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OLV中の低酸素血症の予測・予防・治療~予測 [anesthesiology]

Hypoxemia during One-lung Ventilation: Prediction, Prevention, and Treatment

Anesthesiology 2009年6月号より

肺、食道、大動脈や縦隔などの様々な胸部手術に、片肺換気(OLV)は欠かせない。OLVは必ずしも全ての胸部手術に必須というわけではないが、OLVを行えばほぼ確実に、手術部位への到達が容易になり、手術を円滑に進行させることができる。このような利点があるとともに、麻酔科医がダブルルーメンチューブ(DLTs)の留置および使用に熟達してきたこともあり、現在では、肺の手術および肺を虚脱することによって術野への到達しやすくなる手術など、大半の胸部手術でOLVが行われている。

OLV中には、片方の肺だけしか換気されず、血流は両肺ともにある状態になる。虚脱し換気されない方の肺にも血流があるため、肺内シャントが生ずる。その結果、酸素化が障害され、時には低酸素血症が起こる。最近の研究では、FIO2>0.5でOLVを行った患者の4%に低酸素血症(SaO2<90%)が認められたという結果が報告されている。他の研究でも、OLV実施例の5-10%に低酸素血症が認められるとされている。OLV中の低酸素血症は、患者の安全を脅かす可能性があるとともに、麻酔科医と外科医にとっては克服すべき問題である。したがって、OLV中の低酸素血症を予測し、もし可能であれば予防し、迅速に対処することは重要な課題である。

OLV中の低酸素血症の予測

OLV中の酸素化にはたくさんの条件が関与しているので、酸素化低下の予測には、こういった条件の検討が役立つ。しかし、それだけでは個別の患者がOLV中に低酸素血症になるかどうかを正確に予測することはできないことを、念頭に置かなければならない。

手術側
右肺は左肺より大きいので、左開胸手術の方が右開胸よりもOLV中の酸素化が良い。FIO2 1.0で換気を行う場合、左開胸手術のOLV中の平均PaO2は約280mmHg、右開胸手術のOLV中の平均PaO2は約170mmHgであることが示されている。Slingerらは、回帰分析を行い、手術側がOLV中の低酸素血症の重要な予測因子の一つであることを明らかにした。

呼吸機能の異常
呼吸機能の異常は、OLV中の低酸素血症の原因となり得るが、呼吸機能の指標の全てが信頼に足るOLV中低酸素血症の予測因子であるというわけではない。むしろ、明らかに矛盾した相関があることを示した研究があるぐらいである。たとえば、肺機能検査における気道閉塞の指標の中には、OLV中の酸素化と逆相関するものがある。つまり、閉塞がひどいほどOLV中に低酸素血症に陥り難い、という研究結果が得られているのである。Slingerらは、遡及的研究および前向き研究を行い、一秒率が小さいほどOLV中の酸素化が良好であることを示した。このような腑に落ちない相関が生ずるのは、OLV中の換気側肺にair trappingが起こり内因性PEEP (auto PEEP)が生じて、換気側肺に無気肺が発生しにくくなり酸素化が保たれることが一因であると考えられる。また、非換気側肺にair trappingが起こることによっても、OLV開始から酸素飽和度が低下し始めるまでの時間が延長する。しかし、別の研究では、OLV中におけるauto PEEPの程度と酸素化の間には何ら相関は認められておらず、また、最近行われた研究でも、術前に測定した気管支閉塞の程度(一秒率)とOLV中の酸素化の間に有意な相関があるという結果は得られなかった。

術前に行われる肺機能の指標となる汎用検査に、動脈血ガス分析がある。術前検査またはOLV開始前の両肺換気中に行った動脈血ガス分析で動脈血酸素分圧が低下している場合、呼吸機能が異常であることが疑われ、OLV中に低酸素血症に陥る可能性が高いことを予測することができる。Slingerらは、自発呼吸中のPaO2がOLV中のPaO2と強い正の相関を示すことを明らかにし、さらに、両肺換気中のPaO2は、自発呼吸中のPaO2よりも一層精度の高い指標であることも報告している。

血流分布
両肺の血流分布も重要な要素の一つである。肺の血流分布は術前に評価することができるので、これを参考にOLV中の低酸素血症を予測することが可能である(fig. 1A)。肺内シャントは心拍出量のうち酸素化されない血液量の割合を示し、非換気側肺の血流が少ないほど、そして換気側肺の血流が多いほど、OLV中のPaO2が高い。胸部大手術の症例では、術前に肺血流シンチが行われていることが少なくない。麻酔科医はシンチの結果を考慮に入れて麻酔管理を行うべきである。

