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大量輸血の新展開⑧ [critical care]

Massive Transfusion New Insights

CHEST 2009年12月号より

晶質液の投与制限

出血性ショックを呈する外傷患者の初期治療では、止血を最優先しなければならない。急速輸液は止血の次に重要ではあるが、現在の止血志向型治療においては、晶質液の大量投与は回避しなければならない。出血性ショックが制御されていない患者において、晶質液を大量投与すると、出血量が余計に増え、死亡率も上昇するとされている。

EAST(the Eastern Association for the Surgery of Trauma)診療ガイドラインにおける外傷患者の病院前急速輸液についての項では、病院到着までは輸液量を制限することが推奨されている。このエビデンス準拠ガイドラインの推奨事項は以下の通りである:(1) 体幹部貫通創の患者に対しては、病院到着までは輸液を行ってはならない。;(2) 活動性出血があることがはっきりするまでは、急速輸液を行ってはならない。;(3) 病院到着までは(受傷機転や搬送時間に関わらず)、橈骨動脈の拍動触知の可否を指標に輸液製剤の少量(250mL)ボーラス投与を行う。患者の状態に関わらず規定量を投与したり、持続投与したりすることは避ける。 戦傷者に対する急速輸液の統一アルゴリズムでも、上記の制限輸液スタンスの多くが取り入れられている。ただし、外傷性脳損傷は例外である。脳血流のためには、平均動脈圧を適切に維持することが必須であることがその理由である。

活動性出血のある患者において、出血の制御が確認されるまでは血圧の回復を後回しにしたり、血圧を低めにして管理(人為的低血圧管理)にしたりする考え方がある。この考え方の裏付けとなっている数多くの前臨床試験では、出血性ショックが制御されていない患者に大量輸液を行うと、出血量が増え生存率が低下することが明らかにされている。このような研究で得られたデータからは、現に進行中の出血を伴っている可能性のある外傷患者では、低血圧管理が有効である可能性が強く示唆されている。

体幹部貫通創を負い病院到着前の収縮期血圧が90mmHgであった患者に対し、急速輸液を即座に行う場合と、しばらくしてから行う場合とを比較した無作為化前向き研究が行われた。全死亡率は34%であった。即座に急速輸液を行った群の方が、死亡率が有意に高く(38% vs 30%; p=0.04)、入院期間が長く、術後合併症発生率も高かった。しかしこの研究は、体幹部外傷のみの患者が対象であり、また、病院外救急医療が単一の集中システムで運営され、外傷患者は全て1ヶ所の外傷センターへ搬送され、大半の症例は一時間以内に手術室へ入室するような迅速な対処が可能な都市で行われたものである。したがって、鈍的外傷、頭部外傷、複数箇所の貫通創の症例や、搬送時間が長い状況にはこの研究結果は適用できないであろう。そして、輸血を優先し晶質液の投与を控える方法が広まっている現代に、この研究結果を当てはめることは困難である。

出血性ショックの患者110名を2通りの急速輸液法(収縮期血圧>100mmHg もしくは70mmHgを目標に、止血が確認されるまで急速輸液を行う)のいずれかに無作為に割り当てる単一施設研究が行われた。低血圧管理を行っても死亡率は低下しないことが明らかになった(生存率は両群とも92.7%)。しかし、この研究には以下のような複数の問題点が存在していた:低血圧群では平均収縮期血圧が目標値に達していなかった(低血圧群100mmHg、対照群114mmHg);標本数が少ない;鈍的外傷(49%)と貫通外傷(51%)の患者が混在している;活動性出血が長時間続いた(2.97±1.75時間 vs 2.57±1.46時間;p=0.20)。

以上に挙げた臨床研究にはいろいろな問題点があるとはいえ、低血圧輸液療法(晶質液の投与量を極力少なくすることに特に留意する)は、外傷患者の病院到着まで、および、病院到着後の出血制御確認までの治療において広く受け入れられるようになってきている。なぜなら、大量急速輸液を行うと、出血量が余計に増え、凝固能障害が悪化することが憂慮されるからである。ショック患者の治療ガイドラインでは、出血の制御が確認されるまでは、低血圧(目標収縮期血圧>90mmHg、目標心拍数<130mmHg)とし、大量輸液を避ける治療法が推奨されている。

