動物実験

2009年には、肺傷害発生の機序に関する新たな発見をなし得た動物実験の論文が多数発表された。紙幅の都合により、こうした興味を惹かれる研究のすべてについて言及することはできない。そのうちの二、三を紹介し、その他数編について簡単に触れることにする。上皮細胞間遊走における好中球の役割についての秀逸な論文が発表された。このレビューの内容は、ALIに深く関わるものである。

マウスを用いた実験で、エンドトキシンによるALIの治癒過程においてリンパ球が重要な役割を担っていることが新たに明らかになった。この研究グループはノックアウトマウスと養子細胞移植法の双方を用い、Tregs(CD4およびCD25を発現し、転写因子のforkhead box protein 3[FoxP3]が陽性のリンパ球)が、肺傷害の順調な治癒に不可欠であることを示した。論説では、この新しい分野における研究の進捗状況がうまくまとめられている。別の研究グループは、出血性ショック後腹膜炎敗血症モデルを用いてリンパ球の作用を調べ、IL-10を介した好中球の動員をリンパ球が制御していることを明らかにした。肺傷害の治癒過程に着目した研究では、マクロファージのNF-κB経路が肺の炎症の重症度および持続期間に深く関わっていることを裏付ける更なる知見が得られた。

基礎研究では、ALIの発症過程において血小板が重要な役割を果たしていることが確認されている。マウスを用いた研究で、酸を肺内へ注入した際に発生する好中球を介した肺傷害や、TRALIにおける抗体を介した肺傷害において血小板が決定的な役割を担っていることが明らかにされた。別の研究グループは卓抜な画像処理を用い、血小板が好中球との相互作用によって肺傷害およびその他の臓器傷害を引き起こすことを示した。ALI、血栓症および肺の炎症における血小板のはたらきについての網羅的な総説も発表されている。

敗血症による肺傷害や、その他の臨床的に問題となる臓器障害における凝固因子の作用に着目した研究が行われた。マウスおよびヒトの肺傷害における線維形成応答には、第Ⅹa因子の局所発現量の増加が関与していることが明らかにされた。これはALI発症後にはたらく重要な経路である可能性がある。また、第Ⅹa因子はPAR1(Proteinase-activated receptor 1;プロテアーゼ活性化受容体1)の主要な活性化因子である可能性が指摘されている。別の研究では、uPAR(ウロキナーゼ型プラスミノゲン活性化因子受容体)が好中球の動員において中心的な役割を果たすことに着目し、uPARの発現についての検討が行われた。その結果、エンドトキシン刺激によるuPARの発現には、ホスホグリセリン酸キナーゼおよびヘテロ核リボヌクレオタンパク質のチロシンリン酸化が介在していることが明らかになった。

Toll様受容体(TLR)が関与する非感染性刺激シグナル伝達についての研究が急速に進んでいる。その一つでは、オキシダントとTLRの相互作用が重要であることがマウスを用いたin vitroおよびin vivo研究で示されている。

エンドセリンB受容体がエンドセリン-1によって活性化されNOが産生されると、Na,K-ATPaseのダウンレギュレーションが起こり肺胞の水分除去能が低下することが明らかにされた。ブレオマイシンによるALIおよび肺線維症モデルを用いた研究では、インスリン様成長因子を阻害すると生存率が向上し、線維化が抑制されることが分かった。別の研究グループは、IL-6に肺傷害を軽減する作用があることを明らかにした。

その他にも、肺傷害の成因や新しい治療法の開発につながる可能性のある知見を示した研究がいくつも発表された。

教訓 血小板は好中球との相互作用によって肺傷害およびその他の臓器傷害を引き起こします。インスリン様成長因子を阻害するとALIの生存率が改善します。IL-6には、肺傷害を軽減する作用があります。
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ALI&集中治療2009年の話題② [critical care]

Update on Acute Lung Injury and Critical Care Medicine 2009

Am J Respir Crit Care Med 2010年5月15日号より

遺伝とALI

様々な一塩基多型(SNP)がALIの臨床転帰に関わっていることが、数多くの研究で明らかにされている。このテーマについては、優れたレビューが発表された。このレビューでは、ALIに関係する候補遺伝子がまとめられている。そして、特定の集団において複製されている遺伝子を取り上げられ、いくつかの決まった経路に注目し、候補遺伝子がグループ分けされている。このレビューを掲載した編集部による示唆に富んだ解説も同時に発表された。

細胞外SOD(スーパーオキサイドジスムターゼ)は強力な活性酸素除去作用を持ち、過酸化物質による傷害から肺を守る重要な働きを担っている。感染によるALIを発症した異なる二つの患者群における遺伝的変異と連鎖不平衡の様態を明らかにするため、細胞外SODのプロモータと遺伝子の塩基配列を解析するという興味深い研究が発表された。その結果、細胞外SODがGCCTハプロタイプを呈する集団では、人工呼吸期間が短く死亡率も低いことが分かった。

肺炎患者およびALI患者では、血漿中および肺浮腫液中のプラスミノゲン活性化抑制因子-1(PAI-1)濃度が高いほど、死亡率が高いことが分かっている。PAI-1遺伝子の持つ4G/5G多型のうち4G対立遺伝子があると、PAI-1が増え、肺炎による入院の発生率も高いことが明らかにされている。重症肺炎による入院患者111名を対象とした研究で、PAI-1遺伝子4G/5G多型4G対立遺伝子があると、人工呼吸器非使用日数が少なく、死亡率が高いことが示された。小児ALI患者でもPAI-1血漿中濃度が高いほど、死亡率が高く人工呼吸器非使用日数が少ないという結果が得られている。別の研究では、プロテアーゼ阻害物質(elafin)の遺伝子多型が、ARDS発症リスクの上昇に関わっていることが報告された。この相関は、肺以外の要因によるARDSにおいて特に顕著であった。ARDS発症リスク上昇に関与するSNPのある患者では、elafin血漿中濃度が低い。好中球エラスターゼによる傷害に対する宿主の防御力低下とelafinの減少が関係している可能性がある。ALIの発症および重症度に影響を与える遺伝的要因(候補遺伝子、全ゲノム関連解析)に対する関心が急速に高まっている。

