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無症状の左室機能低下がある患者の術後転帰~考察① [anesthesiology]

Prognostic Implications of Asymptomatic Left Ventricular Dysfunction in Patients Undergoing Vascular Surgery

Anesthesiology 2010年6月号より

考察

本研究では、無症状孤発性左室拡張障害もしくは無症状左室収縮障害のある患者では、血管内手術ではなく開腹などで行う血管手術後の術後30日目までの心血管系有害事象発生リスクが増大し、心血管系要因による遠隔期死亡率が上昇することが明らかになった。血管内手術実施例では、術後30日目までの心血管系有害事象発生リスク増大および心血管系要因による遠隔期死亡率上昇と相関するのは、症状を伴う心不全のみであるという結果が得られた。ACC/AHAおよび欧州循環器学会の周術期ガイドラインでは、症状のある心不全が術後転帰の重要な予測因子であることが明記されている。しかし、我々が得たデータは、血管外科手術患者では術前リスク評価に際しては、無症状の左室機能障害の有無を考慮すべきであることを示している。

左室機能障害が発生する原因は、血行動態に起因する心負荷増大または心筋傷害が引き起こす神経内分泌反応である。この神経内分泌反応は、(1) 交感神経刺激、(2) ナトリウムおよび水分貯溜、(3) 血管収縮といった現象を引き起こす。以上の変化は当初は適応反応であるが、左室のリモデリングが進むにつれ次第に不適応な現象になる。リモデリングが進行すると、(1) 左室拡張障害では左室肥大(求心性リモデリング)、(2) 左室収縮障害では左室拡張(遠心性リモデリング)が起こる。手術中の血管収縮および血行動態変動の原因はカテコラミン産生量の増加である。手術ストレスおよび周術期輸液によって前負荷および後負荷が増大するが、これは左室収縮障害がある患者において心筋傷害が起こりやすい状況である。手術中は酸素需要量が増えるので、冠動脈狭窄のある患者では酸素需給の不均衡による周術期心筋虚血が発生する危険性が高い。左室拡張能が低下していると、冠動脈血流予備量が少ないため、左室収縮能が低下している患者と同様に周術期心筋虚血に陥りやすい。さらに、求心性リモデリングは左室コンプライアンスの低下を招くため、左室前負荷によって規定される血液量が左室充満の度合いを左右することになる。周術期に左室前負荷が減少すると、頻脈が起こるとともに冠血流量が減るため心筋虚血が発生する可能性がある。

周術期に心筋傷害が発生しても、大半は無症候性なので治療されないまま過ぎてしまう。これが心血管要因による遠隔期死亡の一因であると考えられている。周術期心血管系有害事象発生例の4例中約3例が術前から左室機能障害のある症例であった。過去の諸研究と同様に、本研究でもopen surgeryと比べ血管内手術の方が周術期心筋障害の発生率が低いという結果が得られた。おそらくその原因は、血管内手術の方が心筋に加わるストレスが小さく周術期輸液量が少ないからであろう。頸動脈手術は腹部大動脈瘤修復術や下肢血行再建術よりも心血管系リスクは小さいことを付け加えて銘記されたい。

周術期心筋障害の危険性がある患者の判別には、心筋血流シンチグラフィや薬物負荷心エコーが有用である。また、安静時壁運動異常は、周術期心血管系有害事象の予測因子である。現在までに発表された、心不全の既往が周術期リスクに及ぼす影響についての研究では、左室駆出率低下があり心不全症状を呈する患者が主な対象とされている。Xu-Caiらは左室駆出率が正常でありながら心不全症状のある非心臓手術患者を対象として遡及的研究を行い、このような患者群では遠隔期死亡リスクが高いことを明らかにした。しかし、周術期死亡率の上昇は認められなかった。Matyalらは先頃、血管手術患者313名について検討し、左室拡張障害が心血管系有害事象の予測因子であることを示した。そして、左室収縮障害は周術期心血管系有害事象の予測因子には当たらないという結果を得た。我々が行った今回の研究とMatyalらの研究とのあいだには複数の相違点がある。左室収縮障害が心血管系転帰に及ぼす影響についての結果が相反するのは、この相違点が原因であると考えられる。以下に二つの研究の違いを挙げる:(1) open surgery症例と血管内手術症例を分けたサブ解析の有無、(2) トロポニンT測定を全例で実施するか臨床的に必要な場合にのみ実施するかの違い、(3) 左室機能の分類定義の違い、(4) 追跡期間。無症状の左室機能障害(拡張障害もしくは収縮障害)があるとopen vascular surgery症例の周術期リスク増大につながることを明らかにしたのは、我々の管見の及ぶ限りでは本研究が史上初である。

教訓 周術期心血管系有害事象発生例の4例中約3例は、術前から左室機能障害があります。AAAに対するEVARと開腹術の長期転帰を比較した研究では、遠隔期死亡率と動脈瘤関連死亡率には有意差は認められていません。EVARの方が術後合併症発生率が高く費用もかさみます。ただし、EVARの方が手術死亡率が低いという結果が得られています。
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