SSブログ

アナフィラキシーと麻酔~病態生理と疫学 [anesthesiology]

Anaphylaxis and Anesthesia: Controversies and New Insights

Anesthesiology 2009年11月号より

周術期に発生するアナフィラキシーの原因は、麻酔や手術に使用される薬剤または物質であるのが一般的で、生命の危機に瀕する可能性を孕んでいる。アナフィラキシーには予防的治療法はないため、発生後はアレルギー学的評価を行い、原因物質を同定し再発を防ぐことが肝要である。本レビューの梗概は以下の通りである。(1) アナフィラキシーと紛らわしい病態とアナフィラキシーを鑑別するのに必要な臨床診断手順を明らかにする。(2) 麻酔中にアナフィラキシーを起こす可能性の高いアレルゲンの検討。(3) 周術期にアナフィラキシーを発症した患者が、今後も医療を安全に受けることができるように原因物質を特定する際の、適切な方法の検討。(4) アナフィラキシー発生時に最初に使用するべきであると推奨されているカテコラミンを投与しても、血行動態が改善しない症例の治療における新しい治療法の展望についての検討。

病態生理

アナフィラキシーは複数臓器の臨床症状を呈する症候群である。その臨床像は、肥満細胞および好塩基球の中で生成・貯蔵されているメディエイタが急激かつ持続的に放出される結果繰り広げられる。したがって、アナフィラキシーが発症したら、細心の注意を払い監視を続けなければならない。

2000年代初頭、欧州アレルギー・臨床免疫学会はアナフィラキシーの定義を、主としてIgEによって引き起こされる「重篤で、命に関わるような、全身性の過敏反応」とした。さらにその後、米国国立アレルギー・感染症研究所と食物アレルギー・アナフィラキシーネットワークによる第二回シンポジウムでは、次のような定義が提唱された:「アナフィラキシーは急激に発症し、死亡に至ることもある重篤なアレルギー反応である」。欧州アレルギー・臨床免疫学会は、IgEを介さないアナフィラキシーに似た反応を指すアナフィラキシー様反応という用語は使用すべきではない、と勧告しているのだが、広く受け入れられるには至っていない。

素因者の初回アレルゲン曝露に際しIgE抗体が産生され、組織では肥満細胞、血中では好塩基球の細胞膜に存在する高親和性IgE受容体であるFcεRⅠにIgE抗体が結合する。一方、リンパ球、好酸球および血小板は低親和性IgE受容体のFcεRⅡを介してIgE抗体と結合する。この初回曝露によって成立する感作は、臨床的には症状も徴候も表には現れない。二回目以降の曝露では、アレルゲンによってIgE受容体が架橋される。架橋されたIgE受容体は凝集しシグナル伝達カスケードが惹起され、組織や血中の細胞内顆粒に貯蔵されているヒスタミン、中性プロテアーゼ(トリプターゼ、キマーゼ)、プロテオグリカン(ヘパリン)などのメディエイタが放出される。そして間もなく、プロスタグランディンD2、ロイコトリエン、トロンボキサンA2および血小板活性化因子などのリン脂質由来の炎症促進性メディエイタが新たに生成され放出される。その後、肥満細胞からは多量のケモカインやサイトカインが放出され、炎症性細胞がさらに集積し活性化される。

アナフィラキシーの特徴の一つは、アレルゲンがごく少量であっても、反応が起こることである。アナフィラキシーの標的臓器は、皮膚、粘膜、心血管系、呼吸器系および消化管である。臨床徴候は、紅斑、浮腫、紫斑、低血圧、頻脈および気管支・消化管の平滑筋収縮であり、周術期の即時性反応の評価に用いられているRingとMessmerの臨床重症スケールにまとめられている(table 1)。このスケールでは、病態生理学的機序は考慮されていないが、即時性反応の臨床的重症度の評価や治療方針の決定には役立つ。過敏反応がアレルギー性(免疫系が関与しているもの、つまりアナフィラキシー反応)なのか、非アレルギー性(かつてアナフィラキシー様反応といわれていたもの。免疫系が関与していない反応。)なのかを鑑別するには、in vivoおよびin vitro検査を行う。

疫学

周術期アナフィラキシー反応の発生率は、麻酔1万~2万件あたりおよそ1件、筋弛緩薬使用6500回あたり1件であると見積もられている。アナフィラキシー発症例がすべて報告されているわけではないので、この見積もり値は実際より低いと考えられる。

アナフィラキシーは麻酔中に発生する稀な事象の一つであり、周術期の合併症や死亡につながる可能性がある。アナフィラキシーの罹患率は不明である。フランスでは、部分的または全面的に麻酔と関連する死亡した例の3%がアナフィラキシー症例であることが明らかにされている。一方、イギリス医療管理局に報告された、周術期即時型過敏反応症例の10%が死亡に至っている。だが、イギリスのデータは、重症度があまり高くない症例についてはおそらく報告されていないと考えられるため、この数字を額面通りに受け取り評価するべきではない。

フランスでは、アナフィラキシーの原因物質のうち筋弛緩薬が最多を占め、次にラテックス、抗菌薬と続く。ノルウェイで行われた単一施設研究では、原因物質が筋弛緩薬であった症例が最多で、ラテックスが原因であったのは極わずかであり、三分の一の症例では原因物質が特定されなかった。反対に、スペインに所在する二施設で行われた調査では、抗菌薬が最多で、筋弛緩薬はその次であった。筋弛緩薬によるアナフィラキシーは、それまでに一度も筋弛緩薬を投与されたことのない患者に発症することも珍しくはない。筋弛緩薬初回投与時のアナフィラキシーという特異な病態を引き起こす感作物質の種類やその性質は、まだ解明されていない。しかし、筋弛緩薬がアレルギーを起こすのは、第4級アンモニウム構造を持つためであると考えられている。歯磨き粉、漂白剤、シャンプー、鎮咳薬などの日常生活で使用される化学物質も、筋弛緩薬と同じ第4級アンモニウム構造を持っている。素因者がこういった化学物質に普段の生活で触れることが、第4級アンモニウムイオンに対する感作成立を促す要因の一つとなり、筋弛緩薬によるアナフィラキシーが発症するリスクが増大するのかもしれない。最近では、第4級アンモニウムイオンに対する感作には、麻薬性鎮咳薬のフォルコジンの使用が関与しているのではないかと指摘されている。それまで特定の薬剤(例;筋弛緩薬、抗菌薬)を問題なく使用できていたとしても、同じ薬剤を次回用いるときにはアナフィラキシーが発生する可能性がある。

教訓 周術期アナフィラキシー反応の発生率は、麻酔1万~2万件あたりおよそ1件、筋弛緩薬使用6500回あたり1件であると概算されていますが、実際はこれより多いと考えられています。
コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。