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周術期の禁煙~心血管系 [anesthesiology]

Perioperative Abstinence from Cigarettes: Physiologic and Clinical Consequences

Anesthesiology 2006年2月号より

傷害と回復の機序

喫煙が、冠動脈疾患や末梢血管疾患などの心血管系疾患の主な危険因子であることは周知の事実である。喫煙すると、心拍数、血圧および心筋収縮力が上昇するため心筋仕事量が増える。その一因は、交感神経の緊張と循環血液中のカテコラミン増加である。実のところ、冠動脈に異常のない健常者では、喫煙によって冠動脈血流が増えるのだが、喫煙は冠動脈の収縮を引き起こすこともある。このような血行動態の変化は、主にニコチンの作用によって生ずる。一酸化炭素ヘモグロビンは酸素運搬を妨げる。喫煙者の一酸化炭素ヘモグロビンは10%を超えることがある。呼気中の一酸化炭素は、比較的安価な携帯式の機器で簡単に測定することができる。この機器は喫煙習慣の有無を評価するのに役立つ。一酸化炭素はヘモグロビンと結合し酸素運搬を妨げるだけでなく、酸素化ヘモグロビンの酸素解離曲線を左方偏移させるので、ヘモグロビンから酸素が遊離しにくくなってしまう。冠動脈疾患を有する喫煙者の運動誘発性狭心発作や心室性不整脈発生頻度の上昇には、このような喫煙の作用が関与している。一酸化炭素は、ヘムを含む他のタンパク(シトクロムC酸化酵素など)も阻害するので、ミトコンドリア呼吸を障害する可能性がある。シアン化合物などの、タバコ煙に含まれるその他の物質もミトコンドリア呼吸を障害する。喫煙は、心筋酸素受給を調節するこれらの因子に影響を及ぼすだけでなく、動脈硬化を促進する。喫煙は、内皮傷害、オキシダント傷害、血栓症の増悪、血中脂質に対する悪影響などをもたらす。ニコチンに動脈硬化促進作用があるかどうかははっきりしていない。タバコにはニコチンの他にもたくさんの物質が含まれており、それらも一役買っていると考えられるので、ニコチンの動脈硬化への関与はよく分からないのである。例えば、タバコ糖タンパクには炎症促進作用があるので、動脈硬化を増悪させると考えられる。

禁煙すると心血管系リスクが低下する。冠動脈疾患のある喫煙者が喫煙を止めると、全死因死亡率がおよそ三分の二に低下する。この効果が十分発現するのに要する禁煙期間は不明である。リスク低下効果を評価するにはある程度の期間をおかなければならないことを考慮に入れるとしても、少なくとも数ヶ月は必要である。禁煙初期の数日から数週間に、リスクがどのように低下していくのかは不明である。ニコチンや一酸化炭素をはじめとするタバコ煙含有物質の急性作用により虚血のリスクが上昇することや、ニコチンや一酸化炭素ヘモグロビンの半減期は比較的短い(それぞれ約1時間、約4時間。ただし個人差が大きい)ことを踏まえると、禁煙すれば速やかにリスク低下効果が得られるはずである。心血管系機能の総合的指標である最大運動能力や内皮由来血管収縮は、喫煙によってただちに低下する。したがって、短期間(数時間)の禁煙でも、有益であろう。しかし、動脈硬化などの喫煙関連疾患は、禁煙によって改善するとしても長期間を要すると考えられる。

周術期リスク

心疾患があると、周術期の心臓関連主要合併症および死亡リスクが上昇する。喫煙は心疾患のリスクを上昇させるので、周術期心臓リスクも上昇することになる。しかし、喫煙による心疾患発生リスクとは独立して、喫煙自体が周術期心臓関連イベントのリスクを上昇させるのかどうかは分かっていない。ニコチンや一酸化炭素などのタバコ煙含有物質の急性薬理作用によって虚血が招来されるので、比較的短い期間の禁煙であっても有効であると考えられる。このことは、麻酔中の心電図の虚血性変化が、最近の喫煙状況を反映する指標である呼気中の一酸化炭素濃度と相関していることを明らかにした研究によって裏付けられている。しかし、いくつかの例外はあるものの大半の研究では、術前の喫煙状況が、心臓手術もしくは非心臓手術の術中および術後の重大な心臓イベント(心筋梗塞など)の独立した危険因子であることを示すには至っていない。ただし、これらのうち、喫煙習慣について綿密な評価を行った研究はほとんどない。術前の喫煙状況は、心臓リスクの主要指標には含まれていない。術後の喫煙は、心臓関連の転帰に影響を及ぼす可能性がある。術後も禁煙を続けていると、CABG後の長期死亡率が低下することが明らかにされている。

