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心臓手術にドブタミンはよくない [anesthesiology]

Anesthesiology 2008年6月号より

Perioperative Use of Dobutamine in Cardiac Surgery and Adverse Cardiac Outcome: Propensity-adjusted Analyses.

心臓外科手術中のカテコラミン投与は麻酔科医の判断によって行われている場合が多く、ガイドラインやアルゴリズムに基づいて投与されることはほとんどない。麻酔科医の臨床的判断が必ずしも正しい判断であるとは言えない。本研究では人工心肺後に担当麻酔科医の臨床的判断に基づく人工心肺後カテコラミン投与が術後の転帰を悪化させるという仮説を検証した。

この研究は前向きオープンラベル非無作為化観測研究で、CABGあるいはAVR/MVR症例を対象とした。緊急手術、再手術、最近4週間以内の心筋梗塞、術前TropI>0.6ng/mLの症例を除外した。術中管理については特に取り決めを設定せず、担当麻酔科医の判断によった。CPB後48時間以内に少なくとも1種類のカテコラミンが使用された場合をカテコラミン使用群、それ以外の場合をカテコラミン非使用群とした。重大な心臓合併症(心室性不整脈、IABP使用、術後心筋梗塞)を主要エンドポイントとし、全死因院内死亡を二次エンドポイントとした。

657名の登録患者中84名(13%)にカテコラミンが投与された。2種類以上のカテコラミンが使用されたのは11名であった。製剤のうち最も頻用されていたのはドブタミンであった(84名中76名, 90%に投与)。ドパミンは6名、ノルエピネフリンは4名に使用された。カテコラミンの平均投与時間は31時間であった。

カテコラミン非使用群と比較し、カテコラミン使用群ではIABP使用率(30% vs 9%; P<0.001; OR4.2[2.5-7.3])、全死因院内死亡率(8% vs 1%; P<0.001; OR12.9[3.7-45.2])が高かった。バイアスおよび交絡因子の調整を行った後にさらに解析を行った。交絡因子は以下のものを用いた。
心臓合併症発生に影響を与える交絡因子:使用したカテコラミンの数、EuroSCORE、CABG+弁の手術、術前の利尿薬投与、SAPSIIスコア、CPB時間、大動脈遮断時間、術前の左室駆出率、術後TropI値、術後クレアチニン値、腎機能障害
院内死亡率に影響を与える交絡因子:CABG+弁の手術、術後TropI値

propensity scoreによる層別解析(OR, 2.1 [1.0-4.4]; P < 0.05)
propensity scoreによる共変量解析(OR, 2.3 [1.0-5.0]; P < 0.05)
周辺構造モデル(OR, 1.8 [1.3-2.5]; P < 0.001)
propensity scoreによるマッチング(OR, 3.0 [1.2-7.3]; P < 0.02)

すべてにおいて重大な心臓合併症がカテコラミン投与例に有意に多いという結果が得られた。
全死因院内死亡については有意差は認められなかった。

マッチング後の大動脈遮断時間: カテコラミン使用群 72分  カテコラミン非使用群 69分
マッチング後の人工心肺時間:   カテコラミン使用群 112分  カテコラミン非使用群 111分
マッチング後の抜管までの時間:  カテコラミン使用群 11時間  カテコラミン非使用群 9時間

以上の結果からドブタミンは有益性がリスクを上回ると判断されなければ投与すべきではないと考えられる。

今回の対象症例中89%で低量ドブタミン(平均4.8mcg/kg/min)が、アルゴリズムや心拍出量モニタリングなしに投与されていた。ドブタミンが第1選択にされているのは、CPB後の低血圧が心室収縮力低下や心筋stunningによるものと考えられているせいであろう。しかし、CPB後の低血圧の原因はhypovolemiaおよび単一冠動脈の異常に負う場合の方が多い。本研究におけるカテコラミン使用群では、術前に利尿薬を投与されている患者が多く、術後縦隔出血量も多かった。したがって、不顕性のhypovolemiaがドブタミン投与につながった可能性があり、そうだとすればカテコラミン投与は心機能の厳重なモニタリングに基づいて判断されるべきである。propensity analysisは既知の交絡因子については威力を発揮するが、未知の交絡因子の影響を除外するものではないため、今回得られた結果が今後新たな交絡因子の発見によって書き換えられる可能性がある。

結論:人工心肺を使用する心臓手術を受ける低リスク患者に対して、担当麻酔科医の臨床的判断のみでドブタミンを投与すると術後心臓合併症が増加する。ドブタミンは有益性がリスクを上回ると判断されなければ投与すべきではないと考えられる。

以下editorialより

予定CABG患者に対する強心薬の投与率は施設あるいは麻酔科医によって大きな差があり、5%未満から100%であるとされている。

使用する場合の薬剤の選択も様々で、ドブタミンを第一選択にする場合がある一方で、エピネフリン、ドパミン、ドペキサミン、ミルリノン、エノキシモン、オルプリノン、ノルエピネフリン、レボシメンダンなどを第一選択薬として使用する者もいる。同じ術者、同じ施設内であっても麻酔科医によって強心薬使用開始時期の判断および第一選択薬は大きく異なる。心臓外科手術における強心薬使用がこのように無秩序とも言えるような状況であるのは、強心薬を使っても、使わない場合と比べ転帰が悪くなることはなかろう、となんとなくみんなが信じているからなのかもしれない。

強心薬を使用しなくても循環動態を適切に管理することが可能な患者に強心薬を投与すると転帰が悪くなる、という仮説をpropensity score(傾向スコア)を用いて検証したのがこの研究である。CABG後の転帰について強心薬(ほとんどの場合ドブタミン)を使用した場合と使用しなかった場合について同じような状態の患者間で比較し、強心薬使用の有無以外の条件が同じであれば、強心薬を投与された患者の方が転帰が悪いということが分かった。

この結果の臨床的な意味はなにか?

① 本研究の結果はドブタミンの影響を調べたものであり、他の強心薬についても当てはまるわけではない。ドブタミンは他のβ刺激薬とは異なる血行動態変化をもたらす。たとえば、エピネフリン、イナムリノン、ミルリノンよりも頻脈を起こしやすい。ドブタミンは部分的アゴニストであり他のβ刺激薬の作用を阻害する可能性がある。
② この研究ではほとんどすべての臨床医がためらいなく強心薬を投与するような患者を除外していない。この場合、強心薬以外の適切な治療法の選択肢は現状では存在しない。したがってこのような患者群には今まで通り強心薬を投与してもよい。
③ 最近ではβ受容体の遺伝子多型の解明が進んでいる。β刺激薬の多量投与が必要な患者(β刺激薬によって利益を得られる患者)と、β刺激薬投与が害になる患者との判別も近い将来は可能になるかもしれない。
④ 人工心肺離脱時に、心機能が低下していない患者に対してもルーチーンでドブタミン5mcg/kg/minを投与している施設もあるが、医学的に適応があると判断されない限りは心臓手術後にドブタミンを投与するのは控えるべきである。

慢性心不全患者に対するドブタミン投与の是非についての研究でも、今回の研究と同様に、血行動態の上では特にドブタミンを必要としない場合に、生存率を改善する目的でドブタミンを投与することは非常に好ましくないという結果が得られている。ドブタミンは適応がある場合にのみ投与すべきで、ルーチーンや思いつきで投与するようなことは戒めるべきであろう。

教訓 ドブタミン投与は慎重に。
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