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VAP=気管チューブ関連肺炎③ [critical care]

Ventilator-associated Pneumonia or Endotracheal Tube-associated Pneumonia?: An Approach to the Pathogenesis and Preventive Strategies Emphasizing the Importance of Endotracheal Tube

Anesthesiology 2009年3月号より

気管チューブのバイオフィルム形成
気管チューブは細菌が付着する土台となり、これがVAP発生につながることがある。言い換えると、細菌は気管チューブを足がかりにバイオフィルムを形成するのである。Costertonらによると、バイオフィルムとは「細菌が自ら生成した蜘蛛の巣状の高分子マトリックスを周囲にまとった細菌塊が、不活性物質または生体表面に接着したもの」のことである。体内に埋め込まれたり、経皮的に留置されたりするあらゆる医療機器は細菌定着やバイオフィルム形成を起こすもとになる。バイオフィルムは永久的な感染源となり、周りを包むグリコカリックス(スライム)は細菌を抗菌薬から守る役割を果たす。したがってバイオフィルムが形成されている場合は、プラスミド、トランスポゾン、突然変異によって生み出される抗菌薬耐性とは異なる多細胞メカニズムによって耐性が発揮される。

気管チューブ表面には、気管挿管後瞬く間にバイオフィルムが形成され、肺への細菌接種源となる。気管チューブにできたバイオフィルムは吸引カテーテルとの接触で容易に剥脱し、人工呼吸器の吸気流速によって生ずる剪断力によって下部気道へと撒布される。Feldmanらは、人工呼吸患者に留置された気管チューブの細菌定着について調べた。すべての患者において気管チューブ遠位三分の一の内部が分泌物で覆われバイオフィルムが形成されていることが明らかになった。そして、人工呼吸開始後の細菌定着の過程は、まず口腔咽頭内(36時間)からはじまり、次に、胃(36-60時間)、下部気道(60-84時間)、最後に気管チューブ(60-96時間)へと至ることが分かった。Adairらは、気管チューブのバイオフィルムとVAPの関連性についての観測研究を行い、VAP患者の70%でバイオフィルムから分離される細菌と同じ細菌が気管分泌物からも分離されるという結果を得た。

以上のような知見が積み重ねられている一方で、気管チューブのバイオフィルム形成がVAP発生のリスクであるのか、それとも、特に注目すべきような影響を及ぼさない単なる体外または体内由来の細菌汚染であるのか、ということは未だ明らかにはされていない。

バイオフィルム形成の予防
気管チューブのバイオフィルム形成の予防法は以下の通りである:SDDによる気管チューブ除菌、抗菌仕様気管チューブの使用および気管チューブ遠位端の粘液吸引。

気管チューブの除菌
人工呼吸患者における気管チューブのバイオフィルム形成に対するSDD(トブラマイシン、ポリミキシン、アンフォテリシンB)の効果については90年代初頭に研究された。SDDを実施しても腸管由来のグラム陰性菌の定着を防ぐことができるだけであった。グラム陽性菌およびPseudomonas属細菌によるバイオフィルム形成を防ぐ効果は認められなかった。その後に行われた観測研究では、気管チューブを通じたゲンタマイシン吸入とセフォタキシムまたはセフロキシムの静脈内投与が比較され、気管チューブのバイオフィルム形成予防効果はゲンタマイシン吸入の方が優れているという結果が得られた(GRADE 2C)。

抗菌仕様気管チューブの使用
銀には優れた抗菌効果があるため、バイオフィルム形成およびそれによる感染を防ぐ目的でさまざまな生体材料の表面被覆材として用いられている。銀には毒性はないと考えられている。熱傷やその他の外傷後の感染予防に銀を局所投与する方法が広く普及しているが、毒性の報告はほとんどない。

Olsonらは人工呼吸中のイヌの口腔粘膜に緑膿菌を塗布し、肺の細菌感染について評価した。通常の気管チューブと比較し、銀被覆気管チューブは好気性細菌の定着が有意に少なかった。さらに、チューブ内面の細菌定着が起こるのは、銀被覆気管チューブの方が遅かった。この研究では、銀被覆気管チューブを使うと、肺への細菌移行が減り、炎症も軽減されるという結論に至っている。別の動物実験では、人工呼吸中のヒツジを使ってスルファジアジン銀-クロルヘキシジン混合物含有ポリウレタン被覆気管チューブの評価が行われている。被覆気管チューブを使用した8頭のうち7頭において気管の細菌定着が認められなかった。一方、通常の気管チューブを用いた8頭では、全例で高度の細菌定着が起こった。銀とクロルヘキシジンを浸透させた気管チューブの他にも、新しい抗菌仕様気管チューブが開発されている。Gendine(ゲンチアナ紫とクロルヘキシジンの混合物)含浸気管チューブはその一つで、in vitroではその有効性と安全性が確認されている。Gendine被覆気管チューブは、広域スペクトラムの抗菌作用を発揮する。さらに、抗菌作用は長期間維持され、院内肺炎の起因菌が付着するのを防ぐ効果もある。