Table 3を見ると、FFP/PRBC比が高い群の患者では、晶質液の時間投与量が有意に少ない(高FFP/PRBC比群0.5L/hr、低FFP/PRBC比群1.8L/hr)。このデータからも、晶質液投与量を減らすのが重要なことが分かる。大量出血患者の輸液療法において優先すべきなのが、重要臓器への血流維持(血液希釈を起こし一次血栓が破綻するリスクがある)なのか、出血が制御されるまでは輸液量を制限すること(止血が確立するまでに時間がかかれば細胞レベルでのショックが不可逆性となるリスクがある)なのか、というテーマについては議論が繰り広げられている最中である。この点については、さrに臨床試験を重ね、知見を深める必要がある。

出血制御後の輸血

出血の制御が十分確認されたら、輸血を極力避けなければならない。外傷患者に対する輸血ガイドラインが発表されている。このガイドラインは、急性期の治療が成功した重症患者に対する赤血球濃厚液の標準的投与法を示したものであり、不必要な輸血による有害事象を避けることを目的にしている。その対象は、急性出血が制御され、初期治療が完了し、ICUに収容され安定した状態にあり、進行中の出血がないことが確認されている症例である(Fig. 5)。本ガイドラインで示されている赤血球濃厚液輸血の基準はヘモグロビン<7g/dL(ヘマトクリット<21%)である。

まとめ

出血患者に対し赤血球濃厚液およびその他の血液製剤を輸血する際は、急性期の蘇生治療中も回復期も、注意深く監視をしなければならない。現在のところ、輸血以外の方法で重症出血性ショックを治療することはできない。止血重視大量輸血法や遺伝子組み換え活性型第Ⅶ因子(rFⅦa)を取り入れた新しいプロトコルは、大量輸血による凝固能障害を軽減することができるとともに、生存率の改善も望めるという報告もある。この方法を実行すると、急性大量出血の治療において大量の血液製剤を使用することになる。止血機能に重点を置く輸血法によって本当に生存率改善効果が得られるか否かについては、前向き多施設研究を行い検証する必要がある。出血の制御が確認された後は、輸血を極力避けるよう最大限の努力を払わなければならない。


教訓 晶質液の大量急速輸液を行うと、出血量が余計に増え、凝固能障害が悪化するおそれがあります。ショック患者の治療ガイドラインでは、出血の制御が確認されるまでは、低血圧(目標収縮期血圧>90mmHg、目標心拍数<130mmHg)とし、大量輸液を避ける治療法が推奨されています。
コメント(12) 

コメント 12

SH

この考え方は,術中の大量出血時にも当てはめられるものなんでしょうか?
by SH (2010-02-12 22:44) 

vril

SH先生こんにちわ。コメントをいただき、ありがとうございます。

手術中の輸血・輸液に、このレビューで紹介されているような大量輸血法が有効かどうかはを明らかにすることは、麻酔科医に課せられた今後の大きな課題なのではないかと思います。1:1:1法は戦場で生まれた比較的新しい概念ですが、手術という「コントロールされた外傷」においても大いに参考になるのではないでしょうか。スタディを行う価値はあると思います。

一つ私が気になっていることがあります。日本では以前から「大量出血」症例という言葉が多用されますが、海外では外傷にせよ手術にせよ「大量輸血」症例という表現が一般的なようです。些細なことかもしれませんが、「大量輸血」と言う方が、たくさん血が出る状況に対し、積極的に介入して救命しようという意思が感じられるような気がします。

というわけで私は、術中に「大量出血」「危機的出血」に陥らないようにするための方策として(もちろんすでに大量に出血した症例の管理としても)、3-4年ほど前から1:1:1法や晶質液制限などを参考にした術中管理を行っています。1万以上出血しても、術中の全身状態も安定しますし、たいていPOD#1に抜管できるので、なかなかいい方法だと思っています。
by vril (2010-02-15 07:53) 

SH

もしこの概念を術中の大量出血症例に応用するとなれば,日赤の輸血ガイドラインを根本から改訂する必要が出て来ると思います.日赤のガイドラインではFFPをふんだんに使用することは許されていませんから...

