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TAAAの麻酔~今後の展望 [anesthesiology]

Case Scenario: Anesthetic Considerations for Thoracoabdominal Aortic Aneurysm Repair

Anesthesiology 2011年11月号より

これからの展開が期待される分野

胸腹部大動脈瘤の治療において、従来の開胸開腹術のような侵襲がない非常に有望な方法として新しく登場してきたのが血管内治療である。重篤な基礎疾患がある高リスクの胸部大動脈瘤患者は従来の開胸術であれば適応とならない場合が多く、血管内治療が極めて有用である。現在までに胸部大動脈瘤の血管内治療についての研究がいくつか行われ、短期的および中期的転帰が良好で、合併症発生率および死亡率も低いことが示されている。胸部大動脈瘤の血管内治療は手技的には比較的単純であるが、血管内治療を開始しても途中で行き詰まったときや、動脈瘤が破裂して血行動態が不安定になってしまったときに備えてただちに開胸手術による動脈瘤切除術に切り替えられるように常に態勢を整えておかなければならない。

胸腹部大動脈瘤の血管内治療にも欠点がないわけではない。胸部大動脈瘤に対し血管内治療を行う場合は、個々の大動脈瘤の部位や形状に合わせて穴を作成したり分枝をつけたりして特製グラフトを作成し、内臓へ分岐する動脈の血流を確保できるようにしなければならない。こういった特製グラフトを作成する代わりに、ハイブリッド治療の有用性を模索している施設がいくつか存在する。ハイブリッド治療とは、胸腹部大動脈瘤の全体を覆うステントグラフトを留置し、同時に開胸開腹術を行ってステントグラフト留置部位から分岐する動脈の非解剖学的バイパスを建てる方法である。このハイブリッド胸腹部大動脈瘤治療を行った症例の転帰は従来の手術療法と遜色ないとされているが、データが少ないためまだはっきりしたことは言えない。胸部大動脈瘤の血管内治療を行った症例については、長期にわたりグラフトの異常がないかどうかを観察しなければならず、また、多くの症例がグラフトのずれやエンドリーク(動脈瘤内かつステントグラフト外への血液漏出)により再留置を余儀なくされる。胸腹部大動脈瘤の血管内治療にまつわる現行の問題点を克服すべく熱心に研究が進められている。こういった研究の成果が蓄積されれば、従来は動脈瘤手術の適応ではないと考えられていた症例における治療の選択肢が増えることになるであろう。

過去数十年間に遂げられた大幅な進歩のおかげで、胸腹部大動脈瘤の手術合併症は減ってきたが、対麻痺や腎不全などの悲惨な後遺症を一層減らしたり回避したりするための努力は今後も重ねなければならない。脊髄の虚血性傷害を予防するための取り組みによって術直後の対麻痺のリスクは格段に低下したが、晩発性の脊髄障害は未だに頭痛の種である。Etzらがつい先頃発表した研究では、胸腹部大動脈瘤手術中に分節動脈結紮後の脊髄血流維持を請け負うしっかりした側副血行路についての知見が示されている。また、虚血性脳血管障害患者では高血糖が悪影響をもたらすことが明らかになり、高血糖が脊髄損傷におよぼす影響についても注目が集まっている。高血糖によって脳傷害が発生するのと同じ機序によって、胸腹部大動脈瘤手術後も高血糖が神経学的転帰を悪化させるものと考えて差し支えないであろう。また、高二酸化炭素血症と低二酸化炭素血症のいずれもが脳血管、脳血流および頭蓋内圧に多大な作用を及ぼすことも明らかにされている。二酸化炭素と脊髄血流についての研究が進み、胸腹部大動脈瘤手術の神経学的転帰との関係が明らかになれば、胸腹部大動脈瘤手術中の動脈血二酸化炭素分圧の最適目標値がはっきりし、虚血性傷害を減らすことにつながるであろう。

胸腹部大動脈瘤手術中の脊髄保護に関しては数多くの研究が行われてきたのとは対照的に、腎保護についての研究は数少ない。胸腹部大動脈瘤術後の腎不全を予防する方法に関しては、まだまだ大きく発展を遂げる余地がある。胸腹部大動脈瘤の術中に腎臓を保護するには、虚血期に腎を低温に保つ、灌流圧を適切な範囲内に維持する、腎毒性のある薬剤の投与を避ける、といった点に留意する。腎保護を目的としたこのような基本的な方法の他には、腎不全を防ぐ効果が明らかとされている方法は無きに等しい。大動脈手術を受ける患者では、スタチンの長期投与によって術後心筋梗塞、脳血管障害および腎機能障害の発生頻度が低下するという興味深い結果が示されている。

まとめ

本稿では、術中に低体温とし、左心バイパス、髄液ドレナージおよび冷却晶質液の腎灌流を行ったⅡ型胸腹部大動脈瘤手術の症例を呈示した。胸腹部大動脈瘤手術において、この方法や、これと類似の方法は転帰を改善するというデータが報告されているが、これ以外の方法についても有効であることを示唆するデータが示されている。例えば、Kouchoukosらは低体温完全人工心肺と循環停止によって良好な結果を得ている。この方法であれば、左心バイパス、髄液ドレナージ、腎動脈および腹部臓器へ分岐する動脈への選択的灌流、脊髄局所冷却、段階的大動脈遮断などを行わなくても、脳、心臓、腎、その他腹部臓器および脊髄の機能を保護できる可能性がある。以上のように、胸腹部大動脈瘤の術中管理は開胸開腹手術であれ血管内治療であれ、難しくてやりがいがある。あらゆる合併症を防ぐことのできる単一の方法はないものの、大幅な進歩が達成され合併症発生率や死亡率は確実に低下している。

教訓 今後の展開を期待できる方法として、EVAR(ステントグラフト)やハイブリッド法(EVAR+非解剖学的バイパス術)があります。
コメント(2) 

コメント 2

mauian

92歳の義父が明日、九州大病院で胸部大動脈瘤の手術を受けます。はじめは父は92歳まで長生きしたから、手術は受けないと手術拒否していましたが、南加にいるたった一人の孫娘からの電話で長生きしてほしいと言われて、次の日に手術承諾、今まで手術の順番待ちでしたが、やっと明日手術です。まだ安心はできませんが、何とか手術が成功して元気になって、来年の孫娘の結婚式を見て欲しいと祈る気持ちで一杯です。サイトの文献は大変参考になりました。ありがとうございます。
by mauian (2012-09-13 17:36) 

vril

お義父さまのご長寿をお喜び申し上げます。お孫さんの美しい晴れ姿を楽しみになさっていることでしょう。手術が無事に終わり、術後経過も良好であることを心から祈っております。
by vril (2012-09-24 22:07) 

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