ALIの病因についてのヒトを対象とした研究

ALIおよび敗血症のタンパク質バイオマーカと病因や予後との関わりについての研究が、ここ10年あまりのあいだに盛んに行われるようになってきた。ALIの重症度および転帰に影響を及ぼす可能性のあるいくつかの経路が新たに明らかにされている。

デコイ受容体3 (DcR3;シグナルを伝えない囮の受容体)の多寡によって、生存者と非生存者を判別できることが分かった。 DcR3の血中濃度が、28日後死亡率、多臓器不全および人工呼吸器依存状態の遷延と独立して相関することも明らかになっている。TNF-αやIL-6を測定するよりも、DcR3血漿中濃度の方が高い診断精度を誇るが示されている。また、ARDS患者では他の炎症性肺疾患患者や健常者と比べ、BAL中の活性型20Sプロテアソーム(ユビキチン化されたタンパク質の分解を実行する巨大複合型プロテアーゼ)濃度が高いことが報告された。この研究の著者らは、ARDS症例における肺胞内プロテアソームは、肺胞上皮起源であると推測している。

基礎研究と臨床研究を組み合わせた斬新な試みによって、細胞外ヒストンが死亡および敗血症における重要なメディエイタとして作用することが明らかになった。マウスを用いた実験で、細胞外ヒストンは炎症性刺激に対する反応として放出され内皮障害、臓器不全および死亡につながることが分かった。活性化プロテインC (APC)には、ヒストンを開裂させることによって毒性を減弱させるという興味深い作用がある。

ALIの予後や病因診断におけるバイオマーカの有用性を評価する研究が行われ、ALI患者についての理解が進んだ。しかし、一つのバイオマーカだけでは、正確な予後診断には心許ないようである。複数の血中バイオマーカの予後診断精度を評価するため、ARDSネットワークに登録された患者549名について臨床転帰とバイオマーカの関係についての研究が行われた。臨床要因(APACHEⅢスコア、臓器不全の有無、年齢、肺傷害の原因、A-aDO2およびプラトー圧)による死亡予測ROC曲線のAUCは0.82であった。臨床予測因子と8種のバイオマーカを組み合わせるとAUCは0.85となった。臨床予測因子のみの場合よりAUCが有意に大きかった。もっとも予測精度の高いバイオマーカはIL-8とSP-Dであり、急性炎症と肺胞上皮傷害が肺傷害を惹起する主要な原因経路であるという説が裏付けられた。

ゲノム分類によりALI患者の診断及び治療の向上を目指そうとする新しい動きが生まれている。敗血症によりALIを発症した患者13名と、敗血症のみの患者20名を対象とした研究では、末梢血液検体を用いたマイクロアレイ解析が行われた。この研究の規模は小さいものの、ALIに関連する8種類の遺伝子発現プロファイルが発見された。また、内的妥当性を検討したところ、この遺伝子サインによって敗血症のみを発症している患者と敗血症にALIを併発している患者とを100%の精度で判別することができ、陽性的中率は100%であることが分かった。早期ALIと進行したALIのそれぞれについて、遺伝子発現プロファイルによる分類ができれば、病因および予後の評価に役立つ可能性がある。

近年、ALIの発症機序に、凝固促進または抗線溶経路が関与しているという説が大きな話題になっている。ARDS症例における肺浮腫液には、組織因子に富む微粒子が高濃度に含有されていて、その少なくとも一部は肺胞上皮由来であることが1編の研究で明らかにされている。したがって、ARDS患者のairspace内における組織因子による凝固促進活性の発生原因は、肺胞上皮由来の微粒子である可能性がある。この論文についての詳細な解説では、傷害肺のairspace内の微粒子には生物学的活性があり、これは壊死細胞片(debris)が存在することを意味するだけでなく、傷害された肺胞上皮細胞などの何種類かの細胞に由来するものと考えられるという点が強調されている。

教訓 肺炎患者およびALI患者では、血漿中および肺浮腫液中のPAI-1濃度が高いほど、死亡率が高いことが分かっています。PAI-1遺伝子の持つ4G/5G多型のうち4G対立遺伝子があると、PAI-1が増えます。重症肺炎患者では、PAI-1遺伝子4G/5G多型4G対立遺伝子があると、人工呼吸器非使用日数が少なく、死亡率が高いことが示されました。
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ALI&集中治療2009年の話題① [critical care]

