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輸液動態学~臨床② [anesthesiology]

Volume Kinetics for Infusion Fluids

Anesthesiology 2010年8月号より

ストレスと麻酔の影響による水分貯留

術前にストレスがあると晶質液のクリアランスはやや低下すると考えられる。脊髄クモ膜下麻酔開始直後の平均Clは40-60mL/minであり、これを大きく下回る値も報告されている。麻酔開始前のCl低下には、術前の絶飲食による脱水も関与している可能性がある。

麻酔を導入するとClはさらに低下する。健康被験者を対象とした実験で、イソフルラン麻酔を3時間行ったところ、手術を行わなくても麻酔の影響だけで0.9%食塩水のClが50%も低下することが分かった。クリアランスが低下するのと共に、血中レニンおよびアルドステロン濃度の大幅な上昇が認められた。以上から、術中の晶質液クリアランス低下の原因の全てではないにせよ一部は麻酔であると言える。

ヒツジを用いた実験で、カテコラミンによって0.9%食塩水の動態が変化することが示されている。イソプロレナリンを投与しβ受容体を刺激すると、輸液による血漿増加率が上昇し、クリアランスが低下する。一方、フェニレフリンを投与しα受容体を刺激するとβ受容体刺激のときと反対の作用があらわれる。

麻酔中の分布遅延

脊髄クモ膜下麻酔、硬膜外麻酔または全身麻酔を開始すると、輸液による血漿増加率が速やかに上昇し、分布クリアランス(Cld)が約半分に低下する。

麻酔によって血管が拡張し、血管内静水圧が低下することが、このような現象が発生する機序であると考えられている。したがって、麻酔導入後のCld低下と動脈圧低下とのあいだに相関関係があるというのも頷ける話である。輸液量もCldの変化に関わる重要な要素である。平均的な患者では、5mL/kgをボーラス投与した後に脊髄クモ膜下麻酔を行う場合、麻酔開始前からすでにCldがやや低下している。これはつまり、VcとVtのあいだの希釈率の差とは逆行して水分移動が起こるということである。20mL/kgを緩徐に投与する場合、平均動脈圧が60%低下すれば、分布は停止すると考えられる(Cld=0;血漿中から間質へ水分が移動しない)。一方、輸液量が15mL/kgのときであれば、わずか20%の平均動脈圧低下でも分布が止まる(fig. 9)。

長時間手術では、Cldはごくわずかしか低下しない。おそらくその理由は、手術が長引くにつれ、投与した輸液が血漿中にそれ以上とどまらないように、間質浸透圧が水を間質へ移動させるように作用するからである。健康被験者にイソフルラン麻酔を行い0.9%食塩水を投与した場合のCldは、同量の輸液を意識がある状態で投与した場合のCldと比べ、わずか25%しか低下しない。

麻酔導入中のVcは小さい

ClおよびCldはVcおよびVtと比べ、生理的条件による変動が非常に大きい。しかし一方では、脊髄クモ膜下麻酔、硬膜外麻酔あるいは全身麻酔中における輸液動態解析で算出されるVcは平時より50%も低下するという、紛らわしい知見も報告されている。現時点では、以上のような事象をきれいに説明する理路は得られていない。ただ、Vcが麻酔によって小さくなるという計算結果が導かれるのは、血漿希釈率が大幅に上昇するためである。心血管系のいずれの部位においても希釈率が同じであるとすれば、算出される血漿増大量は投与した輸液量を上回ってしまう。したがって、麻酔開始直後には動脈系の低血圧のため、投与された輸液が分布するのは血流豊富で血液通過時間が短い血管床と体内水分中心分画とをあわせた小さな分画である、という推測が成り立つ。麻酔を導入すると、まず低血圧に陥り、その数分後に高度の血漿希釈が起こる、という周知の事象がその裏付けである。

教訓 術中の晶質液クリアランス低下の一因は麻酔です。β受容体を刺激すると、生食による血漿増加率が上昇し、クリアランスが低下します。反対に、α受容体を刺激すると血漿増加率は低下しクリアランスが上昇します。
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