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過換気は脳傷害によくない④ [critical care]

Hypocapnia and the injured brain: More harm than benefit

Critical Care Medicine 2010年5月号より

低二酸化炭素症が持続すると余計によくない理由

頭蓋内圧低下作用の経時的減弱
低二酸化炭素症になると脳脊髄液および中枢神経系細胞外液の両者のpHが急速に上昇し、それに伴い脳血流量が低下する。Severinghausらは40年前に行った研究で、低二酸化炭素症が長時間続くと脳脊髄液のpHは緩衝され正常に戻り、脳血流量も正常化することを明らかにした。この緩衝作用は二段階の過程を経て発揮される。第一段階は組織による緩衝である。低二酸化炭素症になると細胞内液の二酸化炭素が即座に減り、その結果、塩素イオンが細胞内液から細胞外液へと移動し、その代わりに炭酸水素イオンが細胞外液から細胞内液へ移動する。このようにして細胞外液中の炭酸水素イオン濃度が低下する。第二段階は腎臓による緩衝である。低二酸化炭素症になると直ちに、近位尿細管における水素イオンの分泌と炭酸水素イオンの再吸収が阻害される。腎による緩衝作用が効果を発揮するには、数時間から数日かかる。脳脊髄液のpHが緩衝されると、動脈血二酸化炭素分圧が低いままであっても6時間ほどで脳血流量は正常に復する。健康被験者を対象とした実験では、動脈血二酸化炭素分圧が20mmHg低下すると、脳血流量は即座に40%減少するが、4時間後には脳血流量は平時の90%までに回復するという結果が得られている。

低二酸化炭素症が正常に復すことによる反跳性頭蓋内圧亢進
低二酸化炭素症をnormocapniaに戻すと、頭蓋内圧が反跳して上昇することがよく知られている。脳の細胞外液では炭酸水素イオンが唯一の緩衝物質である。低二酸化炭素症が起こると炭酸水素塩が不可避的に減少するので、脳の細胞外液の緩衝能は大幅に低下する。したがって、動脈血二酸化炭素分圧が正常化すると脳脊髄液のpHは二酸化炭素分圧の戻り分を超えて上昇し、するとそれに応じて脳血流量も極端に増える。動物実験で、低二酸化炭素症を導入し(麻酔ウサギ、動脈血二酸化炭素分圧25mmHg)、続いて10分間normocapniaにするという一連の事象を4時間ごとに引き起こすと、低二酸化炭素症による血管収縮作用が回を追うごとに減弱することが明らかにされている。この実験では、4時間ごとに一時的にnormocapniaとすると血管は拡張することが分かった。実験開始から20時間後には動脈血pHは基準時点と同程度に戻り、実験開始から24時間後までには脳脊髄液pHは正常化した。麻酔ヤギでも同様で、低二酸化炭素症からnormocapniaへ戻すと脳に著明な鬱血が認められるという結果が得られている。

以上の知見は重要な意味を持っている。第一に、脳脊髄液pHは緩衝されるので低二酸化炭素症の作用が打ち消され、低二酸化炭素症導入4時間後までには脳血流量は正常値に復してしまう。第二に、低二酸化炭素症を長時間続けると、頭蓋内圧をさらに低下させるべく二酸化炭素を一段と減らすのは、肺傷害が起こるような無理な換気設定にしない限り困難である(脳ヘルニア初期などの場合)。第三に、二酸化炭素症からnormocapniaへ戻した際には反跳性頭蓋内圧亢進症が起こることに留意し、場合によっては脳幹ヘルニア(または未熟児では脳室内出血)が発生する可能性も念頭に置かなければならない(Fig. 5)。極度の低二酸化炭素症にした場合には特にこの注意が重要である。というのも、低二酸化炭素症の程度が甚だしい場合、脳脊髄液pHの変化に対する脳血流量が急峻な増減を示すからである。以上を踏まえ、低二酸化炭素症を導入する場合は、頭蓋内圧を制御する根本的な対処法を実行するまでの短時間のみにとどめ、可及的速やかに動脈血二酸化炭素分圧を正常化するよう心がけなければならない。

低二酸化炭素症は神経細胞を損傷するか?

低二酸化炭素症と神経伝達
低二酸化炭素症は神経細胞の興奮を高め痙攣脳波を発生させるので、興奮性アミノ酸(NMDAなど)が局所で産生され、その部位において細胞毒性作用が認められる可能性がある(Fig. 5)。極度の低二酸化炭素症では、NMDA受容体を介した神経毒性の増強やドパミンの増加(特に線条体)が引き起こされる。この現象が起こると、未熟な脳では特に、再灌流傷害が増悪する。そして、低二酸化炭素症には、細胞膜リン脂質にコリンが取り込まれるのを促進することを通じて発揮される直接的な神経毒性作用がある。

脳虚血と再灌流傷害
低二酸化炭素症は神経細胞の虚血と再灌流傷害を増悪させることがある。心停止後の蘇生中に低二酸化炭素症が起こると、脳傷害が悪化し低酸素性虚血性中枢神経系障害が進行する。以上のような知見は、低二酸化炭素症が心筋や肺の再灌流傷害を悪化させるという報告と一致している。低二酸化炭素症が中枢神経系に及ぼす作用は、未熟な脳では特に顕著にあらわれる。

教訓 低二酸化炭素症を導入しても4~6時間ぐらいで頭蓋内圧低下効果は失われます。低二酸化炭素症からnormocapniaへ戻すと頭蓋内圧がリバウンドして上昇します。低二酸化炭素症を導入する場合は、頭蓋内圧を制御する根本的な対処法を実行するまでの短時間のみにとどめ、可及的速やかに動脈血二酸化炭素分圧を正常化するよう心がけなければなりません。

コメント(2) 

コメント 2

ぶりぶり

いやぁ~~日々の勉強は大切ですね。脳外科の先生に教えてあげないといけませんなあ。vrilさんのおかげで私も時代に遅れずにすみます。どもども
by ぶりぶり (2010-06-28 13:24) 

vril

時代に遅れない、と言えば、ご報告したいことがあります。私は、自分がおっちょこちょいであることを深く自覚しておりますゆえ、流行に対しては敢えて冷淡な態度をとるようにしています。しかし、どういうわけか、知人の口車に調子よく乗ってしまい、iPadを購入したのです。発売当初、まったく興味を抱かなかったのに、豹変してしまいました。予約してもなかなか手に入らないという噂でしたが、私は予約後5日で入手という幸運に恵まれました。
職場で威張って見せびらかしています。

hypocapniaについては少し古いのですが、NEJMにもレビューが掲載されたことがあります。今回の記事でも、NEJMのレビューから図が転載されています。ご興味があればご一読ください。

Hypocapnia N Engl J Med 347:43, July 4, 2002
by vril (2010-06-28 15:58) 

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