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鈍的大動脈損傷 [critical care]

NEJM 2008年10月16日号より

Blunt Aortic Injury

受傷のメカニズム
鈍的大動脈損傷は交通事故の1%未満にしか起こらないが、死亡原因としては頭部外傷に次いで多く16%を占める。80%の症例が病院到着前に死亡し、残りもほとんどが根本的な治療を行う間もなく死亡する。下行大動脈は胸壁に固定されているが、心臓およびその他の大血管は比較的可動性がある。大血管が固定されている部分と可動性のある部分の境界部分、つまり大動脈峡部が、急激な減速によって裂けるのが典型的な鈍的大動脈の受傷機転である。しかし、上行大動脈、遠位胸部下行大動脈、腹部大動脈が損傷することもある。胸部大動脈損傷の発生に強く関わる要因は、約30km/hr以上の減速、側方からの衝突およびドアの内側への約35cm以上の陥入である。側方衝突にはシートベルトやエアバッグの効果は薄い。最近の研究では鈍的大動脈損傷死亡例の40%が側方衝突による受傷であると報告されている。

病態の特徴
突然の減速による大動脈の伸展だけでなく、その他のメカニズムの関与が指摘されている。鈍的大動脈損傷と横隔膜損傷が同時に認められる場合は、腹腔内圧の急激な上昇がその原因として考えられる。大動脈の閉塞と血圧の急上昇が同時に発生する “water-hammer”効果(水撃効果)や、前胸壁と脊柱に大動脈が挟まれることによる「骨圧迫(osseous pinch)」
効果なども受傷のメカニズムとして提唱されている。多くの鈍的大動脈損傷は、これらの複合的作用の結果生じているものと考えられる。大動脈損傷は、まず内膜と中膜が裂け、次に外膜が裂けて発生する。ブタの実験では完全に大動脈壁が裂けるのに要する力の74%に当たる大きさの外力で内膜と中膜が損傷することが分かっている。

診断
鈍的大動脈損傷の診断法として最も確実なのは大動脈造影であるとされてきた。鈍的大動脈損傷のうち7.3%から44%の症例では胸部X線写真上、正常な縦隔陰影を呈する。最近ではCTが大動脈損傷診断の主流となってきている。血管造影の感度は92%であるが、胸部ヘリカルCTの感度は100%である。感度が高い上に、陰性的中率も高い。ヘリカルCTは乱用されているという指摘もあるが、一方で、鈍的大動脈損傷の28%が見過ごされているためシートベルト非着用例では約15km/hr以上、シートベルト着用例では約50km/hr以上の衝突事故では全例でヘリカルCTを撮影すべきだという意見もある。

軽微な大動脈損傷
画像診断法の進歩によって、軽微な病変も検出されるようになってきた。軽微な大動脈損傷(minimal aortic injury)は、大動脈破裂のリスクが比較的低い大動脈損傷を指す。ヘリカルCTで診断される鈍的大動脈損傷のうち10%がこれに当たる。ヘリカルCTで診断される軽微大動脈損傷のうち最大50%が血管造影では検出されないと報告されている。1cm以下の内膜損傷があり、大動脈周囲の血腫がないかごく小さいものを軽微大動脈損傷と定義した研究では、受傷後8週間までに50%の症例において仮性動脈瘤の形成を認めた。大動脈周囲血腫や仮性動脈瘤がなく内膜フラップが小さい場合は、ヘリカルCTによる経過観察が可能である。血栓、大動脈周囲血腫または仮性動脈瘤が大きい場合は、我々は血管内グラフトを用いて被覆する方法をとっている。

緊急手術か、準緊急手術か
診断がついたら直ちに治療を行う。外科的修復を速やかに行うべきであるが、大動脈損傷には多発外傷を伴うことが多いため大動脈の修復にとりかかるのが困難なこともある。他の部分に重症外傷がある場合は、β遮断薬などの降圧薬を用いて大動脈壁に加わる剪断力を低下させて手術までもたせることも可能である。鈍的大動脈損傷症例に頭部外傷、肺挫傷または不安定な循環動態を伴う症例おいてβ遮断薬と、場合によっては血管拡張薬を併用して、収縮期圧をおよそ100mmHg、心拍数を100bpm未満に維持したところ、修復手術実施までの待機中に大動脈破裂をきたした患者はいなかったという報告もある。特に他に目立った外傷がない場合は緊急手術を行う。