Update on Acute Lung Injury and Critical Care Medicine 2009

Am J Respir Crit Care Med 2010年5月15日号より

このレビューでは、急性肺傷害(ALI)の疫学、臨床経過、病因および治療の解明に資する論文のうち2009年に発表されたものを概観する。集中治療領域のうち多臓器不全に関する論文についても触れる。ALIの疫学と遺伝的要因についての研究が展開されるにつれ、ALIの発症と転帰に影響を及ぼす環境および遺伝因子の同定を目指して行われる今後の研究に役立つ、いくつもの有望な分野が開拓されつつある。ALIの病因および治癒過程に血小板およびリンパ球が関与している可能性があることに関し、新たな知見が得られた。複数の動物実験および臨床研究によって、ALIの発症と進展の機序や、ALIの転帰を予測する生物学的および臨床的因子の有効性に関する新しい展望が示された。ALI、急性腎不全および敗血症性ショックに対する再生治療の前臨床試験が行われており、臓器不全を伴う重症患者の治療において再生治療が実用的価値を持つという新しい方向性が見え始めている。多施設無作為化試験で、高強度腎代替療法を行っても重症患者の死亡率は低強度の場合と代わらないという結果が示された。別の大規模無作為化試験では、重症患者において血糖値管理を厳格に行うと、従来法の場合と比べ死亡率が上昇することが明らかにされた。

本レビューで扱うテーマは広範囲にわたるため、特に誉れの高い論文しか取り上げることができなかったが、2009年に発表されたその他の文献についても一部触れている。本レビューでは、疫学、定義、遺伝、臨床経過、病因および新しい治療法に関する新しい知見を示した臨床および基礎研究に重点的に焦点を当てた。

ALIの疫学

人種や民族性がALIの死亡率に及ぼす影響は、全くと言っていいほど明らかにされていない。ARDSネットワークが行った試験に登録された患者を対象とした遡及的コホート研究が行われ、人工呼吸患者2362名のデータが検討された(白人1715名、アフリカ系米国人449名、ヒスパニック系米国人198名)。ALI患者のうち、アフリカ系およびヒスパニック系米国人の死亡率は、白人の死亡率より有意に高かった。アフリカ系米国人では、発症時の重症度が高いほど死亡率が高いという相関が認められたが、ヒスパニック系米国人ではこのような相関は見られなかった。この知見に触発され、ALIの死亡率に人種・民族性による乖離が生まれる機序や環境および遺伝要因を解明する研究が進むであろう。

ALI/ARDSの死亡率が低下しているか否かという問題を扱った論文が二編発表された。そのうち一編では過去の文献を検討し、1994までは死亡率の低下が認められるものの1994年以降は低下していないと断じている。数多くの文献が検討されているとはいえ、論文により対象患者がまちまちであるため、それを解釈してまとめるのは困難であった。著者ら自身が指摘している通り、軽度のALIから最重症のARDSまでにわたる症例が解析対象として含まれていた。もう一編の論文では、ARDSネットワーク参加施設で行われた臨床試験の対象となったALI患者の死亡率が検討された。1996年から2005年にかけてARDSネットワークが行った無作為化試験に登録された人工呼吸患者2451名のデータが解析された。1996年における死亡率は35%であり、その後は年を追うごとに低下し、2005年には26%まで下がった。一回換気量や重症度などの共変量と背景因子の調整を行っても、死亡率の経時的低下傾向は認められた(P=0.0002)。したがって、肺保護換気による死亡率低下効果を除いても、重症患者管理全体の進歩によってALI患者の死亡率が低下してきていると言える。

ALIの臨床的定義と早期診断

現行のALIまたはARDSの定義では、気管挿管と人工呼吸が必須条件である。しかし、大半の症例では、気管挿管および人工呼吸開始に先行してALIが発症している。人工呼吸が必要となるより先にALIの診断を下すことができれば早い段階から治療を開始することが可能となり、陽圧換気を要するまでに至らないように手を打つことができ、死亡率の改善にもつながるかもしれない。このテーマに道筋をつけるべく、胸部X線写真上で血管内容量過多もしくは心不全では説明のつかない両肺透過性低下が認められる救急患者100名を対象とした研究が行われた。この100名のうち、入院後ALIを発症したのは33名であった。臨床予測因子についての多変量解析を行ったところ、両側透過性低下があり当初から2L/min以上の酸素投与を要した場合のみがALI発症の予測因子として浮かび上がった。初期ALIという臨床診断が、実際にALIへと進展する症例を予測する際の感度は73%、特異度は79%であった。別の研究グループは、動脈血酸素飽和度と吸入気酸素濃度の比がある一定の値を下回り、胸部X線写真で両側浸潤影または両側肺水腫の所見が認められる患者を自動的に掬い上げる電子スクリーニングシステムの実例を紹介している。この方法によって、入院したその時点でALI発症に気づき、従来よりも早い段階で肺傷害のある患者を同定することができるようになったと報告されている。

教訓 A胸部X線写真上で血管内容量過多もしくは心不全では説明のつかない両肺透過性低下があるとともに来院時から2L/min以上の酸素投与を要することが、ALI発症の臨床予測因子であることが分かりました。


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CVCとA lineの細菌定着率は同等~考察 [critical care]

Infectious risk associated with arterial catheters compared with central venous catheters

CCM 2010年4月号より

考察

今回行った大規模多施設研究で得られた、細菌定着率とその危険因子についての主な知見は以下の二つである:1) AC(動脈カテーテル)群とCVC(中心静脈カテーテル)群の細菌定着率およびCRI発生率は同等。2) AC群とCVC群の細菌定着のハザード率は異なる。