肺血流シンチを行っていない場合には、臨床像から非換気側肺の血流の程度をある程度推測することができる。例えば、中枢部に大きな腫瘍がある症例では末梢側の小さい腫瘍と比べ、手術側(非換気側)肺への血流が少ないと考えられる。腫瘍が大きい場合は、部位が中枢に近ければ特に、肺葉切除や片肺全摘が行われるのが普通である。末梢にできた小さい腫瘍(転移性肺腫瘍など)の場合は楔状切除が行われることが多い。開胸または内視鏡下での転移性肺腫瘍手術におけるOLVと比べ、肺葉切除や片肺全摘手術におけるOLV中の方が酸素化が良いことが明らかにされている(fig. 1B)。肺血流シンチを行うと、肺葉切除や片肺全摘を受ける患者の方が、転移性肺腫瘍の患者よりも、非換気側肺の血流が悪いことが分かっている。

OLV中の換気側および非換気側肺の血流には、重力も影響する。仰臥位では、両肺に同じように重力が作用する。だが、側臥位では下位にあたる換気側肺に血流が多く分布し、上位の非換気側肺の方が血流が少なくなる。非換気側肺の血流が増えるほど酸素化は悪化するので、OLV中は仰臥位よりも側臥位の方が酸素化には有利であると考えられる(fig. 2)。COPD患者を対象とした研究では、FIO2 1.0でOLVを15分間行ったときのPaO2は、仰臥位では301 (215-422)mmHg、側臥位では486 (288-563)mmHgであった。この研究でPaO2が比較的高い値に保たれているのは、対象がCOPD症例であったため非換気側肺が十分に虚脱しなかったからであると考えられる。

OLV中の低酸素血症を予測するのは、麻酔科医のみならず外科医にとっても大切なことである。低酸素血症に対して講ずる対処法は、手術の進行を妨げるおそれがあるからである。術前から酸素化が不良で、両肺の血流分布が均等な患者が仰臥位で開胸手術を受ける場合は、術中に低酸素血症に陥る可能性が非常に高く、この点につき事前に外科医と打ち合わせをしておくとよい。患者および術式についての情報をすべて総合して検討することによって、一人一人の患者に適した手術および麻酔を実現することができる。

教訓 一秒率が小さいほどOLV中の酸素化が良好であるという報告があります。OLV中の換気側肺にair trappingが起こりauto PEEPが生じて、換気側肺に無気肺が発生しにくくなり酸素化が保たれることが一因であると考えられます。ただし、一秒率とOLV中の酸素化の間に有意な相関は認められないという報告もあります。

コメント(2) 

コメント 2

SH

OLVで酸素化が維持できるかどうかを予測することは現実的には困難です.COPDの患者さんの方がPaO2がよいと言っても,やがては酸素が吸収されていけばCPAP様効果は無くなります.OLV開始後どのくらいの時点での値かということも重要です.同時にPAもしくはPVが処理されれば酸素化は改善しますから,これもポイントになります.
禁煙のできていない患者さんや,呼吸器感染症を合併している患者さんで喀痰が多い場合には呼吸機能によらず,OLV管理に難渋します.反対に喀痰の少ない場合には数値上呼吸機能がかなり悪くてもOLV中に酸素化の維持に困ることは少ないです.前任の病院で患側のCPAPを必要とした症例はせいぜい20例/1000例(2.0%)くらいでした.
あと,SpO2(SaO2)がどの程度の値まで許容するかということもあるかと思います.個人的には90が下限,92-3あれば取り敢えず可と考えています.
by SH (2009-09-01 17:55) 

vril

MACについての鋭いご指摘に引き続き、百戦錬磨の臨床経験と深い洞察を感じずにはいられない貴重なコメントをありがとうございます。呼吸機能がよくても喀痰が多い症例では、注意することにします。とても参考になりました。

私の勤務している施設では、wet caseでOLVを要する手術をするような機会はあまりありません。当施設においてOLVで一番難渋する症例といえば、胸部大動脈瘤のポンプ離脱後です。たいていの場合、酸素化と止血のため手術側にCPAPをかけています。肺の手術ではCPAPを要することはほとんどありません。

これからもよろしくおねがいします。
by vril (2009-09-02 12:04) 

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