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外傷患者救急搬送中の輸液で死亡率が上昇する~考察① [critical care]

Prehospital intravenous fluid administration is associated with higher mortality in trauma patients: a National Trauma Data Bank analysis.

Annals of Surgery 2011年2月号より

考察

本研究では、病院到着前の静脈路確保and/or輸液投与が外傷患者の死亡率を上昇させるという仮説を裏付ける結果が得られた。外傷患者の各種サブグループほぼ全てに一貫して、病院前輸液による死亡率上昇というはっきりとした相関が認められ、特に患者が重症であるほどこの相関が顕著であることが分かった。病院到着前に静脈路を確保することによって生存率が向上するサブグループは皆無であった。外傷患者全員に例外なく静脈路を確保し輸液を行うのは不適切であるという外傷専門医の大方の意見を、本研究の知見は裏付けている。

病院到着前の輸液が転帰悪化につながる理由として、複数の機序が考えられている。たとえば、せっかくできた凝血塊が引き剥がされる、希釈性凝固障害に陥る、血圧上昇によってかえって出血の勢いが増す、などの機序の関与が指摘されている。「低血圧蘇生」という概念の理路は、実質臓器(肝臓や脾臓)損傷または体腔内血管損傷のため出血源の制御が困難な症例では、出血源が制御されていない時点で(つまり、手術や血管内治療で止血されていない時点で)血圧が上昇すると、それまでに構築された凝血塊が「はじけ飛ぶ」可能性がある、というものである。低血圧蘇生戦略に関する前向き試験の先駆けとなった研究では、体幹貫通外傷で低血圧を呈する症例では「手術開始に至るまで積極的な輸液を控えると転帰が改善する」ことが明らかにされた。低血圧貫通外傷患者3000名以上が対象に含まれた本研究の結果は、こういった先行研究の知見と一致している。

外傷専門医の多くが、必ずしも全ての外傷症例が、受傷後早期からの積極的な輸液を要するわけではないと考えている。現に活動中の外傷外科医を対象とした調査で、外傷患者の病院前救護に関する意見が広く収集され、まとめられている。上腹部銃創患者に関しては「外傷専門医の大半が、搬送時間の長短にかかわらず比較的低血圧を維持すべきであると考えている」。この大多数の意見を、病院到着前に輸液が行われた患者の方が死亡率が高いというデータを示した本研究は裏付けている。病院到着前の輸液による死亡率上昇幅は、貫通外傷、低血圧または緊急手術症例でとりわけ大きく、外傷外科医を対象とした前述の調査で呈示された架空症例も、ちょうどこれと同じシナリオであった。

回避可能な死から外傷患者を遠ざけるには輸液を制限すべきであると、以前から一部で言われてきた。米国東部外傷外科学会(EAST)診療ガイドライン作成委員会は、外傷患者に対する病院前救護における静脈内輸液の是非についての新しいエビデンス準拠ガイドラインを先頃公表した。その中では、病院前救護では静脈路を確保する必要はない、とされている。このガイドラインではさらに、体幹貫通外傷患者および、受傷部位や受傷機転は問わず活動性出血があることが確認されない外傷患者では、静脈内輸液の実施を差し控えるべきであると推奨されている。同じテーマについてコンセンサスをまとめた論文でも、頸動脈や大腿動脈の脈拍を触知できる場合は貫通外傷患者には輸液を行うべきではなく、どんな状況であれ輸液を行うために搬送を遅らせることは許されない、と強調されている。現在の軍事医療教程では、低血圧蘇生戦略が推奨され、全例に輸液を行うのではなく、生理学的徴候に基づき必要だと判断される場合にのみ輸液を行うべきであると教育されている。イスラエル自衛軍のガイドラインでは、出血が制御されていない出血性ショック症例では以下の三項目のうち一つが確認されるまでは輸液を開始してはならないとされている:意識障害、橈骨動脈脈拍触知不能、収縮期血圧80mmHg未満。外傷二次救命処置(ATLS)ガイドラインでは、現在のところ依然として多くの患者に対して輸液を行うことが推奨されているが、とはいうものの「本格的な治療が可能となるまでなんとか命をもたせる」という目的で少量ずつのボーラス輸液を行うべきであり、医療資源が乏しい不利な条件では「正常血圧以下での管理が妥当である」とされている。

鈍的外傷患者では、静脈内輸液が有効であることを証明する報告も、有害であるという報告も、どちらも存在しない。鈍的外傷患者の病院前救護において静脈内輸液を行うと収縮期血圧が上昇するものの、生存率や入院期間は輸液を行わなかった群と同等であることが分かっている。心停止患者に対する二次救命処置が成果を上げたことに煽られて、病院前救護での心停止症例に対するやり方、特に静脈内輸液と気管挿管の二つがそのまま外傷領域でも踏襲された。しかし、病院前救護に携わる者のすることのうち何が転帰の改善につながるのかは、外傷患者と内科系患者では根本的に異なる可能性がある。外傷患者では病院前救護は多くの場合が暫定処置に過ぎず、除細動という決定的ともなり得る処置が可能な心停止患者とは違う。カナダで行われた大規模研究では、病院前救護体制全体として必要であれば必ず二次救命処置を完全に行うプログラムを導入しても、外傷患者全体の転帰は改善せず、重症頭部外傷患者においてはむしろ転帰が有意に悪化するという結果が得られている。

外傷性脳損傷患者は、すでに脳損傷がある状態で搬送される。したがって、管理の要諦は二次的な脳損傷を防ぐことである。外傷性脳損傷患者ではたった一回の低血圧エピソードでも転帰が有意に悪化することが明らかにされているため、多くの場合、血圧を上昇させる手段が講じられる。静脈内輸液を差し控えると外傷性脳損傷患者では転帰が悪化する可能性が生ずるという意見も示されている。外傷性脳損傷のうち特定の患者群(おそらく低血圧を呈し、本格的な治療が可能な施設までの搬送時間が長い症例)では、静脈内輸液の実施が有効であるかもしれない。しかし、本研究では、GCS 9点未満の外傷性脳損傷患者群や最重症頭部外傷患者群(GCS 9点未満かつ頭部AIS 3-5点)でも、静脈内輸液が転帰の悪化につながるという結果が得られた。本研究で得られた知見は、重症外傷性脳損傷患者に対し病院到着前に高張食塩水を投与しても効果はないことを示した前向き研究の結果と軌を一にしている。

参考記事
輸液動態学 
正しい周術期輸液
急性肺傷害の輸液管理 少なめvs多め敗血症性ショック:輸液量が多いほど死亡率が高い 
重症感染小児は輸液負荷で死亡率が上昇する

教訓 外傷患者の各種サブグループほぼ全てで、病院到着前輸液による死亡率上昇というはっきりとした相関が認められ、特に患者が重症であるほどこの相関が顕著であることが分かりました。病院到着前に静脈路を確保することによって生存率が向上するサブグループは皆無でした。病院到着前の輸液が転帰悪化につながる理由として、せっかくできた凝血塊が引き剥がされる、希釈性凝固障害に陥る、血圧上昇によってかえって出血の勢いが増す、などの機序の関与が指摘されています。
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