先頃行われた二編の単一施設研究でもACsとCVCsに起因する感染発生率が同等であることが示されており、我々が得た結果はこの先行研究を裏付ける形となった。CVCsと比べACsはCRI(カテーテル関連感染)のリスクが低いとされてきたが、前述の単一施設研究の一編によると、カテーテル留置のべ日数1000日あたりの細菌定着罹患密度は、ACsでは9.4件、CVCsでは12.0件であったと報告されている。もう一編の研究でも同様に、カテーテル留置のべ日数1000日あたりの細菌定着罹患密度は、ACsでは15.7件、CVCsでは16.8件であった。さらに、以上二編の研究でも我々の研究と同様に、ACsとCVCs のCRI発生率は同等であった。体系的総説では、AC-BSI(血流感染)の罹患密度はカテーテル留置のべ日数1000日あたり1.7件、CVC-BSIでもACとほぼ同等の2.1件と見積もられている。さらに、ACsとCVCsの定着細菌の種類は似通っていた。前述の単一施設研究の一編では、ACとCVCの細菌定着リスクが同等であったのは、カテーテル挿入時の感染予防策実施態様に違いがあったことが原因であると推測されている。なぜなら、AC挿入時には高度無菌遮断予防策が必ずしも全例で行われていたわけではないからである。しかし、もう一編の単一施設研究および本研究ではAC、CVCのいずれのカテーテルでも、挿入時および挿入後の管理は全例で統一されていた。そして、以上三編の研究では同一患者にACsおよびCVCsの双方が留置されている場合が大半であったので、交絡因子の影響は少ないはずである。ただし、Cox比例ハザードモデルを用いて交絡因子の調整を行い多重比較を行ったのは三編のうち我々の研究を含めた二編であり、一編では行われていない。

従来考えられてきたよりもACの細菌定着リスクが高いという結果が得られたのは、重症患者では採血や固定直しなどでACを操作する頻度が高いことが原因であろう。さらに、2002年にCDCが発表したCRI予防ガイドラインでは、ACsは定期的交換をすべきではないとされている。この推奨事項は、CVCsに関する研究で得られたデータの外挿によって導かれたものである。しかし、本研究および他の研究グループの報告では、ACsの細菌定着ハザード率は留置期間が長引くほど上昇するがCVCsではこのような傾向は認められない。感染予防の観点から我々の得た結果を吟味すると、ACsは定期的に交換すべきである。ACの定期的交換が感染予防に寄与するか否かをはっきりさせるには、前向き比較試験を行わなければならない。付け加えると、定期的なAC入れ替えは、挿入部位が限られていることや機械的合併症のリスクが増えることなどの感染以外の問題を孕んでいる。

CVCの細菌定着ハザード率は、留置後の期間によらず一定であり、過去のデータを裏付ける結果となった。一編の単一施設研究では、CVCsの留置期間が16日未満の場合と比べると16~30日におよぶ場合は感染発生率が高いことが示されているが、複数の無作為化比較対照試験において3~7日ごとの定期的なカテーテル交換を行ってもCVCによるCRIは減少しないことが明らかにされていることから、やはりCVCによる感染リスクは留置期間によらず一定であると考えられる。細菌定着が感染につながるとすれば、本研究で得られた結果から、CVC-BSIの罹患密度は医療の質を反映する指標や評価基準となり得ると言えよう。

本研究には優れた点がある一方で問題点もある。優れた点は、多施設研究であること、対象患者数とカテーテル数が多いこと、そして全ての施設においてカテーテル挿入およびその後の管理方法が統一されていたことである。内科系・外科系混合ICUにおいて患者およびカテーテルについてのデータを収集した研究としては、これが現時点で最大規模の多施設研究である。さらに、登録候補患者の大部分が実際に研究対象として登録され、追跡調査から脱落した患者数はごく少なかった。したがって、本研究の結果は、血管内カテーテルを短期間留置する必要があると見込まれるICU患者一般に敷衍することが可能であると考えられる。問題点の第一に、CRI発生率が低かったため、CRIではなく細菌定着を評価項目としたことが挙げられる。しかし、カテーテルの細菌定着は、CRIの代替指標と見なされている。その上、細菌定着とCRIの発生率の比は、ACsでもCVCsでも同等であることからも、細菌定着を評価項目としたことは妥当であったと考えられる。第二の問題点は、ACとCVCの双方が留置された患者では、どちらか一方のみのカテーテルの先端培養で細菌定着が確認された場合を除き、CRIの原因がどちらのカテーテルであるのかを判断するのが難しいことである。CVCsはACsよりも感染を起こすリスクが高いという信憑が広まっているため、判断が誤りAC-BSIsが間違ってCVC-BSIsと診断された可能性がある。しかし、CRIsが疑われた症例全例が独立した研究参加者によって評価されたので、このような誤りは最小限に止まったと考えられる。第三の問題点は、7か所のICUにおいてクロルヘキシジン浸漬刺入部保護材(CHGIS)使用の有無と被覆材交換頻度という二要因の影響を調査する目的で設計された大規模データベースを用いたことである。このため、設定された4群のあいだに相互作用が生じた可能性がある。我々は、このような問題が起こる可能性を想定して統計処理を行った。クラスタ化データについてはCox比例ハザードモデルを用いて解析して群間に相互作用がないことを確認し、ICUごとに層別化した無作為化割り当てを実施した。だが、本研究の最も大きな問題点は、観測研究であるという点である。AC関連感染のリスクが留置期間の延長に伴い増大するか否かをはっきりされるには、十分な検出力をそなえた無作為化比較対照試験を行い、動脈カテーテルの定期交換が、動脈カテーテルによるCRIsおよび動脈カテーテル挿入に伴う機械的合併症の発生にいかなる影響を及ぼすのかを評価する必要がある。ともあれ、今回の研究で得られた結果は、7日ごとに動脈カテーテルを定期的に交換すると感染予防に資する効果が得られることが強く示唆するものであると言えよう。

