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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する~考察② [critical care]

Prehospital intravenous fluid administration is associated with higher mortality in trauma patients: a National Trauma Data Bank analysis.

Annals of Surgery 2011年2月号より

病院前救護においては「患者をすぐに救急車に乗せて病院へ急ぐ(scoop and run)」方針が妥当であることを裏付けるデータが得られた。このことは、病院到着前に行う手技が増えるほど外傷患者の転帰は悪化することを示唆している。都市では、搬送時間よりも静脈路確保に要する時間の方が長いと考えられ、病院前救護であれこれと手技を行うと、本来ならば救命可能な外傷患者に対して必要な外科的処置を行うタイミングが遅れ、死亡につながる可能性がある。Seamonらの報告によれば、都市に所在するレベル1外傷センターに搬送された外傷患者のうち救急部で緊急開胸が行われた症例では、病院到着前に手技が行われた(stay&play)症例の方が行われなかった(scoop&run)症例よりも生存率が低い。全国外傷データバンク(NTDB)に登録された貫通外傷症例の解析では、病院到着前に脊椎固定を行うと行わなかった場合より死亡率が高いという結果が得られている。ロサンゼルスからの報告では、重症外傷患者は救急隊が搬送した症例より個人の乗用車で搬送された症例の方が生存率が高いとのことである。これと同じ施設から、同じような重症度の外傷患者を救急隊搬送群と一般市民搬送群とに分けて比較する症例対照研究も報告されている。そして、重症度が高い群(ISS 13点以上)では、「一般市民が搬送した方が、救急隊が搬送するよりも外傷センター到着までの時間が短かった(15分 vs 28分);P<0.05」という結果が得られている。このような結果を受け、病院前救護担当者は現場ではなく搬送中に静脈路を確保すべきである、という、搬送時間を延長させずに憶測される輸液の効能を得ようとする妥協案を示す論者も現れるようになった。病院搬送中の静脈路確保の成功率は高く(外傷患者では92%)、状態が不安定な外傷患者では搬送を遅らせてまで現場で輸液を開始すべきではない。

本研究には、遡及的研究であるが故の避けがたい問題点がある。主な問題は、使用したデータベースに記録項目として収載されていない交絡因子があった可能性によって生ずると考えられる。全国外傷データバンク(NTDB)では、搬送時間や、都市と地方の別は記録されていない。したがって、静脈路確保が死亡率上昇につながることと、病院到着までの搬送時間の遅れとのあいだに直接的な因果関係があるのかどうかを検討することはできなかった。また、多重ロジスティック回帰分析において搬送時間についての調整を行うこともできなかったし、都市で発生した症例と地方で発生した症例とを層別化して解析することも叶わなかった。このような解析を行えば、静脈路確保が有効である患者群を同定することができたかもしれない。NTDBの記録では、静脈路が確保されただけの症例と、輸液が行われた症例とを区別することができなかった。また、輸液量(データベースに記録されていない)と死亡率のあいだに容量依存性の関係があるかどうかを解析することもできなかった。以上のような問題点があったため、輸液が死亡率上昇につながる理論的背景を突き止めることはできなかった。輸液によって死亡率が上昇するのは、静脈路確保によって搬送時間が延長するためなのであろうか?それとも、不適切な生理学的目標のもとに輸液製剤を投与することによって出血が余計に増えるせいなのであろうか?静脈路確保の有無についての記録が実際とは異なる場合、その齟齬の仕方は一通りに限られると思われる。つまり、静脈路を確保したのにそれをきちんと記録しない、というものである。そして、静脈路が確保されていないのに、確保したと記録するとは考えがたい。したがって、この記録ミスのせいで、本来は静脈路確保群に分類されなければならない患者が静脈路確保なしの群に分類されてしまい、両群の死亡率の差を縮めることになった可能性がある。NTDBへのデータ提出は各外傷センターの自主性に任されており、全項目にわたってデータを報告することが求められているわけではない。そのため、病院前救護において行われた手技の有無についてのデータが報告されていない症例が多数にのぼった。我々は、データ一部欠落症例は100%ランダムに発生し、病院到着前の輸液によって死亡率が上昇するという観測結果を揺るがすような影響はなかったと考えている。

大規模データベースであるNTDBを用いたという本研究の絶対的な強みは、以上のような潜在的問題点を打ち消していると言えよう。NTDBは、これまでに構築されてきた外傷症例登録システムのなかで最多のデータ登録数を誇っている。だからこそ本研究では、全国から集められた膨大な数の外傷症例データを解析することができた。NTDBは逐次改良されているため、いずれはもっと詳細な病院前救護データ(搬送時間、搬送手段、治療内容など)を解析することができるようになるであろう。今回使用したデータよりさらに信頼性の高い堅固なデータが記録されたNTDBコホートを対象とした同様の研究が、将来再び行われるであろう。そうすれば、前述の問題点の解決につながると考えられる。

病院到着前の輸液が有効であることを示すエビデンスは存在しないのに、外傷患者に対する病院前救護の領域では輸液が標準的治療であると捉えられてきた。外傷症例における病院到着前の各種手技の有効性については未だに賛否両論がある。最近の新しいエビデンスは、この問題に確固とした答えを提示すると言うより、むしろその有効性に疑義を呈するものが多い。「患者をすぐに救急車に乗せて病院へ急ぐ(scoop and run)」方針の支持者は、病院到着前にいろいろ手技をやろうとせず、病院への迅速な搬送を最優先すべきであると主張している。一方、「現場でいろいろやる(stay and play)」方針の支持者は、適切に選択した手技を実施すれば病院到着時に生存している患者が増え、脳損傷後の神経学的転帰が改善する可能性があると考えている。臨床上の重大な問題の中には(この考察で取り上げた問題のように)無作為化臨床試験にはなじまないものがある。そういった問題に関しては、観測研究などの手法で答えを見つけるしかないことが多い。錯綜した知見を示す文献が蓄積されているこの分野において、本研究は重要なエビデンスを付け加えることになったと我々は確信している。

まとめ

外傷患者では病院到着前に静脈路を確保すると明らかに有害であることが示された。外傷症例におけるいずれのサブグループにおいても、病院到着前の静脈路確保and/or静脈内輸液は生存率向上につながらない。静脈路確保and/or静脈内輸液による死亡率上昇は、貫通外傷、低血圧、重症頭部外傷および緊急手術症例でとりわけ顕著であった。外傷症例全例においてルーチーンで静脈路を確保し輸液を行う方針は、取りやめるべきである。

参考記事
輸液動態学 
正しい周術期輸液
急性肺傷害の輸液管理 少なめvs多め
敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する 

教訓 L.A. からの報告:重症外傷患者は救急隊が搬送した症例より個人の乗用車で搬送された症例の方が生存率が高い。重症度が高い群(ISS 13点以上)では、「一般市民が搬送した方が、救急隊が搬送するよりも外傷センター到着までの時間が短かった(15分 vs 28分);P<0.05」。(Paramedic vs private transportation of trauma patients: effect on outcome. Arch Surg. 1996;131(2):133–138. Emergency medical services (EMS) vs non-EMS transport of critically injured patients: a prospective evaluation. Arch Surg. 2000;135(3):315–319.)
カナダからの報告:病院前救護体制全体として必要であれば必ず二次救命処置を完全に行うプログラムを導入しても、外傷患者全体の転帰は改善せず、重症頭部外傷患者においてはむしろ転帰が有意に悪化する。(The OPALS major trauma study: impact of advanced life-support on survival and morbidity.CMAJ. 2008;178(9):1141–1152.)
→stay&playの負け、scoop&runの勝ち。

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