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重症患者の凝固能低下~凝固因子の異常⑥ [critical care]

Coagulopathy in Critically III Patients Part 2–Soluble Clotting Factors and Hemostatic Testing

CHEST 2010年1月号より

PTとAPTT双方の異常

大半の凝固能障害では共通系に属する凝固因子の産生量が少なかったり、産生量を消費量が上回ったりしてPTもAPTTも延長する。最も単純な凝固能障害は、単に産生量が足りない場合である。第Ⅷ因子以外のすべての凝固因子は肝臓で作られる。つまり、肝不全はPTとAPTT両者に異常を来す一般的な原因である。同様に、低栄養またはワーファリン内服によっても肝臓におけるビタミンK依存性凝固因子(Ⅱ、Ⅶ、Ⅸ、Ⅹ)の産生量が低下する。ビタミンK依存性凝固因子のうち二つは共通系に属する。いずれの場合も、FFPを投与し足りない凝固因子を補充すれば、検査結果は正常化する。しかし、原因が肝不全のときは、FFPを投与して是正してもその効果は一時的である。補充した凝固因子が消費されても、新しい凝固因子は作られないので、一日も経てば元の木阿弥である。反対に、低栄養やワーファリンが原因のときは、ビタミンKを投与すれば凝固能障害は速やかに改善する。凝固能低下がワーファリンによるものなのか、肝機能低下によるものなのかは、病歴を聴取すれば簡単に判別できることが多い。検査で鑑別するのであれば、FDPやD-dimerなどのフィブリン分解産物やフィブリノゲン濃度を測定すればよい(Table 3)。ワーファリン内服による凝固能低下では、いずれも正常値を示す。重症肝疾患の場合には、凝血塊が分解されてできた分解産物が処理されないので、D-dimerが上昇する。合成能低下による凝固因子欠乏をFFP投与により是正しても、処理能の低下は改善しないのでin vitroの凝固時間は延長したままのことがある。凝固能障害の原因が肝疾患であると診断する際には、ビリルビンの上昇やアルブミンの低下などの所見も参考になる。

「APTTだけの異常」の項で既に述べたように、ヘパリンは少量であれば第XⅡ、XⅠおよびⅨ因子に対して強く作用する。したがって、ヘパリン少量投与時はPTよりもAPTTの方が延長の度合いが大きいのである。一方、ヘパリンを大量投与すると第Ⅹa因子が阻害されるだけでなく、トロンビンによるフィブリノゲンからフィブリンへの転換も妨げられる。この二つの阻害作用により共通系が破綻し、PTもAPTTも両方とも延長する。検査室によっては、PTを測定する際に、ヘパリンを中和するために検体血液に必ずヘパリナーゼを添加している。ワーファリン内服や肝疾患と、ヘパリン使用を区別するにはほぼ例外なく病歴聴取だけで事足りる。検査で確認する必要があるのであれば、ヘパリン使用時は(肝疾患と異なり)フィブリノゲンとFDPが正常、ワーファリン内服時は(ヘパリン使用時と異なり)TTが正常である。さらに、ヘパリンの影響はin vitroでヘパリナーゼを添加すれば消失するという点も鑑別に資する。