まとめ

重症患者では、動脈カテーテルと中心静脈カテーテルの、カテーテル細菌定着およびカテーテル関連感染発生率は同等である。つまり、ICUでは動脈カテーテルによる血流感染および中心静脈カテーテルによる血流感染のいずれもが、監視および予防の対象とされるべきであるということである。中心静脈カテーテルと異なり、動脈カテーテルにはカテーテル細菌定着のリスクが挿入期間が長くなるほど上昇するという特徴が見いだされた。

教訓 現行のガイドラインではCVCの定期交換は不要であるとされています。この研究でも、CVCの細菌定着リスクは留置期間によらず一定という結果が得られました。一方、A lineは留置期間が長引くと細菌定着リスクが上昇することが明らかになりました。したがって、A lineは7日ごとに入れ替えるのがよさそうです。
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CVCとA lineの細菌定着率は同等~結果 [critical care]

Infectious risk associated with arterial catheters compared with central venous catheters

CCM 2010年4月号より

結果

研究に参加した7ヶ所のICUにおいて2095名の患者に少なくとも1本のカテーテルが挿入され、1636名が研究対象となる条件を満たした。この1636名のうち、本研究で行う評価が可能なカテーテルが1本以上留置されたのは1525名であった。ACを1本以上留置されたのは1212名、CVCを1本以上留置されたのは1403名であった。ACとCVCの両方をそれぞれ1本以上留置されたのは1090名であった(Table 1)。

培養が行われたカテーテル本数は全部で3532本、のべ留置日数は27541日であった。ACは1617本、CVCは1915本であった(Table 2)。AC留置のべ日数1000日あたりの罹患密度は、細菌定着11.4件(n=127)および中等度以上のCRI 0.99件(n=11)であった。CHGIS非使用群ではそれぞれ17.8件(n=90)および1.6件(n=8)、CHGIS使用群ではそれぞれ6.1件(n=37)および0.5件(n=3)であった。

CVC留置のべ日数1000日あたりの罹患密度は、細菌定着11.1件(n=183)および中等度以上のCRI 1.09件(n=18)であった。CHGIS非使用群ではそれぞれ16.2件(n=123)および1.5件(n=11)、CHGIS使用群ではそれぞれ6.8件(n=60)および0.8件(n=7)であった。ACsとCVCsのあいだに統計学的な有意差は認められなかった(p=0.80)。

AC、CVCそれぞれの細菌定着についての日毎ハザード率をFigure 1に示す。ACs細菌定着のハザード率は、第5日に1.3%であったのが、第10日には2.4%、第15日には3.0%へと上昇する。ACsについては、使用期間8日未満と8日以上とで細菌定着のハザード率に有意差が認められた(p=0.008)。CHGIS非使用群のAC細菌定着ハザード率は、第5日1.9%、第10日3.8%、第15日5.5%であった。CHGIS使用群ではそれぞれ、0.8%、1.3%、0.9%であった。使用期間による細菌定着のハザード率の有意差は、CHGIS非使用群においてのみ認められた。CVC細菌定着のハザード率は、第5日1.2%、第10日1.6%、第15日1.4%であった。使用期間によるハザード率の差は認められなかった。

カテーテル留置から7日間はACとCVCの細菌定着ハザードに差はなかったが、第7日になるとACの方が高かった(p=0.0078)。留置期間8日未満の場合は、カテーテル細菌定着の罹患密度はACsとCVCsとで同等であった(のべ留置日数1000日あたりそれぞれ6.8件、8.8件;発生率の比1.28 ; 0.93-1.79 ; p=0.09)。一方、留置期間が8日以上におよんだ場合の当初7日間を除いたカテーテル細菌定着の罹患密度は、ACsの方がCVCsより有意に高かった(のべ留置日数1000日あたりそれぞれ24.5件、15.4件;発生率の比1.59 ; 1.17-2.17 ; p=0.001)。CRIに関しては、ACとCVCのあいだにハザード率の差は認められなかった。おそらくCRIの発生数が少なかったためであると考えられる。

細菌定着またはCRIの原因菌の分布については、ACsとCVCsのあいだに違いは見られなかった(Table 3)。留置部位が違ってもカテーテル細菌定着の原因菌の分布に差は認められなかった(データは掲載していない)。単変量解析では、ACの細菌定着に関与する因子は慢性心不全(p=0.004)、ICU入室時のSOFAスコア(p=0.026)およびカテーテル挿入部位(p=0.0001)であるという結果が得られた(Table 1および2)。多変量解析で判明したACの細菌定着に関与する因子は、大腿動脈からの挿入(調整ハザード比2.40 ; 95%CI, 1.66-3.49; p=0.0001)、慢性心不全(調整ハザード比2.37; 95%CI, 1.22-4.60; p=0.011)および慢性呼吸不全(調整ハザード比1.62 ; 95%CI, 0.99-2.63; p=0.053)であった。

単変量解析では、CVCの細菌定着に関与する因子は慢性心不全(p=0.031)、敗血症性ショック(p=0.002)、心原性ショック(p=0.01)、外傷によるICU入室(p=0.006)、ICU入室直後のCVC留置(p=0.003)、挿入部位(p<0.0001)およびCVC挿入時点での抗菌薬使用(p=0.0016)であった。多変量解析で判明したACの細菌定着に独立して関与する因子は、敗血症性ショック(調整ハザード比0.63 ; 95%CI, 0.41-0.96; p=0.033)、外傷(調整ハザード比1.89 ; 95%CI, 1.11-3.21; p=0.018)、CVC挿入時点での抗菌薬使用(調整ハザード比0.69; 95%CI, 0.50-0.95; p=0.021)および鎖骨下静脈以外からの挿入(内頸静脈:調整ハザード比3.09; 95%CI, 1.96-4.88、大腿静脈:調整ハザード比7.05; 95%CI, 4.37-11.35)(p<0.0001)であった。