Relloらは、人工呼吸を24時間以上要する重症成人患者を対象に、新しく開発された銀被覆気管チューブの評価を近頃実施した。この気管チューブは、チューブ内外表面を被覆するポリマー(特許取得)に銀イオンが噴霧されていて、銀イオンが徐々に表面にしみ出し抗菌作用が長持ちする可能性がある。前向き無作為化比較対照試験で、実用性、安全性および気道の細菌定着を防ぐ効果が調査された。この新しい銀被覆気管チューブは、実用に十分耐えることが分かった。また、気管内採痰の細菌量が減り、気管チューブおよび気管内への細菌定着発生時期が遅れることが明らかにされた。抗菌物質含有気管チューブのVAP起因菌に対する抗菌作用は、細菌によって異なることがin vitro実験で分かっている。Relloらの前述の研究でも、銀被覆気管チューブを使用すると腸内細菌の気管内定着は減るが、緑膿菌については有意ではないもののかえって増えるという結果が得られている。

抗菌薬含有気管チューブを使用するとVAP起因菌の気道定着が減少する可能性はあるが、気道定着の減少がVAP発生率の低下につながるのかということについては、さらに研究を行って検証する必要がある。

気管チューブ遠位端の同期的吸引
気管チューブ付近に到達した分泌物をすべて自動的に吸引する仕組みが備わった気管チューブ(the Mucus Slurper)が最近開発された。このチューブはHi-Lo Evac気管チューブを改変したものである。吸引ルーメンの先端にはチューブ先端に設置されていて、八つの吸引口から痰が吸引される。呼気気道内圧が吸気プラトー圧より3-5cmH2O低下すると、外部にあるコントローラーによって自動的に吸引が開始される仕組みである。Li Bassiらは人工呼吸を72時間実施したヒツジを対象にした前向き無作為化比較対照試験で、このMucus Slurpurの有効性を評価した。その結果、気管チューブ内および気管内に分泌物が貯留しなくなり、昔ながらの気管内吸引をする必要もなかった。人工呼吸患者におけるこの気管チューブの有用性を確立するには、臨床研究を行い検証する必要がある。

気管チューブに形成されたバイオフィルムの除去
人工呼吸患者の気管チューブ内表面にこびりついた粘稠な分泌物を取り除くには、細く柔らかい吸引チューブを用いる。だが、チューブ表面に分泌物は残存し、バイオフィルムが形成される原因になる。そこで、気管チューブ内表面の分泌物をすっかりきれいに掃除する装置が開発された。粘液削ぎ落とし装置(mucus shaver; MS)と呼ばれるこの仕組みは、バルンのついたチューブで、先端に二つの輪がある。MSは気管チューブのスリットジョイント部分から挿入し、先端がチューブ先端の手前に位置するように固定する。バルンを膨らませると輪が気管チューブ内腔にぴったりとはまる。次に3-5秒かけてゆっくりとこのチューブを引き抜くと、輪が粘液を削ぎ落としてチューブ内腔表面を掃除することができる。MSの効果は人工呼吸中のヒツジ7頭で確認されている。手技的な問題や換気に与える悪影響はなく、一回あたりに除去された分泌物は平均0.35±0.29gであった。この装置を使用したところ、直視下で気管チューブ内に分泌物は認められなかった。走査電子顕微鏡でMS付き気管チューブ内腔を観察したところ、バイオフィルムやタンパク質含有物は確認されなかった。MS装置のついていない通常の気管チューブの内腔には、著しいバイオフィルム形成が認められた。

同じ研究グループが、MSによる表面擦過の繰り返しがスルファジアジン銀被覆の抗菌作用に与える影響について、人工呼吸ヒツジ12頭を使って比較対照実験を実施した。人工呼吸開始72時間後においても粘液/分泌物の付着や細菌定着量が少なく、抗菌作用は十分維持されていることが分かった。

気管チューブのバイオフィルム形成については色々な新しい対処法が開発されている。そのほとんどが、短期間の動物実験で有効性や安全性について検証されているに過ぎない。VAP予防法としての有用性を明らかにするには、さらに臨床研究を実施する必要性がある。(つづく)

教訓 気管チューブのバイオフィルム形成を予防する方法には、SDDやゲンタマイシン吸入による気管チューブ除菌、抗菌仕様気管チューブの使用および気管チューブ遠位端の吸引があります。

コメント(2) 

コメント 2

キコさま

Ag+って本当に除菌効果あるんですね。
うちの食品保存容器は素材に銀が練り込まれているタイプ。
たしかに苺やもやし等の足の早い食品類もかなり長期間元気で見た目新鮮でした。
それでも若干疑問視してましたが、これからは積極的に使おうと思います。
by キコさま (2009-04-01 11:06) 

vril

日常生活で遭遇するバイオフィルムの代表は、シンクのぬめぬめ。あれも銀のスプレーを吹きかけておけば防げるかも、と思い検索してみたところいろいろな製品が販売されていることが分かりました。中には、「大銀醸」という素晴らしい名前のものもありました。家中どこでも使えるみたいです。
by vril (2009-04-01 12:13) 

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