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エピネフリンにバソプレシンを併用しても救命率は改善しない [critical care]

NEJM 2008年7月3日号より

Vasopressin and Epinephrine vs. Epinephrine Alone in Cardiopulmonary Resuscitation

北米および欧州で毎年60万人以上が心停止のため突然死している。心肺蘇生時にはエピネフリンが使用されるが、エピネフリンを要するような心停止患者の予後は極めて不良である。蘇生が成功した患者では、死亡した患者よりも血中内因性バソプレシン値が有意に高いことが明らかにされ、Lindnerらはバソプレシン投与による救命率改善の可能性を指摘した。動物実験では、心肺蘇生にバソプレシンを用いるとエピネフリンと比較し重要臓器の血流量、脳酸素運搬量、短期生存率および神経学的転帰が改善するという結果が得られている。しかし院内または院外心停止症例の心肺蘇生に関する臨床研究では、バソプレシンとエピネフリンの効果は同等であるという結果が得られている。しかしこれらの臨床研究のうち一編では、エピネフリン単独を反復投与されたサブグループよりも、エピネフリン投与に引き続きバソプレシンを投与されたサブグループの方が生存退院率が高かったと報告されている。カテコラミンとバソプレシン併用によりカテコラミン単独使用よりも重要臓器血流が改善するとともに、カテコラミンによる悪影響が軽減される可能性がある。以上から我々は、エピネフリンとバソプレシンの併用によりエピネフリン単独使用よりも成人院外心停止症例の転帰が改善するか否かを検証する大規模前向き無作為化試験をフランスで実施した。

フランスの救急医療制度はSAMUが管理する二段階制度から成る。第一段階はBLSを実施する救急救命士が乗車する救急車の出動で、消防署を拠点としている。第二段階はACLSを実施する医師が乗車する救急車の出動で、大病院を拠点としている(SMUR)。たいていの場合は第一段階の救急車の現場到着の方が早いため、BLSが最初に実施されその途中で第二段階の救急車が到着し医師によるACLSが開始される。本研究は2004年5月1日から2006年4月30日まで行われ31ヶ所のSAMUおよびSMURが参加した。成人院外心停止(心室細動、無脈性電気活動(PEA)または心静止)で心肺蘇生中に血管収縮薬を必要とした患者を対象とした。除外基準は18歳未満、血管収縮薬投与なしでの除細動の成功、外傷による心停止、妊娠、末期、DNRおよび明らかに蘇生不能の患者とした。患者は無作為にエピネフリンとバソプレシン群(併用群)か、エピネフリンとプラセボ(生食)群(エピネフリン単独群)に割り当てられた。患者の治療に当たった者は割当群を関知しなかった。二剤は10秒未満の間隔でエピネフリン、バソプレシンまたはプラセボの順に投与された。二剤投与後3分以内に自己心拍が再開しない場合は、割り当てられた二剤を再度投与した。再投与後3分経過しても自己心拍が再開しない場合は担当医師の判断でエピネフリン(オープンラベル)が投与された。薬剤はすべて静脈内投与され、それぞれの薬剤を投与した後生食20mLでルート内をフラッシュした。担当医師の判断でアミオダロンまたは血栓溶解薬が投与されたが、その他の薬剤は一切使用されなかった。患者の背景因子や臨床データはウツスタイン方式で記録した。一次エンドポイントはICU生存入室(脈拍触知および血圧測定可能)とした。二次エンドポイントは自己心拍の再開(少なくとも1分間脈拍触知および血圧測定可能)、生存退院、良好な神経学的転帰(cerebral-performance category1)および一年後生存率とした。

2956名が無作為化割当され、解析対象となったのは2894名であった。1442名が併用群、1452名がエピネフリン単独群に割り当てられた。併用群の方が男性が有意に多かった(P=0.03)。目撃者のある群は目撃者のない群よりも生存ICU入室率が有意に高かった(23.2% vs 14.4%, P<0.001)。心停止から8分以内にBLSが開始され、12分以内にACLSが開始された群は、それより蘇生が遅れた群よりも生存ICU入室率が有意に高かった(38.3% vs 20.5%, P=0.001)。生存ICU入室率、生存退院率、退院時に神経学的転帰が良好であった患者の割合、一年後生存率のいずれについても併用群とエピネフリン単独群の間に有意差は認められなかった。病院到着時にGCS3点であった患者の割合に有意差はなかった(併用群94.2%、単独群93.1%, P=0.55)。退院時cerebral-performance category 1または2(それぞれ、正常かわずかな障害、中等度の障害に相当)の患者の割合についても有意差は認められなかった(併用群53.6%、単独群61.5%, P=0.51)。救急隊接触時の心電図がPEAであった患者サブグループについての事後解析ではエピネフリン単独群の方が併用群よりも生存退院率が有意に高かった(5.8% vs 0%, P=0.02)。その他のサブグループについてはいずれも有意差は認められなかった。ICU生存入室患者のうち17.3%に低体温療法が入室後直ちに導入され、24時間維持された。神経学的後遺症なく長期生存した患者の割合は低体温実施群の方が非実施群よりも高かったが、低体温療法については無作為化割当を行わなかったので解析の対象としなかった。

2005年ガイドラインでは、「心停止におけるアドレナリンの代替または併用薬としてのバソプレシン使用を是認または否定する根拠は十分蓄積されていない」と記載されている。動物実験では窒息による心停止においてはエピネフリンとバソプレシンの併用によって大きな効果が得られるという結果が得られている。Wenzelらによる院外心肺蘇生の研究でもサブグループにおいては同様の結果が報告されている。本研究では成人院外心停止症例を対象にエピネフリンとバソプレシンの併用とエピネフリン単独使用を比較したところ、バソプレシン併用の有効性は認められず、事後分析ではPEA症例に限るとエピネフリン単独群の方がバソプレシン併用群よりも生存退院率が有意に高かった。予後が良かった患者についてバソプレシンの寄与を検証するために、目撃例、当初心室細動例、蘇生開始が早かった例、蘇生中の呼気終末二酸化炭素分圧が高かった例、割当薬剤1セット投与で自己心拍が再開した例のそれぞれのサブグループに該当する患者を前向きに集積した。併用群がエピネフリン単独群より高い有効性を示したサブグループは存在しなかった。今回の対象患者は、都市部および農村部、大学病院および地域の基幹病院が救急医療を管轄している地域から収集されたため、現実的な状況を反映していると考えられる。本研究の問題点は全体の生存率が低いことである。生存入院率は最近米国で行われた心肺蘇生研究のものと同等(21.0% vs 20.9%)であるが、生存率はWenzelらのものより低い(2.0% vs 9.7%)。これは心室細動症例がWenzelらの研究と比較し少なかった (9.2% vs 39.8%)ことが主因であると考えられる。心室細動症例が少なかったのはAEDによって除細動されたため研究対象とならなかったためであろう。最近14年間でフランスではBLSにおけるAED実施率が13%から80%に増加し、ACLS開始時に心室細動を呈する患者は50%減少した(35%から17%に低下)。同様の傾向はシアトルにおける研究でも確認されている。今回の研究ではエピネフリン単独群の方が有効性が高い傾向がわずかながら認められたが、心室細動例が少なかったため、Wenzelらの研究に反しバソプレシンの使用を否定するような決定的な結論を得るには至らなかった。院外心停止に対するACLSにおいてエピネフリンとバソプレシンを併用しても、エピネフリン単独使用と比較し転帰をより改善する効果は望めない。

教訓 バソプレシン併用は効果がないようです。PEA症例ではむしろ予後が悪化するかもしれません。

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