教訓 中心静脈カテーテルと動脈カテーテルの細菌定着率は、留置期間が8日未満の場合は同等ですが、8日以上になると動脈カテーテルの方が有意に高いという結果が得られました。

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CVCとA lineの細菌定着率は同等~方法 [critical care]

Infectious risk associated with arterial catheters compared with central venous catheters

CCM 2010年4月号より

ICUに収容される患者には中心静脈カテーテル(CVCs)が留置されることが多い。欧州におけるCVC関連血流感染の罹患密度は、のべ入院日数1000日あたり1から3.1件である。米国では、ICU入室患者における年間のべCVC留置日数は1500万日と概算され、CVC関連血流感染(CVC-BSI)の年間発生数はおよそ8万件と推定されている。

重症患者では血行動態の連続的モニタリングを行ったり、採血を繰り返し行うのを容易にしたりするために、多くの症例で動脈カテーテル(ACs)が使用される。ICUにおけるBSI予防策では、動脈カテーテルの管理よりも中心静脈カテーテルの管理に重きが置かれている。また、動脈カテーテルに関連する感染リスクについて調査した研究は数少ない。このように動脈カテーテル関連血流感染(AC-BSI)にはあまり注意が払われていないが、その理由は、中心静脈カテーテルと比べ動脈カテーテルの留置期間は短く、動脈カテーテルによる感染リスクは低いと思われているからであろう。動脈カテーテルによる感染リスクが低いと受け止められているのは、CDCが2002年に発表した勧告の内容に基づいたものと考えられる。しかし、最近行われた小規模単一施設研究では、AC-BSIの発生率は従来考えられてきたよりも高いことが示唆されている。

一日あたりのCVC-BSI発生リスクは留置期間に関わらず一定であることがいくつもの研究で明らかにされている。さらに、CVCを定期的に入れ替えても、同じCVCを使用し続けた場合と比べてBSI発生率は低下しないことが、複数の無作為化対照試験およびメタ分析1編で示されている。したがって、現行のガイドラインでは、定期的なCVC入れ替えは行うべきではないとされている。CVCと異なりACにはBSIに関する臨床研究のデータはないが、同様の勧告が発表されている。

CVC-BSIの罹患密度を医療の質を示す指標としようとする動きがあり、実際にいくつかの国ではその報告が義務化されている。医療機器関連感染の発生率が医療の質をあらわす指標として用いられるのであれば、満たすべき諸条件がある。その一つが、感染リスクが留置期間に関わらず一定であることである。この条件が満たされていないと、入院期間の長短や診療科が異なる患者間で妥当な比較を行うことができない。また、是正が不可能な危険因子を考慮する必要もある。

CVCsとACsに関連する感染リスクを比較するため、カテーテル関連感染(CRIs)予防策に関する大規模データベースを検討した。発生率、一日あたりの発生リスク、細菌定着の危険因子、CVCs関連感染およびACs関連感染の危険因子についての評価を行った。

方法

研究計画
本研究の計画については、他の先行論文に掲載済みである。かいつまんで紹介すると、多施設無作為化割り当て2×2要因配置法によって、被覆材交換頻度(3日ごとvs 7日ごと)と、クロルヘキシジン浸漬刺入部保護材(CHGIS; BioPatch; Ethicon)使用の有無について比較した。本研究は2006年12月20日から2008年5月20日にかけて、5ヶ所の病院に所在するICU 7施設で行われた。CVCもしくはACを48時間以上留置する必要のある患者を、ICUごとに層別化した上で4群のいずれかに無作為に割り当てた。

対象患者に留置されたACsおよびCVCsの管理は、すべて同じ方法に従って行われた。本研究では、肺動脈カテーテル、血液透析用カテーテルまたはPICCは対象にしなかった。研究に参加したすべての施設において、カテーテル留置および管理はフランスで推奨されている方法(CDC勧告と類似)に従って行った。その方法は以下の通りである。1) ACおよびCVC留置時には高度無菌遮断予防策(maximal sterile barrier precautions)を実施する;2) 留置部位の第一選択は、ACでは橈骨動脈、CVCでは鎖骨下静脈である。;3) 留置部位は、4%ポピドンヨード水溶液で消毒後滅菌水で洗い流し滅菌ガーゼで拭き取り、その後アルコールを主成分とした消毒液(ポピドンヨード5%、エタノール70%;Betadine scrub; Viatris Pharmaceuticals)を用い少なくとも1分間放置;4) 透明な半透過性被覆材(Tegaderm; 3M)を貼付。被覆材はカテーテル留置24時間後に全例で交換し、その後は割り当てられた頻度(3日または7日ごと)に交換した。CHGIS使用群では被覆材交換と同時にCHGISも交換した。被覆材交換の際には、ポピドンヨードアルコール溶液で皮膚を消毒した。

不要と判断されたらカテーテルは抜去した。抜去の一般的なタイミングは、ICU退室時もしくはCRIが疑われたときであった。抜去後、カテーテル先端は培養した(簡易定量培養)。CRIが疑われたときは、カテーテル抜去と同時に血液培養のため末梢血検体を1セット以上採取した。カテーテル培養で細菌定着が認められるか、カテーテル抜去と同時に採取した血液検体で細菌が培養された場合は、割り当て群について関知しない研究参加者がカルテを閲覧した。