ICUでは、PTとAPTTの両者に異常をきたす単一の原因として最も頻度が高いのはDICであると思われる。DICに陥ると、凝固因子と血小板が消費され、凝血塊の分解物質が放出され、そのため最終的には抗凝固タンパクまでもが消費される。DICの原因が重症敗血症、外傷または腫瘍のいずれであれ、血液の凝固を起こす刺激が契機となり、すべての凝固因子が消費され、どんどん減少する。FDPsは血小板機能とフィブリン形成を妨げるので、事態をさらに悪化させる。血小板が破壊されると血小板第4因子(PF4)が放出され、場合によってはこのせいでDICとHITとの鑑別を見誤ることがある。DICでは出血が問題であると捉えられているが、本体は微小血管における血栓形成であり、このせいで赤血球がダメージを受け破砕赤血球が出現したり、組織の虚血が隠然と進行したりする。DICで形成される血栓は、病初期には抗凝固タンパク系によって処理される。組織因子系(外因系)に作用する阻害因子は活性化第Ⅸ因子と活性化第Ⅹ因子に拮抗し、プロテインCとプロテインSの複合体は活性化第Ⅴ因子および活性化第Ⅷ因子の活性を阻害する。そして、アンチトロンビンおよびその他のタンパクによって広範なプロテアーゼ阻害作用が発揮される。同時に、プラスミノーゲンをはじめとする内因性の血栓溶解機構が働き、微小血栓が溶解される。しかし、血栓形成を促進する刺激がなくならない限り、凝固因子の消費はおさまらず、最終的には凝固因子が著しく減少した状態に陥るのである。

全ての凝固因子が減少するので、DICではPTもAPTTも延長し、フィブリノゲン濃度が低下し、凝血塊分解産物が増える。APTTよりもPTの方が延長の程度が大きいことが経験的に知られている。これは、第Ⅶ因子の半減期が短いせいであると考えられている。しかし、DIC症例の相当数は十分な管理が行われ、PT、APTTのいずれも延長せず、フィブリノゲン濃度も正常域を保っていることがある。DICではFDPs and/or D-dimer濃度は必ず上昇する。凝固能亢進を示す指標には、プロトロンビンフラグメント1+2、フィブリノペプチドA、フィブリン単量体、トロンビン-アンチトロンビンⅢ複合体(TAT)など、他にもたくさんある。しかし、このような指標を用いることによって治療の質が改善するかどうかは不明である。プラスミノゲンやアンチプラスミン濃度のような線溶系の検査についても同様である。

DICの治療において最も大切なのは原因疾患の治療である、という古くからの格言は真実ではあるが、往々にして原因疾患の治療は難しい。とはいえ、DICの病因によってはDIC自体に対する特異的な治療法も存在する。重症敗血症では、遺伝子組み換えヒト活性化プロテインC(rhAPC)を使用すると炎症マーカの低下や凝固能亢進の抑制といった効果が得られ、臨床転帰も改善することが示されている。急性前骨髄球性白血病(APL)は悪性腫瘍の中で最もDICを発症しやすい疾患である。急性前骨髄球性白血病に伴うDICについても特異的な治療法がある。前骨髄球の表面には組織因子に似た分子が発現しており、そのため組織因子経路(外因系)が活性化する。また、前骨髄球にはプラスミノゲン受容体も発現しているので、一次線溶が活性化する。以上の機序により、急性前骨髄球性白血病では激しい線溶活性化を特徴とするDICが発生するのである。血小板や凝固因子(クリオプレシピテートやFFP)を投与する補充療法に加え、all-trans retinoic acid(ATRA;トレチノイン)が急性前骨髄球性白血病に伴うDICには有効である。ATRA(トレチノイン)はAPL細胞の分化を促進するので、ATRAを投与すると組織因子やその他の表面タンパクの発現が抑制されるのである。

希釈性凝固能障害でも、すべての凝固因子の血中濃度が低下するため、PTおよびAPTTの両者が延長する。希釈性凝固能障害は外傷患者における報告例が多いが、大量輸血を要する大量出血症例であれば、出血の原因が何であれ凝固因子の希釈は起こりうる。この場合、FFPまたは新鮮全血を投与し凝固因子を補充すればPTおよびAPTTを是正することができる。

教訓 ヘパリンは少量であれば第XⅡ、XⅠおよびⅨ因子に対して強く作用します。ヘパリン少量投与時はPTよりもAPTTの方がのびます。一方、ヘパリンを大量投与すると第Ⅹa因子が阻害されるだけでなく、トロンビンによるフィブリノゲンからフィブリンへの転換も妨げられます。ヘパリン大量投与時は、この二つの阻害作用によりPTもAPTTも両方とも延長します。
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