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術後に発生した陰圧性肺水腫の一例② [anesthesiology]

Case Scenario: Acute Postoperative Negative Pressure Pulmonary Edema

Anesthesiology 2010年7月号より

考察

術後回復室における診断手法および治療

術中の輸液量が控えめであったにも関わらず、PACU入室直後に撮影した胸部X線写真では、両側びまん性透過性低下が認められた(fig. 1)。患者の既往歴、術中経過、臨床所見および画像所見から、陰圧性肺水腫の可能性が高いと判断された。しかし、誤嚥性肺炎(Mendelsohn症候群)および上気道閉塞によるびまん性肺胞出血も鑑別診断として考えられた。

肺水腫が周術期に急性発症した場合の鑑別診断にあたっては、それが心原性なのか非心原性なのかを考える必要がある(table 1; fig. 2)。心原性肺水腫であれば、肺水腫の出現に先立ち左室機能低下の新規発生が認められることが多い。左室機能低下の原因は、急性心筋虚血、心筋梗塞、and/or重症不整脈などである。診断は心エコーまたはPAOP測定によって確定する。術後肺水腫の病因が心原性および非心原性の両者の組み合わせである症例も多いと考えられる。例えば、輸液量が多すぎれば、心拍出量が正常または増加している場合はそれ自体が肺水腫の原因となり得る。一方、代償された慢性心不全があれば輸液量過多によって心不全が増悪し、輸液が心原性肺水腫の原因にもなり得る。

アナフィラキシーによる肺水腫は、既知または未知のアレルゲンに曝露された場合に発生することがある。周術期に使用する薬剤のうち、アナフィラキシーの原因となり得るアレルゲンは、筋弛緩薬、抗菌薬、麻酔薬およびラテックスなどである。発症は急激で、典型的には紅斑、かゆみおよび腫脹を伴う。気管支攣縮および循環虚脱が認められることも多い。アナフィラキシーによる肺水腫と判断するには、臨床像、経過および重症度と、アレルゲン投与後の発症という特徴が役立つ。アナフィラキシーであれば、発症直後に採取した検体で、ヒスタミンおよびトリプターゼ濃度が上昇しているはずである。発症4-6週間後にRAST試験および皮膚試験を行うと、診断確定および原因アレルゲンの同定につながる。

神経原性肺水腫は、重症脳傷害の直後に発生する。クモ膜下出血、脳卒中、けいれん重積、外傷または頭蓋内占拠性病変などが原因となる。神経原性肺水腫では、典型的には交感神経の緊張が抑制されなくなり肺高血圧が認められる。その結果、肺毛細血管が破綻し、透過性亢進のため肺水腫が発生する。

ARDSおよびALIは、重篤な低酸素血症を呈する様々な肺疾患をひとまとめにした雑多な疾患概念である。肺胞内皮細胞の活性化および傷害がALI/ARDSの大きな特徴である。その原因は、敗血症、SIRS、誤嚥、腐食性物質の吸入、輸血、外傷などである。ALI/ARDSの診断には、他の原因による低酸素血症を除外する必要がある(fig. 2)。低酸素の程度、胸部X線写真の所見および改善に至るまでの経過を踏まえ、診断する。心原性肺水腫とALIの鑑別には、肺水腫液と血漿のタンパク濃度比が一助となる。Wareらは、肺水腫液(気管内チューブにカテーテルを挿入し吸引採取)と血液のタンパク濃度比を比較した。水腫液/血漿タンパク濃度比のカットオフ値を0.65と予め設定したところ、ALI診断に関する感度は81%、特異度は81%であるという結果が得られた。

陰圧性肺水腫の診断にあたっては、他の原因による肺水腫(table 2;fig. 2)を除外しなければならない。特に、早急に対処が必要なもの(輸液過多、アナフィラキシーおよび心原性肺水腫)の除外が重要である。ここに呈示した患者の場合、術中輸液量過多による肺水腫であるとは考えられない。術中輸液は等張液500mLにとどまり、左心不全の既往はなく、前夜から絶飲食であったからである。心原性または神経原性肺水腫を窺わせる状況ではなく、アナフィラキシーの症状または徴候も認められなかった。腹臥位での手術であったため、腹圧が上昇し誤嚥が起こった可能性は考慮しなければならない。本症例では、両胸部に長枕をあて、腹部が圧迫されないようにしたため、腹圧の上昇は防がれたのではないかと思われる。さらに、この患者の胸部X線写真では両側ともに間質性陰影が認められた。この所見は誤嚥性肺炎としては典型的ではない。誤嚥性肺炎では通常、限局性の浸潤影が出現する。発症当初、ALI/ARDSを除外することはできなかったが、呼吸不全の程度、臨床経過および画像上の改善傾向から、ALI/ARDSとは考え難かった。したがって、術後に残存していた筋弛緩作用により咽頭筋の緊張が低下し、上気道閉塞が起こったと考えられる。本症例では、加速度式筋弛緩モニタを用い尺骨神経の直接刺激によりTOF比を測定した。抜管前のTOF比は0.9を超えており、筋力は十分に回復したものと考えられる。以上の考察と、本患者が喉頭痙攣の臨床像を呈したことを考え合わせ、本例では、喉頭痙攣が起こっている状態で強い吸気努力が発生し胸腔内が陰圧になったため肺水腫に至ったと判断した。

過去の報告例と同様に、本症例における肺水腫の症状および臨床徴候は急速に改善した。陰圧性肺水腫では、肺水腫発生後のPAOP、肺動脈圧および中心静脈圧は正常値である。ただし、陰圧性肺水腫の診断に、このような詳しい血行動態評価は通常は必要ないし、本症例でも実施していない。

本症例では、非再呼吸式マスクによる100%酸素投与(流量15L/min)、フロセミド10mg静注および気管支拡張薬吸入といった保存的治療を行った。肺水腫による症状は急速に改善し、非侵襲的陽圧換気を要する状態にまでは陥らなかった。このように急速な改善を呈することが、術後急性陰圧性肺水腫の典型的な特徴である(table 2)。

教訓 この症例では、手術終了時にTOF比>0.9であったため筋弛緩薬のリバースを行いませんでした。そのため、筋弛緩作用の残存により咽頭筋の緊張が低下し、上気道閉塞が起こったものと考えられました。本例では、喉頭痙攣が起こっている状態で強い吸気努力が発生し胸腔内が陰圧になったため肺水腫に至ったようです。
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