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バルプロ酸ナトリウム中毒の治療 後編 [critical care]

Life-threatening sodium valproate overdose: A comparison of two approaches to treatment

Critical Care Medicine 2009年12月号より

考察

ここに紹介した同年代の若年女性患者2名は、等量のバルプロ酸ナトリウムを大量内服した結果、VPAとアンモニアの血中濃度が同程度に上昇し危機的状況に陥った。しかし、指導医の選好傾向の違いにより、一人には当初は対症療法が行われ、もう一人には血液透析を直ちに導入し、引き続いてHDFを行い後にさらに血液透析をもう一度実施した。報告した2名の患者の臨床経過および生化学的指標の変化は、驚くほど異なっていた。この2症例の経過は、治療方針の選択が致死的VPA中毒の経過に与える影響について、比類ない臨床上の示唆を与えてくれる。

VPA過量服用の発生頻度は、この2、3年のあいだに着実に増えている。その背景には、VPAの処方量の増加がある。重症VPA過量服用では、中枢神経抑制、高アンモニア血症、脳浮腫、昏睡、死亡などが起こりうる。高アンモニア血症は、カルバミルリン酸合成酵素Ⅰ(尿素回路の最初に作用する酵素)の阻害や、または、アンモニア産生量増加により腎臓におけるグルタミン取り込み量が増え脂肪酸の酸化が阻害されケトン体(アンモニア合成の主な阻害物質)の生成が減ることによって発生する。増えたアンモニアはαケトグルタル酸と結合するので、体内のαケトグルタル酸が減る。すると、ATP産生量が減り、グルタミン酸が増える。余分なグルタミン酸とアンモニアは星状細胞に取り込まれ、アミド化されてグルタミンができる。このようにして細胞内のグルタミン濃度が上昇する。また、高アンモニア血症では、グルタミナーゼが阻害される。グルタミナーゼは、グルタミンの分解に必要な酵素である。したがって、グルタミナーゼが阻害されることにより、星状細胞内のグルタミンは一層増えることになる。このように細胞内にグルタミンが蓄積すると、細胞内浸透圧が上昇し、星状細胞へ水分が移動し脳浮腫が起こる。以上を念頭に、循環血液中からVPAを除去するのに加え、有効浸透圧の低下を極力防ぎ、脳浮腫を軽減するため、我々は高張食塩水を投与し、患者を意図的に高ナトリウム血症にした(Fig. 3)。

カルニチンには、脂肪酸の酸化を促進することによってアンモニア濃度を下げる作用がある。VPA過量服用時に、カルニチンの内服が有効である可能性があると言われている。VPA中毒による肝毒性、傾眠、昏睡の治療法を検討した非対照研究で、カルニチン内服の有効性が指摘されている。我々が経験した2症例でも、カルニチンを経口投与した。

バルプロ酸は、経口投与後速やかに吸収されるので、VPA過量服用にあたり、消化管洗浄が可能な時間はごく短い。今回の2症例でも、血漿VPA濃度が急速かつ大幅に上昇した。つまり、代謝や排泄が追いつかないぐらいの早さで吸収されるということである。したがって、過量服用後間もなく測定したVPA濃度からは、最高血中濃度を推定するのは困難である。治療方針は、血中濃度に基づいて考えるのではなく、総服用量によって決めるのが適切で、服用後早期には頻繁にVPAおよびアンモニア濃度を測定するのが望ましい。

VPAは通常はタンパクに結合し、一次反応速度式に従って除去される。しかし、VPAを過量服用したときにはタンパク結合部位が飽和するので、薬物動態は通常とは異なる。約150mcg/mLでは、VPAの54%-70%がタンパクに結合している。300mcg/mL以上だと、タンパクに結合するのはわずか35%に止まる。3000mcg/mLを超えると、タンパク結合率は10%未満であると考えられる。こうなると、VPAの大半が血液透析で除去できるであろう。分布容積が小さく一次反応速度式に従う分子量500Da未満の水溶性毒素であれば、血液透析で除去することができる。つまりVPA過量服用の場合は、血液透析がよい選択であるということである。ここに紹介した2症例は、VPA過量服用に対する血液透析の有効性をはっきりと示している。症例1のVPA服用48時間後のVPA濃度は2524μmol/L、アンモニア濃度は390μmol/Lと高値に止まっていた。一方、症例2では血液透析を6時間実施した時点で、VPA濃度は1099μmol/Lまで低下し、38時間以内に治療域レベルに落ち着いた。同様に、アンモニア濃度は6時間透析終了時には66μmol/Lに低下し、38時間後には正常範囲内になっていた。

我々はVPAの排泄を最大化するために血液透析を行うことにした。タンパク結合率を30%とすると、VPAの予測クリアランスはおよそ140mL/minである。透析は6時間実施した。夜間は4L/hrのCVVHDFに切り替え、約60mL/minの小分子クリアランスを持続的に確保した。リチウムのような小分子毒素では、透析終了後の標的毒素血中濃度の再上昇が報告されている。同じようにVPAやアンモニアの血漿濃度が再上昇するのを避けるため、持続的血液浄化を行ったのである。朝になって、血液透析を再開し9時間後に終了した。その時点のVPAおよびアンモニア濃度はいずれも正常範囲内であった。血中アンモニア濃度が低下したのは、透析でVPAが除去されたため、VPAによる尿素回路阻害作用が軽減されたことが一役買っていると考えられる。しかし、血液透析によるアンモニアのクリアランスは高いという点も強調したい。血中アンモニア濃度の低下には透析による除去も貢献したであろう。VPA過量服用患者に対して透析を長時間行うと、このように血液浄化のメリットをより一層活かすことができることからも、早期に透析を開始することが妥当であることが窺われるし、血液吸着のような複雑な方法は必要ないと言えよう。

まとめ

等量のVPA過量服用後に、異なる臨床経過と生化学的変化を呈した2症例を報告した。一名には対症療法のみを行ったが、バルプロ酸およびアンモニアの血中濃度が高いまま推移し、重度の脳浮腫、痙攣および昏睡が続き、ICU入室72時間後に血液濾過を開始したところようやく改善しはじめた。もう一名にはICU入室後直ちに血液透析を行い、引き続き持続的血液濾過を行った。臨床的に明らかな合併症は認められなかった。この患者のICU在室日数は3日であったが、1例目の患者は11日在室した。この類を見ない二症例の経過から、重症バルプロ酸ナトリウム過量服用患者に対しては早期に強力な血液浄化を行うべきであると考えられる。

教訓 重症デパケン中毒には、すぐに血液浄化。治療方針は、血中濃度ではなく総服用量によって決めるのが適切で、服用後早期には頻繁にVPAおよびアンモニア濃度を測定しなければなりません。
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