「大量出血」と「大量輸血」の用法ですが,確かに日本と欧米の文化の違いでしょうか...

もう一つ,外傷の「大量輸血」症例は結果的に救命困難もあり得るでしょうけど,麻酔中(予定手術)では結果的に救命困難では許されないところが異なると思います.レトロにみたら確かによかったということになるのでしょうけど,実際の術中にどのくらい晶質輸液を制限して血圧を低くしてもよいか?と言われても明確には答えられないと思います.動脈ラインがあったとしても大量出血時には中枢圧とは値が乖離してしまいますから...
by SH (2010-02-15 22:12) 

vril

いつも貴重なコメントを寄せていただき、感謝しています。SH先生は緻密で勤勉な方ですね。

日赤の「血液製剤の使用指針」は比較的時間的余裕のある状況についての指針であり、術中の出血でも大半の症例をカバーすることができるのではないかと思います。短時間に大量に出血した場合については日本麻酔科学会などが「危機的出血への対応ガイドライン」を制定していますが、こちらの方を徹底的に改訂する必要があるのではないでしょうか。適合血を使用するほどの状況を想定しているにも関わらず、FFPおよびPCは「原則として出血が外科的に制御された後に投与する」とされています。急速に大量に死ぬほど出血する症例(=血液製剤が枯渇して適合血を使用せざるを得ないほどの状況)のときに、ほんとにこんなことしてたら死んじゃうよ・・・と思います。

日本で流布している(使用指針に掲載されている)、出血患者における輸液・輸血の適応の図は、1980年の文献をもとにしたものです。同じような図でもっと新しいものでは、輸血のタイミングや晶質液の扱いもかなり変化しています(例;Hardy JF. Massive transfusion and coagulopathy: pathophysiology and implications for clinical management. Can J Anesth 2004; 51: 293-310)。二つを並べて見ると違いは歴然です。後者の方式に従って大量出血症例の輸液・輸血を行っていると、晶質液の投与量を制限しようと敢えて努めなくても、晶質液を入れるスペースがなくて結果的に制限することになります。血圧のコントロールについては、動脈圧だけでなく静脈圧についても留意しなければなりませんが、大量輸血症例では、血圧が上がって困るという局面はむしろ少なく、SBP(橈骨動脈圧)を90mmHg前後に維持できれば上出来ということが多いと思います。

SH先生がいくつか問題点や疑問点を示されたように、臨床の現場はエビデンスもロードマップもない状況ばかりです。そんな中で最適解(=転帰の改善)を得るのは至難の業ですが、それがこの仕事の醍醐味ですよね。今まで正しいとされていたことが、新しい知見で塗り替えられ、パラダイムチェンジと言えるほどの変化が起こり、常に進化と向上が積み重ねられていくのは、SH先生のように疑問や問題意識を持ち続け、真摯にこの仕事に向き合うたくさんの人々がいるからこそだと思います。

by vril (2010-02-16 08:51) 

ぶりぶり

日本麻酔科学会の「危機的出血への対応ガイドライン」はポスターが配られて、我が病院にも貼り付けていたことがありましたが、昨今の大量輸血に関する多くの論文を眺めるにつれ、ガイドラインというには余りにもレトロで昭和(ベトナム戦争)のにおいがしてきたので今でははがしてしまいました。
しかし、法的闘争の場に引き出されたときは、この日本麻酔科学会の金科玉条がご老公の印籠となってしまいますから、なんとか早めに改訂願いたいものです。出血がコントロールされるまで晶質液・人工膠質液・赤血球を入れ続けたら完璧な凝固障害ができあがるのは実験しなくても解りそうなものですが、そのへんのところが解らないのはどうかと思いますね。
by ぶりぶり (2010-02-16 09:10) 