定義と評価基準
フランス発およびアメリカ発のガイドラインに準拠した以下の定義を採用した。カテーテルの細菌定着とは、カテーテル先端の定量培養で細菌量が10^3CFU/mL以上の場合を指す。血流感染を伴わないカテーテル関連敗血症は、発熱(38.5℃以上)または低体温(36.5℃以下)、カテーテル先端の細菌量10^3CFU/mL以上、穿刺部位に膿があるかカテーテル抜去によって敗血症の臨床症状が改善、他に感染部位がない、という条件を満たす場合と定義した。カテーテル関連BSIは、カテーテル抜去直前または抜去後48時間以内に採取した末梢血液培養検体1セット以上で陽性、カテーテル先端の定量培養でも陽性、かつ両者とも同じ細菌(同じ種類の細菌で、感受性パターンも同じ)が検出されるか、もしくはカテーテル先端培養陽性が確認されてから2時間以上後に血液培養が陽性になるとともに他に血液培養陽性となる感染源が見当たらない場合とした。血液培養でコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が検出された症例では、カテーテルからも同じpulsotypeのコアグラーゼ陰性ブドウ球菌が検出される場合をカテーテル関連BSIと診断することにした。BSIを伴わないカテーテル関連敗血症またはカテーテル関連BSIを、主要なCRIとした。

カテーテルの細菌定着率を主要評価項目とした。したがって、細菌培養が行われたカテーテルのみを解析した。二次評価項目は、中等度以上のCRIの発生率とした。

教訓 米国における中心静脈カテーテル関連血流感染の年間発生件数は約8万件と推定されています。動脈カテーテルによる感染は従来考えられてきたよりも多いことを示唆するデータが発表されています。
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小児肺疾患最前線2009④ [critical care]

Update in Pediatric Lung Disease 2009

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年4月1日号より

遺伝子、幹細胞、肺の発達

この10年間に、成長因子、転写因子、細胞外基質成分による肺の発達、傷害および修復の制御について数多く研究が行われてきた。その過程で明らかにされた重要な経路は、sonic hedgehog経路、notch経路、レチノイド経路およびFGFアイソフォーム経路である。ヒトの疾患を模したマウスの遺伝子モデルを用いた実験によって、こうした研究の進歩が実現した。だが、新しい治療法としてヒトに応用するには不透明な点も多い。稀な急性または慢性肺疾患のなかには、ABCA3、SFTPC、SFTPB、SFTPA、Scl34a2、TTF-1/Nkx2.1といった、サーファクタントのホメオスタシスに関与する遺伝子の変異によって起こるものが数多く存在することが分かってきた。SFTPB、ABCA3、Nkx2.1に変異のある乳児では、新生児期に呼吸不全や呼吸機能障害を呈することが多い。最近、2組の研究グループが同時期にGM-CSF受容体の変異/欠損のある小児についての報告を発表した。このような乳児の遺伝子型は肺胞タンパク症と同じで、び漫性の間質性肺疾患と肺胞マクロファージの機能障害を呈し、肺生検では肺胞蛋白症の所見を示す。

最近では、新生児の肺疾患における幹細胞の病態生理上の役割に着目した報告が相次いでいる。Bakerらは早期産児臍帯血中の内皮性コロニー形成細胞は、満期産児の臍帯血中の内皮性コロニー形成細胞よりも増殖速度が速いことを明らかにした。In vitroでは早期産児の細胞は高酸素状態に対する脆弱性が増しているが、この高酸素状態に対する脆弱性は抗酸化物質によって改善される。在胎32週未満で生まれた98人の早期産児を対象とした臨床試験では、大半の児において出生時の臍帯血中の内皮性コロニー形成細胞数が少ないという結果が得られた。内皮性コロニー形成細胞数がもっとも少なかったのは、BPD発症児であった。この研究を裏付けるような観測結果をBalasubramaniamらがマウスモデルを用いた実験で示している。マウスを高酸素状態におくと、骨髄由来の肺血管内皮前駆細胞数が減るのである。おそらくこれが、BPD における微小血管の発達遅延の一因であろう。

van Haaftenらはラットモデルを用い卓抜した実験を行い、新生児における酸素による肺傷害を、骨髄由来幹細胞(BMSCs)の気管内投与によって治療する方法を評価した。高濃度酸素に曝露されたラット新生仔の血中および肺のBMSCsは減少している。BMSCsを気管内投与すると、肺胞の隔壁化が進み肺血管異常が改善され、生存率と運動耐容能が上昇する。高濃度酸素曝露肺に生着したBMSCsはⅡ型肺胞上皮細胞の表現型を有していた。しかし、気管内に投与しても生着するのはごくわずかであった。BMSCsの馴化培養液(BMSCs自身に改良させた培養液)を用いたin vitro実験では、パラクリン機構を介して酸素傷害が緩和されることが明らかにされている。Aslamらは同様の新生仔マウスのBPDモデルを用い、BMSCsを血管内投与すると新生児肺のオキシダント傷害を防ぐことができる可能性があることを示したが、やはりこの実験でもBMSCsの生着はごくわずかであった。そこで彼らは、BMSCsの馴化培養液を濃縮したものを一回だけ静注し、細胞そのものを注入するより肺傷害防御効果が高いことを示した。これらの研究に対する論評の中でAbmanとMatthayは、BMSCsから分泌される物質(secretome)を用いる治療法の可能性について言及した。つまり、前駆細胞を用いた治療法で効果を得るには、前駆細胞が分泌する可溶性タンパクを投与するとよいかもしれないという見込みがあるということである。この方法は、生きた細胞を使う治療法よりずっと好ましい。しかし、注意点を一つ述べておこう。BPDや肺低形成のある小児における肺の異常は、齧歯類の高濃度酸素肺傷害よりも遙かに複雑であるということだ。様々なタイプの前駆細胞の分泌タンパクの特徴が、完全に解明される日がいずれ到来するのが待ち望まれる。

