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VAP=気管チューブ関連肺炎② [critical care]

Ventilator-associated Pneumonia or Endotracheal Tube-associated Pneumonia?: An Approach to the Pathogenesis and Preventive Strategies Emphasizing the Importance of Endotracheal Tube

Anesthesiology 2009年3月号より

声門下分泌物
カフ付き気管チューブのカフは気管と気管チューブの間の隙間を塞ぐためにある。カフがあることによって陽圧換気が可能となり、下部気道への誤嚥が防がれる。重症患者、特に気管挿管されている重症患者では、口腔内細菌叢が健常者とはまるで様相が異なり、好気性グラム陰性桿菌と黄色ブドウ球菌が多勢を占める。口腔咽頭内および気管内に定着する一部の細菌の供給源は胃と副鼻腔であるという意見があるが、否定的な見解も示されている。VAPの発生過程でもっとも決定的な事象は、口腔咽頭または消化管由来の細菌で汚染された分泌物の声門下貯留である。気管チューブのカフの上にたまったこの分泌物が微量誤嚥の原因であるとともに、カフ上部の分泌物貯留こそが気管気管支内細菌定着およびVAPの一番の原因であることが複数の研究で明らかにされている。以上の研究結果から、VAPを予防するには、カフ上部に貯留した声門下分泌物がカフをつたって(気管チューブと気管粘膜の間を縫って)たれこむのを防ぐこと、声門下分泌物のドレナージおよび声門下分泌物の除菌が重要であることが分かる。

声門下分泌物のたれこみ防止

カフ内圧の管理とたれこみ防止カフ
気管チューブと気管の間を完全に密閉するにはカフ内圧(Pc)を、安全限界である約25-30cmH2Oよりもっと高くしなければならない。低容量高圧カフではしっかり密封するにはPcを60cmH2O以上にしなければならないが、長時間にわたりカフをこれほど高い圧にしておくと気管損傷のおそれが大きい。高容量低圧カフ(high-volume low pressure cuffs; HVLPカフ)では30cmH2O未満で臨床上十分な密閉状態が得られるため、広く用いられている。HVLPカフが完全に膨らんだ状態では、成人の気管径の1.5-2倍の直径に達する。HVLPカフを、臨床的に十分な密閉が得られる程度に膨らませたとき、カフは目一杯張った状態になるわけではないので余った部分が皺になる。この皺がカフ上部から下部気道への通路になる。気管内チューブのカフ上部にたまった声門下分泌物はこの通路を通って下部気道へとたれ込むわけである。このタイプのたれ込みは低容量高圧カフよりもHVLPカフを使用したときに起こりやすく、したがってHVLPカフ付きチューブを使用する場合の方がVAP発生リスクは高い。

HVLPカフ上にたまった分泌物の水平面からカフまでの深さによって生ずる水圧よりも、気道内圧の方が低いと、どのような換気方式でもカフ上部に貯留した分泌物があっという間にたれ込む。Bluntらは、HVLPカフに水溶性ジェルを塗布すると誤嚥の発生率が低下することを明らかにした。

Relloらは他に先駆けてVAP発症とカフ圧(Pc)の関係を調べ、挿管後8日目までのあいだにPc<20cmH2Oが続くことがVAPの独立危険因子であることを明らかにした(相対危険度4.23; 95%CI 1.12-15.92)。Ferreらは、カフ圧を持続的かつ自動的に適正レベルに調節する装置を開発した。この装置のカフ圧調節性能とVAP予防効果についてはValenciaらが無作為化比較対照臨床試験で検証した。カフ圧自動持続調節装置を用いると、従来の管理法に比べ適切に適正カフ圧(Pc<20cmH2O)を維持することができることが分かった。しかし、VAP発生率については有意差は認められなかった。

数年前から新しいタイプのHVLP気管チューブが市販されている。この気管チューブのカフはポリウレタン製の極薄カフ(厚さ7μm)であり、皺がよりにくいので液体や気体の漏れやたれ込み防止効果がある。最近行われた無作為化臨床試験で、声門下分泌物ドレナージルーメン付きのこのタイプのHVLP気管チューブと、声門下分泌物ドレナージルーメンの付いていないポリビニルカフの昔ながらの気管チューが比較された。前者の方が早期発症型および晩期発症型VAPの発生率が低いという結果が得られた。ただし、この研究には見るからに明らかな問題点があり、声門下分泌物ドレナージとポリウレタン製カフそれぞれのVAP発生率低下に対する寄与の度合いが分からないという欠点がある。この研究の後に行われた前向き無作為化単盲検試験では、ポリウレタン製カフの気管チューブを使用する方が、心臓手術後早期の肺炎が減るという結果が報告されている。残念ながら、この研究における肺炎の診断は主に臨床症状・兆候に基づいて行われ、細菌学的検査は15例でしか実施されていない。

VAP予防におけるPcの役割については、未だ確固としたエビデンスがほとんどないのが原状である。カフ圧は常に20-30cmH2Oに設定すべきであると広く推奨されている(GRADE C)ため、気管挿管されている重症患者においてこれより低いカフ圧にしたときの影響を調べる臨床試験を行うとすれば、非倫理的であるという誹りを受けてしまう。

