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周術期脳血管障害とβ遮断薬① [anesthesiology]

Perioperative Strokes and [beta]-Blockade

Anesthesiology 2009年11月号より

周術期虚血評価(PeriOperative Ischemic Evaluation; POISE)研究の結果が先だって発表され、周術期におけるβ遮断薬使用が問題視されている。β遮断薬を周術期に使用すると心臓に関する転帰は改善するものの、メトプロロール使用群では全死亡率が上昇するという結果が得られたからである。死亡率上昇の一因は、術後早期の脳血管障害発生率がβ遮断薬使用群で高かったことである。以上の知見は、周術期におけるβ遮断薬の使用の是非を問うものであり、β遮断薬を使用されたことのない患者に対し術前にβ遮断薬を投与する場合のみならず、普段からβ遮断薬を服用している患者において術前から術後にかけて同薬を続行するか否かを決定する上で、大きな意味を持っている。ここに示す注解では、周術期脳血管障害の発生率および病態生理を概説し、主に非心臓手術におけるβ遮断薬と周術期脳血管障害の関連について解説する。

脳血管障害に代表される周術期脳損傷のうち臨床的に明らかなものが発生するリスクは、術式によって大きく異なる。一般外科手術ではリスクは低いが(0.08-0.7%)、心臓弁手術や弓部置換では周術期脳血管障害の発生率は高い(8-10%)。欧州では年間4000万件の一般外科手術が行われる。つまり、32000~280000名の患者に周術期脳血管障害が発生しているものと推計される。しかし、脳合併症の発生率はおそらく真の値よりも低く見積もられているものと考えられる。というのも、ごく軽度の脳損傷は精密な神経心理学検査を行わなければ判明しないため、通常は譫妄と診断されて見過ごされているからである。

術後脳合併症の病態生理は、主に胸部外科手術を受けた患者の知見を基に明らかにされてきた。胸部外科手術の周術期に発生した脳血管障害のうち62%が塞栓、10%が血流低下、10%が複数の要因によるものであると推測されている。ここで注目すべきは、周術期脳血管障害のうち脳出血はわずか1%に過ぎないということである。しかし、周術期脳血管にまつわる病態生理の実態は、それほど簡単に掴めるものではないということを銘記すべきである。脳梗塞は、原因が塞栓であれ血流低下であれ、通常は単体で起こるわけではない。塞栓子の除去(洗い流し)がうまくいかないことが、血流低下から塞栓症そして虚血性脳血管障害を引き起こしているものと考えられている。頸動脈内膜剥離術において、術中の微小塞栓発生と中大脳動脈の血流速度低下は相加的に作用し、術後脳虚血を発生させる。MRI拡散強調画像を用いた新しい研究では、心臓術後に発生する脳血管障害のうち実に三分の二が境界領域(分水嶺)型もしくは血流低下型であることが明らかにされている。また、心臓手術を受ける患者群では、未診断の脳血管疾患を有する患者の割合が増加する傾向が認められている。これは、患者の高齢化とも関連がある。事実、ある研究では(この研究では、既知の脳血管疾患のある患者を除外するという斬新な手法を採っている)、CABG前にSPECTを実施したところ75%もの患者に脳血流量低下の所見が認められた。

周術期脳血管障害の約45%は術後当日に明るみに出る。残り55%は、麻酔から順調に覚醒し、術後1日目以降に病棟で発生する。術後早期の塞栓症は、心臓および大動脈の操作や人工心肺回路の使用により小破片がとぶことにより発生することが多い。術後しばらくしてからの塞栓症はたいていの場合、術後の心房細動や心筋梗塞の結果生ずる。

心臓手術後の脳血管障害と異なり、非心臓手術後の脳血管障害の病態生理はまだ十分には解明されていない。周術期の不安定な血行動態や、心筋梗塞や不整脈などの心臓関連合併症が重要な役割を果たしているものと考えられている。先頃行われたPOISE研究では、周術期虚血性脳血管障害の新しい危険因子が明らかにされた。その危険因子とは、非心臓手術を受ける患者に対し、心臓を保護する目的で高用量のコハク酸メトプロロールを投与することである。

教訓 β遮断薬を周術期に使用すると心臓に関する転帰は改善しますが、脳血管障害発生率が増え、全死亡率が上昇します。
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