外科的治療
外科的修復を行うには左第四肋間から損傷部位に到達する。ダブルルーメン気管支チューブを用いて片側換気にする必要がある。損傷部位の縫合のみで修復できることもあるが、通常はグラフト置換術を行う。1970年代中盤までは鈍的大動脈損傷手術の死亡率は16%で、対麻痺の発生率は19%にのぼった。その後、大動脈遮断中に大動脈遠位に血液を灌流して脊髄を保護する方法が進化してきた。左房から大腿動脈(または下行大動脈)へ遠心ポンプを用いて血液を送り損傷部位をバイパスすることによって大動脈遮断中も遠位に血液を送ることができる。静脈-動脈バイパスによって患者を冷やすことができるため、さらなる脊髄保護作用も期待できる。技術の進歩にも関わらず、50ヶ所の外傷センターを対象とした研究で、274例の鈍的大動脈損傷について前向き調査を行ったところ、死亡率は31%、対麻痺発生率は8.7%であることが分かった。手術を受けなかった患者(病院到着時死亡例除く)の死亡率は55%であった。重症頭部外傷が併存する場合、出血によって脳損傷の転帰が悪化するためヘパリンは禁忌である。また、β遮断薬などを用いて降圧すると脳灌流圧が低下するため悪影響が懸念される。重症肺損傷がある場合も、鈍的大動脈損傷の緊急手術の実施が躊躇される可能性がある。骨盤骨折があると血栓塞栓術が行われることがあるが、開胸術を行うための体位をとると再出血する場合がある。多発外傷があり蘇生を行っているようなときは血圧が不安定でありβ遮断薬の使用は問題がある。つまり、間違いなく緊急手術の適応だと考えられるような鈍的大動脈損傷があるような患者は、手術まで漕ぎつけないことが多い。

血管内治療
過去50年間における鈍的大動脈損傷治療の進歩の最たるものは、血管内グラフト内挿術である。血管内グラフトは大腿動脈から挿入される。透視下でガイドワイヤを損傷部位まで進める。血管造影で位置を確認し損傷部位を完全に覆うようにステントグラフトを留置する。血管内グラフト内挿術には、侵襲が少ない、片側換気が不要、ヘパリン投与量が少ないまたは不要、バイパスが不要といった数多くの利点がある。鈍的大動脈損傷に対する血管内治療についての5例以上の報告は23編発表されている。全体で220名の患者のうち、死亡は15例(6.8%)であった。血管内治療と手術を比較した調査では、血管内治療の方が合併症発生率および死亡率が低く、対麻痺発生例が皆無であるという結果が得られている。現時点では血管内グラフト内挿術にはいくつかの技術的限界がある。鋭角に曲がっている部分の損傷では、大動脈壁をステントグラフトでしっかり覆うことができない。この場合、損傷部位にグラフトを設置できないだけでなく、グラフトが潰れてしまうこともある。もう一つの問題は、左鎖骨下動脈の存在である。左鎖骨下動脈起始部付近の大動脈損傷の場合は、起始部をグラフトで覆ってしまわないと損傷部位を完全に修復することはできない。左鎖骨下動脈の血流が途絶してもたいていは問題ないが、上肢または左椎骨動脈灌流域が虚血に陥ることがある。そのような場合は左総頸動脈から左鎖骨下動脈へのバイパスが必要である。左椎骨動脈が右椎骨動脈より優位である患者では、大動脈への血管内グラフト設置に先立ち左鎖骨下動脈の血行再建が必要である。現在、FDAが胸部大動脈用のグラフトとして承認しているのはTAG device(未破裂胸部大動脈瘤用)と、胸部大動脈瘤と胸部大動脈穿通性潰瘍に用いられるTalent ThoracicおよびZenith TX2の三つである。FDAに承認された、鈍的大動脈損傷に適応のある胸部大動脈グラフトはまだない。FDA承認製品の適応外使用にはいくつかの問題点がある。鈍的大動脈損傷の血管内治療には、腹部大動脈用ステントグラフトが、胸部大動脈用のグラフトよりも径が適当ということで用いられている。しかし腹部大動脈用のグラフトは長さが短いため、複数のグラフトを連ねて挿入しなければならないことが多い。さらに、腹部大動脈用のグラフトに用いられる挿入器具は胸部大動脈用のものより短いため、身長の高い患者では胸部大動脈損傷部位まで届かないことがある。若年者では大動脈弓遠位部のカーブが強いがことが多いが、このような強いカーブに適合するようなグラフトはまだ製品化されていない。血管内グラフトの耐久性が不明なことも大きな問題点である。血管内グラフトの長期的な耐久性や、大動脈損傷に対し血管内治療を行った場合の大動脈自体の状態の自然経過についてはまだよく分かっていない。現時点では、一生涯にわたって定期的な画像診断を行うことが推奨される。

まとめ
鈍的大動脈損傷の治療法は目覚ましい進歩を遂げてきた。今後は大多数の症例において血管内治療が第一選択になると思われる。製品の開発と改良はこれからも進み、良質で使いやすいステントグラフトが登場するであろう。入念な計画のもとに行えば血管内治療は、重傷または瀕死の患者をも治療対象にできる可能性があり、その上、治療法そのものに関連した死亡や対麻痺などの合併症の大幅な減少が期待できる。

教訓 大動脈損傷のこれからの治療法はステントグラフトです。
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