極薄ポリウレタンHVLPカフ付きの気管チューブによるVAP予防効果を明らかにするには、さらに臨床研究を重ねる必要がある。

声門下分泌物の誤嚥
間欠的または持続的に声門下の吸引を行い、気管チューブカフ上部に貯留した口腔咽頭分泌物を除去すると、誤嚥およびVAPのリスクを低減できる可能性がある。声門下分泌物吸引には、声門下部に開口する独立した背側ルーメンのついた専用の気管チューブを使用しなければならない(Hi-Lo Evac tube; Mallinkrodt, Athlon, Ireland)。

5編の無作為化比較対照試験で、声門下分泌物吸引の有効性が検証されている。そのうち4編では、VAP発生率が有意に低下するという結果が得られた。5編すべてでVAP発生までの期間が延長したと報告されている。声門下部および気管内細菌定着については、1編のみで声門下分泌物吸引によって定着が減少したとされている。だが、声門下分泌物を吸引しても死亡率は低下せず、また、人工呼吸期間、ICU滞在期間もしくは入院期間も短縮しない。このRCT5編の患者896名を対象としたメタ分析が最近行われた。何らかの方法で声門下分泌物吸引を行った患者では、VAP発生リスクが約50%低下することが分かった。気管挿管後5~7日目までの肺炎発症率の低下がリスク低下の主な要因であった。声門下持続吸引の方法は研究によって異なっているものの、このメタ分析では声門下持続吸引によってVAPを減らすことができるという結論に至っている。したがって、人工呼吸期間が72時間以上に及ぶと見込まれる患者においては声門下持続吸引が可能な気管チューブの使用が推奨される。

RelloらはEvac気管チューブ使用症例の34%(83名中28名)では声門下分泌物吸引ができないことを初めて報告した。このような場合は、声門下分泌物吸引ルーメンのある気管チューブを用いても、これまで述べたような機序によるVAP発生のリスクがあることに留意しなければならない。Evac気管チューブで声門下分泌物吸引が不能になったときに気管支鏡でその様を観察したところ、声門下吸引ポートに気管粘膜が引き込まれて閉塞することが原因であることを我々は明らかにした。Berraらが行った動物実験でも、声門下吸引によって、声門下吸引ポート付近の気管に重度の損傷が生ずることがあるという結果が得られている。したがって、声門下分泌物吸引ができなくなったら、以後声門下吸引を禁止し、気管損傷を避けなければならない。

声門下分泌物吸引の効果は、いろいろな要素によって左右される。たとえば、分泌物の粘稠度、吸引が間欠的か持続的かの別、嚥下の有無、体位、Hi-Lo Evacチューブの気管内における位置などが影響を与える。しかし、これらの条件がVAP発生率に与える影響の大きさについての臨床データは皆無である。

声門下吸引を行うと看護に関わるコストが増大するが、全体としてVAPの発生率が低下すれば相当な費用削減につながる可能性がある。

声門下分泌物ドレナージを正しく行えば、安全にVAP発生率を低下させることができる。特に人工呼吸を72時間以上実施する患者ではその効果が大きい(GRADE 1A)。他の細菌とは気道定着パターンの異なるブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌(つまり、緑膿菌)によるVAP発生率の予防に対する声門下持続吸引の役割を明らかにするには、さらに研究を重ねなければならない。

声門下部の選択的除菌
選択的消化管除菌(SDD)とは非吸収性の抗菌薬の局所投与と抗菌薬静脈内投与を3-4日間行い、口腔および胃由来の好気性グラム陰性桿菌および酵母真菌を除菌する、感染予防策である。SDDについては数多くの無作為化比較対照臨床試験および大規模メタ分析が行われ、VAP発生率および死亡率が低下する効果が確認されているが(特に術後および外傷患者)、実際の臨床現場ではSDDがルーチーンに行われているわけではない。有効性が確認されているのに実施されていないのは、抗菌薬投与の方法が煩雑であること、耐性菌が誘導されるおそれがあること、そして、費用対効果が不明であることが原因である。口腔咽頭内をクロルヘキシジンで除菌する方法にもVAP予防効果があることが分かっている。しかし、最近行われた1202名の患者を対象としたメタ分析では、クロルヘキシジンによる口腔内洗浄を行ってもVAP発生率も死亡率も低下しないという結果が得られている。

VAPの起因菌がなんであれ(体外由来、体内由来を問わず)、声門下部は分泌物が貯留する「前室」であり、ここを経由して汚染された分泌物が下部気道へとたれ込む。したがって、声門下部の選択的除菌を行えば、VAP発生率を低下させることができると期待される。この仮説は、多発外傷で人工呼吸を要する患者79名を連続的に対象とした無作為化比較対照臨床試験で検証された。この試験では、Evac ETTの吸引ルーメンから声門下部へ抗菌薬溶液を持続的に注入し、その効果が調べられた(fig.1)。この方法によって細菌の気管内定着もVAP発生率も有意に低下したが、転帰の改善までは得られないという結果が得られた(GRADE 1B)。(つづく)

教訓 HVLPカフを、臨床的に十分な密閉が得られる程度に膨らませたとき、カフは目一杯張った状態になるわけではないので余った部分が皺になります。この皺がカフ上部から下部気道への通路になります。この皺からのたれ込みは低容量高圧カフよりもHVLPカフを使用したときに起こりやすいのでHVLPカフ付きチューブの方がVAP発生リスクは高くなります。Hi-Lo Evacで声門下吸引を行うとVAPが減るようです。


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