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過換気は脳傷害によくない② [critical care]

Hypocapnia and the injured brain: More harm than benefit

Critical Care Medicine 2010年5月号より

傷害脳の血流量と酸素需要量

脳血流量
脳傷害症例では必要量以上に血流が分布する贅沢灌流(luxury perfusion)を防ぐ目的で低二酸化炭素症が適用されることが多い。贅沢灌流があると、脳浮腫が増悪すると考えられている。特に小児ではその傾向が強くあらわれるとされている。さらに、傷害部位では血管調節能が失われるため、低二酸化炭素症による血管収縮作用は傷害部位よりも非傷害部位において顕著に発揮され、脳血流が正常部位ではなく脆弱(傷害)部位へと優先的に分布する可能性がある。この概念を「逆盗血」と呼ぶ。

以上のような概念は現在では広く否定されている。脳への血流量および酸素運搬量は脳障害発生後には一般的には減少し、傷害発生から24時間後までの間は局所脳血流量はたいていの場合極度に低下する。外傷性脳傷害患者のうち31%では、脳血流量は「虚血閾値」を下回り、血流低下により脳虚血と細胞死が起こる可能性がある。経頭蓋ドップラー検査を行うと、外傷性脳損傷患者の三分の二において受傷後早期の血流低下が認められ、この患者群の転帰は不良である。このような低灌流は、脳血管攣縮によって悪化する可能性があり、そうなれば転帰は一層悪化する。とりわけ注目すべき点は、脳傷害で死亡した患者のうち80%において、神経の虚血性変化が目立つことである。

脳の酸素消費量
脳傷害患者では通常、全身の代謝が低下し、脳の代謝に必要な酸素量(脳酸素消費量;CMRO2)も減る。「ミトコンドリア機能障害仮説」によれば、脳血流量が低下するのは、脳酸素消費量が減少した結果の現象であり、つまり、傷害によるミトコンドリア機能障害が脳血流量低下の原因であるとされている。これがもし本当なら、傷害脳は酸素供給量が低下しても問題はなく、脳血流量が(たとえば過換気により)さらに減っても害は生じないことになる。外傷性脳傷害症例では代謝の低下と、おそらくは酸素抽出率の上昇により、低二酸化炭素症による脳血流量低下に耐えうるのかもしれない。しかし、脳全体についての事象についての仮定を、傷害部位と正常部位が混在している脳の局所に当てはめるのには注意を要する。なぜなら、血管内皮障害、微小血管の虚脱、血管周囲の浮腫などにより酸素拡散が局所的に妨げられている可能性があるからである。頸静脈酸素飽和度の上昇は、脳血流量の増加ではなく脳酸素消費量の低下を反映すると考えられる。

低二酸化炭素症によって脳血液量(CBV)が低下する機序

脳傷害急性期に低二酸化炭素症を適用する目的は、頭蓋内容量を低下させることである。しかし、低二酸化炭素症が脳血液量に及ぼす影響は間接的なものであり、脳血流量の低下を介して得られる作用である。PET検査を行うと、脳血液量のうち動脈に分布しているのはわずか30%にとどまるに過ぎないことが分かる。低二酸化炭素症は脳静脈のトーンにはほとんど影響をもたらさず、ダイナミックPET検査では二酸化炭素による脳血液量の変化は、毛細血管や静脈ではなく動脈容量の変化によって引き起こされることが明らかにされている。したがって、動脈血二酸化炭素分圧の変化は、脳血液量よりも脳血流量(つまり脳動脈血流量)の方に強く作用するのである。過換気によって脳血流量を30%以上低下させても、脳血液量はたったの7%しか減少しない。さらに極度の低二酸化炭素症にすると、脳血流量はそれに応じて一層減るが、脳血液量もしくは頭蓋内圧は下がらない。

二酸化炭素が脳血流量に与える作用の態様は、患者特性、元々の血流量および脳神経系の部位によって異なる。脳血流量が均一に分布していない患者や脳血流が豊富な部位では、二酸化炭素分圧が変化すると、脳血流量も急激に上下する。一般的には、動脈血二酸化炭素分圧が1mmHg変化すると脳血流量は3%増加または減少する。二酸化炭素と脳血流量のあいだにヒトと同じような相関が見られるネコでは、動脈血二酸化炭素分圧が1mmHg変化すると、脳皮質の血流量は1.7mL/100g/min(通常の脳皮質血流量は86mL/100g/min)変化し、一方、脊髄の血流量は0.9 mL/100g/min(通常の脊髄血流量は46mL/100g/min)の変化に止まる。ウサギやヒトでも同様の変化が起こることが示されている。翻って、脳血液量の変化は脳血流量の変化と比べるとずっと小幅である。したがって、低二酸化炭素症による脳血液量減少効果はわずかなものであり、脳血液量の減少幅とは釣り合わないほどの大幅な脳動脈血流量の低下という代償を払うことになる。外傷性脳傷害症例では受傷後24時間は脳血流量の低下が認められることが珍しくない。したがって、受傷後早期に低二酸化炭素症を適用するのはとりわけ有害であると考えられる。

脳血管収縮の機序
二酸化炭素は主に脳動脈に影響をおよぼし、二酸化炭素ではなくpHの変化を介した細動脈平滑筋に対する直接的な作用として発揮される。動脈径が太いほど二酸化炭素に対する反応は鈍く、細いほど鋭敏である。血管内皮と血管平滑筋が中心的な役割を果たしている。一酸化窒素、血管作働性プロスタノイド、カリウムチャネルおよび細胞内カルシウムなどが関わるいろいろな機序の関与が指摘されている。中でも、二酸化炭素分圧の変化による血管内皮からの一酸化窒素の放出が中心的な役割を果たしていると考えられている。血管内皮が障害されると一酸化窒素の放出量が減り、ちょうど一酸化窒素合成酵素を阻害したときと同じように、二酸化炭素に対する反応が減弱する。血管作働性プロスタノイド、カリウムチャネルおよび細胞内カルシウムが関わる機序には、一酸化窒素は関与しない。血管内皮細胞に血管拡張性プロスタノイドの合成および放出は、成人よりも小児において重要な機序であると考えられている。血管平滑筋細胞のカリウムチャネル(例;ATP感受性カリウムチャネル)の関与も指摘されている。結局、二酸化炭素は平滑筋細胞の細胞内カルシウム濃度とカルシウム感受性を修飾し、血管のトーンを変化させるのである。

教訓 過換気によって脳血流量を30%以上低下させても、脳血液量はたったの7%しか減少しません。さらに極度の低二酸化炭素症にすると、脳血流量はそれに応じて一層減りますが、脳血液量もしくは頭蓋内圧はそれ以上は下がりません。
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