ニコチン補充療法(NRT)の心血管系リスク

ニコチンパッチ製剤やガムを用いるニコチン補充療法は、タバコ依存症の治療に有効である。喫煙が心血管系に及ぼす悪影響の一因はニコチンであるかもしれないので、当初は、心疾患のある患者におけるニコチン補充療法の安全性が疑問視されていた。しかし、現在では数多のエビデンスによって、心疾患患者におけるニコチン補充療法の安全性が証明されている。ニコチン補充療法を行っても、心血管系リスクにつながる多くの因子に対する悪影響がないどころか、むしろ改善する作用があることが実験で明らかにされている。冠動脈バイパスモデルを用いた実験では、ニコチン補充療法を行ってもグラフト開存率には影響しないことが分かっている。喫煙者がニコチン補充療法を実施して禁煙すると、凝固機能の改善が認められ、ニコチン自体はヒトの血小板機能にはほとんど影響を与えないことが分かっている。健康被験者、喫煙者いずれにおいても、ニコチン補充療法は、たとえ喫煙を続けながら実施したとしても、心臓に有害な作用を及ぼさない。複数の臨床試験で、心血管系疾患のある患者においてもニコチン補充療法は安全に施行できることが確認されている。冠動脈疾患のある喫煙者が、ニコチンパッチ製剤によるニコチン補充療法を行った場合、たとえ喫煙を続行していても、心臓関連イベントの発生頻度は上昇しない。むしろ、ニコチン補充療法を行い、禁煙できれば心血管系リスクが低下すると考えられる。ニコチン補充療法中の冠動脈疾患患者(喫煙を継続している者を含む)に運動負荷タリウム心筋シンチを行ったところ、運動負荷による心筋虚血の程度が有意に軽減することが明らかになった。

以上の結果から、冠動脈疾患患者がニコチン補充療法を実施して禁煙することの有益性は、喫煙を続けることの危険性や、ニコチン補充療法自体のリスクを、遙かに上回ると考えられる。理由を以下に挙げる。(1)ニコチン以外のタバコ煙含有物質に心血管系に対する有害作用がある。(2)ニコチン補充療法中の血中ニコチン濃度は、喫煙による最高血中濃度を下回る。 ニコチン補充療法中の患者が喫煙を継続している場合、補充療法の前よりは喫煙本数が減るので、ニコチン総摂取量は補充療法の前と概ね同等である。以上から、タバコ依存症の術前管理にニコチン補充療法が有用である可能性がある。ニコチン補充療法を行うと循環動態に変化が生ずるので、心血管系リスクのある患者にはその点につき事前に説明しなければならない。例えば、術前にニコチンパッチを使用していた喫煙者では、気管挿管の際に心拍数が上昇しやすくなるという報告がある。

教訓 ニコチンや一酸化炭素をはじめとするタバコ煙含有物質の急性作用によって、心筋虚血のリスクが上昇します。ニコチンや一酸化炭素ヘモグロビンの半減期は比較的短い(それぞれ約1時間、約4時間。ただし個人差が大きい)ので、禁煙すれば速やかにリスク低下効果が得られると考えられています。心疾患患者に対しても、ニコチン補充療法は安全です。ニコチン補充療法を行うと、心血管系リスクにつながる多くの因子を改善することが明らかにされています。
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キコさま

アドバイス通り、皆既日食前は暴飲暴食などせずじとーっとおとなしくしていたにもかかわらず、先週末てぃーあんだでのヘルシーな食事中に激しい胃痛に襲われ、昨日まで死んでました。Teach me why?

さて、これは“釣り”ですか?見事釣られた私です。
ただいまニコレットと電子タバコを検討中。アラフォーならぬジャスフォーの誕生日までには卒煙目指してます(笑)
ツルツルお肌を維持する為のコラーゲンもSK-Ⅱもいらなくなるから家計節約にもなるかもね…。

by キコさま (2009-07-22 22:10) 

vril

私も、極めて慎重な食生活を送っていたにも関わらず、数日前から消化管の不調に悩まされていました。皆既日食は、我々のささやかな防衛策を粉々に粉砕するほどの影響力を持っているのでしょうか。

もちろん、釣りですよ~。いつもは直近の論文を漁っている私が2006年の記事を載せてるというところがポイントです。よく分かったね。さすが。

私は、お酒も飲まず、煙草も喫まず、毎日30分のランニングを欠かさない健康生活を送っているのに、キコさまの美肌にはほど遠く、お肌のお手入れに諦め感が漂っています。
by vril (2009-07-23 08:21) 

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