vril

ぶりぶり先生、こんにちわ。コメントをいただき、ありがとうございます。

米国の大規模病院で用いられている大量輸血プロトコルと比べると、「危機的出血への対応ガイドライン」は、お座敷芸とか床屋政談といった趣ですよね。術中の出血は外科的出血なんだから、外科医が止めるもの。という意識が見え隠れするように感じます。出血させてるのは外科医、麻酔科医は事後的もしくは受動的にそれに対処すればいい、という雰囲気です。米国の大量輸血プロトコルを見ると、外科的に止血できていてもできていなくても、できる限り凝固能を維持するのが麻酔科医の役目とされているように読み取れます。

「危機的出血への対応ガイドライン」ではdamage control surgeryや体温の維持についても触れられているので、凝固能低下を出血に伴う重大な問題として想定しているのだとは思いますが、それならばなぜ、根本的治療である補充療法(FFP&PC)についてもっと強調しないのか、と疑問に思います。

米国は国内で銃を野放しにしていて、常に戦争ばかりしているので、出血に対する管理とかガイドライン作りについては長けているのでしょう。日本は平和なのでガイドラインを作ろうと思い立っても、床屋政談に陥ったり、いろいろな思惑を持ったpartyの意見の寄せ集めのようになったりして、ピンボケになりやすいのかもしれません。

「危機的出血への対応ガイドライン」はベトナム戦争のにおい(晶質液主体管理)もしますが、平和ボケのにおいもします。しかし、戦争をしてピリピリして目的に向かってまっすぐに進むよりは、平和でボケボケして寄り道ばかりしているほうが、断然いいですよね。ぶりぶり先生のように、平和でもボケボケしないでコメントを寄せてくださるような方が要所要所の守りを固めていれば、平和ボケが一番です。
by vril (2010-02-16 10:08) 

SH

先生が引用された論文等を引いてきましたが,先生が書かれているように,現状の日本麻酔科学会の「危機的出血への対応ガイドライン」は改訂する必要があるかと思います.
一度,安全委員会の委員の先生方に検討することを提案してみたいと思います.

by SH (2010-02-17 00:08) 

vril

SH先生は立派な学識を備えていらっしゃるだけでなく、学会の重鎮であらせられるのですね。私の愚見に耳を傾けて下さるだけでなく、ご丁寧な対応までしていただき、身に余る光栄です。

SH先生のますますのご栄達を衷心より願っております。
by vril (2010-02-17 07:39) 

SH

私はそんな偉い身分ではありません.ただ学会関係の仕事をいくつか引き受けておりますので,話を持って行く事はできます.
ガイドラインは医師の行動を束縛する可能性を持っていますから,本当に適切なものを作らなければ臨床上大きな支障を来たすことがあり得ます.作る際には細心の注意が必要です.
また,臨床医学では「正しいと考えられること」つまり「真実と考えられること」が時と共に変遷します.それに的確に追従しなければなりません.
by SH (2010-02-17 10:58) 

vril

学会の仕事をいくつも任されるということは、オピニオンを形成し日本の麻酔を引っ張るに必要な威信を十分持ち合わせていることだと思うので、私にとってSH先生は偉い先生です。質が高く実用的なガイドラインを作るには、日常臨床特有の泥臭い実状との摺り合わせをしつつ過度の妥協に陥らない、という絶妙のバランスをとらないといけないんだろうなぁ、とご苦労をお察し申し上げます。

先生のご指摘の通り、臨床医学は弁証法的発展を続けるとてもおもしろい分野だと思います。現在の麻酔や集中治療が、今後どのようなアウフヘーベンを遂げていくのか楽しみです。
by vril (2010-02-18 07:49) 

SH

とうとう「医龍」にもPRBC:FFT:PLT = 1:1:1が出てましたね.


by SH (2010-03-11 21:36) 

vril

なんと!SH先生は、麻酔科学だけでなく漫画事情にもアンテナを張り巡らせていらっしゃるのですね。素敵です。ビッグコミックスペリオール、早速立ち読みしてみます。耳より情報ありがとうございました。
by vril (2010-03-12 07:12) 

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