教訓 骨髄由来幹細胞を気管内または血管内投与すると、新生児肺の酸素傷害を緩和することができる可能性があります。
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小児肺疾患最前線2009③ [critical care]

Update in Pediatric Lung Disease 2009

American Journal of Respiratory and Critical Care Medicine 2010年4月1日号より

環境曝露と肺の発達

胎児および乳児の肺に対する環境の影響は、たいへん重要な研究分野である。なぜなら、長じてからの肺機能障害に環境要因が関与ししている可能性があるからである。宿主と環境曝露の相互関係についての新たな見解が示されており、動物実験もヒトに関する研究も機序を明らかにする方向へと進んでいる。最近では、タバコ煙やディーゼル排ガス中に含まれる粒子状物質への曝露の影響、ディーゼル煤煙とその他の物質とに同時に曝露された場合の相乗作用、そして肺に悪影響をおよぼす物質の一つであるアルコールについての研究が進んでいる。ディーゼル排ガス中の粒子状物質は肺の炎症/傷害を引き起こす物質としてよく知られており、成体マウスをディーゼル粒子とLPSに同時曝露すると炎症が重篤化することも明らかになっている。Ryanらが2009年に行った報告では、排気ガス粒子に曝露されている乳児とそうでない乳児を比べると、生後36ヶ月時点において難治性の喘鳴を呈する割合は前者の方が高いとされている。さらに、マウスの研究と同様に、排気ガス曝露とともに家庭内でエンドトキシンに曝されている乳児では、喘鳴の相乗的悪化が認められることが分かった。以上のような憂慮すべき知見に加え、Autenらは妊娠中マウスの気道を排気ガス粒子に曝露したところ、生後4週の仔マウスの肺において炎症マーカーが中等度上昇することを明らかにした。そして、妊娠中に排気ガス粒子に曝露されたマウスから生まれた仔マウスにオゾンを吸わせると、肺の炎症が大幅に増強した。以上の研究結果から、母体または生後間もない時期の排気ガス粒子への曝露は発達中の肺に有害であり、排気ガスに加え他の物質(エンドトキシンやオゾンなど)にも曝露されるとさらにその傾向が強まるものと考えられる。

母体の喫煙や新生児のタバコ煙への曝露が肺の発達と機能に悪影響を及ぼすことは広く知られている。この件については、先頃HylkemaとBlacquiereがレビューを著した。タバコ煙による肺傷害には、タバコ煙の複数の成分が介するものと、ニコチンのみが介するものがある。新生仔マウスをタバコ煙に曝露すると、自然免疫能に関与する遺伝子の発現が減少し、出生後の肺の発達が遅滞することが最近の報告で明らかにされている。妊娠中マウスをタバコ煙に曝露すると、子宮内マウス胎仔に気道のリモデリングが生じ、アレルゲンへの反応が増強する。別の最近の研究では、妊娠中の喫煙は早期産児の低酸素刺激からの回復能を低下させ、乳児突然死症候群の危険性を増大させる可能性があることが示されている。妊娠中の喫煙と幼小児期のタバコ煙曝露による有害作用を示す文献が、この回避可能な環境曝露を減らす取り組みの徹底につながるはずである。

妊娠中の喫煙が、小児期から場合によっては成人期以降にもわたる長期的影響をもたらす機序が解明されつつある。少し前にGillilandらが行った研究では、異物の解毒や抗酸化作用の発揮に寄与するグルタチオンS転移酵素が、ヒトでは共通する無効対立遺伝子を有する場合があることが明らかにされている。母親が妊娠中に喫煙していると、この無効対立遺伝子がある子供では喘息発症例が多い。この関連性についてはBretonらがグルタチオンS転移酵素の配列変異モデルを用いて、詳しく説明している。ある種の遺伝子変異がある小児では、母親が喫煙者であると8歳時点における1秒率の低下が認められる。さらにBretonらは、妊娠中の喫煙が、胎児の特定の遺伝子および遺伝子全般のDNAメチル化を変化させることを明らかにした。このことから、エピジェネティックな(epigenetic; DNAメチル化修飾などによる発生上での遺伝子機能変化)機序によって、妊娠中の喫煙が一生にわたる悪影響を児に与えているものと考えられる。

タバコ煙やディーゼル煤煙と同様に、胎児期のアルコール曝露によって肺の発達が妨げられることがある。妊娠後期にヒツジ胎仔をアルコールに毎日曝露すると、サーファクタントタンパクmRNAの発現と炎症促進性サイトカインの反応が抑制される。Kervernらは、これとは異なる動物モデルを用いた実験を行い、新生仔ラットでは周産期にアルコールに曝露されると低酸素状態に陥ったときの呼吸促進が妨げられることを明らかにし、胎児のアルコール曝露が新生児突然死症候群の危険性を増す可能性があることを示した。母体、胎児および新生児が煤煙、タバコ煙、アルコール、エンドトキシンに曝されるような環境では、同時にどんな事態が起こっていてそれがどのような継続的な影響をもたらすのか、想像を巡らせるしかない。これらの物質への曝露は、いずれもが肺の発達を遅滞させ、それが後年の肺機能障害につながる。以上のような研究は、子供たちの肺の発達を妨げる要因を減らす社会全体の取り組みを後押しするに違いない。

教訓 排気ガス、タバコの副流煙、エンドトキシンおよびアルコールは、いずれも胎児や乳児の肺の発達に悪影響を及ぼします。

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