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心外・脳外以外の手術における周術期脳血管障害~リスク管理③ [anesthesiology]

Perioperative Stroke in Noncardiac, Nonneurosurgical Surgery

Anesthesiology 2011年10月号より

術中血圧管理

内頸動脈の高度狭窄や閉塞、ウィリス動脈輪形成不全などは分水嶺梗塞の危険因子である(病態生理の項参照)。ウィリス動脈輪が典型的な多角形の(正常な)構造を構成している個体は、人口の45-50%を占めるに過ぎない。だから、特に前述の危険因子を有する患者では、脳灌流圧を適切に維持することが重要なのである。脳血管に塞栓が生じた場合、梗塞領域をできるだけ小さく止めるには、側副血行路の血流を維持しなければならない。術中血圧の最適目標値がどれほどなのかを示すデータは残念ながらほとんどない。低血圧の定義が標準化されていないことも、この状況を一層混迷させている。脳血流量が50%以上低下すると梗塞領域の周辺部位であるpenumbraの脳血流量が閾値を下回り、神経機能が障害され、組織傷害に至る危険性が生ずる。脳血流が低下するものの、penumbra閾値よりは高い値が長時間続いた場合にも組織傷害が生ずるかどうかは不明である。覚醒状態にある健康被験者を対象とした研究では、自己調節能がはたらく収縮期血圧の平均下限値は約70mmHgであるという結果が得られている。つまり、教科書で紹介されている値より高いのである。各患者の自己調節能がはたらく血圧下限値を考慮して血圧のその範囲内に維持するのが安全策であると、一般的には考えられている。しかし、自己調節能の下限値は41~113mmHgと個人差が大きく、雑多な患者すべてに通用する単一の動脈圧目標値があると考えるのは間違っている。そして、自己調節能がはたらく血圧下限値は固定していて変化しない値ではなく、高血圧になれば上昇し、高血圧の治療を行えば「正常値」に復するといったように状況によって変わる。また交感神経の緊張度によっても急激に変化する。交感神経の緊張度低下の典型例は、ノンレム睡眠中であり血圧が20%以上低下する。

以上のように血圧と血流の関係が複雑な様相を呈していて、手術患者一般における血圧の脳血管障害発生閾値に関するデータがなく、血行動態の異常を主因とする脳血管障害が比較的少ないといった状況を踏まえると、周術期の適切な目標血圧についての合意が形成されていないのは致し方ない。通常広く行われている管理法は、平均血圧または収縮期血圧を基準値の20%内外に維持するやり方である。手術室入室直前に測定した血圧が基準値として採用されることが多い。手術室入室直前の血圧は、患者が普段覚醒しているときの血圧より高く、睡眠中の血圧と比べればなおさら高い。このようにどちらかというと守りの姿勢で術中の血圧管理を行う方法は、周術期脳血管障害のリスクが高い患者では妥当である。健康な患者では、睡眠中の血圧に近いレベル(手術室入室直前より25-35%低い血圧)に血圧を維持するのが好ましいと考えられる。

その他の寄与因子

高血糖と低血糖はともに有害であるため避けなければならない。だが、周術期血糖値の適切な目標値や、転帰改善につながる血糖値についての見解は統一されていない。外科系ICU患者の血糖値について先鞭をつけた研究では、血糖値を80~110mg/dLとする厳格血糖管理の方が、従来の180~200mg/dLを目標とする管理法よりも生存率を上昇させるという結果が得られたが、後に行われた無作為化比較対照試験やメタ分析では、厳格血糖管理には従来法を行った場合よりも死亡率を低下させる効果は認められないことが明らかにされている。実際に、心臓手術中に厳格血糖管理を行うと脳血管障害の発生頻度が上昇するという報告がある。米国糖尿病学会および米国臨床内分泌学会は、重症患者の血糖目標値は140~180mg/dLとすべきであるという共同見解を示している。大手術患者を対象とした前向き試験の結果が待たれるところではあるが、この目標値はあらゆる種類の手術患者において妥当であると考えられる。

脳血管障害の既往がある患者の多くが、再発予防の目的でスタチンやその他の高脂血症治療薬を内服している。スタチンを休薬すると有害作用が発現するおそれがあり、血管内皮機能を急速に障害する可能性がある。脳血管障害急性期の患者においてスタチンの投与を中断すると、発症後早期に神経機能が悪化する危険性が8.7倍に上昇する。したがって、脳血管障害発症リスクのある患者では、周術期もスタチンの投与を継続すべきである。術前や脳血管障害発症直後にスタチン投与を新たに開始するのが有益かどうかは、今後行われる無作為化試験ではっきりさせなければならない。

周術期脳血管障害を起こしやすい遺伝的素因については、まだよく分かっていないし、研究も進んでいない。心臓手術についての少数の研究では、アポリポプロテインE4対立遺伝子、グリコプロテインⅠbおよびCRPなどに関する遺伝子多型が、周術期脳血管障害発症後の認知機能悪化や回復不良と関連することが明らかにされている。ゲノム研究が進歩を遂げているにも関わらず、現時点までの全ゲノム相関解析では周術期脳血管障害に関与する単一の遺伝子領域は見つかっていない。

全身麻酔と、局所または区域麻酔のあいだに脳血管障害発症リスクの有意差はない。

教訓 覚醒状態にある健康被験者を対象とした研究では、脳血流量の自己調節能がはたらく収縮期血圧の平均下限値は約70mmHgです。脳血管障害急性期の患者においてスタチンの投与を中断すると、神経機能が悪化する危険性が8.7倍に上昇します。脳血管障害発症リスクのある患者では、周術期もスタチンの投与を継続すべきです。
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