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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例③ [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

疫学

術後陰圧性肺水腫のよくあるパターンは、上気道閉塞のため胸腔内圧が大幅に陰圧になった後に、上気道閉塞が解除されて陰圧がなくなり肺水腫になるというものである。陰圧性肺水腫の疫学について言及した文献は今のところ極めて少ない。若くて健康な体育会系の患者が、高リスク群であると考えられている。術後陰圧性肺水腫の発生頻度はおよそ0.1%である。術後に急性上気道閉塞が発生した患者における陰圧性肺水腫の発生頻度は、11%にものぼると報告されている(table 2)。

陰圧性肺水腫を伴う急性上気道閉塞の主な原因は、喉頭痙攣や、食いしばりによる気管チューブ閉塞である。頻度は低いが、異物誤嚥、口腔咽頭手術または筋弛緩作用の術後残存が陰圧性肺水腫の原因となることもある。筋弛緩作用が残っていると、上気道を開存する筋力が低下した状態でありながら、吸気筋力は保たれていることが多い。症例報告および遡及的研究のデータによると、陰圧性肺水腫の危険性が大きい患者群は、ASA PS1または2の若年患者である。このような患者は、上気道閉塞が起こったときに、胸腔内を激しく陰圧にするだけの強い筋力があるからである。陰圧性肺水腫のリスクとなる手術要因は、口腔咽頭の手術である。ただし、正確な発生頻度やハザード比は分かっていない。

非心原性肺水腫の病因

非心原性肺水腫の診断にあたっては、肺における水分のホメオスタシスを理解していなければならない。半透膜を隔てた液体の平衡を示したのがスターリングの式である。

Q=K[(Pmv-Ppmv)-(πmv-πpmv)]
Q:血管内または血管外へ移動する液体の総量
K:血管透過性
Pmv: 微小血管内の静水圧
Ppmv:微小血管周囲間質の静水圧
πmv:末梢血管内の膠質浸透圧
πpmv:微小血管周囲間質の膠質浸透圧

膠質浸透圧は、半透膜を通過し得ない溶質によって形成される。正常状態では、毛細血管から漏出した水分はリンパの働きによって循環血液中に戻る。肺胞上皮の結合は緊密であるため、肺胞壁の透過性は非常に低く、肺胞腔に液体が充満することはない。肺における水分のホメオスタシスが崩れる場合の機序は4通りであり、いずれの機序であっても間質の水分が増えることになる:肺毛細血管床の静水圧上昇(または逆に、間質の静水圧の低下)、血漿浸透圧の低下、血管透過性の亢進およびリンパ機能の障害(漏出水分がリンパによって循環血液中へ戻りにくくなる)。

陰圧性肺水腫の病因

上気道閉塞下で強い吸気努力が生ずると、気管および下気道内の圧が大幅に低下する。胸腔内圧も同じだけ低下する。肺血管の圧はわずかに低下する。したがって、毛細血管内外の圧差が大きくなり、間質に水分が貯留することになる。

上気道閉塞に端を発する肺水腫には二つの異なる機序が関与していると考えられる。可能性が高いと思われる機序は、胸腔内圧が著しい陰圧になり、微小血管内から血管周囲間質へと多量の水分が移動するというものである。ちょうど、うっ血性心不全や輸液過多の場合と同じである。考え得るもう一つの機序は、大きな機械的ストレスによって肺胞上皮および肺微小血管壁が破綻し、肺毛細血管の透過性が亢進してタンパク濃度の高い液体が肺胞内へ漏出して肺水腫が発生するというものである。

陰圧性肺水腫の発生機序に静水圧の変化が関わっていることを裏付ける、動物実験および臨床データがある。Loydらは陰圧性肺水腫の動物実験で、ヒツジの胸腔内圧を陰圧(平均気道内圧より9mmHg低い圧)にしてみた。これに伴い、左房圧は8mmHg低下し、肺のリンパ液流量は2倍に増加した。肺動脈圧には変化は認められなかった。以上から著者らは、激しい吸気努力が発生すると、おそらく微小血管内の静水圧よりも間質の静水圧の低下幅の方が大きいため、肺血管内外の静水圧差が大きくなるという考察を示している。健常人は、非常に大きな吸気陰圧を作り出すことができる(>100mmHg)。その結果、右心系へ流入する血液量が増え、肺静脈圧が上昇する。すると、「下流」に位置する肺微小血管周囲の間質圧が低下する。Mueller手技(声門を閉じて吸気努力を発生させる)を行い、胸腔内圧が陰圧になると、後負荷が増大し、肺毛細血管の静水圧が上昇する。その結果、肺血管内外の静水圧差が大きくなり、微小血管から肺の間質へと水分が移動する。間質に浮腫液が相当量たまると、肺胞へとあふれ出ることになる。

教訓 術後に急性上気道閉塞が発生した患者における陰圧性肺水腫の発生頻度は11%と報告されています。陰圧性肺水腫を伴う急性上気道閉塞の主な原因は、喉頭痙攣や、食いしばりによる気管チューブ閉塞です。その他、異物誤嚥、口腔咽頭手術または筋弛緩作用の術後残存が陰圧性肺水腫の原因となることもあります。
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